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かつての公園  作者: ルカニウム
2/6

縁日

蝉はこれでもか!というくらい競い合うよう鳴き、ひまわりは私こそここで一番!と咲き誇る。

蚊は我関せず。と言わんばかりに人へ向かって飛び周り、パチンと叩かれ季節を終える。



終業式終わりの教室では、クラスメイトたちが


「今日行くひと〜?」


「はーい!」


とそれぞれのグループで声を弾ませるのを耳で追っていた。




終業式の日の下校は地獄だ。

4月から7月までの荷物をいっぺんに持って帰らなければならないのに


「成長を観察日記を付けましましょう」


と半ば無理やり渡された朝顔の鉢を抱えて帰らなければならない。

やっとの思いで帰宅すると、汗だくになり過ぎて頭がクラクラとする。


少年はランドセルを部屋の机に置くと冷蔵庫へ走った。

軽く開く扉の中には良く冷えた麦茶がわずかに残っていた。

コップに注ぎ一気に飲み干すと、こめかみにキーンとくる痛みと同時に冷たさが身体を巡った。



庭へ朝顔の鉢を持っていく途中、壁にかかった

カレンダーが目に入る。

「今日は4のつく日か」胸をチクっとする痛みを堪えては少年は日陰に置いた朝顔に水をやった。



夏休みの宿題を広げて『日記は毎日やらないといけない。んー、これは先にやろう、これは…あとでいっか』などと思案していると、家の電話がけたたましく鳴った。


ドキッとしながら少年は恐る恐る


「はい、〇〇です」


と受話器を取ると応えた。


「ーー親は外出してます」


といい、受話器を戻すとしばらくの沈黙の後、胸が締め付けられた。



『もしかしたら…』


という淡い期待で受話器を取ったことに後悔とやるせなさが同時に訪れたのだ。



「4のつく日」

町ではこの季節になると商店街では縁日が行われる。

クラスメイトたちがキャッキャと話をしていたのは友達同士で行く約束をしていたのだ。


少年にはその誘いが誰からも無かった。

30名も居るクラスの中で誰からも。

少年はクラスでは常に仲間外れだ。

班決めもドッヂボールのチーム組も何もかも。


零れそうになった涙を堪えて、少年はふたたび夏休みの宿題に目を向けた。




そのうち、母親がパートから帰ってきて、保護者への手紙や成績表を渡すと、ため息混じりで成績表を開いた。

『がんばりましょう』が並んだ表を見ては、より一層深いため息をついた。


「ごめんなさい」


と謝る少年に対して母親は何も言わなかった。




母親が夕飯の支度をしているのを手伝っていると「今日は縁日の日か…」と母親がつぶやいた。

少年はドキっとしながらか


「そうだね」


としか答えなかった。


「お前は一回も行ったこと無かったわね、夕飯が終わったら行ってきていいよ」


と言ってくれた。


思いがけない言葉に、嬉しさと先ほどの寂しさが訪れた。


「ありがとう。行ってくるね」


と明るく答え、机に出来上がった料理を運んだ。


父親の帰宅と共に始まる質素な夕食は、あっという間に終わり、少年は意を決して縁日に出かけた。



母親に手渡されたお金を握りしめて…



普段は歩くのが大変になるほど賑わっていない商店街にはたくさんの人が訪れていた。沢山の露店の灯り、賑わう人々、活気のある空間に少年は目眩を感じたが初めての縁日は心が躍った。


金魚すくい、ヨーヨーすくい、射的、たこ焼き屋、フランクフルト…さまざまな種類の露店が立ち並ぶ中、人の波を避けながら少年はお店を見ては目を輝かせては通り過ぎていった。



商店街の端まで来ると、少年は肩を落とした。

150円、200円、400円…

持っているお金では縁日では何も買えなかったのだ。

手渡されたお金は100円硬貨一枚だけだった。


辛い現実を目の当たりし『もう帰ろう』と来た道を戻ろうとすると、少年に気づいたクラスメイトの一人が大声で少年の名前を叫んだ。



「なんだよ、お前来てたのかよ」


「誰と来たんだよ」


と駆け寄られた数名に囲まれて、詰め寄るように問われた。


「一人で…」


と答えるとクラスメイトたちはゲラゲラと笑った。


その場を立ち去ろうとすると、一人がニヤニヤしながら言った。


「お前手ぶらだけどなんも買ってないのかよ」


ズキっと痛む胸を抑えて


『うん』


とだけ答えると


「お前ん家貧乏だもんな、買えるわけないよな」


と目の前で美味しそうなフランクフルトをかじられた。

周りのクラスメイトたちはギャッハッハとお腹を抱えて笑い


「じゃーな、貧乏人」


と捨て台詞を吐かれ立ち去っていった。


少年はプルプルと震え、涙を零しながらその場を走り抜けた。


小さな公園に辿り着くと、昼間に抱いた淡い期待を持った自分が恥ずかしくなり、さらに大粒の涙を零した。


涙をしまおうと必死に必死に抑えても悔しくて悲しくて涙が止まらない。


どのくらいの時間が経ったのか判らないほど、涙を流すと両親の顔が頭に浮かんだ。

『泣いたのがバレたら心配されちゃう』と少年は公園の水飲み場で必死に顔を洗った。


目の火照りが治ると全速力で家へと帰った。


「ただいま」


「おかえり、どうだった?」


「うん、楽しかったよ。クラスの人にも会ったし」


と目を合わさずとも精一杯明るく答えると、逃げるようにお風呂へ向かった。


お風呂の鏡で自分の顔を見てみると、バレバレなくらい目が腫れていた。

おそらく母親にはバレているだろう。

少年は痛む心でまた目頭が熱くなったがなんとか堪えた。


いつもより少し長めにお風呂に入り、湯上がりの火照った身体に麦茶を注ぐと少しだけ心が軽くなった。


『日記書かなくちゃ』と思い、部屋の机に日記帳を開いた。



ーーーーーーーーー

7月24日 晴れ


今日は終業式。今日から夏休み。

今日は縁日に行った。楽しかった。



ーーーーーーーーー



いじめられたこと、何も買えなかったこと、大粒の涙を流したこと。


悲しいことを隠した日記を書くと、胸が痛くなった。



これは遠い蓋をした記憶。

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