『奪う者と黒き翼達の目的』
「――――ハハハハ!!上等!!そうだ、一つ教えておいてやろう!」
「何かしら?」
無理矢理笑いを止めてテンは眼下より見上げる白髪のパラソルを持った女性に向けて言う
「俺は別にお前を殺したいわけでも、驚かせてやろうっていう気はさらさら無い。だから今お前に、俺の能力を教えておいてやろう」
「あら太っ腹。でも、良いのかしら?更にハンデが広がるのじゃないかしら?まぁ吸鬼なんて存在は私も初めて見るわけだし、教えてもらえるのならばそれに越したことは無いのだけれども」
ニコニコと笑ってシェリアは言うが、割と冗談では無かった
先ほど手合わせしたときに感じたのは力量試しとはいえ相手も其処まで手加減していた訳ではないと感じていたからだ
筋肉の動き、視線の動き、即座に状況判断する速さ
どれをとってもあの吸鬼には並の人間ではかなわないであろうが、それでも軽く相手をしてみて分かった
手加減をしていたと仮定して更に素早く、力強くなったとしても、相手は私より格下の存在であると
確かに相手の力量にはシェリアも驚くところがある
だが、初撃でスピードを見切り、二撃目で相手の行動心理を読み、三撃目では相手の反応速度でもうわまった
単純な力比べではまだ予想はつかないが、女であるシェリアよりもあの男の方が筋力の面では上回るだろうが、それを考慮したうえでも恐らく勝機は自身にあると確信はできる
それ故の発言だったが、どうやら吸鬼の方はそうは思っていないらしい
よほど自分の腕に自信があるか、能力に自信があるのか
前者ならばただの馬鹿である
後者ならば・・・予想はつかない
魔術に関係する事ならば多少の手は打てないことも無いのだが
「あぁ、俺としてはそれで互角、あるいはそれ以上の対策を練ってもらえれば俺が嬉しいってだけだからよ。何せ俺はこれまで全力で戦ったことがないからな」
「あら、そうなの?自分の力も分からないのに、よく私に挑む気なんて起きたわね」
「逆さ。自分の全力が知りたいからお前に戦いを挑んだんだ。西方最強の強者と戦えるなら、その目安もわかりやすくて助かるってもんだ」
シェリアとしては自分が物差し代わりに使われているような気がして、あの吸鬼の特徴として相手を見る目がないという項目を付け加えようかと検討した
確かに強いが、それだけだ
己の力が絶対だと言わんばかりに信じている
それほどまでに思わせてしまう彼の能力とやらに少し興味が湧いてきたシェリアはとりあえずその能力とやらを聞き出すことにしてみた
世界広しといえども、魔術以外の能力に何かあるのかと問われれば精霊の力を借りたりする人間やごく一部の系統外の魔術を使う人間、それと本当に異質な人間かぐらいだろう
最初に上げた者の数は本当に僅かだ
精霊台の保有する国でも一人二人いるか居ないか
系統外の魔術、つまり基礎となる六天、火、水、氷、雷、地、風以外の属性の魔術を使う人間の事だ
これは白銀魔法と呼ばれる回復系の魔術師などの事だ。他には幻術系の魔術師などもこの系統外の魔術に入る
ただこの幻術系の魔術にもいろいろと種類があり、炎の熱などで見せる幻とは違い(こちらは火の魔術に入る)は相手の精神に干渉して見せる方の魔術の方がこれにあたる
これらの系統外の魔術師もかなり少ない
この系統外の魔術師というのはほぼ血筋によって決まるため、人々に教える事ができないのである
まぁ魔術もそもそも血筋で決まってくるのだが、それでも現代では魔術師を輩出していない家系からでも意外と出てきたりするものだったりするのでそれなりの数は居るのである
