『吸鬼という存在』
「ふむ、失敗したか」
「申し訳ございません、ゼロ様」
「気にするな。所詮は陽動。手に入れられれば儲けと思ったくらいに過ぎぬ」
四人の吸鬼は低く頭を下げている
一人は男
一人は女
二人は子供の少年と少女
四人が頭を下げている相手は堂々と漆黒の宝石が散りばめられた玉座に座っている年老いた男
その男は他の吸鬼と同じように白髪であるが、その外見からしてみれば老衰によって自然に白髪になった老人のようにも見える
ただその玉座に座るゼロと呼ばれた老人の威風堂々たる存在感がそう思わせてはくれない
両手で杖を持ち、黒い服の上には同じように漆黒のマントを纏っている
顔の皺と見間違えそうなくらいに細められた目でジッと目の前の四人を見つめる
「後少しだったのですが・・・」
「別に良いと言っておるだろう。一つ取りこぼしたぐらいでもうチャンスがないというわけでもないのだからな。其処まで急ぐ事でもない。ここ数百年間は一つの宝玉の所在すら掴めなんだのだからな。ここに来て一度に五カ所もの宝玉の在処が掴めたのは大きい。焦らずとも宝玉は逃げぬ。むしろ守りに入り、逃げようという気も起きぬだろう」
「それでは次の場所を?」
「次か・・・。そうだな。黒の玉は手に入れた。紅を取りこぼしたがまだ猶予はある。分かったうちの他の三つを先に集める駒はすでに配置済み。イチの言うとおりならばもう南方の方は守りを固めている頃だろう。ならば少し距離を取って西を探して貰おうか」
カツンと持っていた杖で床を軽く叩く
すると床に魔法陣が広がり、術式が刻まれた魔法陣の円の中にこの大陸の巨大な地図が浮かび上がった
四人は立ちあがってその魔法陣を見下ろした
杖がスッと動き、地図の西側にある湖をコンと指した
「イレータ湖・・・ですか」
「この湖には神獣、虹魚が住んでいる。宝玉コレクションが一つ、翠玉は虹魚が守っている」
「神獣が守っていると?ですが神獣に我々がかなうとは思えないのですが」
男が不安を口にした
その事は此処にいた四人全員が思っていたことだ
神獣という神が我々人界の生物に手も足も出ないほどの力を持っているのは誰でも知っている
その中でも男は一度その光景を目の当たりにしている
同族とはいえ、レベルが違いすぎるのは分かっていたが、仮にもヨン、ゴ、ロクの宝玉の実験で強化された龍族である
それでも神獣、虹の不死龍を倒すまでには至らなかったのを男は見ている
なかなかに交戦してはいたが、溜めた魔力をできるだけ押さえようとしていたのは目に見えて分かった
恐らくマナを人界に放出するために温存していたのだろう
あのまま少年が乱入してとどめをささずとも、虹の不死龍の実力ならば倒す事に問題は無かったはずだ
「確かに神獣の力がどれほどのものかは儂とて心得ている。だが、それはあくまで万全の状態の時だ。疲れ果てたときを狙えば可能性はゼロではない。この作戦が上手く作動すれば、宝玉が奪えずとも魔力を消費させることはできる。そうなれば結果として宝玉奪取の布石にもなりえる」
「作戦・・・?」
「そうか。まだ話はしていなかったな。今ゴとテンにその湖に仕掛けを施している。兎に角、周りの目を南へと向けさせる事でこの湖の異変に気がつく者も減ろう」
南、というのは自分たちの事を差しているのだと男は察した
なるほど。人が管理する宝玉より神獣が持つ宝玉の守りを崩すためにまずすべき事が目線をずらさせる事だったのだろう
あれほどの事件が起きれば周辺国家は嫌でもそちらの動向を気にするだろう
下手をすれば戦争という事も十分ありえるのだから当たり前といえば当たり前である
その隙に湖に細工を施す
「ですが湖に細工を施すだけならば目線を南へと向けさせる意味が無いと思うのですが」
だが南へ向けさせることが本当に必要なのだろうかと男は疑問を持った
