『氷の使い手』
「くっ・・・」
事情を話し終えたホーカーの横を、指示もなく飛び出していったのはラミア・シェークスであった
疾風の如く、持ってきた武器の中から自らの愛用の武器を見つけて走りながらそれを腰に差した
「ラミア!」
「聞こえてねーなありゃ」
駆けだしていったリーナの近衛隊長は恐らく医務室に向かったのだろう
ホーカーがリリア王女とルア王女をそこで看病させていると言っていたから恐らくはそこだろう
「ま、彼女もそっちが本業だからね」
分からなくはないんだけどね、とユディスが呟く
「それで、聞いたところ、只の逆恨みの犯行に聞こえるけど」
「にしては手間が込んでいるな」
ホーカーはそう言って逃げ去ろうとしている紅鶴を見上げる
「あれが正体か」と呟きながら一緒に持ってきた自らの槍を手に取る
最低限の宝飾しかされては居ないが、その槍は飾りとして意外に十分機能する事をホーカーは知っている
「それには同感ね」
そう言ってユディスが手に持っていた剣をクルリと回して肩でトントンと叩く
鞘がついた状態だが、それを抜けないようにやるのはかなり難易度が高いように思えた
「それなんだけど、あれが一枚噛んでいると思うわ」
「あれ?」
ユディスは鞘に収まった剣を会場の反対側へと向ける
その剣の先が指し示すのは宝玉と賞金が置かれた台座であった
「あれだけ大事な宝玉と大金を野晒しにしておくなんてどうかしてるわよトルロイン家御当主様は。第一何処行ったのよ彼?」
「あそこに居るのはリリッドか?いつの間にあんなところに・・・」
ホーカーがそう言うと、ユディスはばつが悪そうにぽりぽりと頬をかいた
投げ飛ばしたとは良いづらいなぁと視線をそらす
ホーカーの視線の先にあったのはリリッド、そしてローブをつけた男が斬りあっている光景であった
二人とも休むことなく剣を振るい、一進一退の攻防を続けている
ただローブの男が一方的に押しており、リリッドはむしろ守りにまわっている
あの宝玉と賞金を男から守ろうというのだろうか
そんなことよりも、ここにいる誰もが気になっているのはそこではなかった
「何だ、あの翼は・・・?」
ローブの隙間から姿を現すその翼が全員の目を引いた
男は時折翼を使って上からも攻めようとするが、そのたびにリリッドが反撃をしてくるため上手く上昇する事ができずにいる
とはいえ
「リリッドが、押されている・・」
「何者なんだあいつ」
「全く、先読みというのは予想より厄介ですね。ここまで完封されるとは思いませんでした」
「そうかい・・・此処まで先読みを使わないと追いつめられるほど、お前は十分強いと思うぜ」
剣が男のローブを掠める
「あら、じゃぁもう一押しというところですか」
「ならやってみろよ」
「そーれじゃぁ、遠慮無くッ!!」
突如斬り合いの最中、ローブの男の左手が剣を離れる
天高く振り上げられた腕に魔法陣が開く
リリッドは展開したその魔法陣の色を見て我が目を疑った
「黒!?」
「ふふ、驚いてーるねぇ!そーれじゃぁもう一回驚いてぇーもらうかぁー!」
「何だと!?」
振り下ろされた腕、それと同時に腕の先の魔法陣から黒い槍が飛び出してきた
見たことも無い魔法陣の色、そして放たれた黒い槍の魔法
黒い槍は腕を振るう速度に連動しているかのようにものすごいスピードで魔法陣から現れた
迫り来る槍を避けようにも、それでは奴の思うつぼだ
この位置から避けに入れば、守り通した賞金と宝玉はあっさりと持って行かれるだろう
ここははじき返すか何かしてあの槍を止める方向で動く選択肢しかない
「無詠唱っ・・・ぐぅっ!?」
黒い槍は矛と言うより円錐系の槍に近かった
それ故先端が鋭くなっているのだが其処にリリッドは寸分の狂いも無く刃を突き立てた
だが予想以上に槍の出てくるスピードが速くリリッドの反応が遅れて力が入りきらなかった事
そして槍のその威力がリリッドの握力を上回った
その瞬間
「残念ここまでです」
突如真下から男の声が聞こえてきた