そして本当に異質な人間だが、これに当てはまるのは恐らく自分なのだろうとシェリアは思う
異質な人間、人にして人に有らざる者と言ってもなんら問題ないのかも知れない
故に差別されやすい種類の人間であり、また畏怖や尊敬の対象になりやすい人間でもある
魔術でも無く、人間に備わっていない能力を持つ者のことをさすことが多い
まぁ多いと言うほど異質な人間は居ないものである
知られている人間でも十人いるか居ないか
他にいたとしても恐らくその能力を隠している人間が殆どだろう
周りから差別されることが恐ろしかったり、いやその能力で他人を傷つける事が恐ろしかったりという重いがどこかしらにあるものなのである
シェリアは自分は少し特殊だったと思っている
能力を発現した時、やはり周りの者は自分を恐れた
中には災いを招くとか災厄の化身だとかいう村の人間も居た
そんなとき、自分の支えになってくれる人間が居た
だから自分は今この場で吸鬼と戦う事になっているのだろう
自分が、四天王となったきっかけを少し思い出しかけ、すぐに脳内から消し去った
そんなことはどうでもいいのである
この吸鬼の能力というものがどれに入るかなんて分かり切っている
そもそも吸鬼自体が人間ではないのだからこの三つには当てはまらないのかも知れないが、あえて選ぶとするならば異質な人間という風に見た方がいいのかもしれない
そんな考えを消し去るかのように吸鬼は己の力を言い放つ
「それで、その能力ってなんなのよ?」
「俺の能力、俺の能力は“ただ有って奪う能力”だ」
「ただ有って奪う能力?」
「さぁ、教える事は教えたぜ。あとはどう対処するのか楽しみにしてるぜ。いや、対処できるならの話だがな。あんたが強いからわざわざ教えてやったんだ。呆気なく終わるんじゃねぇぞ?」
“ただ有って奪う能力?”
なんだそれはとシェリアは問おうとしたが、それを聞いたところで男は答えてくれないだろう
吸鬼自身が言っていたとおり、わざわざ必要もないのに能力を教えてくれたということは彼自身がこの戦いを楽しみたいからだ
ここで嘘をつくメリットなど、自分の意表をつくぐらいしか思い浮かばないが、それは吸鬼自身の行動や発現が否定している
楽しみたい一心で教えた
そしてその能力を防ぐ、つまりどう攻略していくかも楽しみにしていると言っていた
つまり何かしらの攻略法はあるのだろう
男もそれに気がついてはいるはずだ。だからあんな言い方をしているのだろう
いや、違うのか?
むしろ自分ですら攻略されないと思っている程に狂った能力なのかもしれない
だからそれを見てみたいという好奇心から発せられた言葉なのかもしれない
どちらにせよ、本人ですら全力を出したことが無いというのだから何が起こるか分からない
用心に越したことは無いが、奥手になりすぎて接近に臆病になるわけにもいくまい
「そうだな。一つ能力に関する情報を教えてやろう。それぐらいが丁度良いハンデだ。この俺の“ただ有って奪う能力”だが、奪うというのはなにもお前の持っているものを俺が奪うことができるという意味だ」
「私の持っているものを奪う?」
「あぁ。物理的なものも、そうじゃないものも、俺はお前から奪うことができる。さて、助言は此処までにしておいて始めるとするか。行くぜ」
テンは体を傾け、シェリアに向かって行く
その様子を見て、先ほどとあまりスピードは変わっていないと判断するシェリア
だが、先ほどまでのあの自信は一体何処から来るのだろうか?
