『力の片鱗』
「なんだ・・・・お前・・・・!?」
リクは一人の男を視界に捉えた
本来ならばこの場にいるのはリクとカイだけであるはずだ
なぜなら結界に守られているこの社を見つけることができないはずだから
ならなぜこの男はここに居る?
そしてそれ以上に、あの翼はなんだ・・・?
黒の翼は室内への光を大きく遮断する
人・・・では無いのか?
「何だって・・・見ての通りさ」
男は社の柵に腰を下ろす
ニヤリと笑う男のローブが風に揺れている
右目を隠すようにして伸びた髪、そして左目に入った一本の縦の傷跡
片手には一本の剣が握られている
「俺を捜してたんだろ?剣と宝玉を奪った俺をさ」
「・・・あぁそうなるな」
驚きを落ち着かせ、崩れ落ちていたリクはスッと立ちあがる
その冷静になった脳で考える
今朝は靄が出ていた
社の結界が破られるのはその靄が出た日の出の光が差し込むという一瞬のみ
恐らくその瞬間を狙ったのだろう
湖にはいくつかそういった伝承が書かれた石碑が建っていたりもする
それにしても靄で視界が悪かったというのによく社の場所が分かったものだ
驚くべき事は侵入方法よりも・・・
「よくこの台座から引き抜けたね。俺でも抜けなかったのに」
聞いた話ではこの台座には不思議な魔術がかけられており、突き刺さった刀が抜けるのは刀に選ばれた人間だけ・・・という話しだったのだが
もちろん俺も何度か試してみたことがあったが何度やっても抜けず、抜くときに傷が付きそうだったので最近では簡単に手入れするくらいしか触っていない
強固な岩でできた台座は無惨にも大きな亀裂が走り、そこに幾年ものあいだ抜けることの無かったその剣は今は無い
「あぁ、俺にとっちゃ大したこと無いんだよ。この程度ならな。さて、話は変わるが俺はとてもこの空間を気に入っている。一つはこの場所が周囲から隔絶された、誰にも見られない場所であること。そしてもう一つはお前達二人が居る事」
「・・・どういう事だ」
「鈍いなぁ。俺は吸鬼だ。そしてこうして今お前達に正体をばらしたところでそれを世間に広められることは無い」
「吸鬼・・・、絶滅していなかったのか・・・!!」
「そんなデマ、一体どこから流れたのやら。まぁずっと隠れてたからそう思われても仕方ないか。別にそれについては反論したいと思ってる訳でもないし。南であいつらが人前に姿を出してるんだから俺もやっと心おきなく外で戦いを楽しめると思ったのによぉ、まわってきたのはこんな仕事だ。外れクジを引いたかと思ったが・・・案外そうでも無いらしい」
男はそっともてあそんでいた宝玉を懐へとしまって剣をスッと頭上へ持ち上げた
「不思議な剣だな。聞いては居たが、実際に手にするのは初めてだ。水の流れと共に生きる剣・・・か。まぁたぶん水を操れるんだろうな」
リクはじっと男を観察する
正体を呆気なくばらした吸鬼だったが、それでもその異様な雰囲気や男の言動から此奴はやばいと本能が告げているのが分かる
この瞳も、あの目は危険だと言っている
とはいえこんな湖上のど真ん中からどうやって逃げるというのだ?
氷の道を戻るにしても距離が有りすぎるうえ、翼が有ることから飛べることは簡単に予想できる
そんな相手からどうやって逃げるというのだ?
