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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
三章 ~虹の波紋~
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『彼は闇へと飲み込まれ』



それを見て私は小さくあぁっと呟きを漏らした


風のごとく光の元へと飛んでいった彼の姿が、上空から近づいてきた一点と交わった瞬間、その黒点が人の姿をしていることを確認した


一瞬の鍔迫り合い、だがその一瞬後にはあっけなく大きかった方の人影が押し負けて水中へと叩き込まれた


たぶん水に落とされただけだから死んではいないはずだ


だけど私はあんなにも簡単に負けてしまう姿を、先ほどの彼と重ね合わせることなど出来なかった


次元が違うのだと感じさせられた


いや、まぁ人じゃないんだけれども


黒い翼に白い髪の少女が、勝者としてそこに佇んでいた


そして、目で追った先に何か黒いものを視界に捉えた瞬間、一条唯の意識は静かに沈んでいった




 「どうしたのかしら?」



がすっという鈍い音の後に、氷の上に力尽きている唯の後ろからシェリアが声を掛けてきたが、唯の耳には届かない


大きく足を振り上げた状態で空中に浮かんでいるシェリア・ノートラックの姿があった


仮にも長めのスカートとはいえ、そこまであげてしまうと中が見えてしまうような気がしなくもない


対して蹴り飛ばされたであろう男は空中をぐるぐると回転しながら吹き飛んでいた


黒い翼がバッと開くが、上手く風を捉えられないのか制止するまでに数秒かかった


素人目で見てもその吸鬼の男がかなり披露しているのはすぐに分かる程だ


呼吸を荒げ、胸を上下させてシェリアをじっと睨んでいる男の至る所に痣や滲んだ血が全身に広がっている



「くそがッ!」



パンと手を合わせ、そしてその両手の平をシェリアに向ける


その瞳は怒りに燃えている



「黒き馬蹄の重さを知れ。黒きいななきの鋭さを知れ。黒き鬣の流れを知れ。その四肢の逞しきを知れ。黒き一矢よ嘶け・・・ボウドネイッ!!」



シェリアが腕を目の前で一降りする


すると男の突き出したボロボロの両腕に繋がる一本の横傷が生まれ、鮮血が湖へと落ちていく


だが表情を変えず吸鬼は術を行使する


生まれた魔法陣は漆黒


集まる黒い光が一本の矢を生み出し、その矢がシェリア目掛けて放たれる


黒い尾を引きその矢は一直線にシェリアへと向かっていく


正直に唯はその矢の早さに体が追いつかなかった


だがシェリアには見えているのだろう。右腕に魔力を纏わせて思いっきり矢を弾く


バシィッと音を立てて砕けた矢は黒い因子となって宙に消えていく


だが、何か腑に落ちないような顔でシェリアはその弾いた右腕を見つめた


だが次の瞬間バッとシェリアは顔を上げた


上空を見たかと思うと、その異変に唯も気がつく


一瞬空間が歪んだかと思うとシェリアはそこから全力で横へと飛んだ


すると数秒遅れて先ほどまでシェリアが立っていた場所の水面が大きく凹み、そして巨大な轟音と共に数メートルの水柱を立てた


だがシェリアは止まらない


水面から突如見えない何かが飛び出してきてシェリアの体は大きく吹き飛ばされた


そこに追い打ちをかけるかのように黒い靄のようなものが風に乗って何処からか現れ、そのシェリアの体を切り裂いた


そして空中に四つの柱が出現した


漆黒の柱には様々な紋様が書かれており読み取ることは唯には出来なかった


が、何か起こりそうな気がしていた


あの黒い魔術を、あの女性は何とか出来るのだろうか?



