7. 間者
少し間が空いてしまいました。
お兄様視点です。
「ジェイド。お前、それはワイバーンの頭だろう‼ そんなモノそこに置くな!」
近衛騎士団長であるシヴェルが、王を庇うように前に出た。
スッパリと切り口も鮮やかな魔物の首だ。大きさとしてはそう大きいヤツではないが、額に薄っすらと何かの模様か文字が見える。
「アレンフォルト殿下。触らないで下さい。切り口に形状固定の魔術が掛けてあるだけですから。目を覚ますと暴れます」
思わず指を引っ込めた。触ろうとしたところを、さっくりと止められてしまった。
「其方、ココレットをどうした? 一緒ではないのか?」
シヴェルの身体を退けると、王が澄ました顔で立っている魔導士を問いただした。それはそうだ。奴は、ココレットと一緒ならいざ知らず、魔物の首と共にここに来たのだから。
「ココレットは無事なのか?」
若干顔色も悪く見える。何と言っても今朝早くから、ココに会えるのを楽しみにしていた父だ。既に頭の中は最悪の事を想像しているのだろう。
ジェイドが王の前で膝まづいた。頭を垂れてローブで胸の前を覆う魔導士の礼だ。
「ココレット様は、姫様はご無事です。ご安心下さい」
「本当か⁉ 本当に無事なのだな? なら、何故ここに連れて来ない!? 其方は何を考えているのだ! 理由を申してみよ!!」
ジェイドは顔を上げると、ワイバーンの首をチラリと見やった。
「姫君は……狙われております。既に、異世界から転移したのに気付いて、そのワイバーンに偵察をさせていたのですから」
一瞬でその場が静かになった。狙われている? 気付かれた? そうさせない為に、特別な召還をしたはずだった。
「その為ここに来る振りをして、安全な場所にお連れしました。お気づきになりませんでしたか? ここを経由して移動しましたので、皆様お気付きになったかと。まあ、ほんの一瞬でしたけれど」
ジェイドがぐるりと周りを見廻したが、誰も気が付いた者はいなかったようだ。只一人? 大猫族のダーチェだけがグルグルと喉を鳴らして答えた。
「僕は気が付いたニャン。一瞬だけど、ジェイドがココを抱っこしてたのが見えたニャン。僕も付いて行こうとしたら、ジェイドの魔法のせいで行けなかったニャン。ジェイド、ココを独り占めは狡いニャン!!」
ダーチェが、ジェイドの背中に猫パンチをする。ダーチェはココよりも少し大きいか同じくらいの背丈だから、立ったままのジェイドにパンチをするのは不利だ。
よし。今のうちに思う存分やっとけ。
「それより、安全な場所とはどこだ。ココは今、どこにいるのだ?」
「それは、もう少しお待ちください」
「はっ!? 何で?」
思わず王は立ち上がると、ジェイドに腕を伸ばそうとした。しかし、その手を避けるように立ち上がると、唇に指を1本当てた。
黙れという事か。喋るなと。そこにいる者が慌てて口を噤んだ。
「グゲゲゲゲェエエエ」
ぱっくりと開いた口。牙の間から聞き慣れない鳴き声がした。
『いつまで埒も無い事を喋っている。おめでたい奴等が』
首を切り落とされ、床の上に転がっているワイバーンの口から、聞いた事も無い声が聞こえた。それはまるで老婆の声の様でもあり、歯を失くした男の声の様な。
ジェイドがワイバーンの傍まで行くと、
『グウウゥウウ。匂うぞ匂うゾ、姫の匂いだ』
大きな口を開けて、牙を剥き出してそう言っている。明らかに、ワイバーンの口を借りて誰かが喋っている。
「ジェイド、誰だ?」
そっと、ジェイドの後ろから声を掛けて見た。
「しっ!!」
……却下された。
「そうでしょうね。先程迄姫様と一緒でしたから。貴方は随分と鼻が良いじゃないですか? ワイバーンにしては。まるですぐ傍にいるようでは無いですか?」
そう言って、ワイバーンの額に手を翳す。すると、薄っすらと見えていた絵だか文字だかが揺ら揺らと浮かび上がった。ああ。文字だ。そしてその文字は、
「さあ、早く戻らないと、首ごと消し去りますよ?」
ジェイドが楽しそうに目を細める。その口元も三日月の様に優雅な弧を描いていた。
シュッ!
文字が解けて、まるで釣り糸の様に宙を飛んだ。
「シヴェル‼」
「承知‼」
ジェイドがシヴェルの名を叫ぶと、腰の剣をすらりと抜いたシヴェルが、一人の男に向かって剣を構えた。そして、一瞬にしてその背後を取ると首筋に刃を当てていた。
「タンゼン殿。奴らに取り込まれましたか?」
三騎士団の一つ。王都を護る第一騎士団の団長、タンゼンが床に圧し潰されたように這い蹲っている。
『離せっ! 何をするっ!』
泡を飛ばして喚くタンゼンを、シヴェルと第二騎士団長のバージルが縛り上げて立たせた。見事に拘束されたタンゼンの額には、さっきまでワイバーンの額にあったと同じ文字が浮かび上がっていた。いや、張り付いているというべきか?
「ほっ。ほっ。ほっ。見事じゃのう。ジェイド。そやつが犬か? 随分奥まで入り込んでいたものじゃ」
大神官がそう言って、タンゼンの顎の下に杖を宛がって顔を上げさせた。
「其方の主に伝えるが良い。17年前の繰り返しはせぬとな?」
言い終わると、ジェイドに視線を投げて合図をする。後は、何とかしろとでも言うように。大きく頷いたジェイドが、タンゼンに向かって杖を振る。すると、床に魔法陣が現れ光ったと同時に彼の姿が床に吸い込まれるように消えた。
「あいつは、どこに行ったんだ?」
聞きたく無いが、念のため聞いてみる。
「ああ、アレン様はご存じ無いでしょうか? 魔導士協会の地下7階にある、取り調べ専門の部屋です。別名、拷問べ……」
「いい。それ以上は聞きたくない!」
何だか気分がアガッている様子が伺えて、これ以上は聞かない方が良いと感じた。この魔導師は顔に似合わず。結構えげつない事も出来る冷酷非道な男だという。(噂だが)
「これで、少しは安心だニャン。アイツが繋がっている証拠が欲しかったニャンね。アイツは、魔導士達に可愛がられるニャン。いつまで持つかニヤ~?」
ダーチェが嬉しそうにそう言った。
つまり、異世界から召還されたココレットを誰かが狙っていたという事か。そして、そしてそいつはこんな王宮の最奥にまで入り込んでいたと。
王は知っていたのか? 少なくともシヴァルは知っていたのだろう。じゃなければあんな風には動けない。さっきの身のこなしは尋常な早さじゃなかった。
それから、爺、いや大神官は知っていたな。そう言えば、17年前がどうこうとか言っていた。それが今回の事に関係があるのか?
疑問ばかりが頭の中に浮かぶ。父よ、貴方はご存じだったのですか? と、王の方を見やると、それまで茫然と成り行きを見ていた王が、ハタと気が付いた様に口を開いたのが見えた。
「でっ⁉ ココレットは今どこにいるんだ?」
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次話、ココレットの監禁生活です。
只今迄のイケメン出演は、
アレンフォルト(お兄様)
ジェイド(魔導士)
シヴェル(近衛騎士団長様)
バージル(第二騎士団長様)
お父様(多分美中年)
大神官(きっと美爺)
楽しんで頂けたら嬉しいです。