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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
二章 ~アクリス武闘大会~
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『大会の幕切れ』





何故だ・・・・


何故だ・・・・

 

何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ


何故答えてくれない風王奏・・・・


また俺に、あの時のように苦しめというのか?


答えてくれ風王奏


何故、風を奏でてくれない


ゆっくりと沈んでいく体を立て直し、カイは水を蹴って浮上する


見上げれば不思議そうな顔でこちらを見ている男と翼の生えた少年と少女がいる


上昇を止め、こちらを見ている


だが何も起こらないのを見てか、三人は再び上昇して会場を離れていく


風を・・・・風を・・・・



「くそおっ!」



カイは水を力一杯叩いた


正体も分からず、刃も立たない程の実力


片腕になったことで向こうはすでに深追いして居残ってくることも無いだろう


撤退の頃合いだけは分かっているようである


今此処で氷の魔術を放ったとしてもあの高さまで昇られてしまっては冷気も届かない


もし届いたとしても威力は格段に落ちている


逃げられたのだ


そう思うとカイは気持ちをゆっくりと落ち着けた


そんな時、水面下に何かが光った気がした


水面が太陽の光で反射したのかとも思ったがそうではないらしく、確かに水中に何かがあるのだ


それがうっすらと赤い輝きを放ったのを見てカイは先ほど黒髪の少年、アヤキ・サクラが男の腕ごと宝玉を取り戻したのを思い出した


いずれ誰かが取りに行かなければならないのでどうせならすでに水中に落ちて濡れている自分がとカイはゆっくりと息をすって綺麗な水を両手で掻いた






 お前達だけが飛べると思うな


その言葉からしてチルもあの仮面の男カイにも空を飛ぶ、あるいはそれに似た能力が使えたのだろうと推測した


彼自身の能力か、それともあの手に持っている聖天下十剣の力か


いや、恐らく後者だろう


風王奏、その名から察するに風を操る剣なのだと思われる


だが風を操って飛翔するする事なんて本当にできるのだろうか?


そう思ってチルは実際に自分は剣の力で空を駆ける事ができているのを思い出した



「ユディス・・・だいじょーぶ?」


「不快。不快不快不愉快っ。なんでまたあんな嫌な過去を穿り返してくれるのか・・・」



ユディスは無表情にそう言った


チルはそう言われて思い出す


前国王の妹であるユディスの過去から考えれば彼女が不快になるのも無理はない


自分もある意味関係している過去だ



宝玉アレのせいで一気に気分ガタ落ちよ」


「その割には・・・幻術から解かれても辛そうに見えないんだけど?」



そういうと何の表情も浮かべなかったユディスの顔に初めて初めて僅かに崩れた


その過去ではなく、まるで辛そうに見えなかった事に反応したようにも思える



「・・・・所詮昔の事よ。別に、悲しかったけど、今でも引きずるほど辛くなかったってだけ。薄情かな私?」



チルはワンテンポ置いて首を横に振った



「そんなことは無いんじゃないかな」


「・・・そう」


「ぐ・・・う」



二人は咄嗟に後ろを振り向いた


どうやらホーカーもかけられていた幻術が解けたらしい


ユディスが歩み寄って手を握った



「大丈夫?」


「あ・・・あ。なんとかな」



そうは言ったものの、ホーカーを握った手が汗でじっとりしているのをユディスは感じ取る


別にそれを汚いなどと思うことはなく、むしろ彼も辛い思いをしてきたのだと思って手をしっかりと握り締めた



「術者が宝玉から離れると効果が薄まるのかね?」


「かもですね。みんなも徐々に起き始めている事ですしね」



効果が弱まるという確信はないが、術をかけていた男の手から宝玉が離れたことでゆっくりと術は停止の方向へと進んでいる


向こうが一人も欠けずにこの技を使われていたら、恐らくすぐに全滅していただろうという危惧はチルにはあった


そして宝玉も奪われていた


予想通り宝玉を奪いに来たわけだ



「来ると予想できていたうえに、これだけの手勢であんな数人の賊を取り逃がすとはね。失態も良いところよ。警備は十分に当てていたと思ったのだけど」


「いや、責任が有るとすればこちらにもあるな」



そう言って歩み寄ってきたのはアルフレアだった


いつの間にか割れた会場へと渡ってきており、その紅い髪が風に揺れる


凛とした顔でこちらを見ているが、彼女も幻術にかけられていたのが一目で分かった


多少拭った跡が分かるがそれでも髪や肌が汗で濡れている


大会が始まった当初はアルフレアを煌びやかにお嬢様のように見せていた深紅のドレスだったが、今となってはまるで戦場を駆けてきた戦女神なのではと思わせるような見せ方をしてくれていた


