5. 報・連・相
着いた?
眩い光に包まれたのは、ほんの一瞬だった。
「良いですよ。目を開けて下さい」
クスリと笑っている様なジェイドさんの声に、そっと目を開ける。
「えっ? ここ?」
そこは……
「ココレット姫。ここで貴方を、監禁させて頂きます」
「はあぁ!?」
重厚な家具の揃った部屋。見回せば豪華なベッドに鏡台、サイドテーブルや猫足のソファが鎮座している立派な部屋だ。残念ながら、人の気配は無い。まるでテレビで見たお城のホテルみたい。そう、ヨーロッパにある古城ホテル。その一室の様だ。
「な、何で? 貴方、私を王様や神官やらがいる所に、連れてってくれるはずじゃなかったの⁉」
「ええ。表向きは」
ジェイドさんは腕を突っ張って抗議する私を、するりと床に降ろして窓を開けた。気持ちの良い風が、部屋の中を駆け巡った。
「ここは安全な場所です。でも窓は開きますが、貴女が出る事は出来ません。当然、外から入る事など論外です。そしてここに来れるのは、今のところ私だけです」
ジェイドさんはそう言うと、驚いて突っ立ったままの私の手を引いてソファに腰掛けさせた。スプリングの良く効いた上等な座り心地。
私だけ座らせると、彼は床に膝をつき、顔を私の目線に合わせて口を開いた。何となく、このヒト距離が近い。
「そう言えば、まだ何も召し上がっていないのでしょう?」
聞かれた途端に、私のお腹がクーッと鳴った。
そうだった。昨日の昼食を食べてから何も食べていなかった。今は、朝? だったら夕食も食べていない。私は三食ちゃんと食べる派だから、一食でも抜くと力が湧かない気がする。
「ふふふ。貴女のお腹は正直ですね。ちゃんと返事をしましたよ。用意をして来ますから、少しお待ち下さい。この部屋の中なら、どんなことをしても何を見ても構いませんが、部屋から出るなんて考えないでください。二度とこの世界に戻れないかも知れませんから」
不吉な言葉に、コクコクと頷く。立ち上がりしなに、ジェイドさんは私の髪をひと房掬い上げると、
「それでは、ほんの少しお待ちください」
そう言って、私の髪を唇に当てると、緑色の瞳を細めてた。
固まっている私。考える事が一杯だ。
「えっと。何かな今のは? お腹は空いているわよ? ここから出られ無い? 監禁? って、一体何がどうなってるの⁉ そう言えばアレンは? 一緒に来るはずじゃなかったの⁉」
思っていなかった展開に、私は頭を抱えた。だって、事情を聞くために神殿に行ったはずなのに。何で魔導士に監禁されているの⁉
オムレツだ。
それに瑞々しい野菜が添えられている。日本でも馴染みのあるレタスやトマト、パプリカに見える。カップにはコンソメスープの様な、透き通った良い香りのスープが入っていて、籠に盛られたパンも、うっすらと湯気が見える。もしかして焼き立てなのかしら?
「さあ、どうぞ召し上がれ」
ワゴンを運んできたジェイドさんが、テキパキとテーブルの上にお皿を並べた。席に着くと、ミルクかオレンジジュースはどちらが良いか聞かれた。まるで、ホテルで朝食をサービスされているようだ。
「ミルクを」
そう答えて椅子に座る。
勿論彼は当たり前の様に椅子を引いてくれた。ボーイか? ボーイさんなのか?
それでも目の前にあるお料理に、ごくりと喉がなった。どう見ても美味しそうな料理に見えるし、香りも日本で食べていた物と何の遜色も無い。薄っすらと湯気の立つお料理に、再びクーッとお腹が鳴った。ああ! もう、恥ずかしい!!
「ご安心下さい。別に毒など仕込んでいませんし、作ったのは調理人ですから。さあ、冷めないうちにどうぞ?」
すぐ隣に立ったままでいる。ちらりと目線を上げると、思いっきり見降ろされていて……にっこり微笑まれた。居た堪れない! イケメン圧で潰されそうだ。
「あの、そこに居られると食べづらいです。座って頂きたいんですけど(出来れば離れて)」
彼から見れば、上目遣いの美少女のお願い。に、なっているはず。だけど、あっさりと彼はそうですねと頷いて目の前に座った。
とりあえず今はエネルギーチャージをしよう。今これを食べ逃すと、何時食べられるか判らないもの。それに、毒が入っていないのだったら食物だ。只の栄養。滋養だもん。只、私の知っている味かどうかは食べてみないと判らない。
意を決してまずは、ミルクを一口飲んだ。
「あ、美味しい」
コクリと一口。濃厚で甘みのある牛乳の味。でも、日本で飲んでいた1リットル159円(税別)とは全然違う。濃いんだ。濃さが違う。以前飲んだ牧場のジャージー牛乳より濃厚だ。
一口飲んだミルクに刺激されて、オムレツを掬って口に入れる。
「これも美味しい。濃厚な卵に程よい塩コショウ。刻んだハーブが良い香り。バターの風味も凄くイイ!!」
うっとりとして目を瞑って味わう。そう言えば、こんな上等なオムレツを食べたのっていつ振り? 朝はトーストと紅茶、ヨーグルトが定番だから、こんなザ・モーニングなメニューなんて久し振りだった。
「お気に召して頂けたら良かった。調理人にもそう伝えましょう。お好みの物があったら教えて下さい。後でメイドを寄越しますから」
パクパクと料理を食べていた私の手がはたと止まった。
「メイド、さん?」
メイドさんが付くの?