それに、元神子として、この地の守護するという気持ちの方が、今は高かった
男は恐らく飛べる
そして恐らく入念な下調べをしている
だからこの社の事も、そしてここにあった剣や宝玉の事を知っている
相手にとって予想外であったのは此処に俺とカイさんという元神子が二人いることだ
ただ相手の会話の内容からそれはむしろこちらにとっては良くない方向に働いているようだ
とはいえ、カイさんはともかく俺の実力は殆ど無いに等しい一般人レベル
神子の力も無くなった今、この敵に対抗する手段は俺には無い
出入り口をふさがれている以上、外に出ることもできない
「さて、考え事は済んだかなお二人さん?こんなにワクワクするのは久しぶりだぜ」
男はふわりと空へと飛び上がる
剣を持った手をユラユラと揺らしてこちらを見下ろしている
社を出て俺とカイさんは二人を見上げる
何をしていたかは知らないが、此奴をここから出すわけにはいかない
「此処は、俺が行こう。お前は一度岸まで戻ってくれ。あいつの言い方からして、あいつは強い奴をご所望らしい。お前、其処まで戦えないだろう?」
カイが隣で男を見上げながらそう言ってきた
やはり自分が戦えないことはお見通しか
神子であることを見破られ、戦力としては不十分だと見破られ
それでもそんなに悪い気はしていない
それは当たり前の事であるし、否定はしていない
「えぇ、はい。俺っちは自分がそんなに強いとは思っていません。一応此処の神子は俺っちでしたけど此処は素直に従いますよ」
「そうか。あいつとは違うが、俺は一度吸鬼と戦っている。正直に言って、かなり強い。お前を守りながらというのも厳しいものでな」
「・・・ご無事で」
「滑って転ぶなよ」
リクは社の階段を駆け下りて氷の台座へと飛び乗る
吸鬼の方は動きを見せたリクの方を向く
「お、お前からやるのか・・・っておーい、何処行くんだ?逃げるのかー?」
「―――お前の相手はこっちだっ!!」
「っと・・・」
右手一つで大振りに斬りかかったカイの一撃を、テンは半身ずらして避ける
翼を大きく後ろへ引いて避けたその場所を切っ先が通り過ぎる
両者の体がすれ違うその一瞬に、カイは剣を手放し左手に持ち直す
驚く吸鬼めがけて今度は体ごと剣を切り上げた
「おぉ!?」
「っらぁ!!」
これはまずいと見た吸鬼は咄嗟に持っていた生流水でガードしようとする
が、カイの剣はその生流水をスッと分断してしまった
予想していない結果に両者は驚きと戸惑いを同時に感じ取った
通常であれば聖天下十剣はどんな物質であろうと一刀両断できるほどの鋭さを持っているのが特徴である
以前カイが手にしていた風王奏も、これまでに剣どうしの打ち合いではあのアルデリア王国の騎士隊長であるチル・リーヴェルトが所持していた蒼天駆以外止められたことは無い
だがこれは一体どういう事だ?
同じ聖天下十剣である風王奏で斬りかかっているならまだ分からなくもない
だが、こんな何処にでも有るような剣であの聖天下十剣の一つ、生流水を真っ二つにしてしまうとは予想すらしていなかった
むしろ相手があの剣を使うことを考慮して空いた右手に魔力を集中させようとしていた程だった
この世界で流通しているのは両刃の剣が主だがこれまでの癖もあるため、旅に出る前に刀の形の剣を鍛えて貰ったのだ
とはいえ聖天下十剣と比べるほどの剣ではない
一瞬何が起こったのか分からなかった
手に持った剣で防御を試みたのだが、その剣が突如真っ二つになってしまったのだ
あっけにとられ、そのあとすぐ吹き飛んだ意識を戦闘の方へと戻す
相手の表情は仮面のせいで分からないが、相手の剣が僅かにぶれて勢いが落ちた
その隙を見逃さず、テンは一気に後方へ距離をとる
剣を振り上げた状態のままの仮面男は落下を始めた
そのまま湖に落ちるかとも思ったが、あの氷の魔術で此処までたどり着いた様子を見ていた為に恐らく足場を氷で作るのだろうなと予想した
案の定仮面の男は足下に氷の足場を作り着地する
「・・・あれ?」
テンは真っ二つになってしまった剣を見る
折角手に入れた聖天下十剣だったというのに、もしかしてものすごく脆かったりするのだろうか?
