『自らの成すべき事』
少女は黒髪のポニーテールをほどく
艶やかな漆黒がサラリと風になびき、少女はにっこりとこちらに微笑みかけると口を開いた
「さて、何から聞きたい?って聞いてる暇は君たちにあるの?」
今や、突如として現れた無数の魔法陣から魔獣が現れてきている
空を舞う者
地を駆ける者
水を泳ぐ者
所狭しと地獄を再現した吸鬼の姿は、何も無かった湖の時に比べて今や何処にいるのかすら分からない
「一つだけ。君は湊千尋ちゃん本人なのか?」
彩輝はどうしても聞きたいことを一つだけ質問することにした
確かに彼女の姿は元の世界に居た時、つまりバスで見かけた時と全く同じ姿をしている
声も―――たぶん一緒だ
なのに心の奥底から感じる感情、言葉で言い表し辛いのだが、彼女はその時と違う気がするのだ
その感情が湧き上がってきたのは少し前、湖の中央から黒の魔力の波動を感じる一瞬前だった
その感じは黒の魔力に掻き消されてしまったが、それは確かにあった
それが誰のものであるかも
「極端な話、私は湊千尋では無いよ。そもそも湊千尋という存在は何処にも存在していないんだ」
「それってどういう・・・」
一条さんが口を挟む
理解出来ないという顔だ
たしかに俺も理解が出来ない
湊千尋本人から湊千尋は存在しないと言われても理解できる訳無い
矛盾も良いところだ
その顔を見てクスリと笑った千尋ちゃん?(現状は湊千尋と記す)は補足を付け加えた
「確かにここには少女の肉体は存在しているし、私本人は湊千尋と名乗っていた訳だから分からなくなるのは当たり前だよね。一条唯と桜彩輝」
背後で魔獣が斬りつけられる音が聞こえた
絶命した魔獣が地面に横たわり、突き飛ばされた魔獣の体は湖へ落ち、また斬りつけられた別の魔獣が叫び声を上げる
どうやらこの周辺の警護をしてくれているようだ
時折グリフォンの鳴き声も聞こえるが、魔法陣から出てきたグリフォンの鳴き声なのか、アリスが操っていたグリフォンなのか彩輝には判断出来なかった
が、なにやらもめている様子の俺たちの周囲を守ってくれているようだった
カイさんの仮面と、ゼンさんの背中と、シャンさんの黒鎌と、ルオさんの大槍と、グリフォンの羽が視界の隅で見え隠れする
彼らのためにも、早めにこの質問の意味だけを聞き行動を起こさなければならない
これからどうするかなんてここに居る誰もが指示を受けている訳ではない
ただ身を守るために戦っているだけなのだ
そして俺たち三人の後ろで静かに物事を見定めようとしているのは一人の青年
何を考えているかは分からないが、静かに周囲の様子と俺たちの様子を窺っている
ただの青年ではない、とはリクの師匠のゼンさんも言っていた
天才
俺は後ろは気にせずに、ただただ目の前の事実にだけ向き直る
「つまり、あなたは誰なの?湊千尋と名乗っていた千尋ちゃんじゃないあなたは!?」
声を張り上げ一条さんが少女に詰め寄る
切羽詰まった険しい顔だと思った
どう考えても、小学一年生に向ける声や表情では無い
そもそも彼女は小学一年生ではないと思う
だからだろう。一条さんが此処まで強く言うのはこれまであまり見たことがなかった
「そうだね。まぁこれ以上隠す意味も無いから簡単に説明しよう。私は平の名を冠すとある娘。上総氏とも呼ばれていた頃もあったけど、あんまり昔の事は忘れちゃった」
「平?上総氏?名前からして日本の人間の名前だよね?」
俺はその二つの名前に今ピンと来る人名は浮かばない
ただ平というのはこれまでずっと、平氏と源氏とか平清盛とかの歴史の授業でやって来ていたためにぱっと浮かんだが、上総氏というのは聞いたことが無かった
ただ彼女が昔、というので恐らくそれほど近い時代の人間では無いのだろう
