『闘技場での戦い』
その鳥は水中から飛び出た後もゆっくりと羽ばたき続けた
小柄な顔に似合わない大きな瞳がぎょろりと動く
片方の翼が龍との接触時に折れたのだろうか、体を支えて飛ぶのが精一杯という風に見えた
それを一言で表すなら、鶴だ
真っ赤な鶴
そして翼には布がかけられており服のようになっている
布の片方には月を、片方には太陽を催したであろうマークが入っているのが見えた
普通の鶴には無い長い束になった二本の尾が風に揺れる
長い嘴が打ち合い、カンカンと音を響かせる
「紅い・・・鶴・・・!?」
そこには先ほどまで優雅に空を舞っていた虹は無く、代わりに深紅に染まった鶴のような巨大な鳥が現れた
翼を羽ばたかせる紅鶴だったが翼を羽ばたかせるたびに、その折れた翼から軋む音が聞こえてくる
何かが擦れ、かみ合わないような音が
「あらら、もうばれちゃいましたか」
彩輝はバッと上空の男を睨み付けた
男のローブの隙間から現れている翼が太陽の光を遮り、男の姿が光りの影で見づらい
「せっかく、不可視と幻術の二つをかけてあげたというのに、あまりにあっけなくばれすぎですよ。これじゃぁやられちゃってもしりませんよ」
そういって男は彩輝を無視してスッと動き出す
男は宝玉の方へと向かって飛んでいった
時間稼ぎはそれほどできないと踏んで無理矢理にでも奪取するつもりなのだろうか
ローブの男は先ほど目の前を飛んでいった騎士の人が立ちあがるのを見つめた
「面倒ですね。本当に、面倒ですよ」
とりあえず、自分一人じゃかなわないにしても足止めくらいは・・・
誰かこちらに気がついて手を回してくれるひとがいてくれればと淡い期待を込めて彩輝は二本の短い木刀を構えた
そして剣に風を纏わせる
今の彩輝は特訓で魔力を属性ごとに引き出し、それを簡単な動作だけならば扱うことができるようになっていた
そしてこれはその練習の時身につけた技の一つ
先生から教えられた、魔力の扱いを練習する時に教えられた技
魔力を自在にコントロールするための基礎練習として何度も様々な魔力を体から引き出して使えるようにした
「いくぞ」
二本の木でできた短刀の周囲に風が渦巻く
それを感じて彩輝は腰を落とす
動く男に狙いを定め、剣をしっかりと握りしめる
幸いまだ男はこちらの様子に気がついていない様子であり、狙い撃つならスピードが乗っていない今だろうと覚悟を決める
「さぁ・・・成功してくれよ・・・」
まだ練習途中の技であり、武闘大会で使うことはできない位の殺傷能力があることも知っていた
だからコントロールが完全でない状態で放つ技ではないのも承知の上だった
だが・・・
「ここでやらずにどこでやるっ!!」
そう言い放って彩輝は左の剣を先に振り、後に続くように右の剣を振るった
剣が纏っていた風が、剣を振るった斬撃に乗って風の刃となる
それは目に見えないがかなりのスピードがあるのを彩輝は知っていた
見えないものを避けるなんてことは少なくとも彩輝にはできないし、これをもし感知したとしても避ける動作に体が追いつくはずもないと思ったからだ
そして風が止んだ
一直線に飛んでいく二つの風刃の一つが男の翼の一部を切り裂いた
男が一瞬動揺したように見えた
が、次の瞬間クルリと反転して恐らくローブのしたから出したであろう剣が何もない空間を切り裂いた
男はそのまま空中で翼を羽ばたいて急停止しようと思ったのだろう
体勢を起こして翼を羽ばたかせたが、破れた翼が風を捉えきれなかったのだろう
大きくバランスを崩して落ちていく
追撃しようかとも思ったが、男が落ちていったのは先ほど龍と紅鶴が落ちてまっぷたつになった闘技場の上であった
その上には先ほど騎士を投げ飛ばした先生やチルさんがはい上がってきていたため、コントロールが難しい風刃は出すことができなかった
あれが善人に見えるはずもないだろうと判断を向こうに任せ彩輝はまず宝玉の方へと向かうことにした
