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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
一章 ~龍の神子~
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『異世界初の朝』

俺がこの世界に来たその翌日


俺はふかふかのベットから身を起こした


見慣れない天井


豪華な装飾の施された家具


窓から見える景色は日本ではない


やっぱり現実・・・なのか


夢であって欲しいと思ったがそうも行かないようだ


両手をんー、と空に向かって思いっきり伸ばして俺は寝癖のついた髪をぼさぼさといじる


ベットから降りて此方の世界に来たときに来ていた服に着替える


借りたパジャマのような服をたたんで布団の上に置く


はぁ・・・


こんな状況、嫌でも二度と味わえないな。うん


彩輝は部屋を出る


さて・・・どうしたものか



「あ、お起きになりましたかアヤキ様」



部屋の横で立っていた女性が俺に声をかける


ぺこりとお辞儀をしたのはティリアと呼ばれる召使いの女の子である


年は俺の一つ上らしく、まだ若いというのにこうして立派に働いていることに俺は驚いた


昨日精霊と一通り話をして俺は現在の状況を知った


精霊が言うには二つの世界は隣り合っている存在のようで、その二つの世界の周りにはレ・ミリレウと呼ばれる『無』が存在するらしい


そのレ・ミリレウは恐らく一条さんが言っていた真っ暗な空間のことだということ


精霊は俺たちの世界も含めて二つの世界を行き来できる存在だが精霊はこの世界でしか認識することはできないらしい


というのも向こうの世界は此方の世界の人間と体質が違うため、大気中のマナや魔力を無意識のうちに吸い取ってしまう体質らしい


もちろん例外なく俺も無意識に吸収しているらしい


精霊は周囲にマナが無ければ体を維持できない存在のため、向こうの世界へ行くことは無いに等しいそうだ


そして向こうの人間は吸い取ったマナや魔力を自動的に生命力へと変換されてしまうため、体内に魔力が溜まらず魔法が使えないのだという


とはいってもすでにほとんどのマナが吸い尽くされている状態なので吸収する機会は今では少ないらしい


此方の世界では魔力を持つ人間と持たない人間に分けられ、吸収するような体質を持つ者はいないためにそのような過度な吸収現象は起こらないそうだ


また体質が違うために吸収量は少なく、使った魔力を回復するには時間がかかるらしい


まぁちょっとややこしいところもあったが簡単に言うとこんな感じでまとめられる


そしてその例外が俺達だと言うこと


異能体質


向こうの世界の一部の人間、たとえば俺達の体はどうやら魔力を生命力に変換しない体質のようで空気中のマナがそのまま魔力になって体に蓄積される体質のようである


つまり、魔力が生命力へと変換されないということは今、俺の中には生まれてから今この瞬間まで魔力がどんどんと溜まり、周囲から吸収し続けているらしい


まぁ生命力に変換できないといっても俺達には生命力が無いわけではなく、それはあくまで補助的なものである


人間には元々生命力が満ち足りているものらしい


それが欠けることは滅多にない


ということはそう言うときにしか使われないということであり、余分な魔力は再び体外へと自然に放出されるらしい


そんな他人が放出した魔力も俺のような存在がこれまた無意識のうちにため込むらしい


俺は其処で一つの仮説を立てる


『気』とは魔力のことではないのか?と


向こうの世界で言われる気の力


たまにテレビでやっている気の力


目に見えない謎の力


動物を眠らせたり体の調子を良くしたり


魔力をそのまま生命力へと変換する向こうの人間の体質だとするともしかしたら説明が行くかもしれない


原因不明で歩けなかった車いすの男の子がその気、魔力を打ち込まれることで不足していた生命力が足へと行き渡り歩けるようになる


・・・・かもしれないという予想だけどね


まぁ自己暗示とかそんな感じなのかもしれないけどさ


あくまで仮説だ仮説


確証は無いがそういった人は魔力を扱える人間、つまり生命力へと変換しない体質の、俺たちのような人間が行える行為なのだと思う


その一人が俺であるということ


意識はしていなかったが今までもそんなことが無かったかと言われればあるかもしれない


小学一年生の時の夏休み


皆が当番制で行うアサガオの水やりをとある奴等が連続でサボったせいで枯れかかった


当番の日が来て俺が行ったその日、すでにいくつかのアサガオが連日の猛暑により枯れかかっていたアサガオを見て俺は愕然とした記憶が残っている


その日、水をやって俺は帰ったのだがその次の日気になって見に来てみると何と全てのアサガオが奇跡の全回復満開の異常な光景を見た覚えがある


そして俺は登校日の日からスーパー彩輝と呼ばれるようになった


手を出さずに職員室から毎日見ていた先生が最初に俺をそう言ったのを覚えている


あれってもしかしたら俺が水に無意識のうちに魔力を込めていたのではないか?


