表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烈風のアヤキ  作者: 夢闇
三章 ~虹の波紋~
96/154

『心の奥で君を想う』








美也・・・


その伸びた、小さな、白い右手が、俺の左手の先に触れ、そして・・・・


それはとある暑い夏の出来事だった



朝から蝉が五月蠅く鳴く暑い夏の一日がまた始まった


ただ、今日だけは少し特別だった


いつもは寝起きが悪いが、今日に限ってはすぐに目が覚めた



「おはよう、彩輝」


「おはようっ!」



朝、朝食を作る母に廊下からそう返して洗面所へと向かう


顔を洗い歯を磨き、よしっと少年は鏡の前で頷いた


今日の午前中は剣道の練習試合、そして午後からは待ちに待った商店街の夏祭り!


昨日はドキドキとわくわくで胸がいっぱいになりそうだった


もちろん楽しみにしているのは後者の方である


いつもならそんなことも無いのだが、今回に限ってはそうでも無かった


朝食を掻き込んで、父があくびをしながらリビングへ降りてきたのとすれ違いながら彩輝はリビングを飛び出した



「おはようっ!」



父はふぁ?と寝ぼけたまま振り返る


が、そんなことは気にせず少年は竹刀片手に玄関を飛び出していった


剣道をしていた父に勧められて、地元の剣道教室に通い始めて早3年


そこの先生をしていた祖父からも筋が良いと褒められて、あれよあれよというまにその学年の強豪選手に選ばれるまでに成長していた


自分でもそれが気持ちよかったし、何より剣道がとても好きだったというのもあるのだろう


確かに練習は厳しかったが、それを嫌だと思うことは無かった


それに・・・



「やっほ!きたよー」


「あっ、美也ちゃん!」



剣道場の前に立っていた手を振っている同じクラスの女の子を見て彩輝は目を輝かせた


竹刀を持っていない方の手で手を振り替えすと、少女はそれに答えるかのようににっこりととびっきりの笑顔を見せてくれた


陸乃宮美也りくのみや みやという少女だった



「今日ってなにかあるの?」



駆け寄ってきた少年にそう聞く少女は辺りを見回す


二人の周囲にはいつも居ない選手が何人か見受けられた


それに少女はよくここに通っているため、知らない選手が沢山居ることに少し戸惑っているようだった



「うん。今日は練習試合なんだ」


「そうなんだ!しあいなんだ!」


「うん」


「えっとね、じゃぁじゃぁさ。あやき君はどれぐらい強いの?」


「んー、わかんない。でもうちの道場じゃ僕の同い年では一番強いんだ!」


「だよねっ!いつもあんまり負けないもんね!」



確かに、今思えば最初の頃は前からやっていた同年代の彼らにも負けていたが、いつの間にか一番になっていた


その頃からか、負けることが少なくなり、悔しいと感じることが少なくなったのは



「あれ?美也?なにしてんだよこんなところで」


「あれ、お兄ちゃん?」



突如、少女の後ろから現れたのは、彩輝と同年代ほどの歳の少年だった


彼も防具と竹刀を持っているところを見るとどうやら同じ剣道の道を志す人間らしい