「神獣と一戦交えるのだ。それなりの舞台は整えねばならぬ。場所は必然的に虹魚の領地となる。それは我らにとっては大きすぎる問題だ。だが同時に見落としがちになるささやかな問題だ。それでも五分の戦いを挑むというのであれば、必然的に必要な事なのだ」
「一体何を・・・・・何をする気なんですか?そこまで大がかりな事なのですか?国の目をそらす程の・・・」
「・・・話は追って伝える。今この場で話す事はこれ以上は無い。納得はいかぬだろうが四人とも下がれ」
「・・・・・・はい」
返事をしたのはイチと呼ばれる吸鬼のみで、残りの三人は大きく頭を下げて部屋を退室した
施設の廊下に重い扉が閉まる音が響き渡る
そして四つの足音が並んで反響する
「あんた・・・ゼロ様の前であんな自由な発言権は無いっての分かんないの?」
「黙れサン。悔しくねぇのかよおめぇは・・・」
静かに言い放つ男の言葉の中に、残りの三人は怒りが混じっているのを感じ取っていた
三つの足音の中で、一つだけ不揃いに急ぐ足音があるのも分かっていた
苛立っている男は暗闇の通路を進んでいく
施設の発電装置は全て止まっており、明かりは一つとしていない
だが生まれ持ったその目のおかげで明かりのない闇の中でも十分に見えるため不自由はない
「悔しい?あぁ、そうだね。結局は駒なんだよ私らは。それでも感情くらいは持ってるつもりさ。悔しいね。あぁ、悔しいさ。ゼロにしたら結局はどっちでもよかったのさ。こんな奇襲する訳はテンに任せておけば一人で全部やってくれたんだ。わざわざ私たちを使う必要はなかったんだ。本当に宝玉を手に入れたいと思うならば、ね。本当に奪わせる気なら戦闘員二人、技術者二人なんてのはおかしな話しだと思ったよ。最初にね。だから其処までの苛立ちは無い。怒りはあるけどね」
「っていってもさー、結局はあの人は僕たちの恩人なんだしさー」
そこに少年が割り込んできた
そう。ゼロは恩人なのだ
行き場のないみんなを纏めてくれた
行き場のない者を救ってくれた
だから反抗できない
皆、心のどこかで彼には感謝をしているのだ
苛立ち、怒っている男にもそれは分かっているはずだ
だからこそ、助けて貰った自分たちの命を駒として使ったことに苛立っている
「僕とロクは感謝してるよ」
分かっていても、それでも感謝する者が居る
「だから駒でもついていく。其処に、怒りも悲しみも、同情も哀れみもいらない。ただついていく、使われる。全然構わないね、僕は」
「同じく」
ロクが小さな声で少年の言葉に同意した
「・・・・チッ」
男は舌打ちをして暗闇に浮かんだドアを開いてその中へと消えていった
バンと勢いよく閉められたドアにヨンやロクが驚いてびくっと肩を振るわせた
「いいんですか?イチさん放っておいて?」
「いいのよ。一日たてば忘れてるわよ」
力無く答えたサンはイチとは対照的に、静かにドアを開く
「それじゃ」
「あぁ、はい。お休みなさい」
「お休みなさい」
ギギィと扉が軋む
錆び付いた蝶番の錆がパラパラと床に落ちた
この四人には、まだゼロの考えるシナリオに気がつくはずもなかった
今回の事件で不信感を感じ始めた二つの因子
その因子にはゼロもまた、気がつかなかった
「・・・・ぅえぇ?」
開口一番、変な声が隣から漏れた
二人の重臣達に連れられ、謁見の間へと踏み入れた足が二人同時にぴたりと止まる
俺もまた、間抜けな声を出してしまいそうになるのをこらえる
それほどに予想もしていなかった光景が目の前にあった
まず其処には馬がいた
馬・・・・・・馬!?
次に煌びやかなドレスを身につけた五人の王女とファルアナリアが目に入る
だがやはり二人とも目線はその馬に釘付けとなっている
そしてその姿は純白の毛が美しく光りを反射して白にも銀にも見える
背中には純白の翼を
額には天を貫く鋭い一角
その時気がついた
これは、いやこの獣は
神獣・・・・!