やり方は覚えていないがもしかしたらその魔力が生命力となり、あの奇跡の全回復満開をなし得たのではないか?


もう一つそれに似た事件がある


ミニトマトを一人一つの苗を育てるという授業があったのだが俺のミニトマトの苗は成長に成長を重ね、俺のトマトだけ支柱が立てられた


1メートル近く育ったもはやミニじゃなくなった苗からできたトマトの数は40個弱


その全てがとても甘く熟していた、と先生から聞いた覚えがあるが当時の俺は熟すなんて言葉を知らなかったので、とりあえず美味しいんだなぁと記憶していたのを思い出した


その日から俺の称号は植物マスター彩輝とグレードアップされた


なるほど、そういう事だったか


つまり俺は向こうでは珍しい魔力を扱える人間であったという事か


魔力を生命力に変える行為が行われないために溜まった魔力が手からじょうろに伝わっていたのではないか


とはいえそんなことがいつも起こるわけでもなかった事を思い出すと制御ができていない、あるいは意思の強さにもよるのではないかと推測した


そんな俺は今度この国の魔術師隊の方から魔力の扱いを教えて貰えることとなった


というのも俺が自ら魔力を使いたいと思うようになったからだ


だって・・・小さい頃に夢見たものが今俺にあるのだから使わなきゃ損だろ


それにロマンだろ。男の


そしてそんな体質の者達が何という偶然か、一つのバスに乗り合わせた事が原因の一つ


魔力を自然と吸収してしまう体質の人間が生きているうちにため込んだ膨大な魔力が一カ所に集まったことにより、その場の時空間がずれたのだと言っていた


向こうの世界ではすでにマナは枯渇しかかっている世界である


世界そのものがマナを必要としておらず、世界そのものがマナ離れしているらしい


そこにマナを溜め込む体質の俺たちが集った場所は偶然にもレ・ミリレウに飲み込まれ、俺達はレ・ミリレウとこの世界との唯一の通路である精霊台からこちらの世界に放り出されてしまったらしい


そしてそこはどうやら俺がここに来たときに言っていた精霊の住む世界と同じという意味を持つ場所らしい


レ・ミリレウは精霊達の住む世界ということになる


時空間がずれた理由であるが一定レベルの魔力が一カ所に溜まるとそれは鏡で光を当てた紙のように焼き切れてしまうのだそうだ


紙は燃え、燃え広がる。それを防ぐために存在するシステムが作動したらしい


そのシステムこそが時空間を切り取る行為なのだということなのだ


つまり、燃え広がらないためにその空間を隔離する必要があり、俺たちは世界に異物と判断されたらしい


ま、見捨てられたと言っても過言じゃないな


そしてその自然に存在するシステムの発動条件にはもう一つあるそうでどうやらその部分の時空間に、歪みが出ていないといけないらしい


時空間が定まらない不安定な場所。そして偶然それが路上にあったそうだ


時空間のひずみとはその場にできたひびのようなものらしく、小さな歪みなら魔力が少なくなった俺達の世界にはそこらじゅうにあるらしい


ただ俺たちが放り出されるほどの空間が歪んでいることは滅多にないとのこと


だから本当にこれは偶然なのだ


カラッカラに乾いた地面のひび割れみたいなものを想像してもらえるとわかりやすいと思う


そこに、水ごと吸い込む巨大な亀裂。大量の魔力を持ったバスがその歪みに突っ込んで水が周囲に染み渡るのを防ぐためにひびが穴となり、世界がその穴の開いた場所を切り取った