そもそも声なんて届かない
あれを隠してさえしまえば男に勝ち目はない
前回、あの戦力差で逃げ帰った男が、それ以上の戦力に対抗できるとは思えない
闘技場に居る騎士達、それよりも伝えるべきなのは自分よりその目的の宝玉を目の前にしている騎士だと判断した
つまり先ほど先生に投げ飛ばされた騎士だ
あと数十メートルほどで声が十分とどきそうな位置に到達してふと後ろを振り返る
落ちていった男が割れた闘技場にぶつかろうか、と同時に何人かがその男の存在に気がついたようである
咄嗟に近くにいた騎士数人が武器を構えた
男はそれに気にとめる様子は微塵もなく、クルリと反転して足から着地、そしてそのまましゃがんで勢いを殺し、逆にその足をバネのように弾いて男は一直線に脚力のみで宝玉を目指すようだ
脚力だけで目指す、そう思わせたのはその威力とスピードだった
バンと蹴った闘技場からグングンと、まるで大砲のように飛んでいく
そしてすぐに自分と横一線に並んだ
その男の手には先ほど取りだした剣が握られていた
とりあえず、もうここから叫ばないと男の接近にあの人も対応できないだろうと彩輝は息を大きく吸い込んで叫んだ
「その人を止めてくださーーーい!!」
その声が届いたのかどうか、ふらりとしていた男が頭を押さえつつぴたりと足を止め、顔を上げた
リリッド・アシェードはふらりと立ちあがる
頭がズキズキする
壁に手をつきながらもう片方の手で頭を押さえる
すこし何とか思考ができるような状態になり、自分を投げ飛ばした張本人を心の中でバーカバーカと愚弄する
「ちきしょ・・・あのやろ・・・覚えてろ・・・」
全く何を思ってリリッドが投げられたのか当の本人は待ったくもって理解していなかった
それ故に、自分が何故こんなところにいるのかも理解が及ばなかった
投げられたと思えばここは商品である宝玉と賞金が置かれた場所じゃないだろうか
足下には大事そうに置かれている二つの物体を瞳に捉える
一つはずっしりと重そうな革袋
恐らく中身は金貨だろう
そしてもう一つはそれ専用に作られたとも言えそうな豪華な宝飾の台に飾られた深紅の宝玉
「そ・・ひと・とめて・・さ・・・」
ゆっくりと頭痛が引いてきたその矢先、どこか遠くから人の声が聞こえた気がした
まだ頭痛が完全に引いていなかったせいか、それとも距離があったせいか、その声は耳にはかすれて入ってきた
言葉の意味を理解するより先に、体が動いた
ふらついていた体がぴたりと止まり、その接近を感じ取る
戦場で培った勘、というかその殺気が自分の遙か前方から近づいてくるのが感じられた
すぐに腰の剣を鞘から抜く
剣と鞘がじゃりんと擦れ、一瞬後には金属と金属がぶつかる音、そして感触が手元へと伝わってきた
目の前にはローブを被った男が俺に剣を振り下ろしていた
その剣を咄嗟に止めた自分に驚きつつも、すぐさま体が動いた
相手の剣が一瞬離れたかと思うと剣を握る手にかかっていた力がフッと消えた
剣を引いた男は大きく一歩を踏み出して突きを放ってきた
何なんだ一体!?
体を反らして突きを避けるとリリッドはその剣をはじき返し、今度はこちらから剣を振るった
手加減無しで、殺す勢いで振るったつもりだった
この位置からならそれぐらいで斬る勢いをつけても剣は浅くまでしか入らないだろうという考えでの行動だった
殺す勢いでも、致命傷にならなければ相手の戦意を削ぐ位の役割は果たしてくれるだろう、と
だからこそ、それをかわされた事に驚き、目を見開いた
何が起こったのか、かわせるようなタイミングでは無かったと思った
今のを避けるのか!?
そう心の中で問いかけつつ剣を振るった。今度は斬るためではなく己の体を守るために
先ほどの勢いよく振るった攻撃の後、ずっと男のペースにリリッドは飲まれた
素早き剣の動きをリリッドは持ち前の反射神経で全て受けきる
早い・・・っ!