「フフ、この程度か」



そう空中で今にも倒れそうなシェリアが呟いた


一条には聞こえていなかったが、その呟きは吸鬼の元まで届いていた



「そのお前はこの程度の魔術で敗れるのだ。いや、正確には閉じこめる・・・だが」



シェリアはようやくあの自分の上空に浮かぶ黒い柱が何であるかを悟った


結界・・・か


確かに強力そうだ



「さて、俺は早く帰りたいからな。さっさと止まってしまえ。そして俺もお前も全快したらまた戦おうぜぇ・・・」



男がそう言ってボロボロの顔でニヤリと笑うと、ドドドドッと黒い柱が自分の周囲へと下りてくる



「押さえておくと言った手前、これ以上戦うのも面倒なのも御免だけれども、ここまでくればやっぱり私も仕事な訳だしね」



あの吸鬼はこれ以上の戦闘は難しいと考えているはずだ


どういう訳か湖の四方に残る戦力が移動している


彼らを相手にするのは流石にあの傷ではきついだろう。だから恐らく吸鬼はこの場を離れて撤退するはずだ


あれだけ私の拳をくらってまだ原型を留めているのが不思議なくらいだ


この機会を逃してなるものか


あいつが虹魚の力を僅かながら奪い取り、生まれたその隙を


ここまでされておいて、取り逃がしなんて事になったら私の四天王としてのプライドが許さないだろう


確かに強い、が、頂の私に勝てるなんて思われてたまるものかとシェリアは上空の吸鬼に向かって静かな微笑みを浮かべた



「け・・・何が可笑しい・・・」



吸鬼はそのまま振り返って逃走を図る



「この程度の結界で、私を止められると思わない事ね」



シェリアは魔術を発動させる


小さく右手をうえにあげ、人差し指を立ててゆっくりと頭上で回し始める



「旋風よ、見えぬ衣を身に纏い、舞踏の相手を探そうか、ならば我は貴方の手を引こう。インビテッドダンス」



円を描いていた指先に魔法陣が浮かび上がる


その魔法陣を中心に徐々に風が渦を巻き始める


それは周囲のあらゆるものを巻き込んだ


例えばそれは湖の水や浮かんだ氷であり、例えばそれはこちらへと下りてくる四本の柱であった



「位置がずらせればこれに結界の効力は無いわ。初めて見る魔術だけれど、結界の術式の構成からして大抵の結界は発動する前に術式を乱してやれば効果は無くなるのよね」



シェリアは吸鬼が放った魔術が結界であることをすぐさま見破り、またその術式を読み取って四本の柱の位置関係が術に大きく関わっていると見てその柱の位置をずらそうと竜巻を起こす


柱はシェリアを取り囲むより先にその竜巻に巻き込まれ、大きく回転を始めた


まるで凶器のようにグルンぐるんと振り回されるその柱を巻き込んだ竜巻は徐々に大きくなってゆく


そこでようやくその魔力の動きに気がついたテンは振り返り、目を見開いた



「なっ・・・!?」



目の前に飛んできた巨大な黒い柱をはじき飛ばすが、徐々に自分も目の前の竜巻に巻き込まれつつあることに気がついた


急いで離れようとするが、全力で飛んでいるにもかかわらず、その竜巻は周囲の空気を巻き込むために翼が風をとらえられるはずも無かった


魔術を行使しようにも詠唱するほど余裕があるわけでもなく、詠唱無しの威力では到底この巨大な竜巻を消し飛ばせる訳がない


そもそも一瞬虹魚に触れ、その魔力を奪ったはいいのだが思った以上にこの魔力量少なかったのである


だがその理由をテンが知るはずもなかった


虹魚は一年で溜めていた魔力を結界を突破するのに大量に消費し、また結界の元である機械を破壊するのにも使い、さらにはテンを浄化し、今回湊夕日の魂の魔力を押さえ込むためにも魔力を大量に消費していたのだ


そのために社に不可視の結界を張っていたのだが、テンがその残り僅かな魔力を奪ってしまった為に虹魚は結界を維持できず、その結果湊夕日の魂が結界から解放されてしまったのだ


イレータ湖に故意に溜められていた魔力は今もどんどんと周囲の魔獣や魔法を発動させるために消費されていき量を減らしている


とはいえまだかなりの魔力がまだ湖に眠っているのでいつ虹魚が復活してもおかしくはない状況だ



「あなたがテン・ティニート?」



突如、竜巻が霧散した


竜巻が巻き込んでいた水やら氷やら柱やらがその勢いのまま周囲に飛び散って湖へと落ちていった


一体何が起こったのか?