存在までは知っていたが、そんな効果があるとは全く知らない
何せこれまで聖天下十剣の中でも最も人の目につくことの無かった剣であるからだ
一体何人もの剣豪がこの剣を探し、そして諦めていったのだろうか
伝承すらろくなものが残っていないのにこんなに脆いなんて聞いていない
そう思ったのだが
剣はまた綺麗にくっついているのだ
それも斬られた場所が分からないほど、いや、それ以上に全くのそのままなのだ
くっつけたというよりまるで新品になって戻ってきたかのようだ
「なんだその剣?」
「んー・・・聖天下十剣であることは確かだぜ?っつっても俺も全部が全部、能力を知ってるわけじゃねぇからな。下手したら今ので死んでたかもしれねぇし・・・。無知って恐いねぇ」
「やはり聖天下十剣か・・・」
先ほど男が言った水の流れと共に生きる剣というのから聖天下十剣だと予想しての立ち回りをしてみたが、どうしたものかとカイは考えた
男の剣が持つ能力が分からない以上、あまり不用意なことはできないと思っていたが、男がまだあの剣を手に入れて使い方を分かっていないのだとすればこれ程の勝機は無いだろう
ただ恐いのが、男が無意識に技を発動させること
遠距離系、近接系、あるいは幻術系や能力上昇系か
どんな能力が宿っているかは分からないが、水関係であることは間違いないだろう
そしてあの初撃を避けた反射神経
完全に目線はリクという青年を追っており、背後からの攻撃を察知し、またそれを避けるその実力もあるというのがとても恐ろしい
あの大会中に出会った吸鬼より実力があるのか無いのかは定かではないが少なくともあの吸鬼もかなりの実力者であった
そしてこの男からはそれ以上に嫌な雰囲気が漂ってくるのを感じる
リクを逃がして正解だった
とりあえず吸鬼が居ることを彼らに知らせれば、少なくとも今この湖で起こっている異変が吸鬼によるものだと理解はするだろう
「んー・・・逃がしちまったなぁ・・・。まぁいいか。どうせもう南じゃばれてるんだろうし。そういやお前、あんまり驚かねぇんだな?」
「その南で起こった騒動に俺も少し関わったからな」
「へぇ!!そいつは予想外だ!ってことはイチとサンを撃退させたのはもしかしてお前か!?」
声を荒げて興奮しているが、これは怒りや恨みによる興奮ではないことにカイは気がつく
男の表情を見てそれが喜びなのだと確信した
ニヤリと笑って男はこちらを見下ろし続けている
羽ばたきを続ける黒い翼の影がカイの影と何度も交わる
「残念だが吸鬼とは手合わせしていない。厄介な男とは戦ったがな」
「ふーん。あ、あの味方にしたってー人間の事か。俺はニーの報告で聞いただけで見たこと無いんだけどね。まぁでも、なかなか楽しめそうで安心したよ」
「楽しむ?戦いを楽しめるほどの余裕があれば、だろう?」
「言うねぇ。じゃぁお手並み拝見と行きますか。ついでにその仮面の下も興味があるんでね」
両者剣を構える
二人しかいない空間の中で、黒と氷がぶつかり合う
湖の畔の小さな小屋
二つの影が寄り添いあう
一つは成人してまだ間もない女性の影
もう一つはまだ子供の姿をした女の子の影
「うん。だからね、今日はしばらく外に出ちゃだめなんだよ」
「んー、分かった!」
「偉いね。じゃぁ朝ご飯作るからちょっとだけ待っててね」
「うん」
少女はちょこんと椅子に座って部屋に置かれていた小さな絵本を読み出した
字は読めないが、それでも絵を見て楽しむ様子を見て一条唯はスッと立ちあがって台所に着く
今この場に親方と呼ばれていたゼン・クリードというごつい男の姿は無い
それは別にいい。分かっていたことだ
そしてこれから起こることも
「はぁ・・・」
なんだか朝からストレス溜まってる気がするなぁ・・・
食器を準備しながらそう思った
この力・・・
私は水に濡れた自分の手をジッとのぞき込む
本当にこれで・・・いいんだよね?
