『品定め』
「さぁさぁ、どこからでもかかってきたまえ!」
白髪の騎士隊長が日本刀を手にする
今彼女は騎士隊の制服を脱いでおり、白くて薄い胴着のような物を着ている
何故日本刀が、と問いただしたいがそんなのを聞いてもどうせろくな答えは返ってこないだろう
俺は左手に握られる小さな短刀を見返す
刀身は約25センチほど
綺麗な銀色をしている
不純物など無いかのように感じさせるその銀色が修練場に差し込む太陽の光を反射する。そのとき
「隊長〜、いますか〜」
ズバンッ!!
何事だ!?とふり返った俺の後には赤い髪をした男が一人、ドアの前で立っていた
彼が着ている服は先ほどまでチルが着ていた騎士隊の制服である
遠目で良くは分からないがチルが着ていた女性物とは多少違う点が見受けられる
そしてその顔の横には先ほどまで彼女が持っていた真剣が木の壁に突き刺さっている
前に向き直り彼女の手を見ると投擲のポーズで固まったままの彼女の手に剣は無い
・・・・恐っ!!
「危ないな・・・」
「ごめんなさいね〜。手元が狂ったわ〜」
なんで投げた!?何で!?
っていうか危機感まったく無いように感じるぞそこの男!
にっこり笑ってチルは彼に歩み寄る
スタスタと俺の横を通り過ぎ、脇目もふらず彼の目の前に立って並んでみると両者ほぼ身長が同じように見える
だが若干長身であるチルの方が男よりも多少背が高いように彩輝には見えた
というかこいつって俺がここに現れたときに俺を斬ろうと王女に提案した奴じゃなかったか?
「何?修練場使ってるときは入って欲しくないんだけど」
「俺より先に居るじゃないですか」
ほらと俺に指を向けて・・・
ゴッ!!!
あ、殴った
チルは突如目にもとまらぬ勢いで右腕を振るった
右拳は吸い込まれるように赤い髪の男の左頬に直撃
振り抜いた右拳をポンと腰にあてる
だがも男は微動だにせず、殴られたときに横を向いた顔を元に戻す
「用件は?」
「王妃がお呼びだ」
「・・・わかった。ってわけで御免ねー、あの人待たすと恐いから〜」
チルはこちらを振り向いてパンッと手を合わせて頭を下げた
「い、いえ・・・」
何がなんだかよく状況が飲み込めなかったがおそらくはあの王妃に呼ばれたのだろう
チルと赤い髪の男がなにやら話しているようだが遠くてよく聞き取れない
しばらく黙視しているとチルが再びこちらに向き直る
「話し合いの結果、彼があんたの稽古を見てくれるってさ」
いや、別に俺そこまでやりたいわけじゃ・・・
確かにまた剣を振るえるかと思うとやってみたいという気持ちもあったがやはり真剣では気が引ける
何より元々簡単な散歩のついでで彼女の鍛錬を見ていたのだ
なんだか成りゆき場やらないといけないような雰囲気なんですけど
なんだかんだでチルは脱ぎ捨てた騎士服を着て部屋を出て行った
ぽつんと残される俺と赤い髪の男
視線が重なる
・・・・・空気重いじゃねぇか・・・
「俺はアルレスト・ビロディンだ。さっきの馬鹿の下で働いてる者だ」
男は俺を見定めるかのように顎に手を添えていろいろな角度から俺を見て回る
ふむ、と呟いて正面に立つと突如腰の刀を抜いた
いっ!?と思ったときにはすでに体が動いていた
キィン!