そこで目の前に一つの人影が浮かんでいることに気がついた


そしてそれが一瞬で吸鬼なのだと分かった


白髪に翼を生やした少女だ


その静かな目が俺の瞳を貫くような鋭さで向けられる


腕を組んでおり、袖の中から小さな光が漏れている



「だ、誰だてめぇ・・・」


「私はレミニア・アレスティア。三部族をまとめた者よ」



益々訳がわからない


三部族というのは恐らく吸鬼の三つのグループの事だろう


だがそれぞれは独立して、それぞれがひっそりと暮らしていると聞いていたし、少なくともそれらがまとまるなんてことは予想だにしていなかった事である


そんな話はここ最近一度も話題に上った覚えがテンには無かった



「あ?三部族をまとめた?どういうこった?」


「私が、三部族の長になったということよ」


「ゼロはどうした?」



自分を育ててくれたとはいえ、尊敬はしていないしましてや父親だなんて思ったことは一度もない老いた吸鬼の姿を思い浮かべる


ただあのゼロがこんな小娘に自分の部族を簡単に明け渡したりするものだろうか?いやそれはない


寧ろ自分が長になろうとするほうが簡単に想像できる



「死んだ、いえ、殺したわ」


「へぇ・・・」



正直、あいつって死ぬのかとテンは思った


死を操る吸鬼だったが、本当に死ぬのか


というよりこんな餓鬼に殺されたのか



「まぁ嘘でも本当でもどっちでいいさ。それで、俺に何か用か?」


「いえ、大したことでは無いのだけれど、貴方に私たちのグループに入って貰いたいと思ってね」


「・・・他の奴らは?」


「全員快く合併に協力してくれたわ。あとは貴方と、それと行き違いになった二人だけよ」



それはハチとゴの事だろうとすぐにテンは気づく


ということは恐らく自分だけでなく彼らにも聞くつもりなのだろう


確かに面白い誘いだとテンは感じた


これまでの退屈な日々がゆっくりと終わりを告げようとしていたのはゼロの様子を見ていて分かった


今回のこのイレータ湖の襲撃の命令に大人しく従ったのも、神獣という面白そうなキーワードがあったからだ


結果として四天王と手合わせすることが出来て満足はいっている



「何を、企む?」



俺を取り込んで何の意味がある?



「戦いの準備を。貴方程度でも戦力として」



戦い・・・か


こちらとしては戦いという言葉に弱いと分かってはいるつもりだ


だから即答で了承を出そうとするのを一瞬躊躇う



「戦い・・・か。何と戦う?人か?」


「人。ただし、この世界の外より侵略しに来る者」


「強いのか?」


「強いわ。恐らく今の貴方よりは」


「そうか・・・。そりゃ・・・楽しみだなぁ」



もし此奴が俺が戦闘好きの狂った吸鬼だと知っていてこんな事を言っているのだとしても、その言葉に嘘偽りは無さそうだ


ならば俺が返す返事など了承以外にあり得ない


此奴が俺をどう利用しようと構わない


俺はただ戦うことさえできればそれでいいという人種なのだから



「なら決まりね。貴方が距離を取るまではここにいる全員を足止めしておいてあげるから、貴方はさっさと逃げなさい」


「言い方が気に食わねぇ・・・が、しかたねぇか・・・」



意識してみると、やはり痛みは鋭くなってきている


恐らく所々の骨にヒビが入っているのだろう


軋む体に鞭を打ち、もはや逃げるのがやっとである


それなのに先ほどからしつこく付きまとってくる四天王が邪魔で邪魔で仕方がなかったのだ


接近戦に持ち込まれればヒビでは済まないだろう


かといって魔術で足止めしようとしたが、今の竜巻のように相手も遠距離の標的に対する攻撃を持っているためいい手がないか考えていたところだったのだ


だからこの提案を呑まない理由は無い


寧ろ嬉しいくらいだ



「ってわけで決まりだな。俺は帰らせて貰うぜ」


「えぇ、後は」



ダンッ!!


