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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
三章 ~虹の波紋~
89/154

『奪う者と奪われた者』


膝をついた


何年ぶりだろうか


シェリアは右手で体が倒れないように氷に手をついた


ひんやりというよりかは冷たさにすぐ手を離してしまったが、それよりも腹部の痛みの方が強い


ゆっくりと過去を思い出す


最後に膝をついたのはいつだったか


そう、あれは北の双刀に負けた時だ


あれは屈辱的だった


あのとき我を忘れて暴れまわったのも今にして思えばいい思い出だ


今戦えば勝てるかしら?


あのときは己の未熟さに怒りを覚えた


だけど、今回は違う


何故かは分からなかったが突如体が全く動かなくなったのだ


反応できない早さでは無かった


なのに、動けなかった


何かをされた?


あの男はなんと言っていた?


奪った?


何を・・・?そうか、あの瞬間私は奪われたのだ



体の自由を



なるほどそれならあの男が自信ありげに自分に勝負を挑むのも分かる


それと同時に、どうすれば良いのかと考える


おそらく彼の言う奪う(・・)という行為は相手から物体、そして目に見えないものを奪うことが出来る能力だと推測する


それはあの男も言っていたし、現に自分の体の自由を奪われたのだから間違いは無いはず


だが、何かが引っかかる


そう・・・それは




「何時までも止まってんじゃねえよおっ!!」


「ぐ・・・!」



咄嗟に目の前に走り込んできた吸鬼の蹴りを右手ではじく


苦痛にゆがんだ顔があの吸鬼にも見えているだろう


シェリアはそのまま左手で腹部を押さえたまま後方に飛んで距離を取る


それだけの行為にもずきりと痛むお腹



「っ・・・」



着地の衝撃で再び痛む


だが視線は正面を向けたまま、視線を男に向ける


何か策があるはずだ


『この世に万能などありはしない』


それはシェリアが北の双刀から言われた言葉であった


あるのは表と裏だけ


誕生があり終焉がある


天空があり大地がある


壊れぬものなどありはしない


消えぬものなどありはしない


すべての事象事柄に、綻びのない完全なものなどありはしない。絶対という言葉は存在しないのだ


ならば対策法ぐらいどこかにあるはずだとシェリアは考える


そう思わなければやっていけないものであるとシェリアは常々思うようになってきた


まず発動条件だが、これはまだ分からない


事前に奪う能力を発動させることが分かっていれば避けることもできるかも知れないが、そのためには相手の能力が何度か発動してみないとどうともいえない


頭で思うだけで発動するならこれ程厄介なものはないのだが、呪文や道具によるものではないのは先ほど見たとおりだ


そのリスクを冒すぐらいなら先に相手を倒してしまった方が楽だろう


恐らく身体的な能力で言えば自分の方が秀でているとは思う


女の身ということもあり耐久面は多少弱いところもあるがそれは攻撃を受けなければいいはなしである


そのために体の自由を奪われたくないというのが一番にある


・・・・試してみようかしら


もしかすると・・・と思うところが一つあり、シェリアは男に悟られないように自然に視線を伏せた



「おら、まさかこんな程度じゃねぇよなぁ?」



期待はずれと言っているような物だ


挑発か、それとも本音か


直接見ずとも相手が接近してくるのが気配で分かる


そして、十分に引きつけたうえで後方に飛んで一気に距離をとる


だが今度は自らの動きを制限された感じはしなかった


いつも通りに動く自分の体を見て、予測の内の一つに僅かだが可能性を感じ取った


先ほどと今回の自分の行動の変化は相手を見ていたかどうかだった


元々魔術でない異能だということを前提にすれば、その能力を発動をするための条件は自然とその直前の行動に隠されているものだと予想したシェリアは予測の一つに目を合わせるということがあった