そんなアルフレアの前にチル、ユディス、そしてホーカーが膝をついて低頭する



「此度の失態、申し訳ない。我らが水の国アルデリア王国の地でこのような事に巻き込んでしまい大変遺憾であります。罰を言い渡したいのであれば責任を取って私に何なりと・・・」


「いえ、お気になさらずともよいです。顔をあげてください。そちらの戦力も、その個々の実力も決して他国に劣るものではありません。それならば我が国からもいくらかの戦力は連れてきています。各国の頑張りを私はこの目でしかと見ました。それでも危うく敵に軍配が上がるところでした。相手に引かせたのは皆の引かぬ志気と闘志を見せつけたことだと思っています。ですから決してあなた方のせいでは無いと思っていてください。少なくともこれはグレアント王国の王女である私だけの考えですけれど」


「・・・ありがとうございます」



顔を上げたチルだったがすぐにお礼を言いながら頭を下げた



「傷ついた体でよくやってくれました。警備体制に問題はなかった。ただ、良くなかった点をあげるとするならば、それは騎士達の、私たちの実力不足だったという事ですかね」


「返す言葉もありません」


「責めているわけではありませんが、まだあなた方にはもっと高みにのぼる力がその体に宿っていると思います。・・・・さて、ここでこんな話をしていても仕方がありません。警備にあたっていた者達や怪我人の治療を最優先に事態の収拾を。ここはアルデリアである事を承知ですが少しばかり私に事態の収拾の指揮を執らせて頂いても構いませんか?アルデリア王国、聖水アクアサンタ騎士団隊長チル・リーヴェルト、並びにリーナ聖王国、翡翠ネフライト騎士団隊長、よろしいでしょうか?」


「「はっ!」」


自国そっちの王女が出てきたら指揮権を渡してもいいのですが、さすがにまだエリエルにさせるのは辛いか。ファンダーヌの指揮権も一時私が預かろう。全員を纏める主な隊長職がいないからな。すまない、観客避難の為の指揮を執ってもらっていたシレンシス隊長を呼び戻してくれるかユディス」


「ん、あいよ」



すっと立ちあがって王女に対して普段通りの口調で話しかけながら自主的に真っ先に観客避難の指揮をとって居なくなっていたグレアントの騎士隊長を呼び戻すため、ユディスは会場を後にした


その場に残ったチルやホーカーは気がつけば紅炎騎士団隊長のシレンシス・ルーが場に居ないのに気がついた


シレンシスはアルフレアが会場へと戻ってきてすぐさま駆け寄ってきたのだがアルフレアに人員を纏める指揮権を授けて避難した観客達を誘導している騎士達の所へ走っていったのである


それに近くにいた彩輝や一条が気がつかなかったのは只単に、彼が気配を殺していたというだけのこととである


気がつけなかったのはチルやホーカーも同じであった



「それと、ラミア・シェークスの姿が見えないが?」



アルフレアがきょろきょろと周囲を見渡しているが、会場に戻ってきたときからその姿がないことに今更ながら気がついた



「彼女ならリーナの王女が心配だと医務室へ向かいました」


「あぁ、なるほど。本職ですしね。近衛ともなれば気にもなるでしょうが、重傷という訳でもなければ呼び戻して頂くとありがたい。何しろ人手が足りないしな。もう襲われる心配もないでしょうから。まぁ念のため医務室の護衛は紅炎騎士団の者を使いに出そう」