その点だけが不安だった
「ほぅら、すでに俺はもうお前から一つ奪っている。いや二つか」
「―――――!!」
シェリアの体に吸い込まれるようにしテンの足が突き刺さる
「消えた・・・?」
アリスとグリフォンはあまりの出来事に、身動きが取れなくなった
目の前で起きた光景があまりに信じられないものだったからだ
吸鬼に抜かれ、その吸鬼があの巨大な魔獣に触れた瞬間、その巨体が跡形もなく消えてしまったのだ
縮んだりするのではなく、一瞬で消えたためにアリスは思わず周囲を見渡してその姿を探してしまう
が、その姿は湖の何処にもない
「その表現の仕方は少し間違っているよ。消えてはいないんだお嬢ちゃん。ほら、ちゃんとここにいるよ」
そう言って振り返った吸鬼は手のひらを差し出す
よく見ると、その手のひらの上に小さな塊があるように見えた
少し距離があるためただの小さな点にしか見えない
「これがさっきの魔獣さ」
「それが・・・?」
小さな点をさして吸鬼は言う
「そう、だからもう君たちは此奴に関しては気にすることは何もない。悪いけど僕は一足先に帰るとするよ。足止めの役目はもう意味がないと思うし・・・ね」
吸鬼はちらりとグリフォンと少女の奥に広がる湖を眺める
「もう少し見ていきたかったんだけどこれ以上面倒くさいのは御免だよ。まぁもう僕は帰るんだけど、そうだ、君あの黒髪の少年と知り合いかい?」
「・・・それが何よ」
「やっぱり面白いつながりがあるねアヤキ君は。じゃぁ黒髪の少年にもよろしく言っておいてくれ」
ハチは予感していた
恐らく近々あの少年と再開するだろうと
あの女も含めて大陸には居ない黒い髪の人間
一体彼らはなんなんだろうとハチは思う
自分たちの邪魔をする割には、積極的に戦おうとはしていないようにも思えた
彼も言っていたように僕たちを差別しているようにも見えなかった
むしろ周りの人間への態度というか行動に対して彼は思うところが強いようにも感じた
自己犠牲精神が強いのかもしれないなとハチは考えながら3度目の能力を発動させる
「じゃぁねー」
「えっ!?」
アリスは真上から声をかけられたことに驚きバッと上を見る
あまりに小さすぎる声にアリスは戸惑いを覚えたが、その戸惑いは驚きによって上書きされたかのように消えてしまう
目の前にいた少年の姿をしていた吸鬼は一瞬のうちに遙か500メートル近い距離をとって(・・・)いた
「え・・・そんな・・・」
いくら何でも早すぎる上昇速度にアリスは見上げたまま固まっていた
グリフォンですらあんなスピードは出ない
というよりも、吸鬼が移動したことが全く知覚できなかった事に我が目を疑った
「おぉ、恐い恐い。小声で言ったつもりなのに聞こえちゃうんだ。さて・・・」
グリフォンと少女から距離をとったハチは天高くから目的の方向へ向けて移動を始める
翼を羽ばたかせつつ、左手を懐に入れる
取り出したのは水色の玉
右手に剣、左手に水玉
透き通るような深い水玉を眺める
「綺麗だねぇ」
光に透かしてみると更に美しさが深まるような気がして天高くに持ち上げてみる
小さいながらもしっかりとしたその重さに危うく落としてしまいそうにもなったが何とかそれを堪える
「いやぁ、盗ってみるものだね。逆に奪われちゃうと思ったけど・・・」
チラリと湖を見下ろす
氷の台座がある辺りからテンの魔力を僅かに感じたハチはニヤリと笑みを浮かべる
先ほどはあそこまで氷の台座は壊れていなかったのだが、今や半壊以上しているようだ
巨大な氷の塊が吹き飛ぶのを見て、未だ激しい戦いが続いている事を思わせる
四天王相手に勝負を挑むなんて無茶かと思ったが、それでもまだ生きてはいるようである
それにテンを止めなんてしたらこちらの方が先に殺されてしまうだろう
「・・・あの女の子には嘘をついちゃったな・・・」
ぽつりと呟いてグリフォン乗っていた少女を思い出す
あんな子供なのに滅多に人に懐くことがないグリフォンをあそこまで手懐ける事ができる人間がこの大陸にどれほどいるであろうか
今日はいろいろとハプニングも起こったが、それでも面白いものが沢山見れて個人的には満足しているのだ
ただあの少年に情報の一つでもあげなかった事、それとあの少女に嘘をついてしまったことだけが少し後悔している