そう疑念を抱きながら彼女は少し前の出来事を思い出した
あれはそう。ちょうどあのアルデリア王国の大会が終わって少しした頃の事だ
旅に出る少し前の出来事を脳裏に浮かべた
「お前、もう神子の力は発現しているのか?」
「はい?」
突如、城の廊下で外を眺めていると、あまり接点の無かったカイという仮面を付けた男に話しかけられる
確か先の戦いの中でも見かけたがなんだかんだと活躍していた旅の人らしい
城の廊下で立ち話もなんだと私は自分の為に宛われた部屋へと彼を招き入れる
客間のゆったりとしたソファに掛けさせてお茶を入れて彼に出す
仮面の下を見ることができるかと少し期待もしたのだが、カイは仮面を上に半分だけずらして茶を飲んだために肝心な素顔は見ることができなかった
んー残念。見たかった
「一度お前とは話しをしておきたかった。今お前の中にある神子の力は以前俺の体に宿っていたものだからな」
そうは言われても、と私は思う
あの龍に告げられてからというもの、この神子というものがどういう存在なのかとずっと考え続けてきた
神獣の溜め込んだマナを解放させ、大地にマナを充満させるという仕事があるらしいのだがなんで受け持った地域がここから凄く離れているんだろうか
どうせならその近くに出ていた方が楽だったのに
あ、でもそうするとアーやんとかに会えなかったのか
そう思うと少しではあるが良いことがあったかもと思えた
「はぁ。でも、なんか神子って言われても実感湧きません。特に変わったことは無いような気がするし・・・」
「見た目はな。見た目で分かるようになるのは覚醒した時だけだ。とりあえずそれより先に忠告をしておこうと思ってな」
「忠告?神子の力の代償とかで何かデメリットがあるとか?頭禿げるとかやだよ私」
なんで私は抗癌剤治療を思い出したのやら
私は元の世界に置いてきた友人を思い出す
まだ癌と闘っているであろう友人は今どうしているだろうか
あちらも連絡が取れなくなった私のことを心配しているだろう
未だにどうやって元の世界に帰ればいいのか分からず、成り行きに身を任せている。
こんなのでいいのだろうか
「は、禿げはしないと思う。それなら俺もとっくに禿げている」
「あ、そっか。そういやそうだね~」
「能力の副作用というより、能力そのものに注意して欲しいのだ」
仮面をしているというのに、その口調だけで彼がかなり真面目な話をしているのが分かる
私もちょっとは真面目に聞くか。自分の事でもあるしね
「えっと、まず質問なんだけどその能力って何?神子だけが使えるとかそういうの?」
「あー、そうだな。神子はそれぞれ別々の能力というものをその身に宿している。これは神獣の力の象徴と同じ系統の能力なんだ」
「神獣?あ、あのでっかい虹色の龍とかの事ね。うん。神獣は分かるんだけど、象徴の能力ってつまり神子が使える能力は神獣と似たようなものになるってこと?」
「その解釈であっている」
こくりと頷いてカイはもう一口お茶を飲む
また仮面を半分ずらして呑んでいる
隙間から見えないものかと机に身を乗り出して下からのぞき込んでみるがぷいっとカイはそっぽを向いて茶を飲み干した
お代わりを私は注ぎ、話の続きを聞く
「そうだな。他の神子の事は知らぬが、俺も神子としてその能力を使えていた。お前達が来るまではな。正直普通の人間に戻れた気がして嬉しい。お前達異国の民に押しつけておいてなんだがな」
ふーん。やっぱりその能力とか神子っていう肩書きでストレスが溜まったり周りと違う風に感じたりもするのだろうか?
