『予想』
彩輝はソーレを抜いた状態で走っていた
誰も居ない静かな廊下をできるだけ早く走る彩輝の後ろをアルフレアが追走する
彼女は男から奪った剣を持っており、走りにくい!と言ってびりびりと高価そうな深紅のドレスの裾を剣で斬っていた
彩輝的には目線に困ったが、そのおかげでアルフレアは先ほどよりスピードに乗った走りをしているようにも見えた
「会場はこっちで間違いないんだな?」
後ろから聞こえてくる問いかけに無言で頷き返す俺
道はよく分からないが、方向で言えば間違い無いはずだ
俺もそうだが、アルフレアもここに来るのは初めてであり、しかも庶民が使う通路を通るのは初めてのため方向感覚が掴みにくいのだろう
来た道を引き返す事ぐらいなら自分にもできると彼女の前に出て来た道を戻っていく
人の気配はしないのに、会場の方からは嫌な空気が漂ってくるように感じる
と、そのとき目の前に一条さんが現れた
十字路でばったり出くわした一条さんは目を丸くして急停止
俺とアルフレアさんも足を止める
「助けたんだアーヤん!」
「いや、正確には助けてはいないというか、返り討ちにしてたというか」
「そんなことはどうでもいい。誰か見つけたか?」
それが他に助けられていない王女の事を差しているのは誰にでも分かる
「ううん。――今のところ・・・はぁ・・・は・・・まだ最初に助けられた二人しか・・・知らない。いろいろ探しているんだけど・・・見つからなくて」
彼女もずっと走り回っていたのだろう
息が上がっているのがよく分かる
「そうか。皆を捜したいのは山々だが、私はいったん会場へと戻るとしよう」
「え、なんでですか!?」
「今彼女たちの場所を知るものはいない。私も聞き出そうかとおもったのだが・・・」
そこでアルフレアは口をつぐんだ
あ、そうか。聞き出せる男は今真っ黒になって放置されているんだっけ
あれじゃぁ何も喋れないだろうなぁと彩輝は黒こげにされた男を想像した
この王女が無事だったのは良かったのだが、男を返り討ちにはしたがあそこまでしてしまった事に彼女も多少は反省しているのだろう
大事な情報源だったなと
「それで?」
「それで、だ。あの小屋で男が喋ったのだが犯人は一人ではない。まぁこれは予想できていたが、みんなの居場所は分からないが気になる発言をしていてな」
「男はなんて?」
「彼らのこの愚行の理由はどうやら私たち王女にあるらしい。だが一人だけ、金や宝玉に興味がある奴がいるらしい。そしてそれらを引き替えに手にするためにはどうするのが手っ取り早いと思う?」
「それはえっと・・・やっぱり・・・」
そこから導き出せる答えは一つ
これ以上ないほどの取引
つまり王女達の命と引き替えだ
「なるほど。王女と引き替えって事か」
「おそらくはそうだろう。だが私たちに恨みがあるのならば捕まえた男達はそれなりに復讐の手だてを考えていたはずだ。方法は知りたくもないが、それでもその一人の男のために己の復讐相手をそう易々と解放したりするだろうか?」
「その男を裏切るつもり・・・だったとか?全員がそれぞれ別々の王女をさらったのなら最低四人は居ると思うな」
俺の想像に、アルフレア王女もこくりと頷いた
それならばこうして集まった物同士とはいえ全く関係の他人を裏切ることに抵抗はあまり無いというのも分かる気がする
「そして、もしその取引をするならば、取引相手は誰だと思う?」
それはもちろん王女達を慕う者達
王族という地位に対してではなく、彼女たちを慕う本当の部下達
そういった心を持ち合わせる者の多くは、おそらく
「騎士達、ですね」
「騎士達相手に取引を持ちかける。ならばその男は必然的に会場へ向かうはずだ」
「なるほど。それで会場に」
一条さんがそう言って手を打った
ここまでくれば、俺にも何となく今後の展開が読めた
「その男を捕まえる訳ですね」
「そうだ。そして捕まった王女の位置を吐かせる。あと行方が分かっていな二人は他に捜している騎士に任せよう」
「大丈夫なんですか?」
一応あれでも俺たちと大して年の離れた女性というわけではない
一条さんはそう聞くと、アルフレアは腕を組んで首を横に振る
「殺そうと思うならすでに眠らされたときに殺されていても不思議じゃない。今は生かしておく、その理由があるはずだ。全員バラバラなら都合がいい。身方がやられても気がつくことは無いからな。それに」
「それに?」
「あの二人は私より恐ろしい」
え、マジ?
