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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
二章 ~アクリス武闘大会~
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『裏切り者』

「ちっ・・・」



カイが風王奏を振るう


風を切る音が聞こえる



「当たりま・・・せんねぇ。どうしましょう?」


「くっ・・・積雪よ、軋む大地の霜柱、御旗を地へと縫い止め

・・・っ!」


「む」



男は咄嗟に踵を返して客席の方へと走っていく


この台座は客席から離れた場所にあり、壁から突き出したような場所になっている


来賓席の真下にあるその台座から男は迷わず飛び出していた


カイの足下から広がった魔法陣が男を捉え損ねる


カイは舌打ちして魔術の行使を止めると男を追って自らも台座から飛んだ



「競り立つ氷柱、突き出し我の、足となれ。コルディアットホルドー」



カイは結界の外に氷の氷柱を立てた


パキパキと音を立てて水がゆっくりと渦を巻き始める


だがその渦は竜巻のように天へと昇りはじめ、それがいくつも会場の来賓席の近くに出現する


そしてその渦の柱はカイの魔力によって一瞬で凍り付く


周囲の温度が一気に冷やされ、冷やされた水蒸気がキラキラと凍り付く


先ほどまで水中から伸びていた柱と同じものがいくつもでき、周囲は氷の林となる


その柱にを次々に蹴って、逃げた男の背を追う


男が会場に着地してもなお更に距離をとろうと走っていくのを見てカイは氷の柱を大きく蹴って客席の方へと飛んだ


一度手すりに足を置いて足のバネを利用して大地へと足をつける


カイは男を追おうとして、だがすぐに足を止めた


仮面の奥に、男の背中が見える


そしてさらにその奥、男の行方を塞ぐようにして一人の少女が手を広げていた



「おや、これはこれはお早い起床ですな」


「アークス・・・・その宝玉をどうするおつもりですか?」


「はて、何の事でしょうか?」



アークスと呼ばれたファンダーヌ王国の第二王女の側近は何の事を言っているのだと白を切る


通路をその手で塞ぐその第二王女、エリエルの真剣な眼差しがアークスへと突き刺さる



「全て、見ておりました。もう一度聞きます。それをどうする気ですか、ドーラ爺・・・」


「フン・・・もう少し、眠っていればよかったものを・・・」


「どうしてですかっ!!」



普段はお淑やかなエリエルの口から、こんな叫びが出たのは何時ぶりだろうとアークス・ガランドーラは考えた


少なくともここ数年間は聞いた覚えがないなぁと記憶が告げる


昔から問題を起こすこともなく、自分だけでなく父である国王や王妃、給仕の侍女達にもいつも微笑んでいた彼女を思い出すアークス



「どうして・・・?」


「そうですっ!!何故貴方のような・・・貴方のような方が・・・・」


「人とは、他人に見せぬ面の一つや二つは持っているものです。私は生憎貴方に見せた覚えは無かったのですがね。だが聡い貴方はどこかで感づいておられたはず。違いますかな、元主よ」


「質問の答えになって無い気もするけど」



そう言ってカイはアークスの首裏に剣を突きつける


アークスもカイの接近には気がついており、その事にもカイは気がついている


だが逃げる様子は微塵も無く、むしろ話の方が大事だと言う雰囲気だ



「ふむ、強いて言うなら私は先ほど貴方には伝えたと思っているんだがね。まぁいいか。所詮お前達には理解できんだろうしな」


「ドーラ爺・・・」


「まだその名で私を呼ぶのですかな元主。私はとっくに貴方の名を捨てたと言うのに」


「・・・・・・宝玉を」


「ん?」


「宝玉を返してください」



アークスはそっと懐に左手を入れた


未だにアークスの右手には剣が握られており、その刃には刃こぼれ一つ無い


左手を懐から抜くと其処には真っ赤な宝玉が握られていた


握り拳より少し大きいくらいの深紅をアークスは見つめる



「宝玉・・・なんと美しいものだろう。こんなにも美しいものだったとは正直思っていなかった。幾年もの月日が過ぎてまだなおこの美しさを保ち続けるこの美しさ。この老体も流石に強い感銘を受けた」