「はっ、すぐに迎えの者を送ります」



ホーカーがそう言ってお辞儀をした



「あぁ、そうだ。それが終わったらアルデリア城へと使者を送って欲しいのだが、その手配だけ頼む。書状はこちらで用意するので暫し入り口で待っていて欲しいと伝えてくれ」



すぐに少し手が空いている騎士を見つけ、その騎士にラミアを連れ戻すようにと言い渡す


ホーカーが去り、残ったチルへと向かってアルフレアは厳しい顔で言う



聖水アクアサンタ騎士団隊長チル・リーヴェルト、傷が痛むか?」


「・・・大丈夫です」


「・・・・ふん」


「ぎぇっ・・・・」



アルフレアが突如低頭していたチルの体を後ろへと蹴り飛ばした


もちろん軽く押すようにして蹴ったのだが、それでもチルの手負いの体には響いたらしくチルも変な悲鳴を響かせてこてんと尻餅をついた


その軽い衝撃でまた痛みが走ったのか「ひぎ・・・!」と、今度は悲鳴を堪えたようだがそれでも痛そうな声を漏らした



「フフ、その体でよく言えるものだ。その体で痛みを見せずに先ほどまで動いていたのが不思議なぐらいだ」



アルフレアはその顔に笑みを浮かべた


眠れるサドっ気が出たのかどうかは不明だが、楽しそうにアルフレアは倒れたチルを見つめる


よく見ればチルの服もかなり汚れており、男に水中へと叩き込まれたせいで水を吸って重く冷たくなった服がずっしりとチルの負担を増している


それが分からないアルフレアでもない



「医務室へ行って治療を受けてこい。シェルディという我が国の優秀な医師が居るはずだ」



今回アルフレアは彩輝達と一緒にゼルタール火山を登り、雲の上までお供し、無名の剣に魂を入れた張本人を同行させていた


理由はいろいろだが、本人の意思もあっての事だった


本人曰く、「彼の腕を見てみたい」と言い出した


その不自由な右腕を治したいと彩輝達が帰った後にアルフレアに言いに来ていたのだった


もし次の機会があるならば、との事だったが予想より早い再会になるだろうと思いながらも彼女の同行をアルフレアは許可した


そしてこちらに来てからはシェルディは力を存分に振るって大会負傷者の手当を手伝う補佐へと回っていた


医務室を任されていたのはアルデリアの、シェルディと同じような治癒の魔術が使える人であった


主だって動いていたのはそのメルベールという男であったが、シェルディも負けず劣らず、国をバカにされないほどの働きを見せメルベールを驚かせていたりもした



「あ、ありがとうございます」



普段は身分など関係ないかのように振る舞う両者も、今回ばかりは丁寧な口調でその会話を終えた





 「終わった・・・の?」


「たぶん・・・」



突如として現れた黒い翼の一団と裏切り者は空の彼方へと消えていった


その後は妙な虚しさが残った


ボロボロになった会場に、その元凶はいない


なんだか世界が空回りしたかのように感じる



「アーヤん・・・手・・・振るえてる」


「・・・・」



彩輝は自らの左手を見つめた


左手に持つ小さな刀が自らの瞳を映し、その自分の瞳が揺れている


否、刀が振るえている


否、俺が振るえている


刀を振るっただけ


ただ、それだけ


それなのに、ぬるりと感じたあれは何だったのだろう


まるで本当にその刀身であの男の腕を切り落とした感触が左手に余韻を残す


触れてすらいないのに


残響しているかのように、震えが止まらない


咄嗟に右手で左手を押さえ込んだ


あそこで一条さんが俺を止めていなければ俺はどうなっていただろうか


男を殺していたのだろうか?


人を、殺していたのだろうか?