「あぁ、あんまり名前は気にしなくて良いよ。名前とか家柄とか、それくらいに古い事は大して関係ないからね。さて、私は君たちとは違う時代から此処に来ている訳なんだけど、色々あって今はこの湊夕日の体を使わせて貰っているよ」
「その理由は後々ゆっくりと聞かせて貰うとして、当の本人、その夕日とか言うのがその体の本当の名前であり、その体の本当の人格なんだな?」
「うん。そうだよ。まぁちょっとは記憶も共有してるよ。現代って便利になってるね。時代に取り残された気分。まぁいいや。それでその湊夕日の精神は今この湖の中央に居るんだけど」
一条さんはバッと振り返って湖へと振り返るが、俺はそのままその少女の瞳を見つめこれまでずいぶんと演技が上手かったなと思った
ジッと見つめ返して目をそらさない少女はまたもやにこりと笑った
「そろそろ迎えに行ってきたら?待ってるよ、夕日ちゃん」
「・・・・・・もう一つ聞いて良いか?」
「何?」
「いつから・・・一体いつからその体に君は居るんだ?」
俺が湊千尋という名前を最初に聞直いたのは水鏡を通して会話をしたあの時だ
あの時は突如異世界に飛ばされた前なのである
その夕日ちゃん本人の精神が、何故こんな遠く離れた地の湖にあるのだという疑問がわき上がってきた
その質問に少女は広がった黒髪を揺らして答える
「最初から。精霊台を通ったその瞬間にはもう、この体には私が宿っていたよ」
そうか
声には出さなかったが、口はそう動いていたような気がして俺は少女から目を反らした
何でだろう
今は無性に、その湊夕日という存在を迎えに行きたくなっているのだ
「後悔する前に、行った方が良いんじゃない?」
「!!・・・それも、そうか」
遅いより、早いほうが良い
いつの間にか彼女にも、俺が後悔したくないという思いが異常に強い人間なのだと知られていたらしい
まぁ正直そんなことはどうでもよかった
剣を握る手の感触が、しっかりと伝わってくる
一条さんが手を差し出してくる
頷く年上の女性の顔を見て、覚悟なんて聞く必要もないと俺は頷いた
細い手を掴みしっかりと目的の場所を見据えた
カイさんに教えて貰ったとおり、俺はその日本刀を振った
そして大地を蹴る
風が体を後押しする
追い風が心地よかった
背中を押されている気がして
目の前の障害なんて、関係ない
「其処をどけえええええええええええ!!」
目の前に迫る幾つもの影がどんどんと近づいてくる
それの一匹がこちらを見つける
瞬間、ワイバーンの意識は漆黒へと落ちていった
俺はそのワイバーンの首を刎ねると、その巨体はぐらりと体勢を崩して湖へと落ちていった
その様子を確認するまでもなく、俺は風に乗って空を駆けた
まるで背中に翼があるように感じていた
きっとその翼は―――――紅色だ
緋色の短剣が鞘の中で静かに見守っている気がした
俺とワイバーンの叫び声で気がついた周囲の魔獣の視線を一身に受けてなお、体は竦むことなく自信に満ちあふれていた
繋ぐ手からは心の温もりが流れてきていた
「援護するよアーヤん!私だって多少は戦えるからね」
「左側は任せました!」
「了解っ!!」
刀を右手に持つ為、どうしても左手を繋いでいると左には攻撃が届かなくなる
まぁいざというときには体を入れ替えて攻撃を受けることはできるのだが
こういうときに自分一人で切り抜けられる実力があればなぁと思う
でもこれはこれで良い物だなと思ったのも確かだった
「煌めけ!スターシューターッ!!」
すると彩輝の左側から狙ったように二匹のワイバーンが飛び込んできた
その二体目がけて札を取り出し、投げつける
一条が叫ぶと、札からは星を撒き散らしながら二つのレーザーが発射された
ワイバーンの硬い鱗をいとも簡単に突き破り、背後で飛び回る数体の魔獣にも命中したのを一条は確かに確認した
