『本戦、そして予感』
「ぐっ・・・」
「ほらほらっ!!」
剣と剣がぶつかり合う
木刀なので金属のような澄んだ金属音は聞こえてこないが、木と木がぶつかり合う音が二人の耳に入ってくる
だがその音が観客席まで届くことはない
かき消すようにしてとどいてくる歓声もまた、二人の耳に聞こえる
ステップを踏むように一人の女性が剣を振るう
流れるような動きと連続技で徐々に相手を後退させている
観客達の眼下で行われている大会本戦、第3試合
「くそっ!」
連続で襲い来る木刀を受け止め、そして力任せに俺ははじき返す
左手に持つ短剣を左上へと振り上げ、体を右に回転させながら左足で大地を蹴る
己の右足が空気を切り裂き相手を襲うが女性はそれを後退してあっさり避ける
そのまま回転の勢いを殺さないよう遠心力で体を前方へと持って行く
着地して体勢を立て直し、遠心力に身を任せて大地を再び蹴る
突き出した右手の剣が相手の体すれすれを通り過ぎる
相手の持つ自分よりも長い剣が正面の俺めがけて振り下ろされる
咄嗟に左手の剣でガードするが片手では両手で震われたその一撃を止めることは出来ないのは明白であった
それに相手は騎士
普段から重い剣を振るい鍛錬をしているであろうその女性の筋力は一学生であった俺よりも強かった
ただそれだけで俺の左腕は軋み、顔がゆがむ
突き出した右手も併せてガードに回すか、それとも相手へと攻撃を繰り出して引かせるか
その一瞬の迷いさえも相手がつけいる隙を広げるだけだと分かっているのに
「ふんっ!」
女性の長い足が迫り来る
しまった!と思う瞬間にはすでに女の膝が俺の鳩尾を捕らえる
ただ入りが甘かったためか、たいした痛みは無かった
が、意識がそちらへ行ってしまい、両手が疎かになってしまった
「あっ!」
女性は剣を巻き込むようにして俺の左の短剣を空中へとはじき飛ばした
確かこんな技が剣道でもあったなぁと俺は思い出す
たしか・・・巻き上げだっただろうか?
竹刀から手を離すのは反則
今ので俺は失格だなーとか思ってしまうあたり、俺はまだ試合に集中していないのだと思わされる
まぁ剣道じゃないし、俺の右手にはまだ獲物が残っている
それに、殴っても蹴ってもオッケーだからな。この大会
まだだ。まだ一本残ってる
隣で、闘技場から飛び出した短剣がぽちゃんと水の中へと沈んでいく
回収は・・・できないな
「まだ闘志があるか。その精神は認めよう。しかし・・・」
剣を構える
女性が大きな足で大きな一歩を踏み出した
「残念だが実力不足だ」
「うるせぇっ!」
年上で女性だけど敬語なんて使ってられねぇ。もーカチンときたもんね
全力だ
もう少しタイミングを考えていたがどうせいずれバレるのだ。初戦で手の内を明かすのは少し躊躇われたが仕方がない
ここまでなめられて、切り札使わず自分が負けだと思わせられるか!!
グレアント王国、紅炎騎士団第三位セルディア・カルノン
それが俺の今日最初の対戦相手だった
「む・・・」
何か仕掛けてくると見たのだろうか、セルディアさんは剣を構える
一度この人とはグレアント王国で会っているが、そのときは魔術師だった
本業はそちらなのだろうが、剣の方でも俺が手に負えるレベルじゃないことは十分承知していた
第三位というからには国内三番目というふうに受け取っていいのだろう
そして今見せつけられたこの剣技から見ても魔法だけでなく、どちらをとってもトップレベルだと分かる
「種明かしは、しませんよ」
右手に持つ剣を左手に持ち替え、俺は集中する
体に溜まりに溜まった大量の魔力から小さな雫を一掬い
それを剣を持たない右手に集中させる
この試合で許される魔法はレベルの低い物だけと決まっているためあまり大量の魔力は込めない
それでも十分すぎる威力はあるだろう
「でりゃあああっ!」
彼女も魔術師なら俺が左手に込めている事もばれているだろうが、その辺は気にせずに俺は斬りかかる
左手の短剣を大きく振りかぶる
小さい剣に威力を持たせるには懇親の一撃で震うしかない
そうでもしなければあの大きな剣に軽々とはじき飛ばされ右の短剣の二の舞になってしまう
俺が短剣を振り下ろすと、彼女はガードするまでもないといった表情で俺に向かって攻撃態勢をとった
俺がその一歩で大地を蹴り、飛びかかると同時に彼女もまた剣を大きく真横へと構えた
「此処でちょっとハンデだ。私の剣技は弾く剣技だ」
は?