その仮定の未来という道を歩かなかった


選ばなかった


選んだ先のことは、永遠に分からない


ただ、この先この世界で生きていくことになる自分にその選択肢が再び現れないという保証はない


その時自分はどんな道を選ぶのか


迷わず答えを出せるようにしておかないといけない


そんな時はきっと、今回のようなとき


そんな時に迷うようでは、何も守れやしない


他人の命どころか自分の命でさえも・・・


分かってはいる


間違ったことはしていないはずだ


そう自分に言い聞かせる


なのに、なんでこんなに手が震えるんだ


答えは―――――分からない


その謎は誰も答えてくれず


自分でも答えを出せないまま


アルデリア王国王都で開かれたアクリス武闘大会は誰にも予期せぬ形で幕を下ろした












 「へぇ、そんな事が」


「あぁ、何でもその大会の後、西のセントノーラとエスタニアの動きが少し気になるところだが今のところ目立つことは何もしてきてはいないらしい」


「まぁ様子見、といった所だろう。あちらも下手に攻めてはシルカスやイリーユに狙ってくださいと言っているようなものだからな」


「だな。逆にこちらの動向を国を挟んだ遠くの二国も気にしているのは目に見えているから、まぁ動くのは難しいな。むしろ、内輪揉めになっても可笑しくはない」


「向けるべき目は内側か。同盟といってもどこまで通用するかな」


「まぁまさか下手に同盟が崩れることは無いと思うが、むしろ臣下の重臣達の方が反発というのもあり得るな」


「確かに。これを好機と見て反逆の旗を掲げられてはたまったものではありませんからな」



・・・・・・・・・・・・



「本当に聞こえるのアーヤん?」


「ん、ばっちり聞こえる」



今、彩輝は壁に耳をくっつけて壁の向こうの会話を盗み聞きしていた


俺の返事に一条さんが苦笑いしていた


恐らく重臣達の誰かであろうが、廊下でこんな話をしていて良い物なのだろうかと少し警備を疑ってみたりする


部屋の外から聞こえる声に聞き耳を立てたところ、ものすごく綺麗に聞こえる


大丈夫かこの部屋?


この二人の声はやや歳をとった老人の声は彩輝の耳にしっかりと聴こえる


壁越しとはいえ、ここまでしっかりと会話が聴き取れてしまっていいものか・・・


聴いている自分が言うのもあれなのだが


すると会話が終わりの方向を見せ、足音がこちらへと近づいてきた



「やべっ!」



小声で叫んで足音を立てないように椅子へと急いで戻る


それと同時にドアが二度ノックされる



「そろそろ準備はよろしいですかな?」



先ほど聞こえていた片方の老人の声である



「あ、はい」



一条さんはそう言ってスッと立ちあがった


俺も釣られて立ちあがる


ドアが開かれ、二人の重臣が室内へと入ってきた


小さな客室だったが、それでも置かれているものはどれも素晴らしく綺麗なもので溢れかえっていた



「準備は整いましたかな?」


「あぁ、はい。お待たせしてしまって申し訳ありません」


「それでは行きましょうか」



部屋に入ったときは椅子や棚の彫刻に目を光らせてはしゃいでいた一条さんだったが、今はそんな雰囲気は欠片ほども見せず、一人の女性なのだと意識させられた


その身につけているドレスのせいか、それとも素の美しさが真っ白なドレスによって強調されているのか


俺の目にはお淑やかな、まるで貴族の女性のように見えた



「ほら、行くよアーヤん」


「え、あ、はい」



つい見とれていた黒いスーツのような服を着た彩輝はそう言われて席を立った


正直まだ子供の自分は身につけている凄い綺麗な服は似合わないと思っていたが、一条さんは格好いいと言ってくれた



俺と一条さんが向かうのは5人の王女とファルアナリアの控える部屋


この二人はその使者というわけらしい


その部屋が何処なのかは二人は知らないが、とりあえず二人についていけばいいだろうと歩き始めた


その途中、ドレスに慣れない一条さんは足下のドレスのひらひらに引っかかって転んだとさ








 「おい、ゴ。これでいいのか?」


「・・・・」


「はぁ、ったく、どうやってこの無言の奴に意見を聞けってんだよヨンの奴」


「・・・・」



丁度その頃、大陸の西方、3つの大国であるイリーユ、シルカス、フェーミリアスに囲まれた巨大な湖の畔



「あーあ、こんな事なら俺も混ぜて欲しかったなぁ、王都襲撃。あっちの方がこんな作業より楽しいに決まってんのによ」


「・・・・」



一人は長身の男


もう一人は小柄な少年


少年の方は大きな図が描かれた紙を広げ、長身の方の男は妙な機械を湖の岬の一つにドスンと置いた


妙なコードや銀色のパーツが飛び出したその機械の周りを落ちていた石で円を描く


その円で囲まれた機械に意識を向けてパチンと指を鳴らすと円の内側はゆっくりと黒に染まり、黒い闇の中に機械はゆっくり沈んでいく


それを二人は見守り、機械が全て闇へと沈んだあと男はもう一度指をパチンと鳴らす


すると闇は消え、後に残ったのは円の中に盛られたちょっとした土の山だけである


それを二人で湖へと落とした後、手を湖の水で洗い、引き上げるべく踵を返した


その姿を遠くで見つめる少年一人


二人は気づかず姿を消した





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