普通は後悔するような場面ではないのだが、それが自分だと分かっているつもりだ
自分はおかしいのだと分かっているつもりなのだ
「仕事はまだ継続中なんだよねぇ・・・」
ハチは目標を見つけて一気に降下する
視線の先には湖の上で一人黙々と作業を続けるゴがいた
翼を広げ、急停止したハチを見つけたゴは顔だけをこちらへ向ける
「どう?順調?」
そのハチの問いに、こくりと頷くゴは両手を前に突き出してその場で滞空している
その両手の先には小さな欠片が浮かんでいるのがハチにも見えた
あれが結晶か
実際、本来ならば足止めとして活躍するのはテンのはずだった
ゴと僕、そしてテンがこの西の湖イレータ湖に来ることになった理由にそれぞれの役割というものがある
選抜方法としてそれぞれの持つ能力がある
たとえばテンならば“ただ有って奪う能力”だ
戦闘を好む年代であり、尚かつ今のあのメンバーの中ではトップともいえる程の実力者だ
彼に本来任されていたのは虹魚が結界を破った時の為の足止め係
ただ今回は忍び込む予定の社が何処にあるか分からなかったために三人同時に探すことになっており、もし自分かゴが見つければテンはそのまま足止めの役目を果たしていただろう
しかし実際に見つけたのはテンであり、テンが社へ忍び込んだ場合は僕が足止めを任される事になっていた
というのもまぁ自分の能力から選ばれた訳であるが、戦闘能力はほぼ無いに等しい
そのために山の魔獣を嗾けさせて町を襲わせたのだ
もし予定より早く虹魚が出たとしても、自身の領地で暴れる魔獣を押さえるために一時でもそちらへ力を向けてくれれば逃走する時間くらいはあると踏んだのだ
ゴが見つけていれば、元々彼に割り振られていた仕事も併せて行う事になるし、足止め戦力は僕とテンになるのだから何とかなるだろうとは思っていた
元々割り当てられていた仕事として、テンはもしもの場合の戦闘要因。その能力も水玉の奪取時に役立つだろうという事で湖へ来た
そして自分に割り当てられていた仕事は復活させた魔獣の捕獲
それはもう終わっており、目的の一つである水玉も一応自分が持っている
これで二つは達成された
三つの目的のうち、最後の一つ
ゴのマナの結晶化実験だ
マナは元々物体として存在していない
どちらかといえば空気や精神など、見えないものに属しているだろう
そのため純粋な(・・・)マナや魔力の固体は存在していない
魔石などは石にマナが溜まっている状態であるため純粋な固体という存在では無い
マナそのものの結晶を作り出すというのが今回ゴに割り当てられている仕事なのだ
「そう。それで、溜まってたうちどれくらい結晶化できた?」
「四分の一」
「・・・それでこの大きさか。いや、むしろ固体にするほど集めたっていうのが凄いんだけどさ。もっと大きくなるかとも思ったんだけどそうでもなかったようだね」
湖に溜まっていたマナの四分の一
そのマナの結晶がこのゴの両手の前に浮かんでいる一センチほどの欠片なのだ
色は小さくて分かりづらいが、綺麗な透き通った石のように見える
「・・・でも、もうこれ以上は無理そう」
「・・・量として限界なの?」
十分あり得ることではある
元々マナの結晶自体これまで存在しなかった物質であり、結晶化できること自体ゴが居なければこれからの何百年かはできなかったかも知れない事なのだ
ならばある程度の限界というものがあるのかもしれない
だがゴは首を振った
「時間の限界」
「あー・・・そっちか」
振り返るハチ
テンを置いてきて正解だったかも知れない
ならできるだけ早くあの神獣の能力が及ぶ範囲外に出ないと行けない
湖の上なんて以ての外だ
「虹魚・・・神獣か。羽衣を纏うその虹色の鱗、一度お目に掛かりたいものだったけど此処は引くべきだよね。今すぐ撤退できそう?」
またしても無言でこくりと頷くゴは両手で包み込むようにして結晶化したマナを手にする
「よし、じゃぁ帰ろう」
不幸な役目だけど、戦って死ねるなら彼も本望かもね
ハチはそんなことを思いながら翼を羽ばたかせて上昇する
そしてこの瞬間、二人の吸鬼はこの場を去った
それと同時に、湖の中央に光が迸る
虹色の閃光と共にマナが渦を巻く