反射的に体が動いて弾いたがその後のことを考えていなかった
まさか追撃までしてくるとは予想していなかった
さらになれていない左手を使っている事で動作が遅くなる
踏み込んできたその男は振りきった刀を翻してきた
俺は無意識のうちにフリーな右手を凄まじい速度で迫る刀身に添え・・・
相手の目が見開かれて、俺がその目を見返す
交差した視線はすぐに逸れた
その瞬間が、一瞬で、それでももの凄く長いことのように感じられた
足で地面を蹴り右手で剣の峰を掴むとそのまま体を一回転させた
といっても俺は腕が上がらない体質のために体が斜めまで飛んだところで剣を放す
そのまま空中で一回転した俺は赤髪の男の背後に着地した
ズシンと着地したときに負担が足にかかるがあまりその痛みは気にならなかった
体を左に回して振り向き様に立ち上がる
だが今度はあっけなく剣を弾かれてのど元に剣を突き立てられ、詰んだ
「まずまずだな。だがあの反応速度・・・」
男が剣を引いて鞘に治めてぶつぶつと呟く
俺は右手を開いてグッと握りしめ、そして開く
なんだったんだ・・・今の・・・
俺は空中で一回転できるほど運動神経が良いというわけではない
ただ、あの動きに違和感を感じたのである
俺にこんな事が出来るはずがない
そう、出来るはずが無いんだ
出来たら多分体操の選手になれる
彩輝は視線を自らの手からアルレストに向ける
「ふむ・・・アヤキとか言ったな。お前、剣を握って何年だ?」
「え、っと・・・7年くらいですかね」
小学校3年生の時に叔父の刀に見せられて入った剣道の道
現在俺は高2なのだが、実際中学を卒業してすぐに引退したため約7年ほどとなる
「専門は短刀か?」
「いや、真剣なんか使ったことがないですよ。包丁は剣じゃないし・・・。竹刀、まぁ木刀みたいなものを使っていたと思ってください」
「そうか。それであの動きか・・・」
「あ、いやでも普通はあんな動き出来ませんよ?たぶんまぐれです。あんな風に体が動くとは思ってませんでしたから」
「無意識でやったと?」
「え、まぁそうですねぇ・・・。意識してませんでしたし」
思い出してみると自分は意識せずに動いていたんだなぁと自覚した
そう思うと先ほどまでの自分が何故あんな動きが出来たのかが分からなくなりそうだった
だって・・・ねぇ
くるっと一回転したしさ
「気に入った。ついてこい」
なんてことを考えていると突然アルレストは手招きをして室外へと向かった
俺はその後をついていく
「あの、どこに行くんですか?」
「俺の部屋だ」
何故?
彩輝は疑問を持ちつつもすることが無いのでついていく事にした
そんな中でやっぱりお城は大きいなぁと感じた
至る所、美しい装飾や美術品が置かれている
部屋につくまでに5分ほどかかった
これでも近い方だと彼は言うが大方間違いでもない
まだここは城の中腹あたりだからだ
そして立ち止まる2人
真っ赤に血塗られたドア
城壁に似合わぬ紅に染まっている
隣でアルレストさんが拳を握りしめて「あんのやろぉ・・・」と呟いていたので恐らく心当たりはあるのだろうが俺には現段階では皆目見当がつかない
部屋に入るとそこは意外にも普通の部屋だった
ベッド、窓、書棚、机等々、様々な物が置かれているがシンプルな部屋ではある
彼が自らのベッドを掴んで、上部分を取り外す
するとその中には・・・
「うぉぉ・・・」
思わず唸ってしまった
ベッドの中には数々の剣が治められている
きちんと並べられた剣の数、ザッと見積もって100本以上
よくこんなに入ったなぁ・・・っていうか何でベッドの下が剣山なんだよ!?怖くて俺なら寝れないよ!
「好きなのやるよ」
「へ?」
「好きなの一本やるっていってんだよ」
アルレストはポケットに腕を突っ込んでドサッと後にあった椅子に座る
「えっと・・・なんでですか?」
「まぁ護身用だ。それだけの実力があって真剣を使ったことが無いってことは、普通は使えないような法律なんだろう?変な世界だな。人を斬れないくせに人を斬る練習試合をするなんて」
「まぁ包丁ぐらいなら使えますけど料理ですからね。流石に人を切るためのような物は出回ってませんし」
「だろうな。でなけりゃこんな不用心にしてるわけないもんな」
彼が言いたいのはつまり、自分の身は自分で守れという事なのだろう
俺たちが居た世界と違い、まぁこちらでも恐らく人を殺すのは流石に罪だろうが、それでも日本より治安が良さそうとは思えない
恐らく魔法が存在することにより、文明の発達が若干遅れている部分があるのだろう
「護身用だよ」
「理解しました」
そうなれば自分の身ぐらいは自分で守らないといけない
もし後ろから刺され出もしたらどうなるかなんて考えたくもない
ただ自分がこちらにとって異世界の人間であることがこの世界の人々に、どのように関わってくるかが分からない以上、用心は必要だろう
俺の無知から起こる死なんてまっぴらゴメンだ
知らない世界のしきたりとかで殺されたくはない
特に貴族とか言う存在、なんというか小説とか漫画とか見てるとどうもいい印象を受けない
だからあくまで護身用
自分から人殺しの殺人狂になるようなマネはしないと思うからね
これからどうなっていくかは分からない
が、間違っても死にたくはない
生きて彼等と再会する義務が俺にはある
そう約束を交わしたときから俺にはこの約束を守らないといけない何かができたように感じている
だから無理はしない
そのためにも、力があるに越したことはない
とはいえ、そうほいほいと俺に刃物を渡しちゃっていいのかな?