人は誰しも、こう生まれていれば良かったと思うものだ
私もお小遣いを沢山貰っていた友人や大きな一人部屋を持っている友人を羨ましく思い、私もその家に生まれていればと思ったことはある
まぁ今の生活も好きではあるのだけれども、そう思ったことがあるのはきっと私だけではないはずだ
「あー、いいですよ。何となく分かりますもんそういう気持ち。それで、何が危ないんですかその能力?」
「その前に一つ聞くが、最近夢が現実になったことってあるか?」
「なんですか唐突に・・・んー」
私は顎に手を添えて天井を見つめる
白い天井だ
そう思いながら過去を遡ってみる
「んにゃ、ここしばらく夢は見てませんねー。うん」
「そうか。今お前の中にある神子の能力、それは一角天馬の持つ能力の派生、いや劣化か?どちらにせよその系統の能力で、名を『未来予知』という」
「未来・・・予知・・・?」
未来予知と聞いてまず思い浮かべたのは地震だった
やっぱり地震を予知できればいいよなぁと私は常日頃から思っている
最近ではテレビに地震発生何秒前ーみたいなのが出るらしいが、機械にはそこまで詳しくないのでニュースを見てへーと思ったくらいだ
「未来を『見る』そして『変える』事が可能になる能力だ」
「・・・なんか凄すぎて想像つかないんだけど具体的にどういう事?」
へんな想像とかしか思い浮かばなかった私はカイさんにそう聞いてみる
夜やっている透視やら超能力やらの特番を思い出してしまった私はとりあえず能力の事を具体的に知りたかった
そんな大層な能力が私の中に眠っているなどついぞ知らなかった
「つまりその能力は未来を変える事ができる能力なんだ。まだ覚醒していないのなら恐らく予知夢あたりが無意識に発現していてもおかしくはないと思ったんだが、どうやらまだ能力の芽すら出ていないようだな」
「それは良いことなんですか?それとも悪いことなんですか?」
「どちらとも言えない。この能力は危険なんだ。自分の意思で定まっている未来を変えることができる。つまり何でも自分の思い通りになる」
「なんか凄すぎる能力ですね」
「あぁ。だが肝に銘じておけ。もしこの能力を使えるようになったとしても未来だけは変えるな。いや、大事なのは変えることよりも変えた未来の大きさが問題だ」
「変えた未来の大きさ?どれだけ未来に干渉を与えたかって事?」
「そうだ。察しが良くて助かる。それが一番大事な所なんだ」
するとカイは突如、空になったコップを持って立ちあがる
それを見上げる私
「ここにある一つのコップ。手を離せばもちろん落ちて砕けてしまう。ここで未来を変えるとしよう。落ちて砕けるはずのコップをユイ・イチジョウがキャッチするという未来に。ではここで未来を変えなかった場合、砕けたコップをどうする?」
「どうするって・・・壊れたコップは・・・欠片を集めてゴミに捨てる」
「そう。もしコップが壊れていれば、それを集めて捨てるという時間が生じる。もしコップが壊れていない未来を作ればそれをしなくてすむ時間の短縮が起こる。この“時間のずれ”が問題なのだ」
そう言ってカイはクリーム色のソファに腰掛けてコップを机に戻す
「時間のずれ?短くなっても長くなっても?」
「そうだ。それと同時に変わった未来がどれだけ最初の未来に戻れるかだ」
「・・・?よく分からない」
「分からないか。そうだな。では今俺たちがこうして会話をしている。これから一時間会話を続けるとしよう。今からその一時間後までを真っ直ぐな一本の道と考える。すると今立っている場所はこの道のスタート地点に近い場所にいる事になる。ここまではいいな?この一時間の間に起きることは誰であろうと予測することはできない。なぜなら確認する方法が無いからだ。だから何が起こるか、自分の未来の意思すら定まっている事にだれも気がつけない。だがその先を知ることができる能力。それが“未来予知”」
「んー・・・なんとなーく分かった」
とはえまだ私の頭の中はぐちゃぐちゃしている
