『湖の異変』
ふわりと鳥居の上に降り立つ
ここまで来てしまえばもう見失うこともないだろうとゆっくりとその社を鳥居の上から眺める
真っ黒な翼をたたんでテンは社の状態を確認する
噂には聞いていたが此処まで近寄れたのは初めてなのである
所々痛んではいるようだがまるっきり放置されているという状態ではなさそうだ
湖から伸びる何本かの柱の上に社は建てられており、人の気配はないが人が使った形跡は残っている
夜明けの一瞬にしか姿を現さないこの場所に入り込んでしまえばもはや気にすることは何もない
湖から社へとのぼるための小さな階段の中央が凹んでいたり一部木を足したりした跡が残っている
「さってと、じゃぁ行きますか」
吸鬼のテンはそのまま後ろに倒れる
鳥居の前に落ちるテンはクルリと一回転して翼を広げ、そのまま鳥居をくぐって社へと着地した
「しっかし、遠くの方でなんか感じるなぁ。まぁいいか。さしたる問題は、無いッ!」
社の扉を強引に開ける
鍵が掛かった扉に腕で殴って穴を開ける
そのまま周りの留め具ごと扉を湖へと放り投げる
開けると言うより破壊に近い行為である
「なんでぇ、結界も何も無しかよ。つまんねぇなぁ」
そう良いながらテンは社の中へと足を踏み入れる
小さな社のため、中も狭い
其処にあったものを見てテンはニヤリと笑みを浮かべて近寄る
目の前にはずっと探していた探し物があるのだ
それも二つも
「水玉、生流水。ま、こんな隠れた場所に置いてあるなら誰にもばれない訳だよ」
男は二つの宝具を前に一人呟く
静かな空間に男の声だけがこだまする
一つは宝玉
一つは剣
「まずは此奴」
そう言って小さな水色の玉を手に取る
透き通った水色の中に男の姿が映る
その玉を懐にしまい、そして視線を聖天下十剣の一つ。生流水へと向ける
「この場所で二カ所目か。長い間封印されていた割には呆気ない気もするが、まぁこれも奴を押さえ込んでるからか。抜け出される前にさっさと帰るか。そろそろゴも作業に取りかかってるだろうしな」
テンは静かに腕を剣へと伸ばす
剣は社の内部にある大きな意思の土台に突き刺さっており、そう簡単には抜けそうにない
手入れをされているのかされていないのかは分からないがその剣には刃こぼれや錆などは全く無い
しゃがみ込んでその冷たい刀身に指先が触れる
「・・・・強い結界だな。並の人間には抜けないんだろうな」
テンはスッと立ちあがりその剣を見下ろした
そのテンの周囲からゆっくりと闇があふれ出す
ユラユラと揺れていた闇は男の目の前の石に深々と刺さるその剣へと殺到する
そしてテンは腕を横にスッと動かす
バシンと乾いた音が社に響く
「でもま、関係無いけどさ」
石の台座には大きな亀裂が走っていた
男は石に擦れて傷がつかないようそっと剣を引き抜く
「水獣解放・・・!」
「お?」
首を傾げるハチは湖上で羽ばたきながら水面下をのぞき込む
自分の姿がユラユラとうつるが、その奥
巨大な気泡と共に巨大な影が湖を黒く染めた
「げ、もう結界きれたの!?いや――――」
最悪の事態を想定したが、それとは違う気質を湖の底より感じ取る
これは違う。警戒していた奴では無い
となるとこれはテンかゴが解放したものだという結論にたどり着いたハチは大きく翼を羽ばたかせた
それはつまり―――
「あはははっ!いいねいいねぇ!楽しくなってきたよー!」
もう自分は社を探す必要は無くなった
それはつまり三つの目的のうち一つは終わったという事だ
一つはこの獣を解放すること
そして三つのうちの一つは僕の手にかかっている
最後の一つはゴの担当なので自分の仕事をさっさと終わらせようと一度その影の全体像を見る
うん。やっぱりでかい
「やり甲斐があるねぇこりゃ」
少年はゆっくりと水面に映る影に接近する
ゴボリと音を立てて巨大な気泡がいくつか浮き上がってきた
「ん?」
影も同時に大きくなってきた
「ここで浮上!?ヤベッ・・・!!」
翼を広げて急停止するとハチは距離を取ろうとする
それと同時に巨大な影の咆吼が水の中から聞こえてきた
「なるほど・・・な。どうやらこちらが全面的に悪そうだな」
眉をひそめて長い髪の毛を掻く女性はそう言って気を失っている少女を見た
少女は今グリフォンの上で横になっており、気を失わせたのはこの女性である
グリフォンはキッとこの女性に睨み付けられて端で大人しくしている
あの一瞬でこの少女を無傷で気絶させて俺に鎌を向けるとはかなりの実力を持っているのだろう
あの鎌もかなり重たそうに見えるが華奢な女性であの鎌を自在に振り回せるとは到底思えないが事実あのときの俺は完全に詰んでいた
予想していなかったとはいえ、彼女が俺を殺す気でいたならば一瞬にして俺の命はあの漆黒の鎌に刈り取られていただろう
とはいえ向こうにも俺を殺す気は無く、ただ争っていた俺とこの少女、アリス・メルストンを見つけて止めなければと思っただけらしい
気がつかずに俺がもう一、二歩歩いていれば確実に俺の首は飛んでいた程度の事であって殺す気は無かったそうだ
そう思うとゾッとして俺は再び冷や汗をかいた
シャンは頭を下げると主の非礼を詫びる
「すまなかった。私はシャン・アルティ。こちらは私の主アリス・メルストン。このグリフォンと、あとこの場には居ないがもう一人いるんだがそのメンバーで旅をしている。どうやら主が勘違いをして襲いかかったようで申し訳ない」
「あぁ、えっと、はい」
その後俺とカイさんも自己紹介をする
「ところで、この異変には気がついて?」
自己紹介を終えるとシャンさんがそんな事を聞いてくる
異変?