そして、彼がお兄ちゃんと呼ぶ彼は・・・



「はじめまして。僕陸乃宮総也って言います。美也のお兄ちゃんです。よろしく」



そう言われると、目つきや顔の骨格が何となく美也ににている気がしてきた


彼が美也ちゃんのお兄ちゃんなんだ



「・・・はじめまして。桜彩輝です」


「ねぇ、君って美也の友達?」


「うん、そーだよっ」



少女はそう言ってにっこりと笑い、彩輝の手を握った


ちょっとその事にドキドキしつつ、触れた彼女の手の柔らかさを知る


僅かに頬が紅くなったのはばれなかっただろうか、なんて思いながらドキドキは止まらない


きょとんとした顔でそれを見つめる少年



「まぁいいや。君、何年生?」


「三年生」


「あ、そうなんだ。僕も三年生。って、美也と双子だから当たり前だよね」


「双子なのに学校が違うの?」


「うん。いろいろあったんだ。あ、先生が呼んでるから、僕はもういくね。じゃぁまたね」



そう言って建物の中へと入っていく彼を二人で見送って、今度は僕が美也ちゃんに見送られて建物に入っていった


着替えをすませて僕は道場へと向かう


すぐに集合が掛けられた


今日は幾つかの剣道教室が集まって合同練習、基、練習試合をする事になっている事を思い出す


七時から始まり、十二時までの間で行うと前に出て説明していた別の教室の先生が話している


確かにみんな強そうだ


だけど、僕だって負けてはいないはずだ


そんな自身で自分を奮い立たせて、気がつけば合同練習が終わり、練習試合が始まっていた


結果は五分五分


勝ちもしたし負けもした


トーナメント方式で行われたため、結果は準優勝ほどであったがそれでも悔しいとは思った


優勝は、なんと美也の双子のお兄ちゃんであるという総也くんが綺麗にすべて一本勝ちで勝ち抜いたらしい


だが予想以上に早く終わったという事で、先生達が話し合いをした結果、各教室から一年生、三年生、六年生から一人ずつ選手を出して団体戦をしようという事になったのだった


そしてもちろん三年生の代表として少年の教室から選ばれたのは僕だった


そのことに、少しわくわくした


なぜなら個人戦トーナメントの時にはあの総也という選手と当たることが出来なかったからだ


一度、戦ってみたかった


そして、なんと初戦からその対決が実現した


結果を言うと何とか一本取ることが出来たが、その後は立て続けに綺麗な面と小手を決められあっけなく負けてしまった


彼女が見ている中、負けたのは残念だったけれども自分の中ではいい経験になったと思った


戻ってきた俺に、先生である祖父がこう言った



「二回とも、お前は心で負けたのだ。取ったと思った瞬間、逆に取られていただろう。人はそれを隙という。取ったと思った瞬間こそ最大の隙なのだと心しておけ」



そしてこう言った



「あの少年はまだまだ強くなるだろう。向こうの先生に聞いたら、彼は何故か二刀にこだわって一人練習いるらしい。かっこいいからとかいう理由ではなく、ただ単にそれが彼の本質なのだろうと。あの若さで自分に気がつけるとは凄いものだ」