さしずめ魔力は水、時空間の歪みは地面のひび割れ、染みこんだ水は地面から出てくることは決してない


そのおかげで俺達はここに出たらしい


さらに言うと向こうの世界には精霊台のような固定された出口が無いために出るのは困難を極めるという


ただ方法が無いというわけではない


同じように、今度は逆に裏側から地表のその僅かな歪みを完全なる歪みとする


すると世界はその歪みを正そうとするためにレ・ミリレウに落とし、存在を消そうとするらしい


すると一瞬だが向こうの世界とレ・ミリレウの間に穴が空く


其処に精霊台のように魔力の膜を張るのだそうだ


元々は精霊台もそのようにして作られたと聞くがどうやったかまでは現代では分からない


それこそ神とも言えるような膨大な量の魔力の膜を張らないとすぐにその魔力の膜は無に飲み込まれ、消滅するという


そして現状そんな力を使える魔術師はファルアナリア、セレシアも知らないとのこと


てなわけで帰るための具体的な方法を見いだせないまま俺は異世界初めての一夜をこの巨大な城で明かした


ちなみに何故別世界の俺がこの世界で彼等と会話できるか聞いてみるのだがそれはどうやら俺達に妙な魔法がかかっているらしい


恐らくこっちに来た奴等も全員かかっていると思われる


普通に皆と会話をした一条さんやちーちゃんを見て俺は確信した


ただどんな魔法がかかっているかまでは分からなかった


というのも精霊は元々魔術を使わないらしいしファルアナリアとセレシアも見たことのない術の効果を知っているはずもなかったからだ



「ん、おはよう。なぁ、どこかに洗面台ないか?」


「洗面台ですか?」



こうして会話をする分には不自由が無い


翻訳をするような魔法がかかっているとはいえ、やはり車やバスなどといった此方にない世界のモノは流石に通じないようである


恐らく英語も通じないだろうな



「あぁ。やっぱり井戸とかで水をくまないとダメとか?」


「いえ、城の者の大抵は流れている城内水路の水を使っていますね」



城内水路


この城はどうやら中央の精霊台の周りからあふれ出る水が城下まで流れているらしく、城内には至る所にその水が流れる水路がある


しかもその水路は廊下の壁に付いた雨樋のようなものを流れている


この国は水が豊富でいたるところからわき水などが出るらしい


故に豊富な水を使った産業が発達しているそうだ


まだ城下に降りたことはないが城から見る限り、この水路は東西南北に流れており、その巨大な水路からまたいくつもの支流があり町中を覆っているようである


巨大な水路は四方大水路と呼ばれているらしい


さらに町には大きな川が一つ流れている


水路の一部はその川とも繋がっている



「城内水路ってあの壁に流れてる奴だろ?あれってそのまま使って大丈夫なのか?城下の水路に流れたりとかは・・・」



顔を洗ったり手を洗ったり、そうした水が城下に流れていくのは好ましくないのではと俺は考えたがどうやら杞憂だったらしい



「いえ、この城内水路は四方大水路には流れません。城内水路は一旦城の地下の地底湖に流れるようになっています


「へぇ、この下って地底湖があるのか」


「はい。東に広がるレサド連峰の豊富な雪解け水が巨大な岩盤にあたり、この国の地下に巨大な地底湖ができたそうです」


「ってことはこの国に水が豊富なのはそのおかげってこと?」


「そうですね。浄化の水とも言われていて簡単な汚れやゴミならすぐに分解してしまうらしいです。ですがさすがに排便等は別の場所で処理しますが」



一度城から四方を見渡したとき、確かに大きな山が見えた


あれはレサド連峰っていうのか


この城から周囲を見渡すとこの国は大きな城壁がぐるりと町を囲んでおり、左右を巨大な山脈に挟まれた谷のような場所にあることが分かった


また東南に延びる川が国を二つに分けている





「そっか。ありがとな」


「いえ。アヤキ様はまだ何も知らないので仕方ありませんよ。しばらくしたら朝食が運ばれてきますのでそれまでにお戻りになるようにしてください」


「わかった」



にしても俺なんかに様をつける必要があるのだろうか・・・


なにこのリアルメイド


と、ぶつくさ言いながら探索ついでに歩いているとなんだか妙な場所に出てしまった


広い広間のようであるが人は誰一人としていない



「おはようアヤキ君」


「うぇ?あ、おはようございますチルさん」


「どうしたこんなところで?迷ったか?」



巨大な部屋に入った俺の後から騎士団の隊長であるチルが現れた


突然話しかけられて妙な声を出してしまったがまぁ気にしないで欲しい所だ



「いや、確かに迷子になりそうなくらい広いですけど・・・」


「ふむ、散歩といったところか?」


「えっと、そんなところですかね。興味はあったんで。俺の住んでたところにもお城は在りましたけど完全に別物ですもん。どちらかというと洋風ですねここ。何ですかこのバカでかい広間は」