いくつか他にも予想を立てたが、その中でも一番あり得そうなものを試してみたのだが予測的中かもしれない


その理由の一つに相手の能力と効果が関係してくる


恐らく、ではあるが相手の能力“ただ有って奪う能力”は相手から物体非物体問わず奪える能力だろう


単純に考えればとても厄介な能力だ


動きを止めればどんな強い相手でも簡単に無力化できる


先ほどこちらへ強烈な蹴りを叩き込んだ吸鬼だったが、蹴りといよりは足を突き出して真っ直ぐ突っ込んできたような攻撃だった


確かに威力も高いし動きが捕れない相手に対しては容易に当てることが可能だ


しかし其処が僅かに引っかかる


全ての行動に意味がある。そう思って行動すれば相手の何気ない一つ一つの動作がどれも怪しく見えてくるものである


そこでシェリアは、奪うということは相手から奪ったものを手に入れてしまうということだ


ならば、奪われた体の自由は何処に行った?


あの吸鬼に奪われた私の体の自由はあの吸鬼のものになってしまったのではないか?


ならば、あの吸鬼が私の体の自由を奪っているならば、あの吸鬼はどうやって自分の体を自由に動かしているのか?


いや、あの吸鬼が奪ったのは体を動かそうとする意思・・を奪ったのだ


そう考えるとつじつまが合う


だから自分の意思で体が動かなかった


動かそうとしても、その情報が体に伝わっていないのだから動かないのは当たり前だ


そしてシェリアの意思を奪うということを継続するならば、あの吸鬼は自分の体を動かす意識ができないのではないか


なぜなら今吸鬼の意思はシェリアの意思を奪うという行為を行っているから


相手の意思を奪うと同時に、自分の体の動きを封じられているのだ


それ故にあの蹴り


そして何処でその意思を奪われたのか。目を合わせた瞬間以外に思い浮かぶことは無い


それ以外の状態で奪われているのならば自分に勝ち目は無いだろうとは思っていた


が、どうやらその仮説は正しかったようだとシェリアは口元に笑みを浮かべる





気づかれたか?いや、だがそんなはずは無い


テンはテンであっさりと自分の能力がかわされた事に気がついていた


目を合わせずに回避された瞬間はまさか能力の効果が分かっていないとできない回避方法だ


なぜなら相手の動きを見ずにかわすなんて事を殺し合いの中でやる必要は何処にも無いからだ


事実、これまで自分の能力を世間で試す機会は少なかったとはいえ、そう簡単にカラクリがばれるような代物だとは思ったことはなかった


一体誰が目を合わせるだけで能力が発動するなどと思うのだろうか



だからこそ驚いた


視界を防いで尚かつこちらの攻撃も避けるほどの実力の差があるとは思わなかったからだ


見なくても勝てる・・・?