副隊長をやっているリリッドでさえ、此処までのスピードで剣を振るえる者を浮かべても数人しかでてきはしないだろう
ましてや自分に先読みをさせないと捌ききれないほどの連撃とはリリッドも驚くよりも戦慄を覚えた
男の連撃に割り込むようにして大きく剣を一振りした
攻撃を続けていた男だったがその一振りで流れを止められた男は一歩大地を蹴り飛ばし後退、着地して両足を床に着ける
「どーいてくれませんかねぇ?」
「できない相談だな。そもそもお前、何者だよ」
よく見れば男の背中から翼が広がっている
ローブから伸びた翼がまるで人間とは思えない
人の形をしながら、獣の翼を持っている
そんな生き物がいるとすれば、もう大昔に滅んだとされるあの種族のみ
だが、そんなことが・・・
「あら、察しはつうぅーいてると思ったんだけどなぁ。百年も表舞台に出てこないだけで忘れ去られてしまう存在・・・とは何と悲しい」
「ちっ、変なしゃべり方をするなお前。自覚してんのか?」
「これはまぁ、ね。ちょっとテンションの問題さ。意識していないと変な口調になっちゃうんだよね。なんて言うんだっけ?口癖・・・じゃないか?癖・・・かな」
「ふぅん。お前の正体にも何となく察しはついているが・・・そうか、生きているのかお前達は」
「うん。生きてるよ」
「そうか。それで、何を企んでいる」
ローブの男はやれやれといった感じでため息をついた
「みんなそれを聞いてくるんだよねぇ。さっきの少年にしろ君にしろ、そんなの答えるはずがないって分かり切ってるくせに」
「そりゃぁ聞きたいだろ。此処まで大がかりな事をセッティングしておいて、そうせざるを得ないほどにやらないといけないことがあるんだろう?」
何となく言ってみるが、どうやら図星のようで唯一表情が伺える男の口元がニヤリと笑う
「まぁ、自然とそうなりますよね」
「そしてお前が狙っているのはこの宝玉・・・だろう恐らく。金ならばわざわざこんな事をしてまで奪うような必要はないはずだ。大方あの大きな魔獣もお前の差し金だろう」
「おー、そこまで分かっちゃいますかー」
「アホでも多少の察しは付くさ」
「ま、これも二つ名にかけておくと言うことで」
「馬鹿言うな。関係ないよ」
そう、元はといえば全てあの忌々しい女のせい
俺を投げ飛ばした張本人のせいである
あの野郎がつけたあだ名がどれだけ自分にピッタリでもそれだけでムカムカしてくる
男はそんなこと無いと笑った
「ちゃんと私の連撃を全て受け止めることができるなんて、『読みのアシェード』とはよく言ったものです。両手があいているならば拍手をしてあげたいくらいですよ全く」
確かに男の連撃は凄まじかった
剣捌きだけでなく体捌きも並のレベルではないだろう
「さて・・・この騒動の元凶がお前なのだとしたら――――」
「だとしたら、どうするというのですかぁ?」
「そうだな。捕まえて拷問だな」
「あぁ、それは嫌ですね。想像したら鳥肌が立ってきました」
男はそう言って身震いした
本当にそう思っているのかどうかはともかく、自分ができる行動はただ一つ
男が剣を構え、俺も剣を構え、互いの利害が反したとき起こることは決まっている
二つの剣が擦れる
互いの顔が十センチほどに近づく
「これでも副隊長なんだぞ」
「なめてませんよ。えぇ、手加減もするつもりないのであしからず」
「めんどくせぇなぁ」
「楽しみましょうよ」
「だれがっ!!」
そういった男は楽しんでいるのだろうか、口元はずっとにやけたままだ
アシェードの剣が翻った
彩輝がその場に最も近い場所にたどり着いたときにはもはや人間とは思えない勝負をしていた
十メートル先で、自分が見たこともないような世界を見せつけられた
煌めく剣が右へ左へ、時には上や下からも重なりぶつかり合う
そのたびに剣が擦れ火花が散る
二人の立ち位置も重なっては半歩ズレ、また重なっては立ち位置が入れ替わり、兎に角口で言おうにも追いつかないほどのスピードの戦いが繰り広げられていた
自分なんかが入り込む余地がないと思う一方、その光景に心を奪われていた
アシェードさんは宝玉を守るようにして戦いつつも、男にそれを渡さないようにして尚かつ自分の動きにも無駄がないように動く
対する男も攻めを続けるが全てアシェードの剣が受け止めてしまい、決定打を打ち込めていないにしろそのスピードはほぼ互角であったためだろうか
先ほどのにやけた顔がどこかへ吹き飛んでしまったかのように口元はしっかり閉まっている
ローブの男もまた、本気で剣を振るっているのだろう
だからこそ唯一表情が読めるその口元に余裕は見えなかった
「さっきまでの余裕は何処へやら」
「そちらこそ、攻める気が無いのですかな?」
交錯する二人の動きが一瞬止まる
剣と剣がぶつかり、押し合うようにして顔を近づけて会話をする
その一瞬の膠着はアシェードのごり押しで男の剣を押し返すことでとける