度々話には出ていた一角天馬
「え・・・え!?」
一条さんもあっけにとられており、疑問の声が漏れている
対する俺は予想外すぎて開いた口が塞がらない
一体だれが予想できるだろうか
お城の扉を開けたら向こう側には神獣がいたなんて
「二人とも、こちらへ」
ファルアナリアはそう言って近くの机へ座るようにと目配せした
二人が我に返ると、やっとその場にはあと二人の人物が居る事に気がついた
湊千尋と佐竹幸男だ
二人もしっかりとした服装に着替えており、どこか現実世界ではないように感じさせられるオーラを発しているようにも見えた
だが黒髪黒眼が自分と同じ故郷の出身である証を見てなんだか安心している自分がいる事に気がつく
「どうも」
そう言って目上の佐竹さんの横に軽く会釈して席に座った
佐竹さんは伸び始めた髭をいじりながら「おう」とか言ってきた
一条さんは向かいの千尋ちゃんの横に座った
一条さんに千尋ちゃんが抱きつく
その艶やかな少女の髪を梳かすようにして撫でる
「さて、それでは全員揃いましたね。では、始めましょうか」
四人の王女もそれぞれ自分の席へと着席をする
一つの長い机は前回この場には無かったものであるが、この机はどこかで見たような気がする
そう、この長い机はたしか・・・
思い出そうとして止めた
匂いを嗅いだら良い匂いがしそうな気がした
「皆さんには今回は吸鬼に関する件、まぁこの間の騒動の事で集まって貰いました。数日はいろいろとあって皆さん集まる時間ができなかったので少し遅れてしまった感じは有りますが、とりあえずまぁ始めましょうか」
今回の招集は吸鬼と呼ばれる謎の集団の事についてであった
先日、会場を襲ったその少人数グループは四国の主要人物に対して危害を加え、どの国もそれぞれ痛手を負った
その程度でぐらつく国でないのは各々分かってはいるが、もし王女が一人でも欠けていればどうなっていたかは予想もできない
「そういえばウェルナンディア国王は居ないんですね」
彩輝は会議が始まる前にふとした疑問を投げかけた
こういう大事な話に国王が参加しなくて良いのだろうかと思っての質問だった
直接話したことは一度か二度しか無く、国王ではあるがあまり表に出てくるような人ではないようだというのは薄々感じている
「国王は現在破壊された会場の視察で不在です」
「そうですか」
「それではまず、そうですね。この四人に吸鬼とは何なのかを語る必要がありますね」
ファルアナリアはそう言ってクルリと背を向けた
一人立ったままのファルアナリアさんはふぅと一呼吸おいて話し始めた
「吸鬼、彼らは昔、この国をアグレシオン達が侵略を始めた頃からその姿を消していった種族です。かつては北方と南方の地を中心に繁栄していた種族でその共通の特徴は白銀の髪、そして漆黒の翼を持つ点です」
彩輝達はそれを聞いて会場を襲撃した男達の姿を思い出す
男はローブで姿を隠していたが、隙間から覗いた髪は白く、黒の翼を使って高速で飛び回るその姿は未だその脳裏に強烈に残っている
人間とはかけ離れている存在でありながら、その姿形はどう見ても人なのである
「最早噂すら聞かないほどに数を減らして絶滅したという噂の方が広がっている状況です。大体十人から二十人程の集団をつくって生活していたようですが、その膨大な寿命のせいですかね。繁殖能力は非常に低かったという文献が残っています。それに加えて絶滅を早めたとされるのがアグレシオン達との戦闘において大幅に数を減らしたからです。一時期は龍族や私たち人間とも手を組んで戦闘の場に出てきていたようです」
「それはどうしてですかね?」
一条さんが手を挙げて質問した
その質問にはアルフレアが答えた
「吸鬼達はアグレシオン達の行う侵略という行為が気に入らなかったらしい。アグレシオンと吸鬼の代表でも話し合いの場が持たれたらしいがそこでも両者は決裂しているそうだ。彼らはプライドや誇り、契りや約束事などをとても大事にする種族であった。それ故に突如現れたアグレシオン達が領地を無条件で渡せと言い寄ってくれば、そりゃ怒るのも分からなくはない。当時は小さいながらも吸鬼のグループの縄張りをそれぞれ国として扱っていたと聞く」
へー、と一条さんと佐竹さんが揃って声を発した
そのアルフレアの解説の続きを今度はセレシアが続けた
「吸鬼は一人一人の能力が高かったそうですが、それでもアグレシオン達にはなかなか苦戦したそうです。そこで人と魔獣と契約を結び、アグレシオンを迎え撃ったそうです。ですがその能力の高さからか、やはり前線に立たされる事が多かったそうです。見殺しや犠牲となった吸鬼の数は少なくなかったらしくて、それ以来吸鬼の方から人間への干渉が減ったそうです。北も南も」
「それって使い捨てって事か?」
佐竹さんが聞いた
今回の騒動に佐竹さんはあまり関わっていない
それでも何故この会議に積極的に参加しているのか
普通なら話しについて行けないはずだと思いながら彩輝はその佐竹さんへの回答が誰の口から出るのかと当たりを見渡した