せめて図とか絵とかで表してくれた方が楽だったのにと思いながらふと思う
あ、そうか想像して考えればいいのか
「そうか。すこし難しいが何となく理解してくれ。そしてこの“未来予知”をするとしよう。するとこの先に起こることが分かる。つまり意図してそうならない未来を作り出すことができる。定まった一本の道にその瞬間、脇道ができあがると考えてほしい。その脇道にもまた未来が想像され、また最初の一本の道に繋がるようになっている」
「ん?えっとごめん。今のところよく分からなかった」
「新しく作り出した道があるとする。その先はずっと先の未来と繋がる。たとえば先ほどのコップの話しだ。コップが割れるという未来が起こる前の道にコップが割れないという脇道ができる。そのコップが割れないという未来を歩む最中、その時間に使われるはずだったコップが割れる未来ではコップをかたづけるという作業が進行する。そしてコップが割れた後の未来と割れなかった未来がくっつくのだ。未来は一つでなければならない」
私は懸命に指で道をつくってカイさんの言葉通りに動かしてみる
左手の指で元の道。右手の指で変えた未来の脇道を想像して指を机の上で進める
左と右の指は同時に前に動き、そして左の道へと右の指がくっつく
「おぉ、なるほど」
「ついてこれてるか?」
「ぎ、ギリギリ大丈夫でッサー」
ビッと私は敬礼する
「・・・・続けるぞ。新たに作られた道はいずれどこかで元の道に戻る。そういう力が働く。だがそれに大きな時間のズレが生じると、元の道に戻るまでにちょっとややこしいことになるんだ」
「大きなズレっていうと、たとえばどんな?」
「さっきのコップなんかならまだ数分のズレだ。その程度ならまだ修正の力の方が強いから同じ時間軸の未来へと戻ることができる。ただもしこの未来操作で、そうだな、たとえば死ぬはずだった人間を生かしたままにしてしまう。その逆もまた一番やっては行けない事だ。元の道では死んでいるはずなのにもう一つの道では生きている。ここで完全な矛盾に遭遇する。そしてその生かしてしまった人間が本来の道ではまったくあり得なかった未来を作ってしまうとする。たとえば戦争。たとえば大発明。一人の人間がその他大勢の人間の未来へも影響を与える。そうなると完全に元の道に戻るには万や億では足りないぐらいの年月がかかってしまう。そうは思わないか?」
「え、えぇ。そうですね。でもそれってどうするんですか?一度ずれちゃったらずっとずれていきますよね?――――――っ!!」
その疑問こそが一番の問題であったことに私は気がついた
元の道が絶対で、そして脇道は元の道に戻ろうとする
もし修正がきかないほどのズレが起きてしまったら、どうなる?
未来は一つでなければならないというカイの声が一条唯の脳内に響く
一つでなければならない
どうやったら一つに修正できるのか
そんなの簡単だ
ズレを生み出す存在全て、つまり両方の道のずれた人間を消す
あるいは生み出された“もし”“だったら”の世界を切り捨てる
「そうすれば道は繋がる。ずれた人間は一人もいなくなる。そんな世界の意思。未来の意思。誰の意思かは知らないが、そんな力が働いてしまう。そう俺は教えられた」
「でも・・・いいの?これで・・・本当に」
私は夢を見た
ほんの30秒も無いような夢だった
それでも鮮明に覚えている
一人の少女
その少女は暗闇で眠っている
ちいさなポニーテールと水玉のワンピース
手にはリュックが握られている
小さく名前が書いてある
湊夕姫
そう書かれていた
あなたはだれ?
湊千尋と名乗るあなたは誰?
湊夕姫という少女は一体誰?
これは未来なの?それとも今なの?
分からない分からない
どれだけ考えても結論がでない
同じ姿形に同じ服装に同じ髪型
そして私は見た
もう一つ、恐らく今日起こるであろう出来事を
未来を見た私は関与して良いの?
未来を変えてしまう恐怖が私の心を締め付ける
苦しい
これが・・・神子の力