叫びながら落ちていく二つの影を見送り、湖の中央へと視線を戻した
湊・・・夕日・・・
本当のあの子に会いたかった
「邪魔だっ!!」
正面の敵はまるで紙で出来ているかのような手応えしかない
真っ二つになったグリフォンの体を飛び越え、猛スピードで湖の中央へと向かう彩輝
もういくつの敵を倒しただろうか。もはや数なんて数えていない
カイに教えて貰った風王奏を使った飛行術をこんなところで使うことになるとはあのときは全然思わなかった
心の中でカイに感謝した彩輝はもう少しだ、そう思った
湖の中央、虹色の神獣の元に、湊夕日の精神の元へと
「ッガアアアアアァアァァ!!」
「っ!?」
「きゃっ!」
俺は突如視界に現れた巨大な頭を見て急上昇した
何が起こったのか分からなかった一条さんは目を回して悲鳴を上げている
「っく・・・なんだあのでけーの・・・」
急停止、勢いを削がれた彩輝は後ろに距離をとって突如現れた見たことの無い魔獣の全体像を眺める
それは巨大な甲羅が亀を連想させるがその水中から伸びる長い首はまるでクビナガリュウのようだ
その長い首をグッと後ろへと曲げる
「何をする気だ?」
魔獣は曲げていた首を一気にこちらへ伸ばし、そして口を開いた
咄嗟に回避をしようと距離をとる
すると魔獣の口からはあり得ないような量の水が出てきた
まるで意思を持つ蛇のような動きをするその水の渦は鞭のように撓り、辺りをなで回す
よくよく見ると水の鞭は渦を巻いており、触れれば恐らく巻き込まれてしまうであろうことは簡単に予想出来た
だが、あれ程長い首は狙いやすい
彩輝は風王奏を大きく振りかぶり、横に一閃振り切った
風の刃が瞬間にして水の渦へと直撃、水がはじけ飛んだ
其処に左斜めに剣を振り上げた
もう一筋の風がその長い首目がけて飛んでいく
―――当たった!
そう錯覚してしまった
巨大な首がまるでポンプのように何かをくみ上げる
そして吐き出されたのは先ほどとは違い、超大量の水を一度に吐き出したのだ
まるでそれは津波の弾丸とでもいうような物だった
打ち出した首も反動で大きく反り返ってしまっているが、それだけの威力はあるだろうと思った
風の刃は水を切り裂くと思ったが、その風の刃を飲み込んでなお勢いは衰えない
「くっそ!!」
まだ風王奏の力を使いこなせない俺に、力押しであの水の弾丸を止める自信は無かった
ならばと俺は一度風王奏を鞘に仕舞い、すぐさま紅の短剣を取り出す
なれたこれなら力押しできる
体内の火の魔力を集め、そして剣に纏わせる
だがそれだけでは駄目だ
それを起点にして俺は前方に向かって大量の火の魔力を放出する
そして
「どりゃぁぁああ!」
水の弾丸が目前まで迫った瞬間、その水に取り込まれた魔力に俺は剣の炎を注ぎ込む
すると、一瞬にして視界に光が炸裂し、そして次の瞬間には水は爆発と同時に四散、蒸発した
「あー、上手くいってよかった」
その呟きを聞いていたのか、焦った顔で一条さんがこちらを向いて声を張り上げた
「あっアーヤん!?それって確証あってやったんじゃないの?」
「いえ?思いつきですけど何か?」
もちろんぶっつけ本番だと伝える
「・・・・ううん。なんでもない」
もういいやーという顔で一条さんは明後日の方向を眺めた
だが、まだ俺は気を抜けない
戦闘は終わっていないのだ
風王奏に持ち変えるのも面倒だと俺はそのまま火で挑むことにする
一度だけ見たあの技を使ってみることにしよう
イメージはきっとソーレにも届いているはずだ
「行くぞ、炎月刃!!」
炎が剣から解き放たれ、三日月の刃となって長い首に直撃して炎は霧散しながらも小さな爆発を起こした
「ッオオオオ!!」
大きく首を反らすその魔獣の首には尋常ではないほどのやけど跡が残っていた
それを見て俺は火には弱そうだなと思った
