8. お姫様になろう?
読者様達は、小原庄助さんを
ご存じない?
おおう!
ローマ風呂だ。入った事は無いけど、ローマ風の大理石のお風呂。白い柱に、湯の吹き出し口も白鳥が口を開けていて、そこから勢い良く湯が注ぎ込んでいる。これがライオンだったらとんだ成金趣味だけど、そうは見せないセンスの良さが窺える。
それに、生の花や蔓が所々に植えられていて、天井から湯船に向かって幾つも垂れ下がっている。所々に散った花弁が浮かんでいるのも、風情があっていい感じだわ。
「ココレット姫様、お湯加減は如何ですか?」
あれから浴室に拉致され、あれよと言う間にスーツを剥かれて、湯船にダイブさせられた。
「だいじょーぶ。良い湯加減よ~」
ジーンさんとメリアさんの二人から、死角になる白鳥の陰で身体を伸ばす。久し振りのゆったりお風呂。それもまだ午前中からなんて、温泉旅行に行った時みたいだ。
「ああ……いいお湯だぁ。本当に小原庄助さんだぁ……」
ついつい口に出た。えっ? 知らない? あの、朝風呂と言えば有名な小原庄助さんを?
そう言えば、以前社員旅行で行った温泉で、ついつい漏らしてしまった時に、千夏にも何それって聞かれた。知らなかったみたいだったな。もしや、死語なの? 今どきの20代は聞いたこと無いの?
「だって、お婆ちゃんはそう言ってたもん……」
急に涙が頬を伝った。
一人暮らしを始めてから、田舎に帰る事が少なくなっていた。今年も実家には帰ったけど、お婆ちゃんのいる田舎には帰っていない。いつでも会えるって。そう思っていた。
本当に、会えなくなっちゃった……
お父さん。お母さん。晴兄。お婆ちゃん。
千夏。池田君。課のみんな。それに、部長に総務の女子達……それから、それから……
芝崎……!
お湯に広がる銀髪が、光を浴びてラベンダーに輝く。
世界が違う。
ここは、日本じゃない。
私も杉本心菜じゃない。
「どうして?」
ぽつりと零れた言葉が、温かいお湯に溶けていった。
「姫様、のぼせてしまったのですね」
浴室にある石造りのベッドに、ジーンさんとメリアさんの手を借りて腰を掛けた。少し冷たい石が気持ち良い。結局あれから、湯船に浸かったまま泣いてしまった。泣くなんて、何年振り? その位久し振りだった。
「ココレット様、冷たいレモン水です。少し甘しょっぱいですけど、身体には良い物ですから、沢山お飲みください」
冷えて水滴を纏ったグラスを受け取って、一気に飲み干した。
「美味しい……スポーツドリンクだわ」
それは、飲み慣れたスポーツドリンクの味に似ていて、飲むと気分がスッキリして、のぼせた不快感が無くなった。
「嘘みたい。グラス一杯でスッキリ。物凄い効果だわ。何なの? 只のレモン水じゃないみたい」
明らかに効果が普通と違う。フード関係の企業に勤めていた身としては、この効果はとても気になる。何が入っているんだろう? 残っているピッチャーを掲げて日に透かして見たりしたけど、見た目では全く分からない。そりゃそうだわね。
「旦那様の回復魔法が、掛かってるのですわ」
ジーンさんがクスリと笑いながら教えてくれた。回復魔法? ああ、この世界には魔法があるんだった。便利なモノだけど、何がどこまでできるんだろう? 空になったグラスをぼんやりと見詰めながら思った。
「姫様、心細いお気持ちはお察しします。私達に何が出来るか判りませんが、精一杯姫様の傍にお仕えしますので、何でもお申し付けくださいませ」
ぼんやりしていたのを勘違いされたのか、ジーンさんはそう言って冷たいアイマスクを渡してくれた。 きっと、目が赤くなっているんだ。泣いたのがバレバレだったのかもしれない。誤魔化しきれない恥ずかしさを感じて、照れ隠しに微笑んで答える。
「ええ。ありがとう」
冷たく冷えたアイマスクで目を押える。ああ、気持ちが良い。少しかさついた心に冷たくて、温かい心遣いが嬉しい。鼻の奥がツンとして、また泣きそうになってしまう。
「さあ、姫様。身体を洗って、マッサージをしましょう。私達二人の技術をご堪能下さいませ!!」
少しお道化たジーンさんの言い方が、私の気持ちを少し柔らかくしてくれた。
「極楽、極楽♡」
以前行った、韓国旅行での垢すり。それに近い、いやそれ以上に磨かれ、香りの良いオイルでもまれに揉まれました(汗)。
さすが、言うだけの事はあったわ。ジーンさんのマッサージのテクは、そこいらのマッサージ師やエステティシャンの腕を凌駕した究極の腕前だった。細かな指遣いで、確実にツボを押さえる。それも絶妙な強さで。
メリアさんも髪を洗ってくれたけど、これがまた気持ち良いのなんのって。力加減も丁度良くて、長い髪を地肌から毛先迄を丁寧に優しく扱ってくれる。
そして、これまた凄くイイ香りのオイルと蜂蜜みたいなトロッとした何かでトリートメント? をしてくれた。これがしっとり、サラサラでイイ香り。
ガウンを羽織って鏡の前に座ると、長い髪を柔らかいタオルで何度もタオルドライをしてから、高級そうなブラシで梳かしてくれる。輝く艶が現れて、まるでキラキラと音がしそうに煌めく。
「少し、魔法で風を送りますね」
ジーンさんがさっきまでと違うブラシで髪を梳く。温かい風が吹き出しているみたい。まるで、温風ドライヤーだ。
「旦那様特製の魔法ブラシです。とっても便利ですのよ。でも余り熱い風ですと、髪が痛みますからね。それにしても、何て素敵な髪色でしょう。プラチナブロンドにラベンダーの艶なんて、滅多に無い髪色ですわ。まるで夢に出てくる光の妖精みたい。良くお似合いですわ」
うっとりとしたようにジーンさんが言う。
鏡越しに見る私は、白くて小さな貌に、飴を摘み上げた様な形の良い鼻。鮮やかなローズ色の瞳は大きくて明るいルビーの様に輝く。血色のいい唇に、桃の様に淡い色の滑らかな頬。ああ! 確かに美少女です。恋愛ゲームやラノベに出てくるヒロインみたい。コレが私ですってか?