「そうだな。そういう事になるな。うん。人は吸鬼、そして魔獣を使って(・・・)戦争をしていたようなものだ。それでも、大陸の多くが制圧された。人間もまた多くの犠牲を出した。吸鬼は魔獣との簡単な意思疎通ができたらしい。人間は吸鬼の誇り、そしてその能力を使って上手く吸鬼達や魔獣を操っていた卑怯者かもしれない。それでもこれほどの被害をうけた事からそうとう凄まじい戦争だったのだろう」
「かわいそう・・・」
アルフレアさんがそう言って腕を組み、ピンと伸ばしていた背を椅子へと凭れた
千尋ちゃんがそう呟き、アルフレアは「少し突っ込みすぎたか。すまん」と千尋ちゃんに謝った
千尋ちゃん自身は何故謝られたのか理解できているのか理解できていないのかは定かではないが、隣に座る一条さんの裾をしっかりと握っているように見えた
周囲が一瞬、静まりかえった
「さて、そろそろ簡単な説明は終わりましたし本題へと移りましょうか」
妙な空気になってしまったが、ファルアナリアさんがそれを上手く立て直す
それと同時に一人、遂に来たるべき時が来たと肩に力を入れる者がいた
王女達を色で表すなら、彼女は黄色だ
だがその彼女の色さえくすんで見える気がする
その周囲にまるでトーンがかかっているかのように重苦しい雰囲気が見て取れる
「あの、本題に入るのはいいんだけど、その、なんだ。あちらの白馬がとっても気になるんだよね。うん」
俺も同じく気になる!という顔でコクコク頷く
やはりあれは気になる。というかそっちの説明もしてもらわないと話に集中できない
神獣っぽいってのいうのは何となく分かるのだが、やっぱりそれでも何故ここに居るのかの説明とかしてもらいたい
「そうですね。それも先に話しておきましょうか。こちらは北方の地を守護している神獣の一体、一角天馬であり、吸鬼とは別件ですが、これまた耳に入れて欲しいことがあるとわざわざ遠方からおいでくださいました。この話は後ほど、吸鬼の件の報告の後に」
「あぁ、はい。おっけー。了解」
一条さんはとりあえず保留ということで納得して視線を白馬から卓上へと戻した
俺もあまり気にしていては会議にならないと意識を切り替える
それからの会議で吸鬼の件についての被害報告やお金の遣り取りがあった
吸鬼の襲撃の責任はどの国にも無いのは分かり切っていることであり、これが誰かの手引きによって引き起こされたことではないというのも全員が承知しており、また信頼している
ただそれでも四つの国の王女が誘拐され、生命の危機が迫ったことはもはや口止めできない事も確かである
すでにこの大会で何が起こったのか、大まかな事柄は各国の騎士達も知っていることであり、噂の一人歩きも僅かながらに聞いたりする
それはこの王女達だけの中でごめんなさい。許しましょうなんて言葉で済まされる事では無いのも当人達はよく分かっているのだ
話の詳しい内容はよく分からなかったが、それでも分かったことがいくつかある
まずアルデリアが三国に賠償金を支払った
アルデリアがこの事件を引き起こした訳ではないが、警備体制が不十分であったことなどを理由に自ら支払った
国王と財務関係の文官には事前に話が通してあったため、この支払いは国内でも了承されているので勝手に決めたりというのでは無いらしい
次にファンダーヌからも賠償金が三国に支払われた
こちらは事件に巻き込まれた側ではあるが、裏切り者を出してしまい、被害を拡大させてしまった事に対する賠償金である
この賠償金は負傷した人員の数や警備や戦闘で奮闘した者達を考慮して計算されたものらしい
結果としてリーナとグレアントは得をしたと言えなくもないが、優秀な部下が怪我などをして医療費や実務における損害が出てしまう
それを引いても余るほどのお金の遣り取りがあったわけだが、グレアント、リーナと両者とも喜ぶような事ではないために真面目に公務を果たしているようにみえた
王女とはいえ、20歳を越えている者は一人としていない
最年長は19歳のエリエルで、最年少でいえば双子の姉妹リリアとルアの10歳である。流石に千尋ちゃんよりは歳が上であった
とはいえ小学四、五年生というレベルでよくこんな国同士の遣り取りに参加できるものだと彩輝は感心しながらその会議を聞いていた
ちなみに途中から、というか最初から話しについて行けない千尋ちゃんは一条さんに膝枕をしてもらって寝ている
会議の会話が子守歌にでもなったのだろうか
まぁ分からなくもない。高校でもつまらない授業では先生の声で眠る生徒が多々いたからな。俺もまた同じく・・・・
そんな感じで会議が終わる
そして会議の終わりと同時に聞き慣れない足音がゆっくりと近づく
「初めまして、だね」
虹龍とは違い、一角天馬は口を開いて話しかけてきた
口と声の動きが連動していることに俺は疑問と感動を覚えた
なかなか学校の方が忙しくて執筆時間がなかなか取れなくて少し遅れてしまいました。
まぁいろいろと左右されるところも有りますが、更新できたりできなかったり、ここしばらくはかなり不定期な更新になるかもしれないのでご了承ください。
第二部も後恐らく一話の予定。あくまで予定