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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
三章 ~虹の波紋~
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『頂と獣と神獣と』







「ル・・・オオオオオオオオオオッ!!!」



その雄叫びは最早人の出す声では無かったようにシェリアは感じた


雄叫びは空気を震わせ、波がざわめく


あれはもう人や吸鬼として見ない方が良いだろうとシェリアは判断した


理性を失った獣を人間扱いするなど、あり得ない



「手を、出しますよ?」


『許可しましょう。元気なままでは疲れるのでね。まだ仕事があるので頑張ってくださいね』



虹魚と心の中で、その一言だけの対話をした


初めての経験だったが違和感や驚きなどは無かった



ざりっ



一瞬にして氷の欠片の上に落ちた獣はその変形した四肢を氷にしっかりと突き立てた


姿勢を落とし、まるで獲物を狙う獣のような視線をこちらへと向ける


紅い瞳が帯を引く


黒の両翼がバッと開いたかと思うとその獣は一気にこちらへと飛びかかってきた


まるで水面を滑るかのように接近してくるその獣にシェリアは閉じたパラソルを突き出して迎え撃つ


接近する獣の翼が視界一杯に広がるほど接近した頃、一度そのつばさが大きく羽ばたいた


スッと上昇した獣は視線を上げたシェリアの顔目がけて急降下して腕を振り上げた



「獣ならば、いいわよね」



これまでは大事な一瞬のために出し惜しみしていた能力を、シェリアは使うことに決めた


先ほどの戦闘でもほんの一瞬使ったが、それをただ単にテンはシェリアが持つ脚力によるものだと勘違いしていた


一度見せれば対策はされよう。それほどにシェリアがもつ能力は単純だった


人としては凄いことかも知れないが、見られてしまえば吸鬼にしてはそれで対等だと思われる程度のものなのだ


だから意表を突ける一瞬を待っていた


確実に仕留めることが出来るその一瞬を


だが来なかった


それよりも先にこの吸鬼は獣へと成り下がったのだ


だが目の前にいるこれが獣だというのならばそれはそれで使うことに躊躇う事は無い



「私が何故“西の頂”と呼ばれているのか分かるかしら?」



パラソルがパンッと乾いた音を立てて広がった


そのパラソルは獣の視界を覆い隠す


が、振り上げた腕はそのまま振り下ろされ、変形した黒く鋭い爪がパラソルを引き裂いた



「確かにこの大陸の西には私以上の実力者が居ないから、という意味もあるのだけれどもう一つ――――」



そこにシェリアの姿は無かった


一瞬獲物を見失い、動きを止めた獣の上から声が聞こえてきた



「誰もが私を見下ろすことが出来ないからよ。戦いにも、物理的にも、私は貴方の上に居るのだから」



空を飛んだ(・・・・・)シェリアの強烈な蹴りが、足場の氷を砕く程の勢いで獣の後頭部に直撃した


巨大な水しぶきがあがり、砕けた氷の破片がその水しぶきと共に宙へと巻き上げられ、そして落ちてゆく


ふわりと空中に立ち、水と一緒に飛んできたパラソルを掴むシェリアはあーあとため息を漏らす



「気に入っていたのだけれど・・・ね」



パラソルは見るも無惨に引き裂かれており、本来の役目としては機能しそうに無かった


かろうじて形は残っているが、これでは叩くぐらいにしか使えそうもない


とはいえ、特注で作ってもらったこのパラソルは十分武器として使える強度を持っているため一応まだ持っておくことにした



「まぁいいわ。さぁ、私に跪きなさい」



頂よりシェリア・ノートラックは湖を見下ろした



「あら」



シュッと静かな音を立てて長い触手のような物が水面から飛び出してきた


随分と早かったが、空中に居るシェリアのもとへ届くまでには少し距離が有りすぎた


見切ったシェリアはそお触手を目の前で掴む


真っ黒な、鞭のようなその先は鋭くなっており突き刺さったならば致命傷を負っていたであろうそれを思いっきり引っ張る