「私って、幾つなの? 何歳なのかしら」
何気に口から出た。
「ココレット姫様は、アレンフォルト王子様と双子でいらっしゃいますから、今年17歳におなりですわ。今年のデビュタントで、社交界デビューです」
ジーンさんが耳ざとく聞いていた。
「17、17歳……ですか?……」
やっぱり。10代だった。それも、花も恥じらう17歳。人生二度目の17歳? そして、
「デビュタント? 社交界デビュー?」
聞いたことの無いワードが出て来た。
髪が乾いてから、二人はドレスと髪飾りを前に、私の好みを聞きながらセレクトしてくれるそうだ。
「姫様の髪色は、どんな色のドレスでもお似合いになります。なので、一番お好きな色を教えて下さいな?」
ウォークインクローゼット。但し、でかい。何と言っても15畳位はありそうだもの。そこにずらりとドレスやらが並んでいて、大きな着替え用の鏡もある。まるで世界のセレブかハリウッド女優か? って感じだわ。
「好きな色? うーん……逆に、今まで着たことが無い色ならピンクなんだけど?」
好きな色って考えたら無いかも。似合う似合わないで判断していたからなあ。
杉本心菜の時は、ブルー系が多かったかもしれない。まあ、社会人になってからは、スーツが多かったからネイビーに黒、グレーの三色は主流だったしね。プライベートもデニムとか、ワンピースやパンツのシャープなモノが多かったように思う。ピンクなんて、小学校生以来かも知れないな。
「ピンクですか? 勿論とってもお似合いになると思いますわ。ピンクも沢山ご用意していますからね」
ジーンさんとメリアさんが、沢山のピンク色を並べる。レースやフリルがたっぷり付いたのや、シンプルなプリンセスラインの物。可愛らしいスクエアの襟元が印象的な物や、スカート部分が細かなプリーツで流れる様な綺麗なラインの物もある。その他にも、パフスリーブが可愛い物、ピンクはピンクでも、少し薄いパステル調から濃いビビッド系まで沢山揃っている。
「迷ってしまいますね。姫様のご希望はございますか?」
メリアさんがドレスを広げて見せてくれる。その後にジーンさんが、それを私の身体に当てて思案している。
「そうね……あんまり色んな飾りが付いていない、シンプルな形の物がいいかな。ほら、ドレスに慣れていないから所作もちゃんとしていないし……着易くて、着ていて楽な方が良いかも」
だって、どう見てもここにあるドレスは、コルセットが必要そうな物ばかり。出来ればコルセット無しでお願いしたい。
「あっ! このドレス‼ これが良いわ。コレにしましょう!」
幾つか候補に挙がっていた中から、一着のドレスを選ぶ。
そのドレスは、瞳の色に近いローズ色。濃いピンクだけど下品じゃない。エンパイアラインで、胸下からスカート部分ががストンと落ちている。幾重にも重なったレースが重さを感じさせないし、長さも踝までだから歩き易いかも。それに、これならコルセットしなくても済むんじゃない?
「良いですね! 姫様の瞳の色ですね。でしたら、髪のリボンも同じ色にして緩めに結い上げたら素敵ですわ!」
メリアさんが髪用のリボンを直ぐに探し出してきた。もしかして、この衣装部屋の中を全て把握済み? もしそうなら、凄いわ。
「さあ姫様、それではお着替え致しましょう。美しく着飾って、旦那様を驚かして差し上げましょう!!」
えっと……、ジーンさん。ソレ、今必要?
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何かが起きていそうですが、
ココさんにはまださっぱりです。
次話、ジェイドが帰ってきます。
ジーン達に磨き上げられたココさんが
待っているのです(笑)
そうだ、心菜にはお兄さんがいました。
こちらは双子じゃなくて2歳違いです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。