「ここか?ここはまぁいろいろな催し、舞踏会とかをやるところだな」



白い髪を靡かせて部屋に入ってきたチルはすでに帯剣しており騎士団長の羽織を羽織っている



「にしても早いな。朝に強いのか?」



不意にそんなことを聞いてくる



「え、そうですかね?」


「あぁ。まだ太陽が昇って間もないぞ」


「俺はいつもそんなもんですよ」



むしろ俺は高校は電車通学だからな


それに時間に余裕を持って登校するタイプなため俺は毎朝6時半起きだ


体に染みついた起床時間はなかなか変えられないものである


これぐらいならまだ余裕の時間帯だ



「チルさんもこんな朝早くから・・・。ご苦労様です」


「なぁに、気にするな。いつものことだしこれが仕事だ。王妃相手に文句も言えまい」


「はははっ、そうですね」



たしかにファルアナリアさん相手にそんなことは流石に言えないよなぁ


殺されると思う。きっと



「まぁこれは巡回とはまた別でな。そっちは見張りの兵がやっている。騎士団の仕事じゃないな」


「え、じゃぁ何をしてるんですか?」


「うむ、ちょっと下の修練場で日課の鍛錬をな。その道中だ」


「あ、覗いても良いですかね?」


「む、それは構わぬが・・・。何か剣術でも学んでいたか?」



俺は軽く驚いて眉がぴくりと動いてしまった


というのも彼女の発言が的を射ているからである


確かに俺は剣術?かどうかは分からないが剣道をやっていた


それも一度は全国大会まで進んだ事がある


もっとも、それは小学生の頃であり、今では剣道なんてできない体であるが


彼女の発言は、学んでいたか。つまり過去形で聞いてきたわけある


そこまでわかっちまうものなのだろうか・・・



「よく分かりましたね。勘ですか?」


「まぁな。予想だがなかなかの腕利きだっただろうな。お前達の世界にも剣が存在する国なのか」


「あー、まぁ昔は存在しましたけど今じゃ日本刀は美術品レベルです。人を殺すことは禁止されていますしね。まぁ居合いとか抜刀とかには使われますけど」


「ふむ、だがお前がそれなりにその道に入った者であるということは技そのものは無くなったわけでは無いのか」


「そうですね。今じゃ竹で作った刀で力を競い合う位ですかね。あ、もちろん鎧じゃないけど防具はつけますね」


「ふむ、異世界の剣術、興味はあるが・・・」



そこで彼女は俺の右腕を見つめた


あ、やっぱり分かってたかぁ


まぁ隠し通すつもりは無いので打ち明けておくことにする



「やっぱりバレますよね。ちょっと訳ありで右肩を壊しましてね。ほら」



俺は右手を上げる


スーッと上がる手はピタリと斜めに止まってしまう


それ以上、俺の肩は上がらない



「ここまでしか上がらないんですよ」


「利き腕をやったか・・・なるほどな」


「ってなわけで今じゃ剣道から退きました。まぁ理由としてはもう一つあるんですけど」



右手は使えないとはいえ、剣道はやろうと思えば出来たことだった


だからある意味後者が本当の理由なのだがそれを言わなかったのはどうしてだろうな



「剣道と言うのかその競技とやら。なるほど剣の道か」


「手が上がらない以上、やむを得ないんですよ。でもまぁ私生活にさしたる問題はありませんけどね。でも何処でばれたんです?」


「阿呆、バレバレだよ。右手を庇って生活しているんだ。その道の人間ならすぐに分かるさ」


「流石隊長」



俺は手を下ろした



「じゃぁ暇だし見せてもらおうかな。鍛錬の様子」



2人は鍛錬場へと向かった








サラリと流れた白髪が大きな室内の中央でブワッと翼のように広がる


静かな空間にダンッ!と大きく彼女が踏み込む音が響く


青白いその刃は空中に青白い傷跡のような光を靡かせて消えていく


息を止め、精神をとぎすませたその一振りは、敵がいない空を切る


ブンッと音が響くと同時に次の動きに入る