俺の信憑性が完全では無い今、そういう行為は慎むべきなのではないだろうか
でもまぁ好意だしいっか、と俺は軽く考えておくことにした
彩輝は短刀が沢山入ったベットを見下ろして品定めをする
多種多様な短刀を実際に手に取り、左手で一振りずつして確かめていく
そして約30分後、全ての剣を振り終え、良さそうだと思うものを横にずらしておいておく
その中から一本を選ぶのにはいろいろと決断させるものがあったのだがなんとか一本に絞り込んだ
結局、青の波紋が美しい、日本刀を短くしたような短刀を選んだ
握り心地も良く、手に負担がかからない
それにきちんと鞘がついているのも嬉しかった
おおよそ半分以上の剣には鞘が無い物が多かったためである
こういうところから見てもやはり西洋のような剣が多いように感じている
今じゃ日本刀は美術品であり、武器ではない
あのような形の刀に出会うのは今後無いかもしれないな
「これにします」
そういって俺は剣を見せる
アルレストはただ無言で頷いただけであった
「作者不明の無名の剣、とだけ言っておこう。ところでお前、早めに戻った方が良いんじゃないか?」
「へ?」
「朝食。まだなんだろう?」
「あ・・・」
「まったく、おそいです!とっくに朝食覚めちゃいましたよ!」
「すいませんティリアさん!」
目の前で朝食を乗せた台車を持っていたティリアに向かって今俺は土下座をしている
全面的に俺が悪うございます
煮るなり焼くなり好きにしてください・・・
なんてことを考えていると
「何してるんですかお二人とも?」
「ひゃっ!?」
「お?」
ティリアは首を後に回し、おれは顔を上げる
ティリアの後に立っているのはファルアナリアであった
綺麗な青地に白色の模様があるドレスを着用しての登場だ
「え、あ、いや・・・おはようございますっファルアナリア様っ!」
うろたえすぎだろ
突然の来訪者とはいえ、元々この人の侍女であったはずだが・・・
「見たところアヤキさんが謝ってるように見えましたけど何かいたしましたか?」
「あ、まぁそうですけど」
俺が一応肯定する
遅れたのは全面的に俺のせいなわけだし・・・
「ティリア。お客様に謝らせるなんて、そんな態度をとらせる権限があなたにありますか?」
ファルアナリアはスッと人差し指を流れるように振るう
すると空中に小さな米粒のような氷が出現し、ティリアのおでこに直撃した
あうっ!と声を上げて目を瞑るティリア
「い、いやいや。俺が悪いんですって。朝食の時間に遅れて彼女を待たせてしまったんですから」
とりあえず正座になっている俺
「そんなことですか。ティリアもそれぐらい耐える訓練はしてるでしょう?」
「はい。すいませんでしたアヤキさん」
そう言って俺に向き直って今度は逆に謝るティリア
いやいやいや、と俺は立ち上がって手を振る
「ティリアさんが謝る事じゃないですよ。悪いのは全面的に俺なんですから」
「それでもです。ところでその腰の短刀はどうしたんですか?」
ファルアナリアはベルトにさした短刀を見つめる
「あ、えっとアルレストさんって方から貰いました」
「副騎士団長ですか。なるほど。彼が貴方にその剣を?」
「はい。選んだのは俺ですけど」
「そうですか。まぁ確かに彼の考えは正しいかもしれませんね」
「というと護身用ということで?」
「誰を信用するか、ですよね」
・・・たしかにな
人間は所詮人間
信用できないような人間も、この城には居るかもしれない
「出来るだけ私はあなた方を助ける考えでいますが、もしもの時は・・・」
そこで言葉を途切れさせたファルアナリア