もしかしてここに来てから感じていた違和感の事だろうか?
「えぇ。まぁ」
カイさんがそう答える
カイさんもその違和感のことは気がついていて聞いてみたら自分で考えろと言われたあれの事かと思い出す
「アリスはその犯人と間違えたんでしょうね恐らく。このマナの異変について調べると言って先に湖に向かってましたから」
「そうだったのか」
マナの異変
それが違和感の正体だと俺は確信した
この湖に来てからずっと感じていたのはこのせいだったのだと一人納得する
思えば湖に溜まっているマナを異常なまでに感じる
同じ水辺でもアルデリア王国とはまた違ったマナの質だ
あれが澄みきった水のマナだとするならば、こちらはいろいろなマナが混ざり澱んだ水のマナだ
何故気づけなかったのだと奥歯を噛みしめる
簡単な事だったと思うが、それに気がつけなかったのはやはり慣れ、だろうか?
まだマナや魔術を感じ取るのに慣れていないせいもあるだろうが、この世界に居る以上はある程度身につけてはおきたいと思ってはいる
「ん?」
「む?」
突如隣にいたカイさんとシャンさんが視線を湖の方へと向けた
「どうしたんですか?」
「クオッ!」
二人にそれを聞くが、その答えが発せられるより先にグリフォンも鳴き声をあげた
アリスを乗せたまま立ちあがったグリフォンはやはり二人と同じように湖を凝視してその翼を広げた
何か起こるのだろうかと俺も同じように湖を眺めた
静かな湖に異変が起こる
ドバアアアアアン!!!
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォン!!!!
うぎゃぁぁ!!
水面が爆発した
巨大な水柱と共に巨大な何かが現れた
あとなんか叫び声が聞こえたような?
「なん――――――!?」
大きすぎてゆっくりと飛び出しているように見えた
あまりに唐突で予想できなかった現象に、俺は言葉にならないほどの衝撃をうけた
その巨体は一瞬波間に姿を現したかと思うとすぐに水面へと落ちて再度巨大な水しぶきを上げた
先ほどよりは靄が微かに薄れていたのもあっただろうが、遠くであがった巨大な水柱もこの場にいた全員が視認できたほどに巨大であった
かき乱された空気の流れで靄がまた僅かに晴れた
「む?」
「・・・・気がつきましたか?」
「あぁ」
そんな時、カイさんとシャンさんはまた別の方向へと顔を向けている
湖の北の方向
ジッと自分も何かを感じれないかと意識を向けてみると、なにやらまた違和感を感じる
マナ・・・だろうか?
「どうなってるんですかこれ?」
「一点に湖のマナが収束しようとしている。おそらくは人為的なものだろう」
マナが収束している?
良くない事なのだろうか?
まぁどちらにせよ異様な事態であることには間違い無いだろう
湖の周囲のマナが湖に集まり、その湖のマナも一点へと集中していく
そしてさっきの巨大な化け物も何か関係しているのだろうか?
まさかあれが神獣だったりとか?
一体何が起こるというのだろうか、この湖で・・・
足下に先ほどの巨大な影の作り出した波が打ち寄せ始めた
カイさんが口を開いたのはそんな時だった
「少し、外させてくれるか?」
「え?」
誰もそれに答えることなく、カイさんは走ってどこかへと行ってしまった
・・・・俺どうすりゃいいんだこの後!?
トイレなら早めに戻ってきてーカイさーん
知り合ったとはいえ、出会った人達の中に取り残されるのは正直心細かった彩輝の心の叫びはカイには届かない
聞こえてないのに届くはずもないのだが
大岩の裏手に一艘の木の船が浮かんでいた
大岩にくくりつけられたロープを外して船に乗り込もうとしたその瞬間
「よぉ。一人静かにお出かけか?」
背後からの突然の声に動きを止めてしまう
「・・・」
「俺の勝手な予想で悪いんだが、お前、神子だろう?」
一体何時ばれたのか
いや、そのことよりもなぜこの男が神子の存在を知っているのだろう?
男はゆっくりと大岩の上に立つカイを見上げた
「何者なんですか?」
一体お前は誰なのだと
その仮面に隠れた素顔のように、この男も何かを隠していると思った
「俺も、神子だ」
ゆっくりと、リク・ヒノトの前でカイが仮面を外した