リリッドが驚き、男を視界に捉えた瞬間、男はしゃがんだ状態で右足を回してリリッドの両足を薙ぎ払った
リリッドの体が後ろに反れ、槍を止めていた剣がずれてリリッドに襲いかかる
それをずれた剣で少しだけ横にずらすと首の皮一枚で避ける
だが宙に浮いたリリッドの片足を男が掴んだ
それと同時に視界がぶれた
男の腕力はとてつもなく、軽々とリリッドを持ち上げた
斬り合いの最中でも感じていたことだったが、大人一人を片腕で軽々と振り回すなど普通は無理である
そんな面から見てもこの男は異常だった
最も、一番人としておかしいと思うのは背中の翼なのだが
男は半回転してリリッドを会場の方へと投げ飛ばす
リリッドは剣を持ったまま水中へと叩き込まれた
「全く、もう少し時間稼ぎしてくれたって・・・」
離れた場所から見ていた全員がリリッドの負けを予想していなかっただけに驚きを隠せずにいた
ユディスもそう呟いて仕方なく次は自分が行こうと走りだそうとしたその瞬間男の翼がピンと広がった
そして消える
「消えた!?」
セルディアが目を丸くしていた
「いや違う・・・」
セルディアは追い切れなかったようだったが、自分とそしてホーカーには見えていた
ツキと呼ばれた少女も周囲を見渡して男を捜している事から目で追い切れたのは二人だけのようであった
二人は同時に北の空を見上げた
二人の目線の進行方向は、逃げる魔獣の方向
「チルっ!!」
ホーカーが叫んだ
魔獣に向かって足場を作りながら飛んで上を目指すチルが其処にいた
チルも男の接近に気がついたのだろう
持っていた剣で急に襲いかかってきた男にカウンターを入れた
その瞬間、男は再び消えた
その場に残ったのは小さなローブの切れ端のみで男の姿は無い
チルがバッと振り返り、それと同時に剣を薙いだ
金属音が一瞬遅れて下に居た人達の耳に届いた
だがその次の瞬間、男が信じられないようなスピードでチルの背後をとった
一回転するかのようにチルの頭上を飛び越え、チルの背中に蹴りを入れた
チルが反り返りながらふらつくのを見て男はチルの頭上に飛んだ
次の瞬間には再び男の蹴りが決まっていた
チルも咄嗟にガードをとったように見えたが、男の動きと剣の動きが早すぎて目で追いきれないのでガードをとれたのかどうかは分からなかった
ただその蹴りで落ちてくるチルは、水柱を立てて水中へと消えていく
メイン会場から少し離れた場所にカイは居た
「ち・・・開きそうも無いな」
鉄製のドアを蹴飛ばすがびくともしない
カイは今、闘技場の外れに位置する監視塔の中に居た
愛用の剣さえ有ればこの扉など簡単に破れるというのに・・・
カイは一端落ち着いて外に出る方法を考えた
フェリーが乱入したと同時に姿を消したカイは武器庫を目指した
そこで不安を感じ取ったカイは真っ先に武器を手にして会場へ戻ろうとした
慣れない場所で少し戸惑いつつも武器庫の場所を壁に張られていた地図を見て知ったカイだったのだがその途中の事である
「あれは・・・」
カイが武器庫目指して走っていると、目の前には十字路があった
するとその十字路を横切っていく影が一つあった
「あれは・・・王女?」
ほんの一瞬だったが、見間違えるはずもない
走り去る人間の肩に担がれたもう一つの人影
観客達の避難は反対側の通路から行われているため、こちらに人が迷い込むという事は無いはずだ
となると、考えられる事はそう多くはない
「まさかな」
脳裏を過ぎった空想が事実でないことを祈りつつカイは十字路で足を止めた
武器庫はこのまま真っ直ぐであるが、その影はそことは別方向へと走っていった
本来なら武器庫へ行く予定だったが、ここはあの王女を追ってみることにしようとカイは進路を変更した
横切っていった影は恐らく男だったと思うが、ローブで顔や体つきを隠していたため確かではない
ただその影が肩に担いでいたのは紛れもなく王女のはずである
こんな場所で薄い青色のドレスに身を包んだ青髪の女性が果たしてセレシア王女以外に居ただろうか?