彩輝は一度あの巨大な火柱を見ているからだろうか、彼女が一番強いものだとばかり思っていた
そんな俺の心を読んだのか、アルフレアさんはこう付け足した
「私は一番好戦的ってだけなんだ」
そうしてたどり着く会場
「これは・・・」
地上のメンバーは皆そろって空を見上げる
そして北の空、皆の目線の先には逃げ去ろうとする魔獣が小さくなっていた
その魔獣と視線との間に小さな影が見える
黒い影
翼が見える
「なんで飛べてるんだよ・・・」
確実に翼を切り裂いたはずだと彩輝は再びあの光景を思い出す
風の刃を作り出し、男に向かって放ったこと
二つの斬撃のうち一つが男の翼を切り裂いたこと
「再生・・・?」
見る限り男の翼は正常に働いているようで羽ばたく翼に異常は無いように見える
再生したのか、それとも翼に細工をしたのか
ローブの男は今あの魔獣を逃がそうとしているようである
つまり、あの魔獣は男の手先だったということか
あの魔獣による被害はあまり無かったようにも思えるが・・・被害を出すことが目的でないとすれば
たとえばそう、陽動や混乱が目的ならば
「この場合、俺たちの負けは・・・・宝玉を奪われる事」
「そうだな。レイル達の報告によれば君は一度彼と同じ種族に会っているらしいな」
アルフレアさんが言っているのは恐らくあの黒龍の時の事だろう
いろいろあって宝玉が関係していたあの事件
そしてまたもや現れた同じ男
共通するのはやはり、宝玉
「種族、というより全くの本人ですけどね」
「人の姿に・・・黒の翼か。絶滅した吸血者の形状にそっくりだ」
吸血者という言葉は初耳だが、何となく、吸血鬼という言葉に似ている気がした
というか血という字が抜けているだけなのだが
「吸血者・・・」
「なんだ。お前達も吸血者をしっているのか?君たちの世界にも彼らが?」
「いえ、・・・実際には居ませんけどそういう話は伝説って形で残ってる・・・と思います。吸血者って言うんだ、こっちじゃ。もしかしたら会場に戻った仲間ってのはそいつかもしれれないね」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれないが、一応あのローブの男も彼らと仲間であったことは間違いないだろう。私はあの男に眠らされたのだからな」
アルフレアさんはそう言って奪い取った剣を鞘から抜く
一条さんもポーチから数枚の札を取り出す
どこかで買ったのだろうか。そのポーチは彼女がこれまでつけていたものとは少し違っていた
にしても、彼女も関わる気か
とはいえ俺がやめろといえる立場でもない
ただ、あの時交わした誓い。それだけは守ろうと彩輝はソーレに映った自らの瞳を見つめる
「守るって言っちゃったしね」
最優先事項は、彼女の安全だろう
自分が一条さんを守れるような力があるのかどうかは微妙な力量だ
中途半端な事をしてかえって大怪我するなんて事にはなりたくないが、最前を尽くそうと心の中で思った
そんな事をつぶやいた彩輝の隣で、一条がちらりと彩輝に視線を向けていたことには気がつかなかった
自分の瞳に男の姿を捉える
「大会の時、言いませんでしたね」
「ん?」
あのときは大会中でネタ晴らしをするわけにはいかなかった
だが今なら別にいいだろうと彩輝は語り出す
「言っていたでしょう。予選の時、何か細工をしたんじゃないかって」
あのとき、アルフレアさんは俺が敵の自滅という形で予選突破した事に対して何か細工をしたと読んでいた
あのとき俺は見事に鎌を掛けられたのだが、一応ネタは教えていない
俺は今そのネタ晴らしをする
