『雪化粧』
暗い・・・・寒い・・・・ここは何処・・・?
白い吐息はまだマナの実りを迎えたこの地には早すぎた
見えない・・・・冷たい・・・・あなたはだれ・・・?
黒い闇に、黒い人影が瞳に映る
エフレルは試しに扉を開けようとしてみるが、予想通り内側から鍵が掛けられていたようで重い扉はぴくりとも動かない
開く気配が無い扉から手を離したのはこの大会の主催者である三大貴族が一人、エフレル・トルロインであった
まさか自らが主催した大会がこんな事になるとは思いもしていなかったエフレルはせめて大会を観戦しに来ていた王女達だけでも無事に逃がそうとした
まず手当たり次第護衛の者達を王女の護衛に回したのである
安全を確保してもらうべくいったん城へと引き返してもらおうと無礼を承知で馬を用意した
さすがに馬車を集めるのは無理がありスピードも出ないうえ、水路が張り巡らされているこの国では馬車を使える通路も限られてくる
五頭の馬、そして馬使いと呼ばれる者達に王女達を乗せて城まで運んでもらおう。そう思ったのはいいのだが、そんな風にも行かなかったのである
使いに出した護衛の者が戻ってこず、不審に思って会場へと向かうと使いに出した者、それに加え王女の身辺警備をしていたと思われる騎士が何人も通路に倒れているのである
一般の人たちはここまで入ってくる事が無いように警備はきちんとされているのをエフレルは確かに今朝その目で確かめている
そればかりか元々自らの護衛を警備に当てようと思っていたのだが、各国の王女達が集まるということになり、四国からそれぞれ騎士を出して警備に当たっていた
王女の警護は恐らく近衛の仕事であるため、雑な兵には当てられない仕事である
案の定王女達の姿も無く、これはまずいと思った矢先、目に入ったのがファンダーヌ王国第二王女、エリエル・シェルトール・ロフス・ファンダーヌ王女が身につけていた黄色の靴であった
綺麗な宝飾が施されたその靴が片方床に落ちていたのである
さらに、よりにもよってその靴が落ちていた場所が地下へと続く階段の前に落ちていたのである
地下へと降りるには普通、厳重に管理された鍵が無ければ階段へと続く通路の扉を開くことはできない
だというのにその扉を試しに押して見ればいとも簡単に開くではないか
護衛だったはずの兵達は全員観客の避難などで出払っている
一人で行くのはどうも心細かったがここで引き返せば三大貴族の名が廃ると地下へと降りていこうとした
「どこいくんですか、エフレルさん」
そんなとき、突如背後から声をかけられ飛び上がりそうになってしまったエフレルだったが、ゆっくりと振り向けば其処には一人の男が立っていた
エフレルは直に会ったことが無いが顔だけは覚えている
相手側も自分が会場で舞台挨拶をしていたときに見ているはずである
とはいえ、一選手が名前まで覚えてもらっているとは思っていなかったが
「君は確か・・・」
「カイ・ウルクァです。先ほどまで大会の選手でした」
そう言って近寄ってくる彼の手には一本の剣が握られていた
カイはセレシアを寝かせられる場所である医務室へと運び込み、その後自らの愛剣風王奏をとりに武器庫へと向かった
向かった先ではすでにリーナ聖王国の王女二人が寝かされており、空いていたベッドにセレシアを寝かせてきたのである
医務室には一人の女性がおり、彼女は二人の近衛だと言う
彼女ならあの場を任せられるとセレシアを預けてきたのである
ついた先の武器庫の扉は開け放たれており、いくつかの武器がすでに持ち去られた痕跡があった
そんな武器庫の中で自らの武器はすぐに見つかった
まるで剣に呼ばれたかのように、武器に埋もれた風王奏を手にして会場へと向かおうとしていた最中であった
事情を聞いてカイはエフレルと共に階段を下った
王女が拉致されていた。そしてもう一人がここに居るかも知れないとの事だった
会場へ戻るより、こちらの王女を助ける方が優先だと判断してカイは少し寄り道をすることになった
階段を下りるとそこは入り口からの光りしか届かない暗闇の世界であった
ひんやりとした空気が肌に感じられる
「ここは食料の貯蔵庫にもなってるんだ」
そう言って彼は壁に掛けてあった燭台に火を灯す
それを持って闇の先を照らす
道が続いており、いくつかの扉が見えた
「ここからは静かに行こう。下手に悟られて厄介なことにならないように」
カイがそう言いながら先頭に立つ
エフレルがまず部屋の説明をした
手前二つの扉が簡単な携帯食料の貯蔵庫
一番奥の突き当たりの扉は今回の王女達のようなお客様用の為に保存されている高級肉等の冷凍庫となっているらしい
この地下通路自体鍵が掛かっている扉があるため、手前二つの扉に鍵は取り付けられていない
だが一番奥の冷凍庫のみは扉が開きっぱなしにならないように鍵を取り付けてあるのだという
とは言ってもこの通路の鍵が開いている時点でもしかしたら冷凍庫という事もあり得るかも知れない