くそっ、よく分からんことを!どちらにせよこの状態から元の体勢に戻るのは結構きつい
「一文字、横払い」
「っせい!!」
振り下ろす俺の短剣の真横から彼女の剣がぶつかる
軌道が大きくそれる
体ごと持って行かれる・・・っ!?
左手が大きく右に弾かれ、そして体の体勢を崩す
ちらりと視線をそらせば追撃してくるセルディアさんが見えた
こうなったら賭だ
一回も試したことは無いが、この魔力を込めた左手で地面を思いっきり押す
すると予想以上に飛びすぎて俺は慌てた
何せ思いっきり地面を押したとはいえ、まさか五メートルも上に飛ぶとは予想もしていなかったからだ
「うげ・・・」
手足をばたつかせるが、掴まる物も足場となるものも何もない
よって、バランスを崩して落ちる俺
ちょ、ちょっとまて!着地どうするんだああああ!?
俺に五メートル上から落ちて着地するすべなんて無い
受け身をとっても只じゃぁすまないだろう
「ちぃっ!」
大きく右手を突き出し、地面に向ける
出ろ!出ろ!出ろ!出ろ!出ろっ!!
ここしばらくの修行で俺は強くなっている
人並みに簡単な魔力を使うことも出来るようになっている
手の先へ、そこから手のひらへ、手のひらで、まわれっ!
試したこともないような事だがこうなったら行き当たりばったりだ!
左手の短剣を腰のベルトにさして左手をつかむ
ぶれないように、恐らくすぐ右手に大きな力がかかるだろうその時のためにしっかりとつかむ
渦、渦、渦!
「まわれっ!」
手の先に集中して作り出した風の塊を思いっきり回す
それが大地につく
セルディアさんは余裕を持って俺の落下場所から距離をとっている
俺が何を仕掛けてくるか分からない以上、先ほどから警戒しているようだ
ま、どうでもいい
とりあえず着地しないと、俺の骨が折れる
「でいっ!!」
回転させた風の塊が大地を捕らえる
それをつかんでいた俺の体が大きくバランスを崩して倒れそうになる
「うわっ!?」
フラフラとした状態で高速回転する俺の体
「ふ、何をして・・・っ!?」
セルディアさんがそう呟くのが俺の耳に届く前に、俺の体が吹っ飛んだ
遠心力でそのまま吹き飛んだ俺の体はセルディアさんの方へと飛んでいく
「げっ!?」
飛んでいる俺の体は未だに回転を続けている
空と地面が高速で現れては消え、現れては消え、そんな意識すらぶっ飛ぶ早さで俺は飛んでいく
そしてぶつかる両者
俺の体に大きな衝撃が加わる
セルディアさんの剣が視界の端から消え失せる
そして俺の体が斜め上に吹き飛ぶ
逆にセルディアさんの体は俺の体とは逆に下方向へと吹き飛ばされる
俺の事を警戒して闘技場の端に寄っていたのが仇となったのか、反応できない早さで飛んで来るという予想外な事態に反応出来なかったのだろう
今回のこの本戦、予選と絶対的に違うことが一つある
それは大会会場の地形だ
一目で分かるのだが、今回大会の会場は水の上にある
さしずめ水上闘技場といったところか
水を水路から会場へと引いて水を溜めた会場に、四方をロープで壁に貼り付けた大きな板の上で戦っているような状況である
そのため上で戦うと大きく足場が揺れる可能性がある場所になっている
この場合での場外は水の中をさしている
要するに水にさえ落ちなければ負けではないという事だ
そんな状況でまず真っ先に俺に突き飛ばされたセルディアさんが水面に突っ込んだ
大きな水飛沫と音を上げて水中へと消えていく
次に一度衝突によって宙へとはねとばされた俺も水中へと墜落する
水柱を上げて俺は水中へと沈む
息を吸い込む暇も無く、俺の口に大量の水が入り込むと同時に気泡が口からごぼっと音を立てて水面へと向かっていく
意識が遠のいた
遠くにセルディアさんが見えたが、次の瞬間には俺の瞼は閉じていた
気がついたとき、俺は白いベッドの上にいた
以前俺がミーナちゃんに魔力でぶっ飛ばされた時にも見た覚えがある天井だった
「つっ・・・」
体を持ち上げる
「お、起きたねアーヤん」
「い、一条さん」
俺の目の前には一条さんがいた
椅子に座って小さな本を読んでいた彼女は本をポケットにしまい込むと俺の方へと歩み寄ってきた
「本戦一回戦突破おめでとうアーヤん」
「え?」
今何といっていたのだろうか?