「その宝玉を盗むことはつまり・・・貴方は・・・」


「私が実行に移した時点で最早懐柔されると思うてか?この決意は止められぬ。どれほどの意思を持っても、どれほどの時間が掛かっても、この決意は止められぬ」



アークスが静かに言い放ったその言葉には決意というものが込められていた


もう、この男は本当に国を抜けたのだろう


そしてあの王女を裏切った


恐らくその意思はもう誰にも曲げられないのだろう



「主を裏切ってまで手にする程の価値がその玉にあるのか?」


「あぁ、あるとも。いや、それ以上の価値があると言ってもいいな」


「俺には分からんが、そろそろお別れの挨拶は済んだのか?」


「別れなどいらない。だが、もしこれが別れの最後の機会だと言うのならまぁ・・・」



アークスは彼女を見てゆっくりと口を開いた



「言ってやらぬ事もない。さらばだ元主、エリエル・シェルトール・ロフス・ファンダーヌ。最早これまでの私と会うことは無いだろう」



エリエルの目元にうっすらとした涙が浮かんだのがカイにも分かった


その小さな粒が頬を伝う


ゆっくりと、時の流れと共に地面へと落ちていく



「シッ!」


「むぅっ!?」


「きゃっ!」



ガンッと音が鳴り、両者の体が交差する


思わずエリエルは口元を押さえてこちらを見ていた


涙が地面に落ちた瞬間、カイは向けていた剣をそのまま突き出した


大きく一歩を踏み込んで放ったその一撃が、信じられないスピードで反応した初老の男の剣と重なり合った


振り向き様に剣で体を反らした男と俺の剣がぶつかる


だが普通なら斬れるはずだった相手の剣は風王奏の刃では無く、峰を捉えた


跳ね上げられた剣でがら空きになった胴にアークスは蹴りを入れる


だがそれと同時にこちらも左手を男へと向けた


蹴り飛ばされながらカイは左手の先から冷気の突風を放出した


風は塊となり男を客席の方へと吹き飛ばした



「がっ・・・」



が、蹴り飛ばされたカイは会場と客席の境の柵に背を打つ



「大丈夫ですかっ!?」


「あ、あぁ・・・」



駆け寄ってきたエリエルの手を借りてゆっくりと立ちあがる


視線を吹き飛ばしたアークスへと向けると彼もまたゆっくりと立ちあがる所であった


硬い床に頭を打ったのか、白い髪に紅色がジンワリと滲んでいるのが見えた



「ふ・・・ふ。やはりこの体は辛い。ここは早めに撤退とするか」


「させると、思うのか?」



よろめきながら立ちあがるアークスに向かって風王奏を構え直したカイが言い放つ


アークスは静かに笑いながらゆっくりと宝玉を天へと突き上げた



「しまっ・・・っせやっ!!」



カイが焦って風王奏を大きく横に振り切った


風が刃となって男へと向かう


その風の刃が生まれる瞬間には男が小さく呟いていた


紅玉のキースイッチを



「赤翼の堕天使の炎禍エンカ


「む・・・おっ・・・!!」


「きゃっ!!」



突如周囲のマナが根こそぎその宝玉の中へと吸い込まれていったのを二人は感じた


より一層その深紅の輝きを増したその宝玉はずぶりと溶けるようにアークスの手へと飲み込まれた



「お・・・おおおおおおおっ!!!す、素晴らしい・・・これが一体化・・・・クハハハハハ!!」


「ちっ・・・なんだ、どうなったんだ?」


「宝玉を・・・取り込んだ・・・!?」



男の手の中にその紅玉が吸い込まれた瞬間、男を中心に炎の渦が現れた


瞬く間に炎の渦は男の姿を覆い隠し、一瞬遅れてその炎の渦にカイが放った風刃がぶつかった


風の刃は渦に揉まれて一瞬で消え去った


大きな熱波が二人を襲う


周囲の空気がその炎に取り込まれて風を起こす


その取り込んだ酸素と合わさり炎の渦はより一層巨大な炎の渦を作り出した




 その様子は遠くからでも確認できた


対岸に居た彩輝達からでもよく分かるほどその炎の渦は大きく成長を遂げる



「火柱・・・」


「火災旋風って奴だっけ。たしかそんな名前じゃ無かったかなぁ?」



一条さんがそう呟く


そういえばテレビか何かで何度か聞いた事がある


竜巻の炎バージョンの奴


たしかにテレビか何かでは火災旋風なんて言葉を使っていた気がする



「不味いな。炎の魔術師だから感じるのかもしれないが、なんだか嫌な感じだ。早めにこの男を連れて引き下がった方がいいかもしれん」


「こんな離れている場所をわざわざ襲ってくると?」



アルフレアさんはそう言って倒れた男に視線を戻す



「わからん。が、あいつが仲間を見捨てる気が有るにしろ無いにしろこの貴重な情報源を奪われる訳にも逃がす訳にもいかない。気を失っている今の内に四肢を拘束して魔術を使えないように封印しておく必要がある」