それぞれの部屋は繋がっていないため、一つずつ確認していくしかないとカイはそっと扉に寄って耳を立てた
中から音は聞こえない
他の部屋に音が漏れないように静かに、しかし一気に扉を開いた
幸い扉が軋む音はせず、中をエフレルが明かりで照らすも変わった様子は無かった
同様に反対側の扉もなんら変わった様子はない
となると・・・
二人は同時に置くの扉に目をやった
うっすらと明かりで浮かび上がる大きな扉
冷気が漏れないように、また破損しないように頑丈に作られた巨大な鉄の扉
この扉は鍵が掛かっていないにしても開けてすぐさま飛び込むというのは少し無理があったかもしれない
「扉を押してみましょうか?」
エフレルは一応この場では戦闘できる人間ではないため、小声でカイに指示を仰いだ
「いや、止めた方が良い。この扉、中からも鍵はかけられるのか?」
「えぇ。一応中にも鍵はついていたはずですよ」
「構造に詳しいな。貴族様がこんなところによく来るとは思えないが」
とカイは疑問を口にした
こんな時にそんなことをとエフレルは言いたかったりもしたがカイの答えに回答する
「一応建設の時に一度回ってるんですよ。それに設計したのは僕と父でしたので。責任者としてこのぐらいは把握しているつもりです」
「なるほど。俺が中に入った途端に鍵をかけて扉を閉ざす、ということもあり得たんでな。嘘をついて鍵が無かった、なんて事もあるかもしれん。保険として聞いただけだ」
確かに、この状況で自分が敵ではないという保証はない
もし私が敵なら自分を冷凍庫に閉じこめ鍵をかける、ということも彼には予想しておく未来の一つだったのだろう
「ま、どちらにせよ俺には出る手段があるし、寒さには慣れているからな。扉の厚さはどれほどだ?」
「20センチほどですけど」
「なら余裕だな」
出る手段がある?余裕とはいったい?
どういう意味だろうとエフレルが思った瞬間、その答えを目の前でカイは見せてくれた
カイが持つ剣がスッと持ち上げられる
すると刀身に明かりが反射した
それと同時に剣を数回扉に向けて振るった
どう見ても空に向かって剣を振っているだけのように見えた
それと同時にあの至近距離から剣を振るえば確実に扉に当たって剣が止まるはずだと思った
それに加えて音も全くしなかった
だがそうならなかった理由はすぐに分かった
突入すると小声で語りかけ、彼の指示する通りに通路の脇へとどいて明かりを掲げる
カイは鉄の扉へと剣を軽く、向こう側まで抜けないように突き刺した
それはもう紙にでも刺しているかのようにスッと入っていく光景に我が目を疑ったエフレルの目の前でカイは風王奏へと意識を集中させる
柄の周りを空気が渦を巻く
そして剣を一気に引き抜く
すると重い鉄の扉はまるで剣と一体化したかのようにして巨大な四角形の穴を開けた
剣には抜けた四角形の鉄の扉がズズッと抜け出る
それは一瞬のうちに行われた
剣を振り切ると鉄の固まりは一気に剣からすっぽりと抜け、大きな音を立てて地面に転がった
それと同時にカイは自らがあけた扉の穴へと飛び込んでいった
「だ、誰だっ!?」
突如暗闇に慣れた目に差し込んできたエフレルの持つ明かりを直に見てしまった男は手で目を覆った
物音がして振り返った直後の出来事だった
男は予想外の乱入者に驚きながらも放すことの無かった剣を目をうっすらと開けながら構えた
その次の瞬間には剣の刀身は斬り飛ばされ、吊されていた冷凍肉に突き刺さった
カイは突入と同時に暗闇に浮かぶ人影を見つけた
エフレルの明かりで照らし出された影の中で唯一反射している物、つまり剣めがけて風王奏を振り上げた
そして相手の目が慣れるより先に男の体を蹴り飛ばす
男が尻餅をつく音が聞こえた
そして倒れていた王女の体を縛っているロープを鷲掴みにした
勢いよく持ち上げ、外へと出る
うまくいって良かったと安堵するのもつかの間、開いた穴から何かが飛び出してくる物にカイは反射的に風王奏の峰ではじき返した
カランカランと音を立てて床に散らばったのは氷の欠片であったのを見てカイはすぐさま風王奏を構えなおした
後ろにいる二人を庇うようにして立ちふさがったカイめがけて、穴とほぼ同じほどの氷塊が飛び出してきた
そしてそれが魔力を纏っていたことを感じ取るとすぐさまカイもその氷塊に対して風王奏を振るった
今度はただ振るだけでは無く、風王奏の力を解放してだ
突如地下に吹き荒れた突風は氷塊の一撃を僅かにそらし、奥の階段のところまで飛んでいった
地面に氷塊がたたきつけられ、ごとんと音を立てて動きを止めた
「多少はできるようだな。先に上に戻っていろ」
カイはそう言って次に飛び出してきた小さな氷の棘を風王奏の風ですべて受け止める
その間に、エフレルは縛り上げられた王女を担いで地下を後にした
男が追ってこない事を見ると恐らく自分に有利な場所から地下ごと、俺たち全員を吹っ飛ばそうという考えなのだろう