「あぁ、そういえばそんなことを言ったかもな」
「種明かしをするとですね、俺、魔術を使うとき魔法陣が出ないんですよ」
「・・・・なんだと?」
「えっとですね、詳しくは分からないんですけど魔法陣が出るときってどういう時ですか?」
「そんなもの、マナを魔力に変換して魔術として行使する時だろう」
「ですよね。でも魔力の放出の時には出ませんよね、魔法陣」
「そうだが、当たり前だろう。魔術を使うときは絶対に魔法陣が出るんだから。魔術を使わなければ魔法陣は出ない」
「ってことはマナを吸収して魔力を魔術にする。その行程に魔法陣が含まれている。だけど俺には出ない。これが魔術かと言われたら、正直分かりませんが、魔力を『行為』として具現化する事が魔術だというのならば、俺のこれもまた魔術なんだと思う」
俺は話を続けながら魔力を剣へと溜める
俺が使うのは以前城で魔術について聞いたときにティリアさんに教えてもらった一番強いと言われる風の魔術
いや、これは魔術に似せただけの紛い物なのかもしれない
だけどそれを他に表現する方法がないから魔術と呼んでいる
「いえ、訂正します。魔術と表現しておきます。今のところ」
魔術とは別なのかと聞かれても答えられないが、今はとりあえず魔術ということにしておこう
皆魔術師は詠唱を行うが、それをせずとも魔力を『行為』として打ち出すことができるこれは魔術では無いのかもしれないと俺は先ほどの発言を訂正した
「俺さ、大会の特訓の時できるようになったんだけどこれは奥の手だったんだよね」
「だから序盤では使わなかったの?」
一条さんに聞かれたが、俺は奴に狙いを定めながら首を振った
「いや、使いましたよ。悟られないように・・・ね」
アルフレアはそういわれて彼の初戦を思い出す
そう言われてみると、あの初戦で自滅した男に対して自分は違和感を持っていた
彼が何かしたというのは予想の範囲内だがあれはもしかしたら何か魔術を使っていたのかもしれない
「風か何かで押したのか?」
「ご名答。そう簡単に自滅する選手がわざわざお金を出してまで参加すると思いますか?こんな大会に」
「・・・・ないな」
「彼が出場したのはたぶん、宣伝でしょう。店をやってるって言ってたので」
さて、そろそろやるか
できる限り悟られないようにソーレを構える
本来ソーレに風の魔力を流し込むのは無理があった
元々只の短刀だった刀にソーレが宿り、炎の属性を宿しているだけなので風のマナとの相性は最悪では無いが、少々強引であることは確かである
が、そうも行かない
遠距離攻撃ということでゆっくりとした攻撃はすぐにばれてしまう
魔法陣が出ないといっても魔力を使って放つ技である以上、魔力の流れを感じ取られるより先に相手に到達させる必要がある
最もスピードが出せるのは雷だ
光の速度はいくらこの距離でも一瞬で相手との距離を詰め、穿つ事ができるであろう
ただ、この雷の魔術、思った以上に扱いが難しいのである
風や炎とは違い、その威力が高すぎて『行為』として放つことができてもそのコントロールができないのだ
相手はまだこちらに気がついていない
ならばスピードでは劣るものの、行為力でそれなりにスピードが出て視覚的にも気づかれにくいもので攻めるしかない
「今度は二つとも当ててやる」
至近距離にいたアルフレアと一条は彩輝の発した魔力に気がつき彼が魔術を使うのだと分かった
確かに、この僅かな魔力の流れでは、魔法陣が出ないとなかなか気がつけないだろうとアルフレアは彼の動きに注目した
男に狙いを定め、彩輝はソーレを大きく二度振るった