二刀流は禁止されている


何年生から使えるのかは知らないが、小学校のうちは使えないという事だけは確実だったはずだ


そんな事を練習する暇があったら、もっとやるべき事に時間を使えるはずだ


そしてそんな時間の無駄をあのの先生も分かっていて、それでもあえてやらせているのだろう



「お前も、いつか自分を見つけろ。それがお前という人間であり、その意思を貫き通せるだけの心を鍛えるんだ」



難しくて意味わからなかった


目の前で、すぱぁんと彼の綺麗な面が決まっていた


ただ単純に、あの竹刀が二つに増えたら自分は絶対に勝てないだろうなぁと思ったのだった









 「これは・・・」


『これはあの少年心と記憶の中』



一条唯は困惑していた


一体いつの間に私はここにいたのだろうと


そして一体ここはどこなのだろうと


その無言の問いつめに答えたのは綺麗な済みきった声だった


歪んだ空間に一人立つ一条唯はそこでようやく目の前の小さな少年が彼と瓜二つな事に気がつく


髪型も、その顔つきも、その声も、どこか桜彩輝の面影を感じさせる少年だった


いや、彼は桜彩輝本人なのだろう



『貴方に、鍵を渡しましょう』


「鍵?」


『今、あの少年を救えるのは貴方だけだと思い、私はこの心象世界に貴方を呼びました。私は虹魚。この湖の主をしております神獣です』



すぐに唯はその声の主があの美しい巨大な魚なのだと悟った


しかし一体どこから声をかけられているのかは分からない


それ以上に、今一条唯が立つ場所が異様なせいだった


一条唯の目の前には扉があった


木で出来た綺麗な扉


鈍った金色のドアノブには使い古された感があり、他には小さな鍵穴がついているだけだった


そして一条唯は振り返った



「!!」



扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉



無数の扉が其処にはあった



宙に漂う無数の扉


息をのみ、一歩後退る


そこで唯は下を見る


そんな自分もまた、扉の上に立っていた



「なん・・・なの、ここ・・・・」


『先ほど申しました通り、ここはサクラアヤキの心象世界。わかりやすく言うならば、彼の心と記憶の中、ということになります』



漂う扉はぶつかり合うことなく、ただ空中を漂っている


その扉の先は恐らく、先ほど見たような記憶に繋がっているのだろうと一条唯は目の前の扉を見つめ返した。



『さぁ、私は貴方をここに連れてくることしか出来ませんが、貴方には彼を救う事が出来ます。もし、貴方が彼を、龍の神子を助けたいと思うのならば、私は貴方に力を貸しましょう』


「やるさ。なんだってやるわよ!だって私が救われたんだ!」



あの、夜。彼が私に手を差し伸べてくれたから、ここまで頑張ってこれたのだと、力一杯私は叫んだ


彼が手を伸ばして助けて欲しいというならば、今度は私がその手を掴むまでよ!



『では、説明しましょう。彼は今、とある魔獣の分体に体と意識を乗っ取られています。ですので常に開かれているこの無数の扉も、自己防衛のつもりですべて閉じきっています。アレに過去まで奪われてしまわないように』



アレ、というからには何処かを指して言っているのだろうがあいにくそこに虹魚は居ない


だが周囲を見渡せばすぐにそれの存在に気がつく


始めてくる場所だというのに、そこにそれがあることが不自然に感じるのだ



「アレ・・・ね」



一条の目線の先にはぽつんと真っ黒な炎が浮かんでいた


ユラユラと炎は揺れ、漂っている


どれだけの距離が離れているのか認識し辛いが、恐らく100メートル近く離れているだろうか



「それで、何をすればアーヤんを助けられるの?」



何処かで聞いている虹魚に向かって話しかける



『今、彼はあの分体に乗っ取られ、右肩から大きな黒い腕型の触手を出しています。それは彼のマイナスのエネルギーがそこに溜まっているからです。そしてその腕型というのも彼のそのマイナスのエネルギーの象徴が腕や手という事に何かしらの劣等感、もしくは恨み、苦しみ、後悔という彼の意識が生み出したものなのです』



彼を縛っているのは――――後悔


そして今は治っているが、それまでは肩より上に上がらなかったというその右腕


その右腕に宿る彼の負の意識


何かが、繋がりかけていた



『さぁ、受け取ってください。先ほども言いましたが、この閉じた扉は貴方だけの力では開くことは有りませんのでこれを・・・』



目の前に小さな光の球体が生まれ、その中に僅かに光輝く鍵が生まれた



『急いでください。彼の抵抗が今あの分体を押しとどめていますが、彼が力尽き、諦めてしまえば彼は香過去を盗られ、自分を失うばかりか、その鍵が使えないように鍵穴を自らのものへと変えてしまう。そうなれば貴方もここから出ることは叶わなくなります。今なら貴方だけでも引き返せますが―――』


「その先は言わないで。私には関係ないことだから」



一条唯はそう虹魚の言葉を遮り、浮かんでいた鍵を引ったくるように握る


そんな選択肢は、私には無い


確かに、彼とは偶然バスに乗り合わせただけの他人・・・


それでも、もしこの出会いに意味があるのだとしたら


いや、違う。出会ったことに意味があるのだからもう彼は赤の他人なんかじゃないんだ


人は一人では生きていけない


支えてくれる誰かがいたから、見守ってくれる誰かがいたから、助けてくれる誰かがいたから


私は今、ここにいるのだ


彼が私を、支え、助け、手を差し伸べてくれた彼が居たからこそ――――



「私は、今ここにいるんだ!!」



嬉しかったんだ


繋ぐ手には温もりがあると


私は一人―――否、独りじゃ無いと



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