ずいぶんと水の抵抗もあったが、無視するかのような腕力でそれを水面へと引きずり出した



「あら、尻尾が生えたの?」



それはどうやら尾のようであった


どうも繋がっている先は男の尻に近い部分であるためシェリアはそれが尾のようであると思ってしまった


引きずり出された獣はサッと体勢を立て直して尾を掴んだままのシェリアを振り回そうとするがどうも動きそうもないと判断すると今度は翼を広げて接近してきた



「結構強めに蹴り飛ばしたつもりなんだけど・・・ねぇっ!!」



手刀で尾を斬り飛ばす


一瞬怯んだ獣だったが、再度加速して突っ込んでくる


痛みすらも感じないのかと思ったがそれを見て僅かばかりの安堵を覚え握ったままの尾の先を湖へと捨てる


効いていないわけでは無さそうだとシェリアはパラソルを振りかぶる


そして突っ込んでくる獣目がけて真横に一閃した


ぶぅんと風をきったその一撃は空を斬っただけに終わる


直前で上昇しようとした獣だったが、ピタリと動きが止まった



「そう簡単に私(頂)の上をとれると思わない事ね」



にっこりと笑って尾を右手で掴み、見上げるシェリアはその尾を思いっきり引っ張った


同時に左手のパラソルを突き上げる


今度は確かにその手に肉を貫く感触が伝わってきた



「・・・心臓を狙ったつもりだったのだけれど」



ぽたりとパラソルを伝ってきた血がシェリアの白い肌に落ちる


パラソルは黒い服を貫き、脇腹へと突き刺さっていた


勢いは止まったが僅かに体重で深くパラソルが突き刺さる


そこでシェリアは気がついた




ソラリと風が吹いてきた


風は後ろからシェリアの短な白い髪を撫でる


虹色の風が二つの人影を包み込んだ


戦闘中だというのに心安らかな気持ちになったシェリアはゆっくりと瞳を閉じる



「ルグ・・・ゥゥゥゥ」



そっと囁きかけるように、それは黒を虹色で染めていく


虹色の羽衣が優しく揺れた



「グ・・ぐぁ・・・」



途端、体を大きく後ろに反らした吸鬼の体から何かが抜けていくのがシェリアにも見えた


苦しそうに堪える吸鬼の体が湖へと落ちていく


ドボンと音を立てたが、誰一人としてその行方を見ている者は居ない


黒い靄がゆっくりと上昇していく



『フフ、あれが彼の魔力ですか。魔力が意思を持つとは面白いですね』


「意思を持つ魔力?」


『彼らが吸鬼として生まれたときから存在する能力の核よ。ただ何をしたのか、彼のには後二つの核が残っているようね』



黒い靄は虹色の光に包まれる


が、あの吸鬼の中にはまだその異能の核が残っているらしい


ならばもう動けない程までに痛めつけておくべきだろう


最後の足掻きで面倒くさいことにはなりたくないシェリアは静かに吸鬼へと氷の欠片を飛び移って近づく


意識はあるようだがそう容易く動くことも出来ないほどに弱っているように見える



「ここまでのようね」



見下ろすシェリア



「どう・・・かな?」


「余裕があるようには見えないわよ?」


「まぁ・・・なぁ・・・・」



氷に掴まる腕も振るえている


声も掠れている


服なんてもうボロ切れだ


これ以上威勢をはる意味が分からない



「だが・・・」


『!?』



虹色の光がはじけ飛ぶ


その閃光を受けてシェリアは視線をそらしてしまった


頭上の黒い靄は随分と小さくなっていたが、一瞬にして最初の量まで戻ってしまう


その黒い靄はまるで狙ったように吸鬼の体へと吸い込まれた



「お帰り・・・・俺」



フッと笑った吸鬼の顔を見て、シェリアは先ほどの現象の理解にたどり着く


残り二つの能力


一つは分からないが、恐らくあの魔獣を呼び寄せた術と関係があるのではと踏んでいる


そしてもう一つ。あの虹を、弾いた


シェリアの攻撃を、魔術を弾いたあの力が彼の力なのだ


“ただ有って弾く能力”


弾く力か。なるほどな・・・



「さぁ、奪うぜ神獣さんよ。その力を、魔力ごと、俺に寄こせぇ!!」



水中で翼が開いた


叫んだ吸鬼は水中より飛び出した


まだ戦えるというのか!?