しばらくすると「ふぅ」と呟いて彼女は汗がしたたる白髪を掻き上げる


ぱちぱちぱちと乾いた拍手が朝の修練場に響いた



「早いですね」


「ありがと。でもまぁこれぐらいなら見切ってたよね。君ならさ」


「目では追えましたからね。まぁ今の体だとついて来られないかもしれませんけどね。それがいつもの練習ですか?」


「んー、一人の時はこれを永遠とやり続けるわね」



さっきのは手加減していたのは分かっていたが、もし本気でそんなスピードで剣を振るわれたら正直目ですら追えないだろう



「凄いッスね。そんなスピード振るえませんよ普通。どんな体してるんですか?」



その細腕にどれほどの力があるというのか、正直彩輝には信じられなかった



「日々の鍛錬よ」


「何をしたらそんな体になるのやら」



その力に嫉妬した俺はちょっとした嫌味も込めた発言をしてみたが彼女はどうやらあまり気にしていなかったように見えた


それにしても彼女は強い


それもおそらく半端じゃ無いレベル。超人と言っても過言ではないかもしれないな


人間としての限界を超えているのではないかとも思えるような技だ


彼女が持っているのは形状は日本刀に似ている


ぱっと見、最大の特徴は刀身が薄い青みがかかっているように見える事だろうか



「・・・・見たいか?」



チルが自らの持っていた剣を彩輝に差し出した


そこまで俺は物欲しそうに見ていたのだろうか・・・


彩輝は目を丸くして驚いたが鞘に戻した剣を受け取る


スッと刀身を抜く


彩輝の祖父は刀匠でもある人間であり、普段からこういった刀を見せられてきた


剣道の道に進んだのも日本刀を見てかっこいいと思ったからだ


多少テレビや漫画にも影響された部分があるかもしれないがそれが一番の理由である


昔から叔父の家に行くたびにそう言った工場を覗いた事がある


それから刀の善し悪しを教えて貰っていた


だから自分は刀に関しては多少見る目があるつもりだ



「驚いたなぁ・・・日本刀そっくりだ・・・。刀身は薄い水色で刃紋は広直刃ひろすぐはかぁ・・・。少し幅と厚みが大きいのは実戦用だからかな。長さはーっと・・・2尺ちょいか」


「ふむ、よく分からんがなかなか見る目があるらしいな」


「気になることがあるんでもう一つ剣ありますか」



その感触を確かめるためにチルにもう一つ剣を貸して欲しいと頼む


彼女はこくりと頷いて修練場の端に置いてある大きな棚から一本刀を持ってきた


鞘から抜くとこれは先ほどの刀に比べ、どちらかというと反りが強いサーベルに似た形をしている



カラァン



そのサーベルで右手に持つ刀を軽く当てる


綺麗な澄んだ音が響いた



「これは・・・」


「もうそこまで見破ったか。剣を持ってこさせたのは確認か?」


「これっ・・・なんて一品だよおい・・・」



彼女はニヤニヤとにやけながら座って鑑定をする俺を見下ろしている


おい、笑うな。もはや笑いで済ませるレベルじゃないぞこの剣


俺はすぐさま落ちたブレードの先端を拾い上げる



「軽く叩いただけなのに・・・」


「これこそ神の力だ。これに対抗できるのは同じく高密度の魔石を使った物ぐらいだろうなうん」



軽く叩いたブレードの先端はスッと抵抗も無く地面に落ちたのである


これはもう刀で紙を斬るような感覚ではない


まさしく空を切っているかのような感覚だ



「切れ味が良すぎる・・・」


「この剣は聖天下十剣のうちの一振り、名を蒼天駆そうてんくと言う」


「聖天下十剣?」



見知らぬ名に耳がぴくりと動く


なんだそのものすごい、名前からして高レベル武器



「ふむ、知らぬのは無理無いな。聖天下十剣とは絶大な力を持つ10の剣の事を言う。作者不明にしてこの全てを集めれば天下を収める力を持つことができるという言い伝えが残っている。とはいえ十本集めたとしても腕は二本しかないのだがな」



