2. 15分程お待ち願います
夢だと思っている心菜さん。
「お帰り。ココレット」
大きな鏡の前で、茫然と立ち尽くすプラチナブロンドの美少女。そして、隣にはこれまたプラチナブロンドの美青年。顔の造りが良く似ている様な気がするけど、今はそれどころじゃない。
「……」
「固まってる? ココ? 大丈夫か?」
目の前で手をヒラヒラされて、はたと気が付いた。
「夢見てる場合じゃなかった。急がないと遅れちゃう!」
バッグを持ち直して軽く頬を叩く。いかん! いかん! 白昼夢を見てしまうなんて疲れすぎ‼ きっと私はもうタクシーに乗っていて、居眠りしているはず。じゃなきゃ、こんなことあり得ない。やっぱり、昨日の商品会議がプレッシャーで、眠れなかったのが原因かも。
「よし! 行こう!!」
勢いよく振り返った。が、
「お帰りにゃん。ココォ~。待ってたニャン!」
目の錯覚だ。
だって、だって目の前にいるのは、私より身長のある、黒猫。それも、二本足で立っている!! いやいやいや!! そもそも日本語で喋ってるし!!
大きなエメラルドの様な瞳が、キュッと細くなった。本物? 本物の猫。
ざりん。
思いっきりほっぺを舐められたのと同時に、意識がクラリと揺らいだ。
過労死か? そんなに追い詰められた訳じゃないけど。社長ゴメン。ブラック企業に思われちゃうかも。
そんな事がクルクルと頭の中を巡っていたけど、ふわふわした感覚に包まれるうちにあっさりと霧散してしまった。
「うう……ん」
ふかふかのベッド。良い匂いのシーツにお布団。こんなにゆっくり眠れたのは久し振りかも、でも、もっと寝たいなぁ。今日は土曜日だっけ? ン?
ガバリッ!!
目が覚めて飛び起きた。やっぱり。
「私の部屋じゃない。どこよ、ここ。それもやっぱりロココってるし」
慌ててベッドから降りると、窓辺のカーテンを開けまくった。明るい日差しに一瞬目が眩む。見覚えの無い窓の外は、見たことも無い庭園が広がっている。振り返れば天蓋付の大きなベッド。これも見たことは無いけど、ベルサイユ宮殿ってこんな感じなのかしら? 1DKの賃貸とは比べることもおこがましい。
「うっそ。夢が続いてる! 寝直さなきゃ!」
小走りにベッドまで近づくと、すぐ傍にもカーテンがあった。きっとこれはアレだ。立派で大きなアレのはず。私は豪華で刺繍の美しいカーテンを思いっきり開いた。
シャッ!!
思った通りのソレがあった。
大きくて、彫刻が美しい立派な鏡。磨かれたソレは一片の曇りも無い。
「なんでー⁉ 変わってない! 金髪美少女のまま!! それもきっと10代―!!」
白い絹のネグリジェを着た、西洋人の超絶美少女。でも、腰まである髪はプラチナブロンドで、ラベンダー色の光沢が神秘的だ。それに今まで見たことが無い、濃いローズ色の瞳。現実にはいないであろう色素の美少女。
ペタペタと頬や額を触る。舌を出して口を大きく開けたり唇を尖がらせたりする。ひとしきり百面相をしてみた。
「やっぱり、コレが私なの? まさか昨日飲んだタピオカ入りスパイシーチャイのスパイス2割増しに、不法な幻覚を見せる何かが⁉
イヤイヤそんな事は無いはずよ。総務課女子御用達のカフェのだもの」
頭を抱えて、もぞもぞとベッドに入り込む。
寝よう。もう一回寝よう。寝て起きれば大抵の事は何とかなる。横たわって寝る体勢に枕を馴染ませる。やっぱり寝心地が良いわ。
「おい。まだ寝るつもりか? いい加減起きてくれ、皆が待っているんだ」
身体を勢いよく起こすと、声の主を探した。声の主は簡単に見つけられた。部屋の反対側、大きなドアの所に立っていたから。
「おーじだ。王子サマだ」
驚いて零れた言葉に、そいつが反応した。
「王子だよ。本物のね。そして、君は王女だよ。本物のね」
ベッドまで近づいて来たそいつは、にっこり微笑むとそう言った。そう言えば、この子は見た事ある。寝る前に舞踏会の広間で、鏡越しに会った子だ。
「それでね、ココレット、僕は君の双子の兄のアレンフォルトだよ」
何ですと。王子ですと? 双子の兄? そして私はお姫様? ほほほ。冗談は寝て言えってか?
すぐ傍まで近寄ったヤツの頭を両手で掴んだ。そして、勢いよく自分のおでこをぶつけてみた。
ゴン‼ といういい音がして、目の前に火花が散った。久しく感じていない自爆の痛み。
「い、イタっ」「い、痛ーい!!」
「何をするんだ。痛いだろう。ココ、お前大丈夫か?」
目の前の美青年? 美少年? は涙目になりつつも、私の額の髪をそうっとどかして額の様子を見た。心配そうなその目は、本物に見える。
「痛い。という事は、夢じゃない!? 何で? どうして? ちょっと! 貴方‼ ちゃんと説明しなさいよ!!」
私は自称王子様の胸倉を掴むと、大きな声で叫んだ。多分締め上げる力は相当なモノだろう。伊達に何年も満員電車のつり革を握っていないぞ。っと。
「判った。説明するから、起きて支度をしてくれ!! その為に、呼びに来たんだから‼」
力いっぱい握っていた襟元をパッと離した。
「で? 私が来ていた服は? 靴もここに持って来て下さい。それが一番手っ取り早いですから」
説明を早く聞きたくて、ヤツをせっつくとテーブルの上を指差された。綺麗に畳まれたカットソーとスーツが置いてあった。靴もバッグも置いてある。よし。
「じゃあ、すぐに着替えますので。洗面所は何処ですか? あそこですね? 15分で着替えますから、外で待っていてください。オ・ニ・イ・サ・マ?」
OLの朝のお仕度時間は超短い。見よ!! この早業を‼ ってメイクも不要の美少女っぷりに最短13分でお仕度完了。
「さあ!! 説明を聞きましょう!!」
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心菜=ココレットです。
まだ自分の状況が判らない心菜。
でも、目の前に現れたのは
自称王子で兄のアレン。
スーツに着替えて事情説明を伺いましょう。
楽しんで頂けたら嬉しいです。