その後に続く言葉を俺は予想してみる
彼女には王妃という立場があるからあまりこの件に関して無理強いはしたくない
上に立つ者はそういった逃れられない責任があるということ
故に、信用できる人間を俺は俺で見定める必要がある
立場が関係なく、俺を守ってくれる力のある人・・・って守られてばっかりは不味いな
俺にだってこの立場がどう影響してくるのか全くわからない
「ファルアナリア様、そろそろ移動しないと謁見の時間に間に合わなくなります」
「あら、本当ね。ではこれにて失礼致します」
ファルアナリアとその侍女はスタスタと行ってしまった
そこで俺は「あ」と声を上げる
意識を引き戻されたティリアはそんな声を上げた俺を見た
「どうしました?」
「あのさ、頼みたいことがあるんだけど」
この世界の食事は二度目だった
1度目は昨日の夕食で、2度目は朝食
基本一般の兵達は城外にある宿舎に泊まり、武官、文官の数名のみがこの城に住むことを許されている
一般兵はこういった上級身分の者達とは別に、宿舎の食堂のような場所で食べるらしいが王族は家族で食事を取る専用の場所があり、その他の者達は直接部屋に食事が運ばれるようになっている
客人や俺なんかのようなそんな存在もここに入るようで俺の部屋には今、その豪華な料理が目の前に並んでいる
机の上に並んだそれは平民である俺の常識を覆すような豪華さであった
「てか朝食のレベルじゃねぇ!!」
この客間のような部屋の机は横2メートル、縦1、5メートルほどの大きさである
まぁその上全てに豪華な皿にのせられた豪華な料理が隙間なく並べられている
誕生日とか祝いごとの日なら分からなくはないが・・・これは一人じゃ食いきれない
しかも見たことの無い料理ばっかり・・・
肉の塊や(たぶん)魚の切り身のような料理がずらっと並んでいる
恐る恐る一口食べてみると以外にも美味しかった
まぁまずい物は流石に食べないでしょうけどね
この世界でもフォークやスプーンに似たモノがあり、箸まであったのが意外だった
彼女が見せてくれた日本語――俺には解読不可だが――の紙といい、妙なところで元の世界との接点があるよなぁ
「とはいえ、出された物は食わないといけないよなぁ」
出されたものはすべて食う
これすなわち、我が桜家の家訓である
腕が、いや、喉が。ちがうなぁ。あ、腹か。腹が鳴るぜ!
ん・・・?なんか違うな。まぁいいか
いざ、勝負!!
俺は箸を持って
「いただきます!!!」
「アヤキさん。頼まれていた物持ってきましたって・・・うぁ」
ティリアが部屋に戻ってくると其処にはすでに息絶えたような彩輝が机に突っ伏していた
うーんうーんと呻いている俺は差詰めトドのように見えているのだろう。まぁこの世界にトドが居るかどうかは知らないが
そしてその両脇には大きく積まれたお皿がこれでもかというほど天井を目指して伸びている
「このお皿は片づけますね」
ティリアはそう言ってお皿を台車に乗せる
彩輝は「おーぅ」と手を挙げて返事を返すも小さすぎる返事のため、彼女に届いたかどうかも分からない
「アヤキさん。頼まれた品、机に置いておきますね」
「た、助かる」
「あと勝手ですが消化作用を助けるフルーナの葉を煎じたお茶です」
「サンキュー・・・」
サンキューという耳慣れない言葉を耳にしてティリアは顔をかしげる
彩輝は震える手でカップを掴んでお茶を一口で飲む
正直に言うともの凄く苦かった
「良薬口に苦し・・・か」
口の中一杯に苦みが広がる
こんなものよく飲めるな・・・・
俺は苦みを我慢してお茶を啜った
「うん。苦い」