シェリアはクスリと笑ってこちらを見た


目をつぶってこちらを見た


余裕だと、そう言われている気がした



「ふざけんなぁ!!」



後悔させてやる!そう心の中で付け足してシェリアを睨みつける


一気にマナを取り込む


目には見えないが、シェリアもじわじわと漏れるその黒い魔力を肌で感じる



「お前も、お前もその目を・・・その目をっ!!ヒロツネと同じ目をするのかっ!!」


「ヒロツネ・・・?」


「いいぜ、お前もあいつと同じように殺してやる。目を塞いだくらいで勝てると思うなよ。ルビッシュナイトォ!!」



まるでテンを中心に広がる魔力の波を感じ取り、シェリアは出来る限り後退をする


カイの広げた氷の台座がこのときばかりは小さく感じられた


何か来る、とは予想できた


詠唱は無かったが恐らくは魔術の類だろう


それもかなり高位の


意識を研ぎ澄ませれば魔力が束になって押し寄せてくるのが分かる


それを感じ取って意識を避けることに集中させる


視認できないいじょう、自分の感覚のみが頼りなのである


斜め上方から幾つもの魔力の束がこちらへ向かってくる


形状は先の尖った触手のような感じであると感じ取ったシェリアは最初の一発を横へと飛び退いて避ける


後ろはすでに湖のために動けないということで移動は左右、あるいは前に限られてくる


その分相手の方が僅かに優位に立っている


動きを制限された相手を追いつめる事ほど簡単な事はない


氷の砕ける音がした


立て続けに氷が砕ける音が聞こえ、それは徐々にこちらに近づいてくる


逃げるように走るシェリアは途中で放り出したパラソルを拾い上げ、それを投擲する



「ぐっ!?」



投げてからの速度は一瞬だった


弾こうと思った瞬間にはすでに、手を離れてから一秒とたたないうちに投擲されたパラソルの先がテンの右肩に直撃した


元々氷上ということもありバランスを崩したテンはそのまま足を滑らせ転倒する


クッと向きを変えてシェリアはテンの位置へと走り寄る



「ばかめ」


「!!」



シェリアは咄嗟に方向を変えて距離をとった


瞬間、氷が抉れた


テンの周囲に巨大な黒い渦が発生したのだ


氷を剔りながら回転するその黒い渦は天高くへと削り取った氷を巻き上げ、そしてゆっくりと消えていく


パラパラと氷の礫が降ってくる



「けっ、避けるのか。なんつー反射神経と即断力だ。四天王っていうだけはあるな。こりゃ目を開けられてちゃ互角とは行かなかったかもな」


「自信過剰すぎよ。目を瞑って互角?笑わせるわね。私の二つ名はそこまで安くはないわよ」


「笑ってねぇ女にそんなこと言われてもなぁ・・・っ」



テンはパラソルを右肩から引き抜き放り投げる


苦痛に歪んだ顔はシェリアには見えない



「まぁいいか。あんたはつえぇよ。俺が思った以上に」


「あら、それは光栄ね。あなたもなかなかのものよ」



テンはそろそろ引き上げ時かと思い始めた


一応自分から望んだと事とはいえ、四天王ともっと戦いたいと思う一方でそろそろ限界が近いと感じているのも確かだった


目を瞑った状況でまさかあそこまで術をかわされたあげく、投擲されたパラソルは自分の体に直撃している


遠距離から狙い打てなかった相手に攻撃され、これ以上右腕をあまり酷使したくはない


とはいえ、自分の最速の術をああも簡単に避けられるのならばもはやあの人影に技を当てるのはかなり至難の業だ


思いつくこととしては超巨大な一発を叩き込むことぐらいだが、そんな事をしては自分の体も持たないうえに逃げられない自分も巻き添えを食らってしまうので当然却下だ


自分から望んだ割には呆気なくやられてるなと自嘲気味に笑う



「あーぁ・・・しょうがねぇ・・・なぁ・・・」







俺は一人だ


ただ一人、彷徨っている


親の顔なんて白骨でしか見たことがない


なぜなら俺は親の全てを奪って生まれてきたのだから


生まれた瞬間からすでに自我はあった


その瞬間にはすでに自分の能力を知っていた


親の姿を見た瞬間、心の奥深くから湧き上がってきた言葉を紡ごうとした


幼児の自分は言葉なんて紡げるはずもないのに


あー、あーと天に向かって手を伸ばす


その手を握ってくれるものは誰もいない


だって奪ってしまったのだから


“ただ有って奪う能力”という言葉が恨めしかった


何も教えて貰っていないのに、全て知っている


俺は親の命と同時にその記憶も奪ってしまっていたのだ


倒れる親の姿を見ても何も感じない


親という存在に、涙を流すほどの暖かさを貰っていないのだから


でもその知識でその感情を言葉にするならそれはきっと 残念 と言うのだろう


自分にとっての親なんてそんな他人のような存在なのだ


結局何もかもを奪ってしまったせいで、俺は欲したかったものを失ったのだ


その機会を逃してしまったことが残念なのだ


そして生まれてきた俺を最初に抱いたのは年を取った男だった


白い髪にずっしりしっかりとした体格の男は俺の体を持ち上げた



「君に名前はあるのかい?」


「あー、あぅー?」



名前なんて考えたこともなかった


確かに自分の名前を俺は知らない


親の記憶にも無いということは、俺は名付けられる前に生まれてきたのだろうなと思った



「フフ、言葉もしゃべれない赤子に私は何を言っているのだろうな。そこに転がっているのは君の親かい?」



転がった二つの白骨体を見下ろし、その男は目を細めて言った



「私の能力でも、死者を蘇らせる事はできない。私が操ることができるのは人の生。この“ただ有って死を司る能力”というのは些か名前と能力が一致していない気がしないでもないのだが・・・」



その能力には記憶がある


どちらの親の記憶かは知らないが、その能力を俺は知っている


だがそんなことはどうだっていい


結局お前は俺をどうする気なのだ?