こういう勘は結構あたったりするものだ
一気に加速、接近、そして傷跡目がけて炎の短刀でその魔獣の首を跳ねた
呆気なく跳ね飛ばされた首からは水と血がぼたぼたと溢れ出る
その亡骸を無視し、俺は一条さんと共に湖の中央を目指す
どうやら慣れてしまえば風王奏を鞘に戻した状態でも飛べるようだ
「加速するよアーヤん!ロケットぶーすたああああ!!」
「ちょ、え!?」
突然叫びだした一条さんが何か札を取り出した
札に何が書かれているかは分からないが、なんだか嫌な予感がした
カイさん曰く、一条さんが使う符術は術式を根底から覆した符術らしい
なんでもむちゃくちゃな式で読み取ることすら難しく、また読み取ったとしてもそこからどんな効果が発動するのか全く分からないのだという
数式に例えるなら、答えと式と符号がグチャグチャに混ざり合っているようなものらしい
そんなむちゃくちゃな式がいくつも重なり合い、これまでならあり得なかったような効果を発動するような符術を使いこなす一条さんだったが本人はそんなに意識はしていないらしい
最早呆れて何も言えないカイさんだったが、俺も正直これまで彼女が使ってきた符術の事を考えると何でも有りじゃないかと思ってしまうのもまた確かで
今回もどうせ何が起こるのかは分からないのだろうが、彼女の言葉から予想するにどうやら今から俺は吹っ飛んでいくらしかった
ブースターとか今そんなことをされたら・・・
「うおああ!?」
どうせ勢いの調整なんて出来るなんて期待はしていなかったさ
一条さんは俺の背中にその札を貼り付けた
瞬間、キラリと背中が光った気がして、俺はグンとエビ反りになって高速で飛んでいく
確かに魔獣の密集地帯は抜けたけどっ!
い、息ができねっ・・・!!
そしてそんな体勢が何時までも持つはずもなく、数秒とたたないうちに空気の抵抗と加速の勢いに負けた俺の体はグルグルとバランスを崩し水面へと叩きつけられた
その一瞬前に俺の手からはじき飛ばされた一条さんもまた水面へと落ちた
何となく、また水に落ちたなぁなんて思いながら俺は水を吸って重くなった服を着たまま水面へと顔を出す
「せめて俺の許可ぐらい取ってからやって欲しかったぜ・・・」
「ぶはっ・・・たはは・・・思ったより早かったわ・・ごほっ」
一条さんも浮かび上がってきたところで俺は後ろを向いた
其処には虹色の鱗を纏った神獣が鎮座していた
大きく、されど静かに佇むその神獣の名は虹魚
西の湖の主である
そしてそれが見つめるのは異形の存在だった
「お前の力、貰うぜ」
「さぁて、そう上手くいくと思っているのですか?」
「いや、だが自分の力を使い切ってお前の力を奪うことが出来れば、逃げる分にはそれだけでおつりが十分に来るってもんだ」
テンは目の前に佇む神獣を見下ろす
呼ぶ能力を使い、無数の魔獣をこの湖へと呼び寄せた
非力ではあるが、数で押し切れない相手だとは思わなかった。少なくとも今は、だ
見るからに虹魚の力は減少している
もし一角天馬が参戦してくるようならば正直引く可能性を考慮していた
それだけ精神的には落ち着いていたと自分では思っている
当初、このイベントを行うに当たって最も警戒すべきは一角天馬であった
運命を知ることが出来る一角天馬がもし、虹魚の危機を読み取ってこちらへ向かってきていた場合の事を考えていなかったわけではなかった
事実、予想通りに一角天馬は湖に現れた
しかし予定通りには行かない物である
次から次に邪魔者が現れたため、ハチとゴの二人は自分の仕事を終わらせてさっさと帰ってしまった
三人いれば何とかなったかもしれないが、そもそも虹魚の力を奪うという予定は無かったために当たり前かも知れない
むしろ自分がこうして虹魚と相対している状況こそが当初の予定と狂っている