男は再び攻めようとしたが、ちらりと背後を気にした
後ろの方では敗走を始めた紅鶴がいた
彩輝も一端そちらへ目をやった
紅鶴は方翼が折れていながら未だ空を飛んでおり、ふらつきながらゆっくりとこの会場を後にしようとしていたのが見えた
ぎしぎしがらがら羽から音が聞こえる
生命的なものではなく、もっと機械的な音である
追撃態勢に移っているチルさんが見えた
そんななか、俺の背後から突如腕が伸びてきた
その手は俺の肩をがしっとつかんだ
バッと振り返るとそこには真剣な顔をした一条さんがいた
「アーヤん、王女さんたちが攫われた」
その後、一条さんと分かれた俺は会場裏手をかけずり回っていた
王女五人が攫われ、リーナのリリアとルア王女だけは助け出されたという
その場をあの騎士に任せて二人は会場へと戻る
助け出したのはリーナの騎士団長という話だが、その彼の話によると武器庫に王女二人は拉致監禁されていたらしい
偶然武器を取りに行っていて鉢合わせたそうだ
とりあえず二人が無事だったと言うだけでも安心だ
だが残りの三人がまだどこかに連れ去られたままらしいのだ
会場の入り口等は騎士達が見張りをしているので観客に紛れて出ようなんて真似はできないはずである
とりあえず、彩輝はまずその武器庫に向かうことにした
場所の案内も兼ねてホーカーさんが同行してくれる事になった
あの場に残してきた騎士とこの事件が仕組まれた者であり、その元凶と先ほどの騎士が戦っている事もそのホーカーさんに伝えた
援護でもよこさせようとでもいうかと思ったが、彼は首を横に振ってその場は彼に任せようと言った
何でも実力だけは有るらしい
ホーカーも皆の武器を持って会場へと戻るらしいので今その後ろをついて走っているところである
ホーカーが誰かに知らせようと王女を背負って最初に出会ったのが一条唯であった
彩輝に少し遅れて医務室から会場の方へと向かっていた彼女とホーカーがちょうどばったり出くわし、そして彼女に他の騎士達にこの事実を伝えて捜索をして欲しいという
誰にも悟られないように、だ
相手はまだこの事実を知らないため、それを誰かに知られ犯人の耳にでも入れば王女達に危害を加える可能性が高まるとホーカーが判断したためだ
相手を刺激せず、穏便に助け出すようにと一条に伝えてホーカーは医務室へと王女を連れて行くことにした
一条さんがその後、会場へ戻って騎士達に伝えようと客席に出たところでローブの男と対峙する俺を見つけたのである
その後、走り去った俺を追って来て俺に事態を伝えてくれた
会場に残っていても、なんだか足手纏いになりそうなくらいに混沌としていたので俺もその場から引いて王女達を探し始めたのである
そこで出会ったのが武器庫へ向かうホーカーさんだった
一条さんにも危ないから騎士に任せて探すのを自粛するようにとホーカーから言われたがそれを真っ向から反発して自分もお世話になった身で引くことはできないと探しに出たらしい
そして俺を連れてそのホーカーさんの場所へと戻ってきた
今俺と一条さんは別行動で一条さんは王女達を探しに駆け回っているはずだ
ホーカーさんは一条さんと分かれた後先ほどのローブの男と対峙している騎士に剣を渡したと言っていた
彼はあれでもグレアント王国の副騎士団長らしい
彼が向かうと言う武器庫、そこにきっと自分のソーレもあると彩輝は確信した俺も同行させて欲しいとたのんだ
話はまず武器を取り返してからだ
武器無しで、覚え立ての魔法を使って誘拐犯と戦う気は毛頭無い
「ここだ」
会場の裏手に位置するその武器庫の扉を開け放つ
そこには服を床につなぎ止められた状態で気を失っている男が一人倒れていた
その向こう側には厳重に保管されている武器が棚にズラリと並んでいた
その中からソーレを見つけ出し、腰に差す
「じゃぁ俺、王女達を探してきます」
「分かった。気をつけろ。お前の実力は知らんが、それでも探してくれるだけでもありがたい」
「はい」
そう言って俺は武器庫を後にする
左右に道があるが、あえてそちらは通らない
人が簡単に通る場所に彼らが隠れているとは思いにくい
それより見つかりにくいと思える部屋を探したほうがいいと踏んだ彩輝は投げ捨てられているゴミやパンフレットなどのなかから地図を見つけた
恐らく避難していく観客達が捨てていったものであろうと思われる
地下もあり、敷地内には離れた場所に物見台もあるようである
この闘技場の中で怪しいのはその二つだが、武器庫で見つけたという事もあるので会場近くの室内ということもあり得る
何処を探そうか、そう思ったとき、ふと目の前を見上げた
目の前には柵があり、それが闘技場の裏手の小さな庭園になっていた
そしてその奥、小さな小屋が見える
一応敷地内・・・だよな
彩輝はとりあえず、目の前の小屋から当たってみることにした
なんだか上手く書けてない気がする
主題が決まっていないせいだろうか