すぐに置くの扉から大きな魔力の流れを感じた
先に逃がしておいて良かった
そうでなければ、傷つけないという保証はできなかったやもしれない
「氷で俺に喧嘩売るとはいい度胸だ」
仮面の奥でカイはにやりと笑った
それと同時に穴から雪や氷を纏った強烈な冷風が吹き出てきた
「風王奏!」
カイもまた、氷の魔術を使う
広がった魔法陣が暗闇を青白く照らし出す
剣が纏った風がカイの周囲を吹雪から守る中、本人は呪文を唱える
「雪化粧、染める花びら風に舞い、染める天地を無の地へと――――」
カイは流れるように言葉を紡ぐ
これは世間一般に知られる魔導師による術ではない
通常、魔術は魔導師と呼ばれる人たちが教え伝えるものである
魔導師は力のある魔術師達を国の命で後世へと伝えていく仕事である
彼らは魔術が生まれてから開発されてきた魔術を書物や知識として管理し、一般にも有名な魔術はいくつもありそれらは全て彼らが世間へと書物などを通して関与できるようにしているからである
魔術一つ生み出すのに、半月ほどから魔導師の半生ほどをかけるようなものまである
魔導師は魔術のエキスパートであり、彼らでも魔術を生み出すのは難しいのにカイは彼らより遙かに短い生の中で独学でいくつも魔術を生み出している、いわば天才であった
カイに魔術を放っている男はそんなことを知るよしも無かったのだが、男も氷の魔術を使う人間である以上感じざるを得なかった
感じたことも無いような魔力の流れ。そしてその規模
自分が通路ごと敵を倒そうと放っている技の、軽く数倍以上はある魔力を感じ取っている
それだけ今自分が相手をしている人間の魔力の器が大きいのかが分かる
それに恐らく、自分が放っている技が効いていないだけでなく、むしろそれに上乗せ、利用されているような感じがするのである
危機を悟った男は急遽吹雪の魔術を止めた
この冷凍庫の中ならば水分が結晶化した氷もあり、尚かつ王都と言うことで水の豊富なこの場所でなら負ける事は無いと選んだ場所だった
故郷に比べれば大したことも無い寒さであると思い、その場所を選らんだ
男の故郷は此処よりも寒い場所にあった
北の地は何処も冬は寒い場所であり、男の生まれ育った場所はそんな北の大地でも一年を通して雪が積もっているような場所であった
廃れ行く町を捨てた家族と南の地に長い旅を経て移住した
だがその少し後に戦争が起こった
ファンダーヌ王国とエスタニア王国が一時衝突した時期があった
男はその国境近くのファンダーヌ側にある村に移住していた
北にはアルデリア王国、西にはエスタニア王国、南は海といった場所であった
そしてこの両国がぶつかる場所は主にこの僅かにエスタニア王国と隣接しているこの地域と南の暖かな海洋であった
何度も男は目の前で重装備の兵士達の行軍を何度も幼きこの目に焼き付けた
村は戦場から近かった場所ともあって兵士達の休憩地点や、ある時は軍の拠点ともなっていた場所であった
そして事件は起こった
それまで合戦の主な舞台は海か村の近くにある小さな平原であった
平原はエスタニアとファンダーヌの両国に跨っている、とはいえ小さな平原であった
北はアルデリア王国の国境代わりの山々が連なっていたため、敵が攻められるなら正面しかないと小さな自分でも分かっていたつもりであったし、事実これまでも敵は平原側からしか襲ってくることは無かった
だが今回は違った
軍が平原へと集中している中で、海側から回り込んだエスタニアの兵士が攻め込んできたのである
挟撃する形となり、ファンダーヌ軍は苦戦を強いられた
何とか退路を守った事によって敗走が始まったファンダーヌ軍であったがいずれ援軍を合流した暁には反転し、もう少しファンダーヌへ入り込んだところで戦うことは目に見えていた
だがその為だけに、村は焼き払われた。見方であるファンダーヌにである
戦争に負けた場所は、相手国に全てを奪われる
そうなる前に、自国でそれを行ったのだ
敗走していく騎士達
そして火の手が上がる村を眺める小さな体がどれだけ空しく感じられたことだろう
父と母は自分を家事から守るために自らの家に焼かれ灰となった
男は生き残った
生き残った僅かな村人達と共に近くの村へと一時避難した
結果、ファンダーヌは自国の奥まで敵を引きつけ、挟撃してエスタニアを逆に敗走へと追い込んだ
男の心は日に日に復讐心が積もっていった
結果、同じような境遇にあった仲間達に出会い、復讐を企て、今回の騒ぎを引き起こしたのであった
例え王女に恨みが無くとも、そのファンダーヌの名を継ぎし者達、そして自国を焼き払った騎士達
その全てに復讐しようと、ファンダーヌの王女を討とうとした
だが―――――
「凍てつく白雪よ、凍てつく茨よ、道を閉ざせ!ゾネシア――――」
「フリージア!!」
パキンッ・・・・・
吹雪が止む
通路を、真っ白な雪が、真っ白なトンネルへと作り替えてしまい、色を持つ者は静かに剣を降ろした