『事件翌日の少年と吸鬼』
「ん・・・ぅ」
あの事件の次の日、つまり今日になるのだが、目を覚ますと俺はベッドで寝ていた
またベッドの上かと思いつつ、体を起こそうとしたわけだがそれは途中で中断せざるを得なかった
何せ体中の筋肉が悲鳴を上げたのだ
全身にピシリと何かが走った・・・気がした
まるで筋肉にヒビでも入ったのかと言わんばかりの激痛が全身に回る
腕も、足も、腹筋も、背筋も、すべてがぴたりと動きを止め、激痛に襲われた俺は思いっきり叫んだ
とりあえず俺はもう一度ベッドに倒れこむ
付き添っていた一条さんの方は何ともなさそうにぐっすりと俺の右手を掴んで座ったまま眠っている
器用な人だなと思いつつも、心の何処かで彼女に感謝した
まだ、昨日のことが鮮明に脳裏に浮かぶ
・・・!!
そうだ、彼女は・・・夕日ちゃんは・・・一体・・・
「起きたか」
「・・・カイさん」
静かにドアを開けて入ってきたのは仮面を付けた男だった
衣服はズダズタに裂けており、黒くなった血がそこら中にシミとなって固まっている
「ふむ、まずは無事で何よりだ」
「ありがとうございます」
そう。まずそれを喜ばねばなるまい
こうして俺も、一条さんも、カイさんも、他にも沢山の人が怪我を負っただろうが、死者が出なかったのが一番の幸いだ
正直幾度と無く面倒ごとに巻き込まれてきた俺も今回はさすがに介入しすぎた気がする
結局、吸鬼との溝は深まってしまった上に完全に敵対関係になってしまっただろう
「事後報告、聞くか?それとも後にしておこうか?」
「・・・いえ、どうせ体は動かなくて退屈ですから」
「そうか。まずはそうだな。お前が神子化した後の事からだな」
俺は上空からあの虹の大輪を見下ろしていた訳だが、そこまでの記憶しかない事に気がつく
つまりその後、俺は気を失っているという事になるのだろう
「お前が水中に叩き込んだ吸鬼は行方不明。空中に陣取っていた魔獣はあの虹の爆発によって全滅した。周囲の町や村を襲っていた魔獣の殆どは自警団や俺たちで駆除したが、それでも何頭かは山や草原に逃げ込んだようだ。恐らく周囲のギルドに討伐の依頼が回されるだろうな」
カイさんはそう言って眠っている一条さんの横に椅子を持ってきてすわる
こうしてカイさんと話をしているが、一条さんは全く起きる気配がないようでぐーすかいびきをかいている
まぁ彼女もいろいろ頑張っていたし、どうも俺に付き添ってくれていたようだから俺がとやかく言える事ではない
今は静かにしておこうというのが両者の意思だった
「そしてお前は虹の火花が消えた後、気を失って落ちてきたそうだ」
「誰かに聞いたって口ぶりですね」
「まぁな。四天王のシェリアだ。ほら、お前が最後にこいつと一緒に空へ逃げただろう。そのときの白髪の女だ」
「あぁ、あの人シェリアさんっていうんですね」
カイはコクリと頷き一つため息をついた
「あいつはまぁ、人間なんだが飛べるらしくてな。まぁそれでお前とこいつを一緒に陸まで引っ張ってきたらしい」
「お礼を・・・言わないといけませんね」
「あー、それだがあの人はもうここにはいない」
「いない?」
「あぁ。何でもあいつにはあいつの仕事があるんだと。リクも一緒につれて何処かにいっちまったよ」
「そうですか・・・」
俺はハチマキをした少年のことを思い出す
一同挨拶をしておきたかったなと悔やむが、悔やんだところでどうしようもないので諦めた
「リクもお前の無事を心配してた。もし次会う機会があったら挨拶くらいはしてやれ」
「そりゃぁ、もちろん」
「さて、次は神子化の事だな。お前、その体が神子化のせいだってちゃんと気がついているか?」
「それ以外に心当たりはありませんよ」
「これで分かったと思うが、神子化は万能の力じゃない。本来人が持つべき力では無い事から使用することは出来る限り控えることだ。だからそうして使った後は完全に動けなくなる」
俺はそれを聞きながら、たしかになと思う