そもそも武闘大会にドレスで来る人間なんてあそこにいた王女達ぐらいだと改めてカイは今のが王女なのだと確信する
男が走っていった方向にカイもまた走っていく
そんなカイの前方にそびえ立っていたのはメイン会場と同じくらいの大きさを誇るであろう監視塔であった
石造りの監視塔の金属の扉は開け放たれている
そして入ると同時に、目の前に倒れている二つの人影を見つける
服装からして恐らくこの監視塔の人間だろう
いずれも目立った外傷がないので恐らく気絶しているだけだと思うがカイはとりあえず二人の意識が無い事を確認して脈をとる
血の流れがとくんとくんと指先に伝わってくる
死んではいないようだ
床には二つの剣が落ちている
二つとも持ち主の手を離れた場所に転がっていることから、あまり剣術に無知な者では無いと見えた
倒れた男をひっくり返して腹部を見ると其処には強烈な打撃の痕が残っていた
上を見上げる
監視塔は壁に螺旋状の階段があり、二人を倒した犯人はこの上を登っていったのだろう
カイも念のために持ってきていた木刀を抜く
少し心許ないが、無いよりかはマシだろうと上を見上げる
そして螺旋階段を走りながら登っていく
グルグルと壁を伝うように登り、最後の一段を登り切る
そこには
「つけられてたかな・・・」
男が一人いた
縄でセレシアが目を瞑ったままの状態で椅子に縛り付けられていた
その横に座っていた男がそう言葉を漏らしてスッと立ちあがる
「何者だ」
カイは木刀を抜いて構える
男に問うが、返答は返ってこなかった
「王女を、どうするつもりだ」
落ち着いた口調でカイが聞くが、男はまたしても答えはしなかった
男はゆっくりとそのローブのボタンをはずし、床に放る
男の全貌が明らかになるが、ぱっと見は普通の市民となんら変わりない
「答えろ!!」
「答える必要は、無い」
ちらりと男は縛り付けた王女を見るが、再びカイの方を向き直ると腰に携えた剣を抜いた
ギラリと光りを反射する光はカイの木刀とは対照的に切れ味抜群なのが分かる
カイは答えないのなら力ずくで聞き出すとでも言わんばかりの勢いで斬りかかった
男も剣を構え、カイの攻撃にあわせて剣を振るった
カイの振るった木刀がまっぷたつに切れる
斬りかかったのはカイの方であったが、木刀ほどの太さがある木を男は容易くその剣で切り飛ばす
右手を剣から離す
左手に持つ刀身半ばで折れた木刀を男めがけて振り上げる
男はそれを上体を反らして交わす
カイは再び振り上げた剣を男めがけて振り下ろす
だが、今度はその木刀を男めがけて投げた
至近距離から投げられたというのに、男は即座に反応して腕で木刀をはじき飛ばす
が、振り切った腕の向こう側に、これから魔術を使うように見えたカイを目にした男は咄嗟その剣を振り上げた
マナを吸収し、それが魔力に変換され、そして魔術として打ち出される前に俺を斬るつもりか
なるほどそれも悪くない
だが生憎斬られる気は毛頭無い
「残念だったな」
飛びかかってきたカイの右腕からは冷気が漏れている
カイは魔術を行使する気は全く無かった
ただ、己が持つ氷の魔力を放出しただけであった
この国ならばそこら中に水のマナがある
水の魔術と同じように、水のマナで氷の魔力に変換できるカイは部屋に満ちあふれた水のマナを吸収する
そして変換した氷のマナを、その突き出した右手の先から一気に放出する
氷のマナは周囲の水蒸気を巻き込みながら一気に男を包み込む
カイが腕を降ろすと目の前には巨大な氷塊ができあがっていた
このまま放っておけばいずれ男も死ぬであろう
空気も吸えない酸欠状態で氷に密閉されているのだから当たり前、か
これで懲りただろう
力の差も示せた事だしカイは氷塊を溶かすことにした
カイがそれを念じると氷は一瞬で水へと戻った
解けた氷の水を少しずつ別の場所で凍らせる
氷が溶けると男はどさりとその場へ崩れ落ちた
・・・・まだ死んでいないはず
カイは足と腕に氷の枷をする冷えすぎて凍傷にならないように少し大きめに作る
が、絶対に砕けないように作った枷をそのまま床に固定する
「さて・・と」
カイは氷のナイフを作り、それでセレシアを縛っていたロープを斬る
彼女も眠っているようだが外傷は見あたらないので恐らく大丈夫だろう
しかし、王女が何故こんな場所に拉致されていたのだろうか
とりあえず此処を出てまずこの王女をどうにかしないとな
流石にセレシアを持ったまま移動をしたりするのはカイにも多少苦になる
そこでどこか安全な場所に連れて行きたいのだが、そのためにはまずここから出る必要がある
なのに
「何故閉まっている・・・・」
立ちつくすカイは知らなかった
男を捕まえるまでの僅かな間、二つの人影がこの監視塔入り口へと現れていた事に
二人が扉を開かないように外側から細工をしたことも、カイは知るはずも無く立ちつくす
来たときには開いていたはずであり、鍵も内側から開けられるはずなのに扉は何故か動かない
これは外側に何か細工をされたなとカイは思った
つまり少なくとも共犯者が居るのだろう
「誘拐犯は一人で無い、という事か」
その割には、仲間を助ける素振りすら見えなかった
むしろ俺を足止めするかのような扱いである
「仕方ない」
使いたくは無いが他に方法が無いと見てカイは歩き出す
窓もなく王女を担いだまま屋上から飛び降りるのも、一人ならまだしも二人では流石に無理があるためカイは最終手段に出ることにした
すなわち、一番手っ取り早く外に出る方法
カイは壁を調べ、基礎となりえる大きな石柱から外れた場所の前に立つ
カイの足下に魔法陣が広がった