「んー、詳しいことは分からないけど、とりあえず此処を離れたほうが言い訳ね」


「でも、あそこにカイさんとエリエルさんが居ますけど良いんですか?」


「人の身よりまずは我が身だよアーヤん。私たちにはあれをどうにかできる力も知識も無いんだから、専門の人達に任せた方がいいよ」



いつも以上に一条さんは真面目な顔で俺にそう言ってくる


一応俺の身の安全も考えてくれての発言だろう


それに、たしかに自分では何もできないかも知れない


魔術なんて、まだ自分たちには分からない事が多いうえ、もとの世界の知識が通用するとも限らない


それで失敗したら何もかもが終わってしまう



「引こうアーヤん」


「・・・そうですね」



俺は前以上に無理はできない


前なら後悔したくない、その一心で動いていたと思う


だけど・・・誓いによってそれはできない


今は、そちらの方が優先なのだ



「じゃぁこの男は俺が運ぶ。一応これでも男だし。結界解け――――」



俺は一条さんに向かって男を運ぶために結界を解いて欲しいと言おうとした


だがその声は氷の柱が崩れ落ちる音に掻き消された




 カイは咄嗟にエリエルに逃げるように指示を出して剣を構えた


エリエルは多少心残りがあるようだが素直に従ってカイから離れていく



「ふぅ・・・熱い」



額に浮かび始めた汗の粒を腕で拭う


キラリと光った汗がその熱によって蒸発していく


空気中の水分が全て乾ききってしまったかのように感じつつもカイは目の前でグネグネと蠢く炎渦を見上げた


燃える炎の轟音に混じり、中からアークスの声が聞こえる


笑っている



「ちっ、風王奏!!」



カイは風王奏の力で風を巻きあがる流れとは逆方向に回そうとした


だが、機能しない


あまりに炎が空気を巻き込む力が強すぎるために風のコントロールができないのである



「駄目か・・・。冷気でも恐らく止められない。氷塊も無理・・・か。なら打撃で行くか」



カイは自らの右腕を冷気で凍らせる


僅かな水のマナを吸い取って氷で腕を覆った


だが早くしないと凍傷になりかねないので急いで次の行程へと移る


カイはできるだけ足音を立てないように素早く渦の裏手に回り込む


そしてすぐさま氷の周りに風の膜を作り出す


風を拘束で氷の周りを回転させる


そして再び水のマナを吸い、次は氷の壁を炎の渦の前に張った


それと同時にカイは渦へと向かって走り出す


炎の渦は振れていないにも関わらず、一瞬で氷の壁を蒸発させてしまった



「でやああああああ!!」



カイは懇親の一撃を炎渦へと叩き込む


風と炎が反発して右腕がグンと重くなる


だが風はすぐに吹き飛び、右腕を覆った氷も一瞬で消える


そこにすかさずに持ち直した風王奏と纏わせた風が炎の渦へと突き刺さる


腕が開けた小さな穴に風王奏が突き刺さる


だが長さ的に男まで到達はしない


もはやこの炎の勢いを止める方法をカイは一つしか思い浮かばなかった


ので、そうすることにした


風王奏の先から思いっきり風の塊を打ち出す


この方法で男だけが吹き飛ぶのか、それとも炎の渦ごと吹き飛ぶのかは分からなかった


故に失敗すればそのまま炎に巻き込まれて焼死していたかもしれない


現に服には至る所に焦げ目が付いている