随分と本気で攻撃を叩き込んでいるというのにまだ倒れないのか・・・!!


シェリアはボロボロのパラソルを吸鬼に向けて構える


今相手の意識は神獣に向いている


相手が奪う力を持っており、それで虹魚の能力を、魔力を奪おうとしている


あのとき体の自由を奪われたのは僅かな時間だったが、こんどは違うとシェリアは分かったのだ


だが、その奪うためには相手と目を合わせなければいけない事を私は知っている


恐らくの仮説だがあっているとは思う


だが、それをどう伝えれば



『目を合わせなければ良いのですね?』


「・・・そうだったわね」



神獣は心に向かって語りかける事が出来ていた


ならば相手の心の中を読むことも当然出来るのだろう


私の意思を読み取った虹魚はユラリと水中へと潜ろうとする


だがそれよりも早く吸鬼が虹魚の背中へと触れた



「悪いな。触るだけでも効果はあるんだよ」



瞬間、私は飛びだした


仮説はあっていたのだろう


ただ別の方法など知らなかっただけで


パラソルの先端が一瞬にして吸鬼の腹部を捉える


だがその感触は硬い


貫くことは出来なかったがその勢いで吸鬼は再び突き飛ばされ水中へと叩き込まれた


しかし湖に起きた異変にシェリアはすぐに気がついた



視線の先にある社。その頭上に巨大な1メートルほどの光球が出現した






 そろそろ頃合いかしらね



そう呟いた少女は麦わら帽子を深くかぶり眼下を見下ろす


神獣が能力を発動させた時点でこの勝負は決まっているようなものである


レミニア・アレスティアはすでに決着のついた勝負から視線をそらした


反らした先には白い翼の生えた白馬が居る


レミニアは数人の吸鬼がここイレータ湖に居ると聞いて様子を見に来たのだが、どうやら二人とは入れ違いになってしまったのかその影は一つしかない


最初は白い髪をした女性がいたのでそれも吸鬼かと思ったのだが翼がないのでどうやら違うようだとレミニアは判断する


罪を犯した吸鬼の翼をもぐという行為は古くにはあったらしいのだが、近代にはその伝統は残っていない


ならば見るからに吸鬼の男と戦っていたあの女性は吸鬼では無いのだろう


レミニアが持つ“ただ有って先を知る能力”はこの吸鬼がもうすでに彼らと戦う意思が残っていないと判断した


ならばこれ以上の戦闘は無いのだろうと少女は一息つく


レミリアの能力はこれからの出来事を知る能力である


例えるならば賭け事


儲けるという結果。破産するという結果。その結果を知る事は出来ないが賭け事をするという事だけが分かる


これから絶対に起こる“出来事”や出来事を起こす“意思”を知ることができるだけであり、起こる出来事の“結果”を知ることは出来ない。それがレミリアの持つ先を知る能力なのだ