体中が軋んで動かない
そんな人外の力を人の肉体に宿したのだから当たり前といえば当たり前なのかもしれないが
「ちらっとだけ見てたがな、あんな早さで動けば誰だってそうなるさ。筋肉が切れてないだけまだマシだ」
今思えば確かにあんな早さで普通、人が動けるわけが無いのである
もしもっと筋力やらがあれば何とかなるのかもしれないが、今の俺の実力でそんな事を無理矢理してしまえばこうなってしまうのは分かり切っていた事なのだ
だがその行動に俺は後悔はしていない。気分も晴れやかだ
心の中での出来事を静かに思い出す
繋いだその手は―――
俺は右手に繋がれた柔らかな肌の感触を確かに感じている
「でも、そういえば一条さんも―――」
俺はそこで彼女も神子化を使っていたことを思い出す
だが彼女はたいして辛そうな様子はなくぐっすりと眠っている
ということは恐らく俺のようになっていない理由があるのだろう
「あぁ、そうか」
すぐに俺は彼女が俺の心の中で神子化を使っていたことを思い出した
恐らく現実の肉体を酷使しなかったおかげで身体の疲労は無いのだろう
「カイさんも一応神子だったってことは、使った事があるんですか?」
「いや、無い。そもそも使おうと思うことすら無かったな。というよりあんな神子化なんて初めて見たぞ。話には聞いていたが俺の知っている神子化はあんな風になるとは聞いていない。せいぜい心身の強化程度で魔力を纏うなんて普通ありえんぞ」
「あ、やっぱりそうなんですか」
あの魔力はどう考えても自分の中にあった魔力だ。それは確実である
この世界の人達は俺達とは違ってマナを魔力に変えているのだから、もしあの状態を維持しようとするにはかなりの魔力が必要になるだろう
多少なりとも魔法というものに触れてきたからか、何となくそれはとても大変だということが俺にでもわかっていた
「・・・なぁ」
「なんですか?」
「よく、そこまで出来るよな」
最初は何のことを言っているのかがよく分からなかった
だけど、よくよく考えてみたら解らなくもない質問だった
「お前達、この世界の人間じゃないだろう。なのにここまでする義理がどこにある?」
それもそうである
そういえば何でこんな面倒な事に毎回毎回巻き込まれているんだろうなって今更ながら思う
龍とか、火山とか、大会とか、兎に角なんでこんなに全力で大陸を駆け回っているのだろうか
本当なら、静かにアルデリアとかで帰る方法を探していた……んだろうけど
「そうですね。確かにこの世界の人間じゃないですよ。でもいろんな人に助けて貰ったっていうのには凄く感謝してます。強いて言うなら元の世界に帰る可能性、希望がまだあるからですかね。それと人として他人事として見過ごせない……ってうのもあります」
俺だって人だ
悲しいと思うときもあれば嬉しいと思うことだってある。もちろん他人の辛さや苦しみに共感することだってある
だから、ソーレの時も、大会の時も、そして今日――いや昨日の事か。どれも、自分の為に動いていたっていう訳じゃないと思う
そうしたいから、そうしている。ただそれだけなんだと思う
「早く・・・帰りたいですよ。でも、一応ヒント的なものは見つけています。だから、とりあえずは宝玉探しをしているんですよね」
希望
宝玉を使えば帰れる、という直接的な答えにたどり着けなくても、もしかしたら新しい手がかりくらいは掴めるかも知れない
来ることができるなら帰ることだって出来るはずだ
その方法は誰も知らない。誰も知らない答えを求める旅―――か
途方もなく長い道のりなんだろうな
俺は窓の外を眺めた
雲一つ無い青空がそこには広がっていた
まるで自分の部屋から外を眺めているような、もしかしたらあの空が元の世界と繋がっているかのような錯覚に俺は囚われた
「あー、腹減ったー」
自然と口から漏れた声で大事なことに気がついた
そういえば昨日から何も口にしていないぞ俺!