未だに燃えていないのが不思議なぐらいに接近していたのである



「ふっとべええええええ!!」


「何ッ!?」



あまりの興奮に、カイの攻撃に気がつかなかったアークスは風の塊を体にもろに受けた


吹き飛ぶ体と炎の渦は同時に動き、アークスの体は宙へと浮いた


風の勢いでアークスは氷の柱が立ち並ぶ水上へと吹き飛ばされた


炎の渦は氷の柱を溶かし、巻き込み、折りながら水中へと落ちた




 崩れ落ちる氷柱と不安定に揺れる炎の竜巻は倒れながら燃え続ける


折れた氷の柱が水中へと落ちていき、炎の渦もまた同じように水中へと落ちていく


完全に口を開けたまま彩輝は固まっていた



「これで心残りもないだろう。あれは終わった。さて、引くぞ」



アルフレアさんに言われて我に返った俺は一条さんに結界を解いて欲しいと頼んだ



「わかった」



そう言って一条さんは口を開こうとした


恐らく結界を解くキースイッチを言おうとしたのだろう


だがそれをまたしても遮るものがあった




「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「何だと!?」



信じられないものを見たかのようにしてアルフレアは叫び、俺と一条さんもアルフレアさんと同じ方向を向いた


倒れ逝く炎の渦が見える


折れた氷柱がドボンと水柱を立てる中、その炎の渦は水の上で尚もその勢いを衰えることなく燃えている


そしてゆっくりと炎の渦は形を変える


渦はゆっくりと中心へと縮んでいき、やがてまるい球体へと変化した


まるで太陽の用に燃える炎の球体が宙に浮いているのである


その球体はまるで意思によって動いているかのような動きでこちらに迫ってきた


そしてそのまま炎の球体は結界へと衝突した


結界は大きな音を立てて崩れ落ち、炎はそれと同時に四散した


そこからゆっくりとアークスが降りてくる



「ふん。所詮吸血者といえどもこの程度とは少しがっかりだな」



アークスはそう言いながらゆっくりと男に手を伸ばした


彩輝は咄嗟にソーレを振りかざした



「む?」


「触るな!斬るぞ!」



彩輝は気がつけばそう叫んでいた


隣にいる二人も少し驚いたようにこちらを見ている



「お前が?この私を?笑止、小僧如きがよく吠えるわ」



男は彩輝の制止に答える気すら無いようでそのまま倒れた男を担ぎ上げた



「忠告したぞ」



そう静かに口を動かし、次の瞬間にはソーレが風を切り裂く


風の刃が男へと飛んでいく


が、その風の刃は予備動作も無しに生まれた炎の壁によって防がれてしまう



「威力不足だな。だが助かった」



彩輝の攻撃が防がれたにもかかわらず彩輝にお礼を言った


アルフレアは右手を突き出し、左手で自らの腕の関節の節目である肘を掴む


男が取り込んだマナを使って炎の盾を出した瞬間、炎のマナが周囲に溢れたのである


そのマナがアルフレアに殺到し、アークスもそれに気がつく


アルフレアの足下に真っ赤な魔法陣が浮かび上がる


砲台の用に魔法陣が腕にも展開する


アルフレアの顔がうっすらと魔法陣の赤い光りに照らされる



「熾る炎戈―――――――」




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