彼女の言葉を理解するまでに数秒かかった
そこで俺が吹き飛んでセルディアさんと水中へ沈んでいったのを思い出した
「ど、どうなって・・・」
「うん。あのときすぐに二人とも助けられて医務室に運ばれたんだけどたいした怪我は無いって。ただ水を少し飲んで意識を失ってたんだって言ってたよ。すぐ起きるから心配ないって」
「へぇ・・・」
「それまで私が付き添ってたんだけどね、まぁ大したこと無くて良かったねアーヤん」
「え、あ、そう・・・だな。セルディアさんは?」
「すぐに意識を取り戻して戻っていったわよ」
「そっか。で、俺が一回戦突破って・・・俺は水に落ちたから相打ちで両者失格なんじゃないんですか?」
「んー、なんか規定では両者が水中に落ちたら先に水中に落ちた方、あるいは攻撃側の攻撃で落とされた方が負けって事になるらしいよ。アーヤんのあれ、攻撃だったの?」
「いや、かなりの偶然。下手したら自分だけぼちゃんと自滅してたね」
にしても・・・・勝ったのか
なんだか信じられないな
「運が良かったねアーヤん」
「なのかねぇ・・・」
とりあえず次の試合も出ることになるらしい
次はもっと強い人になるんだろうなぁと思いつつ俺は病室の白いベッドに倒れ込む
第五回戦
二人の男が試合会場に登場する
一人は仮面を被った民族衣装を着た男
一人は純白の騎士服に身を包んだ男
「初めて見る顔だ。一般参加者かい?」
「そうだ。名前はカイ。お前はリーナ聖王国の騎士団長、ホーカー・セインだな?」
「俺の事を知っていると言うことはまんざら只の冷やかし客って訳でもないのか?」
「いやいや、俺の出身は北でね。こんな南方の国の騎士団長の名前なんぞ耳に届かないんだ。おかげで余計に資料を探して片っ端から選手の情報を集めていた。それだけだ」
カイはそう言って木で出来た長剣を構えた
対峙するリーナ聖王国の騎士団長も己の武器、木でできた槍と盾を構える
「そうか。ということは俺のあだ名も調べたのか?」
カイはこくりと頷く
この日の為に情報だけは大量に仕入れてある
なにせカイ自身はこんな南の国まで来る事が無く、また遠くの地の騎士団長の名前なんぞ聞いたことすら無かったからだ
あまりにもこれは不味いと思って選手名からそれぞれ職業やら実力やらを昨日の予選の時に観戦しながら資料を漁っていたのだ
資料だけで分からないところは偶然隣にいた博識な老人から話を聞いたり実際の予選を見て対策を考えていた
が、まさかその時は本戦の一番最初に騎士団長と戦うことになるとは思いもしなかった
今日会場へ来て本戦の抽選をしたときに、この5回戦と書かれたクジを引いた自分の右手をかつて無いほどに呪いたかった
が、優勝目指すならどちらにしろ対戦するのは確定しているわけだ
それに強者と戦うのならば万全の、体力が多くあるうちに対戦しておくのも一つだと思う
相手の戦法スタイルからしても、この順番はある意味幸運だったかも知れない
後々自分は疲労した状態でこの男と戦うよりはマシでは無いかと思わないとやっていられない
どちらにせよ次の対戦でも強者と当たるのだからあまり関係ないのだが
「お前のあだ名か。知っている」
良く知っている
情報にもあり、昨日の予選でもそれが十分に認識できた
情報だけでなく実物を見られたのは良かった
「不動の大槍・・・だったか?」
「ちゃんと知ってるんだ。じゃぁ対策とか立ててきてるのかな?」
「対策を立ててきた奴ですらその二つ名の前に跪く。それぐらいの情報は持っている」
「なるほど」
瞬間、カイが動いた
ホーカーもそれを目で追う
ホーカーの防御力は異常である。流石だてに二つ名は付いていない
あれを突破できた人間は数えるほどだと言われている
不動の大槍
なんとまぁ大層な二つ名だこと
俺の専門は風
便利な魔術では在るが、あの巨大な盾をどう突破したものか
魔術を使用すれば魔法陣が必ず現れ敵に魔法を使いますと宣言しているに等しい
まぁ剣術にも多少の自信は在るが、まぁ隊長を抜くことはできないだろう
ましてや風王奏も無しにそんな芸当ができるはずもない
昨夜、剣を会わせた彼女との戦闘でも隊長職は予想以上に一筋縄ではいかないことは学習している
勝機は少ない
ただ数少ない勝機を、どれだけ見つけ、どれだけそれを実行できるかが鍵だ
予選で見たとおりならば、あの大きな盾と槍を避けて後ろから攻撃するのが一番だとカイはある程度の予測を立てている
だがそんなのは誰が見ても思いつく対策なのである
一対一で戦うなら、あの大きな装備で小回りがきかないのは目に見えている