「機嫌、悪そうだね」
「・・・まぁね」
頬杖をついたレミニアがぶっきらぼうにそう言い返し、青い空を部屋の扉から眺める
その瞳に、いつものような真っ直ぐとした意思の強さが見つからずニールは細目の顔を傾げて腕を組む
「何がそんなにご不満なのかな?誰かが死んだわけでも無ければ計画が台無しって訳でも無いんだろう?」
「あら、計画なんて大層なものを貴方に話した覚えはないのだけれども」
足を組んでレミニアはニールの顔を見つめた
その表情はやはりいつものものではなく、やや疲れが浮かんでいるようにも見える
「おっと、そういえばそうだったね。でも、君にとってマイナスな展開って訳じゃないんだろう?それどころかゼロの命令で動いていた三人から予想外の収穫もあったんだろう?」
つまり、マナの結晶そして宝玉と聖天下十剣の事を言ってるのだろうこの男は
それは確かにレミニアにとっても予想外の嬉しい誤算だった
予想でいえば、ゼロも私と同じ目的で動いていたのだろう。違うのは理由だ
それは兎も角、特にマナの結晶と宝玉が手に入ったのはとても好都合だ
これで手元にあるのは元から彼らが持っていた黒玉と手に入れた水玉の二つ
もう少し集まってから、と思っていたのだが、その猶予も無いらしい
一刻も早く、あれを起こさねば
力が教えてくれる未来はそう遠くない
しかし、今はそれ以上に・・・悔しい
レミニアは爪をガリッとかじった
「……あの少年……」
強く印象に残っているあの黒髪の少年
最初の衝突の時は手加減してたのだろうかと思わせる程の変貌ぶりだった
あのときは考える暇も無かったが、あれが恐らく神子化というやつだろう
話には聞いていた神子化が、まさかあれ程にまで強力な者だとは思わなかった
油断してた、とは思わない
油断していようが、していまいが、もはやその程度でどうにかなるレベルだとは思えない程だ
もしもう一人いたあの黒髪の女も同じく神子なのだとしたら、考えるだに恐ろしい事だ
黒髪、この世界ではあり得ない髪の色であった彼らは一体何者だというのか
神子の力を持ち、人間で言えば十数年程度であのレベルに達するのは不可能に近い。というよりほぼ不可能だ
何十、何百年と生きてきた吸鬼ですら軽々とあしらわれる
そんな馬鹿な事があってたまるものか。そう思うレミニアだったが、事実私は彼に負けた
人間の子供風情に……
「認めたくないものね」
だけど認めなければならない
もし次戦う機会があれば、確実に私は倒されるだろう
たとえ修練を積んだところで、あれに比べれば些細すぎる足掻き
それよりも、まずやらなければならない事がある
宝玉、そしてマナの結晶と少女の魂、そして核となるペンダント
これ程までに事が上手く運んでいるのだ。今は浮かれる時だと自分に言い聞かせる
「黒玉、そして水玉。二つしか無いけれど、時間が無いわ」
「ふぅん。宝玉を使って何をするんだい?」
「予定としては私は北へ向かうわ。どれだけついてくるかは後で考えるとして、とりあえず貴方にも来て貰うわよニール」
「それはもちろん。仰せのままに。だけど、何をする気なんだい?」
私はニールに今後の予定を話す
一応は彼は私の次の位という立場に居る以上、多少なりとも補佐はしてもらわなければ困るのである
「太古の魔獣を起こすのよ。現代の魔獣の元始祖ともいえる最初の魔獣を」
ニールは「ほぅ」と呟きながら椅子へと座る
「もう少し詳しく聞きたいね。うんうんとても興味深い話しじゃないか」
そのレミニアの目的に興味を持ったニールがニヤニヤと話の続きを所望した
レミニアはどこから話そうかと迷う
「どこから話せばいいのかしらね。とりあえず、神獣と宝玉の事から話そうかしら」
レミニアは再び外を眺めた
「始まりは一匹の魔獣から始まったの。その魔獣は突如北の地に現れたらしいわ。それも瀕死の状態でね」
「うん?それってえーっと、たしかシーグリシアの辺りに伝わってる物語じゃなかったっけ?」
