『前の神子』
「失礼致します。アクアサンタ騎士団総指揮隊長、チル・リーヴェルトです」
「入ってください。どうかしましたか?」
チルが部屋に入るとその鼻にスッと美味しそうな臭いが入り込んできた
すぐに私は雑念を捨て、王女の前だという自覚を頭の中で言い聞かせる
セレシアだけならチルも職務外の時間のためここまで礼儀正しくする事もなかったが、他国の王女達も同席しているならそうもいかなかった
チルは片膝をつきながら顔をあげる
「少々アヤキ殿をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「俺?」
手羽先が口から飛び出た彩輝がきょとんとしているとチルがどんどんと彩輝に近づいていく
「よろしいですが、何故?」
「ちょっとばかり聞きたいことが・・・」
そう言って彩輝の手をつかんだ
隣に座っている一条はすでに酔いつぶれて机に突っ伏している
俺はあれよあれよという間に立たされ、そして何の理由も聞かされずに煌びやかな部屋を退室
涼しい廊下へと放り出され温く緩やかな空気から解放され、一気に目が覚めた
「な、何ですか?昼の事とかですか?」
「いや、少し聞きたい事がある。お前、神子だったよな?」
「え、あー・・・そうですけど、それが何か?」
「ちょっと来て欲しい。まぁ安全は確保するつもりだから」
「え、いや、あの」
「階段あがったすぐそこよ。バルコニーまで」
「安全って?え?何する気ですか?バルコニー?」
何処から話した物かとチルは悩んだが、とりあえずバルコニーであった事を話すことにした
チルさんが言うにはどうやら変な侵入者が居て、それが俺たちより前の神子だと名乗っているらしい
そう言えば俺たちが来る前にも神子が居たと聞いていたが、その力は俺たちに移っていると言っていたようないなかったような・・・
とりあえず俺はその人と会ってみることにした
でも気になるのは何故こんな時間に、それもバルコニーなんだろう?
ていうか、この高さでどうやって登ってきたのだろうか?
まさかよじ登ってきたとかね。んなわきゃねーか
暗い廊下を抜けて月光が差し込むドアを開けるとそこには一人の青年が座っていた
青年といってもまぁ20は越えているだろう
顔にお面をつけており、青い髪に青い衣装と全体的に青っぽい印象が強かった
胡座で座るその男の衣装は民族衣装のようで、俺がこの世界に来てから初めて見る服装だった
そして暗いながらもその男の周囲には妙な符が見えた
目をこらして見てみると白い符のど真ん中に結と書かれている符が三枚、男の周囲の床に張り付いている
「だれだお前?」
男がうっすらと仮面の奥に見える目を開いた・・・ように思えた
心配ないといった風な顔でチルさんは腰の剣の柄にふれた
「お前がお探しの神子だ。まぁ別の神子だがな」
「別?」
男が仮面の下からボソリと声を漏らす
「私も多少は此奴の説明で神子の話は聞いている。お前が何の神子かは知らない。が、ちょっとお前がお呼びの本命は酒に酔いつぶれてな。悪いが此奴で我慢してくれ」
「此奴って・・・」
俺もこちらの神子とは初めて出会う
一条さんを訪ねてきたということは恐らく、一角天馬とかいう神獣の神子なのだろう
神子なら誰もでも良いと言うならば別に一条さんに固執する事もないからな
「お前も髪が黒いのか・・・。まぁいい。あいつとは仲が良いのか?」
「えっと、一条さんとですか?まぁそれなりに」
うん。まぁ仲は良いね。たぶん
「ならば単刀直入に聞くが、あいつがペンダントを持っているのを見たか?翠鋼石で出来たペンダントだ」
すいこうせきすいこうせき・・・と二回つぶやいてみるが俺には全く覚えがない
というより何だ翠鋼石って?
少なくとも俺は一条さんがそんなペンダントを持っているのを見たことはない
彼の目的はその翠鋼石とかいうもので出来たペンダントらしい
「えっと、少なくとも俺は見ていませんね。それって何なんですか?」
「言えない。というより詳しくは知らないと言った方が正しいな。昔から神子の証みたいな物として代々伝わってきた物だが、古すぎて何に使うのかは祖父も知らなかったらしい」
「へぇ・・・」
っていうか喋ってるじゃん!という突っ込みはしないことにした
でもそんなにペンダントが大事なのだろうか?
というより何故一条さんがそのペンダントを持っていることに繋がるのだろうか?