もし虹魚が結界を破った場合、魔獣の復活とマナの結晶化という二人の邪魔を阻止する人材として俺にその足止めの仕事が割り振られていた
だが二人の仕事は終わっている。なら何故俺は此処に一人残って虹魚とにらみ合っているのか
弱っているとはいえ神獣は侮れない
一対一では正直分が悪いのは分かり切っている
自分がある程度強いことを考慮しても五分五分に持って行ければ良い方だとここに来るまでには考えていた
だがこうして俺は自分の為に此処に居る
自分が此処まで力を欲していたとは思ってもいなかった
自分で自分を制御出来ないのを感じていた
というより制御する必要が無いと感じている
なぜなら本望だからだ
望んでいた物が目の前にあるのだ
欲して何が悪い
「奪う。俺は奪う者。俺はお前の力を奪いたい。それが俺、テン・ティニート・・・そう・・・俺は・・・奪う者・・・」
それが俺の本質
それは誰にも否定させない
自分が欲しかった物はすべて自分で奪ってしまった
だからこの奪う能力が嫌いだった
だけど、分かってしまった
奪うことこそ自分に最も相応しい事なのだと
奪うことこそ自分の本質なのだと
奪うことこそ自らの欲望の全てなのだと
認めたのだ
その瞬間、奪いたいという欲望が吸鬼の体を内側から包み込んだ
深紅の瞳が虹色を映す
「奪う・・・奪う・・・ヨコセ・・・ヨコセヨコセ・・・・ウバウ・・・ウ・・ウバ・・・アアアアアアアアアアアアアアア!!!」
広げた翼が軋む
喉が枯れる
深紅の瞳が白目をも浸食する
白い髪がぐんと急速に伸び、犬歯が僅かに鋭く伸びる
指は全て獲物を捕らえる獣のように
「理性が歪んでしまいましたね。歪がどれだけ正を真似たところで、所詮歪は歪。貴方は欲望に負け、獣となってしまった」
コフー
コフー
「可哀想に。自我を失い、理性を失い、心を失い、あるのは欲望だけ。なんと空しき存在か」
そっと瞳を閉じ、虹魚は一人言葉を紡ぐ
その言葉はきっと吸鬼の心には届いていないけれど
「ですが、私の湖で良かったですね。せめて貴方の歪、私が取り除きましょう」
それでも虹魚は言葉を紡ぐ
それがきっと救いになる一筋の光となることを願い
「西の湖が浄化の神獣虹魚は、貴方の歪を正しましょう」
その時、どこからともなく二つの光が叫び声と共に降ってきた
その頃、二つの人影が山道を駆け上っていた
日頃の力仕事のおかげか、息はまだ持ちそうだ
自分のやるべき事が、何となく分かったのだ
あれだけの魔獣が湖に集まっている
だがそれにしては妙だと思った
何故湖の外へと出て行かないのか
呼び出された魔獣が何かしらの契約で魔法陣より遠くに行けないのか、それとも自分の意思でその場へ留まっているのかは分からなかった
だがその行動範囲はかなり広い
湖の中央から近隣の町を巻き込むだけの範囲に魔獣は行動範囲を広げているらしい
恐らくここだけでなく様々な町で魔獣が暴れているのだろう
いくつかの町からは煙も上がっているのが湖からでも見えた
出来る限り止めなければ行けない
だが力のない自分が一体何を出来るかと考えたとき、一つのアイディアが思い浮かんだのだ
火薬師として受け継いできた仕事と共に、この仕事の頭領には代々受け継がれてきた物があるのだ
現代では作り出すことの出来ない、太古の技術で作られた謎のアイテム
あれを使えば・・・そう思ったリクはそれを親方に進言した
「しかし・・・」
それを今使って良いのかどうかゼンは迷っていた
確かに使い方は受け継がれているが、効果が具体的に分からないうえに一つしかないそれを今代で使ってしまって良いのかと悩んだのだ
もしかすれば後々本当にこれを使う機会があるのかもしれないと思うとやはり使用を躊躇われた
その自分の背中を押したのが弟子のリクだった