聖天下十剣


確かにこんな化け物みたいな剣が10本も集まればとんでもないことになるな


通常の刀を、感覚が無くなる程までに切り裂くような剣がそうほいほいあってたまるかと思いつつも、10本もあることに恐怖する



「鞘の素材はなんですか?」



そんな切れ味の良すぎる刃を治める鞘の材質は何なのだろうか


鞘を確認してみる


周囲を黒く太い糸で巻いており、中は鉄の用になっている


が、恐らく普通の鉄では無いのだろう


出なければ鞘など抜刀する時にズタズタに切り裂かれているはずだからだ


柄巻きも黒い糸でできており、ぱっと見真っ黒だ



「密度の高い、それこそもう見つからないであろうほど高密度の魔石を溶かして混ぜた鉄の上にミンクスの毛皮を鞣した革を張ってそいつとチートルの毛で編んだ糸を巻いている。柄巻きはリットンの尻尾の毛を利用している」


「ミンクスもチートルもわからんが黒い生き物なんですか?」



巻かれているのは太い糸だがその糸を作る毛は黒い


それによくよく見るとその毛にも濃さの違う二種類の毛が入っているのが分かる



「あぁ。耐火性に優れている鞘だ。ちょっとやそっとの炎なら熱すらも完全に遮断する代物だ。まぁ持っている手は焼けるんだけどね」


「なるほど」



鞘には魔石を溶かして混ぜた鉄が入っているにもかかわらず軽い


これまでに持ったどんな鞘よりも軽いことに驚く


剣の方はやはり重いがそれを軽々とあのスピードで振るう事ができる彼女はやはり凄いな


重さ的には祖父のところで握った日本刀と同じくらいか


軽く剣を左手で振るが剣が重いのと左腕をあまり使わないためかピタリと止められずに少し剣がぶれてしまう



「良い仕事をしてるな。銘が無いのが気になるけど・・・」


「なぁ、一度貴殿の力を見てみたい。手合わせ願えないだろうか」



・・・・


それは俺にまた剣を握れということか?


この動かない右腕を知っていて?



「本気ですか?俺の腕が動かないの、分かっていて言ってるんでしょ?」



剣を返すときに彼女を見上げるがあれは本気の眼差しだ



「私が思うにお前には剣の道が似合う。まぁ気がするだけだけどな」


「俺はもう剣の道から退いたつもりだったんだけどな」


「なぁに、両手を使わずに左手だけで行けばいいだろう?」



・・・・無茶苦茶言うな


あんな重い剣、なれない片手で振るう代物ではない


彩輝はため息をついて立ち上がる



「そんな片手であんな重い物、どうやって振るえと?右手は動かないから仕方ないがそれでも軸もぶれるし力も落ちる」


「そんなことはないだろう。短刀でも使えばどうだ?」


「短刀・・・か」



確かにアレなら力が無い左手でも十分振るえるが・・・



「あるのか?」


「もちろんあるとも!」



そう言って彼女は別の棚の鍵を外して短刀を取り出す


やっとやる気になってくれたかといった顔で俺に渡してきた


なんか負けた気分だ。別にいいけどさ


俺の手に渡ったその剣の鞘を抜く


銀色の刀身には俺の顔がうつっている


軽く、そして左手でも震える


盲点だったな



「いいぞ。だけどこんな物振るうの初めてだからな。手加減くらいはしてくれよ。てか木刀みたいなの無いのか?真剣なんて正直人に向けたことは無いぞ」



正直木刀や竹刀のような物があるなら其方の方がいい


人に剣を向ける何て事は本当はしたくない



「ないな。私は訓練は元々真剣でのやりとりしかしないタイプだ。鍛錬とは、真剣での精神がとぎすまされた状態でするものだ」



チルはそう言って身を翻す


マントを脱ぎ捨てて魔剣・蒼天駆を壁に立てかけると腰のベルトに差した予備の剣を抜く


此方はどうやら普通の剣のようである


俺は自らの手にする小刀を見つめる


俺の顔が、俺を見つめ返していた


小鳥のさえずりが聞こえてくる早朝、俺は騎士団の隊長に斬り合いを申し込まれました


やるしかねぇのかなぁ・・・


現実世界で真剣を振り回した事なんてないからね


こればっかりは俺でも初体験である


現実世界でしたら、問答無用で刑務所行きだよ


とりあえずそれで俺を突き刺さないでくださいよ・・・・いやマジで



「俺も貴方に刺さらないようにする技量がありませんからね!!手加減できませんよ!」


「大丈夫だ。すべての責任は私が負う。ま、そんなことは何も起こらないけど、本気できてね」






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