それは覆すことの出来ないこれから絶対に起こる出来事を前もって知ることが出来るだけという能力でなのである


たとえば目の前に男が居るとする


何もしていないがその男は自分を殴るのだという事が分かってしまう。だがその殴るという行為の先にある未来を読み取ることは出来ない


避けるのも自分の自由だし、何もせずに殴られるというのも自分の自由だ


避けた先にある未来は分からないし、殴られた先の未来は分からない


レミニアは自分の能力を“確実に定まった出来事を知る”能力だと思っており、結果を知る能力では無いと解釈している


あくまで自分の解釈なので正確には別の判断基準があるのかも知れないが、無意識のうちに線引きしている自分はそれを上手く言葉で表す事が出来ない


たとえば“殴る”という行為は“殴った”という結果では無く、これから殴るという“出来事”なのである


もしかすると殴るという“意思”、その意思によって定まった拳の軌道を読み取っているだけなのかもしれないが


その変が僅かに曖昧なのはまだ自分の能力の扱いが未熟なせいなのだろう


まだまだ自分の能力は未知数で、もっと知らないと行けないことが多いなと思いながらもレミニアは見下ろす


あの吸鬼には今戦意は残っていなかった


戦うという未来は無い


それより先、彼がどうなるのかは自分の能力でも分からないし興味もない


ならばこれ以上ここに残るのも意味が無いことだろう


最初は突然“欲望の解放”を行った吸鬼を見て意外だなと思った


戦うという行為を知ることは出来たがまさか欲望の解放を行うとは思っていなかった


欲望の解放とは吸鬼の理性が己の欲望に負けたときに起こる現象である


欲望を満たすために要らないもの、つまり自分の吸鬼としての意識を取り除く行為である


滅多に起こるものではなく、たいていの吸鬼は一生欲望の解放を行わないことが多い


だから欲望の解放というものを見たのはレミニアも初めてであった


話には聞いていたが、自分はああはなりたくないなと素直に思った


あれはただの退化だ


欲望に負けた吸鬼が獣へと成り下がる、退化なのだ


そんなどうでも良いことを考えていた矢先の邂逅だった



「どうも、吸鬼のプリンセス」


「・・・貴方はもしかして一角天馬殿かしら?」


「そうだよ。いやぁ、吸鬼を束ねる長に会えて僕は嬉しいよ」



一角天馬は馬の顔をしているが、レミニアはその空飛ぶ馬がニッコリと笑うのを見て少々顔が引きつる


神獣とはいえ、普通馬は笑わない


だから不気味だった


だがそれを堪えてレミニアも口を開く



「え、えぇ、こちらこそ神獣に、それも同じ能力を持つ先達に会えるとは思っていなかったわ」


「あぁ、そういえば君は僕と似たような能力を持っていたね。同じじゃないけどかなり近い系統ではあるけどね」



一角天馬は未来を知る事が出来るという伝承が古くから残っている


その能力のおかげで、極寒の北の大地は人が住める程度まで開拓が進んだとも言われている程である


確認の意味を込めた発言だったが、どうやら伝承は本当だったらしい


そればかりか自分の能力まで知られているとは思わなかった



「それで、その神獣様が一体私に何の用事かしら?」


「興味が湧いてね」


「・・・そう」



全く想像がつかなかったし、その真意を読み取れなかったレミニアは難しい顔をして考え込む


心当たりなど一つもないし、自分も一角天馬を今現在関わる必要が有るかと問われれば無いのである


一体何の用事があって一吸鬼の私に神獣が話しかけてくるのか


一角天馬は今度は口を動かさず念話で話しかけてきた



『君はまだ消えるべきでは無い。だから今すぐこの湖から離れた方が良い』


「そう・・・ね。その口調だと何か起こるようね。残念ながら私には見えないわ。阻止することが出来るという事はつまり、確定した未来では無い。だけれども、教えてくれる訳ないのでしょうね」


『もちのろんだよ』


「では、貴方は私が今から何をするかは見えるのかしら?」


『おっと、そこまでは見てこなかったな。虹魚の土地で力を押さえれている僕はこの土地では未来を見ることが出来ない。ならばどうして君の考えが読めようか。ただ、何かをするつもりなら急ぐといい。君には此処で消えて貰ったらまずいんだよ』


「・・・その保険は確かに聞き届けたわ。其処まで言うのなら私にはさぞかし重要な役割があるようね。何とは聞かないけれども」



レミニアは話はおしまいと翼を広げ片手を軽く上げて一角天馬に別れを告げる


目指した先は湖の社。光球が照らし出す社へ



「いいものみーつけた」





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