「それよ。まぁ、知ってるなら話が早いけど、それがこの世界に初めて現れた魔獣であり、またこの世界のすべての魔獣の親とも言うべき存在ね。神獣の親とでもいう表現が正しいかしら」
「ほうほう」
「仮説だけど、その魔獣は別の世界から来たっていうのが私の出した答えね」
「別の世界、かぁ。興味深い。世界が他にもあると仮定するならば、その根拠は……あぁ、そうか、居たね。異世界から来たアグレシオン達か」
「そうよ。貴方もゼロと一緒に戦ったと聞いたけれども、そうえいば貴方、何でその姿を保てているの?」
レミニアは再びニールに向き直り、疑問をぶつけた
その容姿は青年と呼ぶべき姿をしているが、年齢としてはゼロと同じ世代の吸鬼のはずである
ならばゼロのようにその容姿は歳を取ったものとなるはずだがとレミニアは思った
「あぁ、ちょっといろいろと……ね。そこは僕も研究者だからね。ま、追求はしないでほしいねぇ。あ、もしかして君も若いままの姿でいたい?」
そうニールが聞き返すとレミニアは顎に手を添え、うつむいて考える
すこしして、
「……遠慮するわ。むしろ早く大きくなって欲しいわ。この体だと魅力が無いと思わないかしら?」
彼女はそう言って自らの体を見下ろして胸に手を触れる
特に大きくもない体の起伏に加え、高い所にある物を取るにはわざわざ部屋で翼を広げなければならず、万人に見下ろされる感がまた溜まらなく苛立たしい
確かに美人、とえば美人なのかも知れないが、やはりまだ子供という体格である
強いて言うなら将来有望、といった所か
それを聞かれたニールは笑いながら白い髪を掻いた
「あ、それを僕に聞く?やだなぁ、そんなこと無いよ。十分かわいいじゃない」
「……」
「あ、別に変な意味で取らないでよ?僕が幼女趣味とかそういうのじゃ無いからさ。あ、あれ?なんで身構えてるの?」
「……まぁ何でもいいわ。とりあえず、その提案は遠慮しておくわね」
「そう。女の子って若いままでいたいと思うものだとばかり思っていたよ」
「どう考えたって肉体的にまだ若すぎるわよ。どんな絶望の事態よそれ。さて、脱線しすぎたわね。どこまで話していたかしら?」
「えーっと、たしかさっき言ってたのが最初の魔獣ってところ?」
「なんで疑問系よ。そういえばそんな所だったわね。その魔獣を蘇らせるのが私の今の目的。世界で最初の魔獣、すべての魔獣の始まりであり王である存在」
そう。その強さこそが私が求めている物
戦力になって貰わなければ困るのだ
「異世界の話を盛り込んだのは、異世界のことと関係しているのかい?」
細目でレミニアを見つめ、その視線の強さに私はため息をついて「そうよ」と答えた
あまりこの男は好きになれそうもないと視線を伏せた
やはりこのすべてを見透かしてしまいそうな男には、警戒感が抜けきれない
さすが、現最年長の吸鬼なだけはある
こんな口調の軽やかな老人がいるもんですかと思いつつ、なるほどどうしてこうも威圧感を放てるものかと
なるほどなるほどと頷くニールを尻目に私は話しを続ける
「それと、その魔獣は今は封じられている。それを解く為には必要な物が二つあるわ」
「へぇ。それは?」
「宝玉。そして魔獣の心臓部分に当たる、核」
私はそう言って机に置かれた二つの宝玉、そして翠鋼石のペンダントに視線を移した
漆黒の宝玉と水面の宝玉、そして鮮やかな緑の石をはめこんだペンダント
「なるほど。少し繋がったね。だから君は宝玉を集めていた、と」
「さて、ここで一つクイズといきましょうか」
私はにやっと笑った
「うん?クイズ?いいよー何でも来い!」
「宝玉、そして神獣、そして始まりの魔獣。これらは一体どういう関係で繋がっていると思うかしら?」
その答えを聞き、ニールは「ほぅ」と呟いた
「なるほど。興味深い」
そしてこの日より、吸鬼達は本格的に吸鬼の統率者の目的に向かって動き始めた
それを知る者は誰もいない
これまでにも割と次の章の伏線が散らばっていたりいなかったり。
一応次で百話。出来ればきりよく終わりたいな。