『巣くう者に気がつかず』
これは良い物を見つけた
全く持って予想外だったが、わざわざ様子を見に来た甲斐があったというものだとレミニアは微笑む
ここへ来た目的とは全然関係は無かったのだが予想外の展開にレミニアは心底ワクワクしていた
あの光の球体は虹魚の張った結界である事はすぐに分かった
そしてその中にあるものを見てレミニアの心はさらに浮つく
あそこにあるのはここからでもかなりの上玉の魂であることは恐らく間違いは無いだろう
あれならばあれ(・・)の器に最適そうだ
当初は誰か別の受け皿を用意しようと思っていたが、吸鬼以外でこの受け皿を見つけることが出来るとは思っていなかった
「その魂、いただくよ」
鋭い犬歯をむき出しにした少女は黒の翼で風を切って急降下する
「これは少し失態ね」
ゆっくりと体勢を崩す巨体が、ゆっくりと湖に倒れていく様を彩輝と一条は間近で見ていた
そしてテンをはじき飛ばしたシェリアはそう呟いてため息をついた
彩輝は一体何が起こったのか、目で追うことは出来たが、それを頭の中で整理するのに少々時間がかかってしまった
あの吸鬼が虹魚に触れた途端、突如神速のスピードで攻撃に転じた女性が視界に現れ吸鬼を突き飛ばしてしまった
そのパラソルには生々しい、まだ暖かい血がべっとりと付着している
一滴、また一滴と湖に落ちては薄まって消えていくその血の行方よりも、今は沈み始めた虹魚、そして突如社の上空に現れた光球に彩輝と一条は意識をとられていた
「・・・夕日・・・か。彼女、あそこに居る」
「うん。私にも分かる。あの光の中に・・・夕日ちゃんが居る」
俺も、一条さんもそう口にして互いに頷き会う
理屈では無い。感覚がそう告げている
「あれが何か分かるのかしら?」
ふわり、空中に降り立ったのは白髪の女性、シェリア・ノートラックだった
「たぶん。あそこに、行かないと」
俺は風王奏の力を使ってゆっくりと移動し始める
シェリアは「なら任せるわ」と言って突き飛ばした男の方へと向き直る
「こっちは私が押さえておくから」
「あぁ、ありがとうございます。大丈夫ですか?」
「えぇ、これでも私、この大陸で二番目に強い人間だから」
嘘か本当か、そう言って女性は再び宙に舞った
その無駄のない後ろ姿から視線をそらして、彩輝はスッと腰の剣に意識を向けた
ゆっくりと浮き上がるその不思議な感覚にも慣れてきたなと内心考えながら彩輝は視線をあの光球へと向ける
一体あれが何なのかは分からないが、あそこに彼女が居る
俺が行かなくて、誰が行くんだ
社までそれほど距離は遠くない
「私は、待つよ」
「一条さん?」
突然、後ろから一条さんに声をかけられて俺は振り向く
待つ?
一緒に行く気になっていた俺は少々意表をつかれて開けた口を塞ぐのを忘れてた程だ
塗れた黒髪をジッと見つめる彩輝に、一条はさらに口を開く
「行ってアーヤん。私じゃ、足手纏いになりそう・・・」
そこまで言われて俺はあることに気がついた
此処に来る最中、一条さんにつけられた札のせいでいち早く此処に到着できた
まだ飛ぶことに関してスピードを出すのはそこまで得意じゃない俺にとっては凄く早くついたと思っている
だが自分が下手で制御できなかったせいで俺達二人は水に落ちている
だから今の彼女には戦う術がないのだ
符術を専門に護身していた彼女には今、札は全て水に濡れて駄目になってしまっている
「それに、早く、あれ・・・」
何とか氷にしがみついている一条さんをとりあえず大きめの氷の上に引き上げると、一条さんは俺の後ろ指さした
何を指さしているのだと振り返ると、そこには小さな影が下りてくるのが見える
社の遙か頭上から下りてくるその影は明らかに光球を目指している
人型なのは小さくても分かった
そこから導きだせる結果は一つだけ
魔法のある世界だからといって、人が空を飛ぶことは容易ではないことはこれまでの生活の中で感じ取ってはいた
先ほどの女性は飛んでいたが、まぁたぶん敵じゃないしそんなことはどうでもいいかと思った
どう考えても、あれは吸鬼だ
まだ居たのか、という内心の呟きの中で俺は時間がない事に気がつく
何をする気かは知らないが、あの子に手出しされては困るのだ
だって、守らないといけないから
そうで無いと、俺は自分が自分で居られなくなる気がする
俺はそれ以上何も語らず、ただただ光の光球を目指して空を駆けた
「待ってろ」
帰りを待つ彼女と迎えを待つ少女にそう言い残して
一筋の光は、一瞬にして風となる
そして黒と赤の影が光球の頭上で交わった
ッキィン
赤の短刀と銀の短刀が火花を散らす
「あら、あなたは一体だぁれ?黒髪なんて珍しい」
「お前こそ、何企んでやがるっ!?」
黒い翼に白い髪はまさしくこれまで出会った吸鬼と同じ容姿をしているのを確認して彩輝は二本目の刀を抜き放つ