そして気がつけば俺はあのゼロとかいう男の仲間にさせられていた


まぁ別にそんなことはどうでも良かった


あのゼロという男ははぐれものの吸鬼を集めてグループを作っているようだった


そして加わった順に番号で名前を付けられた


10番目の仲間、テン・ティニートという名前はその時生まれた


まぁ確かに自分もはぐれものではあるのでその辺についてはこれまたどうでもよかった


それよりも気になることがあったのだ。自分は成長すると同時に、体の異変に気がついた


他の吸鬼よりも成長速度が早かったのだ


速度で言えば他の吸鬼のおよそ三倍ほどだろう


だがこれも恐らく親から奪ってしまったものだろうと考えている


親の成長速度まで奪っていたとは思いもしなかったのでこれには多少驚いた


そしてその過程でもう一つ気がついていることがあった


“ただ有って奪う能力”が奪ったものは何も親の命や知識や腕力だけでは無いことに


本当は最初に気がついていても良かったことで、自分でも今更だと思ったが実際に使えるのを試してみて確信に変わった


自分は親の能力を奪っている・・・と


能力は一つだけという固定観念に囚われすぎていてこれまで考えたことは無かった


気がついたのはほぼ幼年期を終えたあたりで自分の能力の把握ができてきた頃だ


本来なら能力を手に入れるのはも時期的にそろそろなのかもしれないが、自分は生まれた瞬間からその能力が備わっていた


というより能力があったから自分は親の命を奪って生まれた


能力があったから自分で親の命を奪ったことを知ることができた


そして、記憶の中には親の能力の記憶もあった


名前や、扱い方、その効果など


俺は一人にして三人の吸鬼だった


だけど・・・俺は一人だ


本当に知りたかったことは知ることができない


だから俺はこの能力が嫌いだった


自分が嫌いだった


欲しかったものは全部自分に奪われてしまったから


生きている実感、いや、本当に自分が自分だと確かめたかった


それを確かめる事として始めたのが戦う事だった







「此奴は出さない予定だったんだ。次使ったら最後、俺はこの能力を一生怨んでしまう気がしたから・・・。だが、それで俺が俺だと確かめられるのならもう出し惜しみはしない」


「・・・貴方に何があったのかは知らないし知る気も無いわ。でも、面倒くさいのは御免ね」


「目、開けていいぜ。もうお前からは何も奪わねぇ」


「信じると思うのかしら?」


「まぁ、それでもいいけどよ。俺は今から本気の全力で行く」


「先ほどのは全力では無かったのかしら?」


「いや、あれは俺一人の全力だ。俺一人のな。だが、今度は家族だ。俺は一人で家族だ。今度は三人の全力だ。最も俺の能力は使わないから安心しな。あぁ・・・これで俺は本当の俺を・・・」



シェリアはゆっくりと目をあけた


何となく、大丈夫そうな気がしたのだ


あの吸鬼が何を思っているのかはシェリアの知るところではない


訳の分からないことを口走っているが、まぁ元々人ではないのだから気にするほどのことではないのだが


それでも何かを覚悟したというのは感じ取れた


シェリアはテンが放り投げたパラソルを拾い上げる


酷使した割には未だにパラソルとしての機能は果たしそうだった


ぱさりと開いてシェリアはテンを見上げる


いつの間にか飛んでいたテンは血の流れる右肩を押さえながら、空を飛ぶ



「タイムリミットはそう遠くなさそうだな・・・」



黒い翼が大きく広がった




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