それでもなお不動の大槍なんて二つ名を付けられるくらいだからもちろんあいても背後をとられたときの対策はしているはずなのである
予選で見た時はそれこそ一発もその身に攻撃を当てさせることなく大きな槍を薙ぎ払って敵を場外へはじき飛ばしていた
殺傷能力は低く作られている今回の使用武器のせいもあり、先端が丸くなっている槍ではそれぐらいしか使い道は無いだろう
剣にしても刃は丸く削られている
普通に戦う程度の、武器としては成り立つが殺傷能力が低いため相手武器の破壊などは難しいだろう
となると、まずは背後の対策にどんなことをしてくるのか気になるな
一回試してみるか、とカイは剣を振りかぶった
上に振り上げた剣、そしてその真っ直ぐ降りる先に待ちかまえるようにして突き出される木製の盾
カンと木が振るえる
力を入れてないのでそんな物かと思ったが、びくともしない
まぁ陽動だから良いのだが
すぐさまカイは足を右へと向けた
誘いに乗ってくれよ
そう内心思いつつ、再度体を反転させ、ダッシュする
内角をえぐるようにして剣を左手に持つ
右手で体が飛んでいかないように地面を固定させる
左足が弧を描き床を滑る
あんな大きな盾を視界の前に置いてしまえば相手の動きが読めなくなるのは当たり前
相手の体で見える部分といえば盾の下からのぞける足ぐらいでそれ以外に俺の動きを読める要素はないはずだ
だから足の動きであいてには俺が最初に動いた方向から回り込んでくると思わせる。それが陽動
そう見せかけて反対側から即座に剣を振るう
「せいっ!!」
「ふんぬっ!!」
誘いには・・・・乗った!
だが男はそのまま踵を軸に片足立ちになる
そしてそのまま一回転
立てて防ぐのかと思いきや、まさかの槍がこちらへ向かって振るわれる
ホーカーの槍が、俺の胴を捕らえようかと言うところで俺は後ろへと引く
元々攻撃する気は無かった。だからすぐに背後へと引いてホーカーの回転する槍を避けられたのだ
不動の大槍なんて言うから機動力が無い只の守りが堅い槍使いだと思っていたが・・・
背後を突けないということは結構厳しいな
予想通りの展開になって嬉しいやら悲しいやら
「なるほど・・・な」
「最初は様子見か」
「情報だけで勝てるとは思ってない物でね。一筋縄には行かないのも覚悟してましたし」
「ほぅ。ではどうやって俺の守りを抜くのか、期待しても良いのか?」
「お楽しみ、ってところです。何やっても抜けなかったら潔く降参しますけど」
「最後まで楽しもうや」
「生憎、俺は無理だと分かったらそれ以上続けるような人間じゃ無い。引き際を見定めるということもまた、己の力を知る故に、です。最も、やる前から諦める、なんてことはするつもり、無いですよ」
「では、抜いてみよ。誰一人として抜かせぬという、この意思を!」
とは言ったもののしかし、かってぇな
予想以上に守りが堅い
持久戦にすればあいつの方が有利だ
大きな武器に大きな盾を持つ相手の消費も激しいが、それでもこちらが抜けなければ意味がない
ちまちま攻撃してもさっきみたいな攻撃に巻き込まれたら、それこそ一発で水の中へどぼんである
ということは短期決戦で一気にあの守りを捲るしか無いのだが・・・さてどうしたものか
「ふむ、アヤキは大丈夫かね?」
「大丈夫でしょう。恐らく」
セレシアとアルフレアはそう言って眼下の試合を見つめている
現在第五試合が行われているが、意識的には二人ともさっきの試合で医務室へと運び込まれていったアヤキの事が気になっていたりするのである
「ま、龍にさらわれて生きていたんだ。あれぐらいじゃ死なないわよ」
「ですね。にしても」
セレシアはちらりと横を見る
そこには身を乗り出して自らの国の騎士隊長が出ているので応援しているミーナがいた
ちょっと先ほどから興奮気味だが、少々自分たちに比べて幼いからこういう事には教育上よろしくないのでは?と思う面も少なからずセレシアにはあった
「やっちまえホーっちぃ!!」
「ホーカーさんの鉄壁の守りを抜けるのかどうか、気になるところではありますね」
「あぁ。そーだな」
アルフレアはそう言ってファンダーヌ王国の王女であるエリエルに返事を返す
そんなアルフレアは妙な感覚にとらわれていた
何だろうこの感じ
「なんなのかねぇ・・・」
そらを見上げるが、そこには青空しかなかった
何なのだろう。この感じ・・・
言葉で例えるなら「嫌な予感・・・」
ぽつりと呟く
「フレアも?」
隣のセレシアも口を開いた
やっぱり嫌な予感がした
一つの影が
幻影が
浮かび上がる
王都に
ユラリと
それは
ゆっくりと
羽ばたいて
誰にも見つかることなく
それは
近づく