「はい。仮にもココレット姫は、王家の姫君ですから。いつまでもその格好でいる訳にはいかないでしょう? それに、この世界の事も知って頂かなければなりませんから」
まあ、スーツがダメなのは判ってる。足が見えてるのが不味いらしいけど、そうすると最初に見たあの光景。舞踏会が頭に浮かんだ。そうか、ドレスか。ドレスなんだな? つまり、そう言う事だ。
「コルセットとか?」
「あります」
「マナーとか?」
「必要です」
「ダンスとか?」
「頑張って下さい」
千切っていた白パンが、ぽとりとナプキンの上に落ちた。
いかん。いかん。いかん。直ぐに拾って口に放置込んだ。3秒ルールだもんね、大丈夫ともぐもぐしながらジェイドさんを見ると……
眉間に皺が寄っていた。
「とにかく、食事が終わったらメイドを寄越しますから」
そう言って、席を立ち上がろうとした。
「ま、待って!! まだ肝心な事を聞いてませんよ! 何で監禁⁉ どうして私が監禁されているんですか? それに貴方は何者なの⁉」
持っていたフォークでビッシと彼を指した。これは日本でもお行儀悪い。悪いけど、聞かない訳にはいかないでしょう!!
グワァアアアン‼
いきなり大きな音がした。部屋が揺すられたように振動した。
大きな音にびっくりして、持っていたフォークを放りだし耳を塞ぐ。さっき迄目の前にいたジェイドさんがいない。その代わり、ふわりと温かな何かに包まれた。
「……探しているようですね……」
気が付けば、ジェイドさんに抱き締められるように包まれていた。大きな振動が収まると、彼は私の手を取って窓の傍まで連れて行く。窓ガラスは未だ細かく振動しているみたいで、チリチリと音がしていた。
「な、何だったの? さっきの音は」
今までの人生で聞いた事も無い音だった。
「御覧なさい。見えますか?」
ジェイドさんの指差す先。森の樹々の上で何かが行ったり来たりしている。黒い? まるで……
「ワイバーン。翼のある魔獣です。貴女を探しているのでしょう。まあ、この屋敷は見つかりませんけどね」
シレッと言ったけど、私を探している? あんなモノが?
「さっきの質問にお答えしましょう。私は、貴女を狙う悪しき者から隠すため、貴女をここにお連れしました」
「私を狙う? だ、誰がそんな事を?」
ワイバーンと呼ばれた生き物は、大きな翼をはためかせると、再びこちらに向かって飛んできました。
「ひえっ! また来た!!」
ワイバーンは、ものすごい勢いで屋敷の上を通り過ぎていくと、
グオォオオオン! と雄たけびを上げて去って行った。本当に、この屋敷は奴らには見えていない様だけど……
「とにかく、貴女はしばらくここで大人しくして下さい。良いですね?」
固まったままの私を椅子に座らせ、テーブルの上に置いてあったベルをリリン! と鳴らした。
「それでは、ココレット姫。また後程」
ベルの音で呼ばれたメイドさんが二人。入れ替わる様にジェイドさんが、部屋を出て行こうと席を立った。
「ま、待って!! まだ話、聞き終わって無いし!!」
全く状況が判らない。只、何かに狙われているのは判った。
でもそれだけだ。ジェイドさん? 貴方は私の味方なんですよね? そうなんですよね?
そう聞こうと、席を立ちあがった。
「大丈夫です。私は貴女の味方です。ご安心して下さい?」
何ですか? 私の心を読んだの? 最後の肝心な『ご安心して下さい』が、疑問形に聞こえましたけど? ちょっと? 本当に信じて良いの⁉
頼みますよ。だって、『報告・連絡・相談は、悪いもの程、より早く!!』
コレ、業務連絡の鉄則ですから!
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さて、意味も解らず監禁された
心菜さん。美味しい朝ご飯で癒されたのも
束の間でした。
作中の食べ物は、私の嗜好で書きます。
美味しい物大好きです。
次話、来るはずの者が来なかった
当初の移動先のお話になります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。