右手が僅かにミシリ、と
白銀の刀身がレミニアへと迫る
その一撃で相手を戦闘不能にするつもりだった彩輝は一瞬あっけにとられてしまった
その風王奏の一振りを、己の用いる全力の速さで持って振り抜いたつもりだった
だからこそ、呆気なく止められてしまったことに驚きを隠せなかった
こんな小さな女の子に・・・
右肘がギシリ、と
まだ自分の半分ほどの背丈しかない少女に、まさかこの一撃を簡単に受け止められてしまったことに彩輝は我が目を疑った
目の前の出来事を認識した瞬間にはすでに彼女の顔が目前まで迫っていた
「残念」
右肩をがっしりと掴まれ、其処に巨大な魔法陣が浮かび上がる
漆黒の光を放つその小さな魔法陣を視界に捉えた瞬間、右肩に重い衝撃が走った
何か、鈍器で貫かれるかのような重い衝撃波と共に彩輝の体はグルグルと回転しながら湖へと落ちていく
この時点で彩輝の意識は無く、ただただ重力に従って落ちていき、ついには水飛沫をあげて湖へと落ちた
「なぁんだ。思ったより大した事ないじゃないの。さって」
クルリとターンして見下ろす
レミニアは降下を始め、社の上に着地すると広げていた漆黒の翼を折りたたむとその光球を見上げる
「あぁ、近くで感じると更に・・・・・・いいわぁ・・・」
うっとりと見惚れたかのような仕草で頬に手を当てるレミニア
その光球はしっかりと結界に守られているが、よくよく見ると結界が二重式になっているのが分かる
一つ目の結界は人目につかないようにするための、覆うものの存在を隠すための結界だがこれは効力を失いほぼ消えてしまっている
その中にもう一つ、これは物理的なものや魔力を反発させる結界
だが、かなり消耗しているようで時折その光が弱まったりして明滅しているのが分かる
これならば力押しでこじ開けられないこともないと判断したレミニアは両腕に魔力を溜める
腕の先に漆黒の魔法陣が5つ連なって出現する
「ふふ、それでも全力に近いほどの力を出さないと壊れそうもないわ。やっぱり神獣は恐ろしいわね」
レミニアは目を閉じて静かに笑う
そして呪文を紡ぐ
これだけの至近距離なら技を其処まで制御せずに済みそうね
―黒の獣、その息黒く―
一つ目の魔法陣は光る
―黒の息、その音色は重く―
二つ目の魔法陣は光る
―夕闇を告げる音色となり、夜明けを閉ざす音色となり―
三つ目の魔法陣は光る
―闇夜の覇者よ空を染めよう、永久の永久の漆黒に―
四つ目の魔法陣は光る
―黒后福音!(クロキサキノフクイン)―
五つ目の魔法陣が光る
ぎゅんっと腕の先に魔力が集中し、そしてそれは五つの魔法陣を通り、拡大する
それは背後の社を全て吹き飛ばすほどの威力だった
バラバラに砕けた社の破片が周囲に飛び散り、黒の太い光が白い光の球体を包み込む
まるで昼間に光り輝く太陽を埋め尽くしたかのように、空へと斜めの光の柱が生まれた
衝撃を押さえようとレミニアも翼を広げるが、それでもその魔術の威力は小さい体を徐々に水面へと近づける
だがその小さな体が湖まで押し返されるよりも早く、レミニアはその手応えを感じ取った
はがれた!!
魔力の放出を徐々に押さえると、そこには小さな少女の姿があった
小さく体を折りたたんでおり、空中で目を閉じて浮かぶその少女の姿をレミニアはしっかりと目に焼き付けた
「フフ、なかなか、どうして・・・・いいわ。予想以上。魔力も申し分ないわ」
その瞬間、背後に蠢いた影に気がついてレミニアはため息をつきながらゆっくりと振り返る
あぁ、冷たいな
水の感触が新鮮に感じられた
とっくに塗れていたというのに、また湖に入れば冷たさを感じてしまう
服が重い
体が重い
どうなったのだろうあの後?
彩輝は自らが撃墜されたことを悟った
そうか、たしか俺は右肩を・・・折角治して貰ったのにな・・・
・・・・・・・嫌だ
嫌だ。こんなところで終わるのは、嫌だ!
まだ、終わってないのに、俺だけ終わるというのか!?
ふと、脳裏に彼女の顔が浮かんだ
動け動け動けっ!
どうして、どうして体が動かない
どうして水がこんなに重い
さっきの魔法がそんなに強い魔法だったのか
彩輝は水の中で思った
ズキリと肩に痛みが走る
何だ、これ?
――――チカラガホシイ?――――
右肩の異変に気がついた俺は水中だというのに迷うことなく目を見開いた
――――ナラソノミギウデハワタシノモノネ――――
だれだ!?誰だ誰だ誰だ誰だ!?お前は、誰だ!?
脳裏に響いたその言葉は確かに自分の中から響いてきた
俺は左手で右肩を押さえるが、右肩は自分の意思を無視して勝手に動き始めた
戸惑うよりも先に、俺はその右腕を押さえつけようとする
なんだ・・・これは!?
右肩がズキリ、と
だが水中でそう長く息が持つわけもなく、いつの間にか彩輝は気を失ってしまった