「後の機会?そんなものそのときに考えればいいんです!もしかしたらこれが使う最後の機会なのかも知れないじゃないですか!沢山の人が苦しんでる!みんな戦ってる!こんな時の為に作られた物を今使わずに何時使うんですか!!」
「・・・・そう・・・だな。俺はどうかしていたようだ。おい、俺たちは今からあの魔獣を止めるために一度あの山に向かってくる!それまでに湖の周辺にいる奴らを避難させてくれ」
ゼンはそこで戦っている知り合ったばかりの何人かに伝える
すると仮面の騎士がこちらへ駆け寄ってきた
「考えがあるのか?」
「あぁ。一つだけな。正直どうなるかは分からんが、これ以上時間をかけて被害を拡大させるのはまずいと思ってな」
「・・・そうか。この湖はお前達の場所だ。よそ者の俺が口出しする事ではないからな。俺はそれに従おう。では準備が整い次第何らかの手段で合図を送ろう。山の上からでも分かるような合図をな」
「分かった。それと、出来る限り魔獣を湖へと押し戻してくれた方が助かるかも知れない」
「・・・厳しいがやってみよう。あそこに居る何人かで手分けして周囲の町の援護に向かい、ある程度魔獣が湖へと集まった状態で合図を出そう」
「よし、では行ってくる」
「あぁ。こちらの方は任せておけ」
そう仮面の騎士に言い残してゼンとリクは山を駆け上る
目指すのは工房
そこに厳重に収められた“虹の宝玉”を使う時が遂に来たのだ
しばらくして工房へとたどり着き、二人は息を落ち着かせ、そこで二手に分かれた
リクはゼンに大筒の準備をしてくれと頼まれ、倉庫へ向かって駆けていった
虹の宝玉と同時にその大筒も代々受け継がれてきた物である
ゼンは虹の宝玉を取り出すため、厳重にかけられた幾つもの鍵を取り外していく
錠前ががらんがらんと床に落ちる
それを足で蹴飛ばし、扉を開ける
暗い部屋に明かりを灯し、その部屋の一番奥にこれまた四方に四つの鍵をつけられた箱を見つける
それを慎重に引っ張り出し、全ての鍵を開ける
これを見るのは初めてだ
人の手によって作られた宝玉と聞いていたそれを使い方から予想すれば大砲のようなものかと連想させられたが普通の大砲じゃない様子に内心ホッとしていた
その宝玉には浄化の力が宿り、悪意や邪悪、魔を払うと言い伝えられている
一体何時、誰が、何のために作ったのかは定かでないがそれは確かに球体をしていおり、宝玉と言い伝えられるだけはあるなと思った
しかしそれは宝玉という割には宝石ではないらしい
「此奴が“虹の宝玉”・・・」
たった一度しか使えない大切な物だと先代頭領からきつく言い聞かされていた
俺もまたリクにそう伝え、火薬師の職を下りるものだと勝手に思っていた
まさか俺がこれを使う日がくるとは思っていなかった
宝玉の大きさはおよそ一メートルほどであり、宝玉には隙間がない程の札が貼られている
名前のように虹色に光り輝く玉を想像していた為、そのへんは少し予想外だった
そこへ大筒を出し終えたリクが戻ってきた
リクと二人で箱ごと台車に乗せて外へと運ぶ
大筒にも滑車がついており、思いとはいえ一人で動かすことは可能だったらしい
確かに大筒の口は湖の方を向いている
そして大筒に宝玉を詰め込んだ
あとは合図を待つだけだと二人は湖を眺めた
湖には遠くからでも分かるほどに魔獣に埋め尽くされていた
「・・・元に戻るといいっすね」
「そうだな。そして此奴が本当に役に立つことを祈ろう」
「そのまま湖にぽちゃんなんて想像はしたくないっすねー」
「演技でもないことを言うな。あいつ等は見知らぬ俺たちを信じてくれているんだ」
「大丈夫ですよ。親方は仕事をミスした事なんて無いじゃないッっすか」
「・・・それもそうか。なら俺たちも信じようか。こいつが、代々受け継がれるだけの代物であることを」