突如、レミニアの姿がテンの目の前から消え失せた


代わりに視界に入ってきたのは真っ黒な、長い、触手


振り向くとそこには一つの人影があった


この世界には異質な黒髪をした異風な服装をした少年が一人、宙に浮いてこちらを見ている


その真っ黒に染まった右肩から伸びた触手が20も30メートルも伸びて、レミニアの体を捕まえていた


その黒い腕の先はまるで手のようになっており、捕まえられたレミニアは驚きに目を見開いていた



「見えなかった・・・?どういう・・・」



レミニアはこの彩輝の一撃を見切ることが出来なかった


未来を僅かながら予測できるレミニアだったがこの展開は完全に予想外だった


その未来を見ることが出来なかった


こんな事は今まで無かったのに


対して彩輝の方は意識を失っているようである


だらりと両手を垂らし猫背に近い状態で宙に浮いており、見る者を怖じけずかせるかのような異様な雰囲気を放ってる


右肩から伸びる黒い触手のような腕が不気味にレミニアを捉えたまま制止しているが、レミニアの方は何も無抵抗というわけではない


必死に抜け出そうと身をよじるが黒い触手はピクリとも動かない



「く・・・。これは・・・まずいわね・・・」



レミニアは少なからず自身の力に自信を持っている


とはいえレミニアが持ち味としているのはその小柄な体躯を生かした瞬発力と親譲りの膨大な魔力量である


その二つがレミニアの未来予測の力と合わさることで成人の吸鬼にも負けない程の実力を発揮するのである


そのため筋力としての力はそこまで高いとはいえないので


未来予測が効かず、筋力でも押し勝てず、魔力すら何故か発動しないこの状況にレミニアは僅かながら焦りを感じていた


持ち味としているスピードは捉えられている以上使い物にならないので何とかして脱出をしたいところだが


―――ズッ


そんなことを考えて抵抗を続けていると、突如その拘束が緩んだのを感じたレミニアは黒の触手をふりほどく


するとそのふりほどいた黒い腕のような触手が湖へと落ちていく


が、水音は聞こえず、触手は空中で無数の黒い玉のような物体へと代わり消えていった



「大丈夫か?一応お前に向いていた腕の支配力を奪ったわけだが・・・」



テンがするりとレミニアの横についてそんなことを呟いた


テンはレミニアを拘束している触手に触れ、その束縛を奪った


奪うという事は自分の物にするということ


その黒い腕の支配権を黒髪の少年から自分の元へと移し、その後にテンの意思によってその黒い腕を切り落としたのだ


だがその瞬間、不思議な声が聞こえてきたのだ



―――私を返せ―――と



「どういう意味だ?」



テンが聞く


レミニアはまさかね、とは思いつつも一つの心当たりを胸の内に見つけ、目を細めて目の前の少年を見つめる


そしてその魔力の本質を体全体で感じ取り、確信する


これは確かにアレの――――


しかし何故あの少年が?



「分体を宿してる・・・?これは本当に驚いたわね」


「あ?分体?それってあれか?生前に魂を分けるってやつのことか?」


「まぁその認識で間違いは無いのだけれど・・・」



全く持って運命とは面白い物だ


クスリと小さな笑いを浮かべ、レミニアはどこからか小さな欠片を取り出した


人差し指と親指でその銀の紐を絡め、その銀の先には美しい翠色の宝石がはめ込まれたペンダントがぶら下がっている


テンはすぐにそのペンダントが翠鋼石と呼ばれる宝石で出来ていると気がついた


僅かに、翠色が鮮やかに光る



「!!カエ・・・セッ!!」


「やーよ」



するとアヤキは俯せていた顔を上げて叫ぶ


右肩の触手が再生しながらどんどんと伸びて近づいてくる


黙視していれば十分に避けられると判断したレミニアはフワリと飛んで距離を取る


余裕を見せた表情で彩輝を見下ろす


くるっとペンダントを指先で回してそのまま裾へと落とす



「やっぱり。あなた、分体ね。道理で真っ先に私を狙ったわけね。あなたこれが欲しいんでしょ?」


「ワタシダ・・・ワタシダッ!!」


「ふふ、欲しければ自力で取ってみなさい。ほらほら」



両手を広げていつでも受け入れるかのようなポーズをとるレミニアだがそんな気は全くないのはテンでも分かる


口調が変わった少年を見てテンは理解が追いつかないと考えるのを止めた


どうやらこの現象には彼女は心当たりがあるようであるので任せるとしよう


さて、なら自らがすべき事とは何なのか?


それはもちろん撤退することである


随分と長居してしまったと思いながら上昇をする


途中襲いかかってきたグリフォンやワイバーンを避けながら血の混じった唾液を吐く



「ったく、召喚主まで襲ってくるなんて聞いてねーぞ」



もしこれが両親なら、彼らを手懐けた手前襲いかかってくることはないのだろうが魔獣にとっては彼はただの獲物にしか見えないのである


僅かにその体内に混じる血の臭いに懐かしさを感じる者があったとしても、気のせいだと思う魔獣が殆どであった



「あぁ、まだ、まだ、行ける・・・かもな」



それでも襲いかかってくる魔獣をひょいひょいと避ける辺り余裕が有るように見えたが、ここまでの傷を負ったのはテンには初めてであり、自らがどこまで戦えるのか分からずにいたために体中ボロボロになってしまっていた


だがこの戦いに置いて自らの力を再確認したテンはそう呟いた


こうしてまた一人、この湖を舞台とした戦いから一人が舞台裏へと消えていった



そして湖の中央にて、黒髪の女性が人知れず虹色の光に包まれた事に、本人すら気がつかず


物語は終盤へと近づく





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