そこのところを聞いてみることにした
「あの、なんでそのペンダントを一条さんが持っていると?」
「俺は各地を旅してお金を稼いでいてな。そろそろ大陸の端まで来たから引き返そうと思っていたところで神子の力を失った、というより神子じゃなくなったんだ」
「どういう事ですか?」
「さぁな。ペンダントが突然起きたら無くなっていた。それと同時に俺の神子としての力が半分以上落ちているのが分かった」
「ははぁ、それでペンダントが神子の力を持っていて、それが無くなったから力が減少したと?」
チルさんが一歩前に出た
男は納得のいかないような態度ではあったが渋々首を縦に振った
「少なくとも俺はそう仮説を立てている」
まぁ仮説なのか
俺の時はそんな物持っていなくても適当にやったら終わってたしな
あんまり関係は無いと思うんだけどどうなんだろ?別の神子はそういうの使ったりしてたりするのだろうか?
「ところで一つ聞きたい」
「はい?」
「お前、前から此処で神子をやっていた人間じゃないな」
「え、あぁ、そうですよ」
そういえばこの人はまだ俺が異世界からやって来たって事をしらないのである
そのとき神子になったという事も知らないはずだ
それに一条さんがこの人のペンダントを盗った、とは考えにくい
なんだがいろいろなところで食い違いが在りそうだと考えた彩輝は自分の今の現状と正体を明かすことにした
一応一条さんにも目配せしてみたが好きにすればという感じだった
特に問題は無いから自己責任でということだろうか?そこで俺は自分が異世界人だと言うことを男に明かすが、あまり驚く様子はうかがえなかった
だから黒髪なのかと小さくつぶやいた程度で、それ以上の詮索は無かった
「たぶん俺の知っている一条さんなら人の物は盗んだりしないと思います。それにそのペンダントっていうのが無くなったのは何処なんですか?」
「そうだな。此処より北西のイジャンという村の近くだ」
「イジャンってーと、フェーミリアス王国の?またずいぶんと遠くだな」
チルさんはどうやらその場所が分かるようだ
「えっと、どのへんですかそれ?」
「んーとそうだな。大陸の最西端近い場所だな。普通に移動すれば一ヶ月近くはかかるかな」
「遠いなぁ・・・・。最北端も最低一ヶ月はかかるって言ってたし・・・」
俺は今日聞いた話を思い出す
龍の話でも北まで大体一ヶ月以上はかかると言っていた
「でもその場所って西の方なんですよね?じゃぁ一条さんには無理ですよ」
「何故だ?」
「俺たちがこの世界に来てからはそんなに遠征も移動もしてないからです。良くて近隣諸国が限度ですよ。俺が行った・・・っていう言い方は微妙ですけど一応グレアントまでは行きました。そのくらいが限度です。見知らぬ土地じゃ。一条さんが出た場所はその東のグレアント王国です。距離も反対ですしそんな芸当は出来ないですよ」
「本当か?」
「えぇ。そんな瞬間移動は生憎異世界人ですが出来ませんよ。でもえっと、貴方が一条さんと同じ神獣の神子だってことはですよ、つまりは俺と一条さんが呼ばれた北出身って事になりますよね?」
「ん、そうだ。俺の出身は最北端のフェリエス王国のシーグリシアという村だ」
「シーグリシア・・・ねぇ・・・またずいぶんと遠い場所から来たものねー」
「あ、北の方の出身なんですか?えっと・・・名前は」
あれ?そう言えば俺この人の名前聞いてないや
自己紹介もしてないし、相手も俺の名前を知らないだろう
「あぁ。カイだ。カイ・ウルクァ。お前は確かアヤキ・サクラと言ったか?」
「え、そうです・・・けど、なんで俺の名前を?」
「俺も大会に出ていたからな。ある程度の人物には目をつけている」
ってことは俺も注目されていたってことだろうか?
まぁ髪の色とか、相手の自滅なんて終わり方も俺だけだったしある意味目立ちはしているかもしれないなぁと思う
といってもあれは相手の自滅では無いのだけれどもね
「目つけられちゃったよ。目立つ気さらさらねーのに・・・」
「まぁ少しばかり気にとめていた程度だ。そこまで目立っては居なかったがやはり黒髪というのは目立つな」
「こっちからしたら黒髪が普通なんだけど・・・。ていうか貴方も出てたんですか大会に」
「まぁな」
目的は、お金だろう
さっきもお金を集めていると言っていたのでたぶん間違いは無いと思う
それにしても北の出身というのならばもしかしたら情報を得られるかもしれない
龍より聞かされた、太古の魔獣について
「カイさん。北の出身なんですよね。えっと、俺と一条さんももう少し、大会が終わって少ししたら北へ向かう予定なんです」
「ほぅ。それでそれが俺に何の関係があるんだ?」
「うん。もしかしたら北の方に大昔の魔獣の伝説が残ってないかと思いましてね」
それを告げた途端、ピクリとカイの首が動いた
「それがどうした?」
「いや、詳しくは知りませんが、封印が解けかかっているとかなんとかって・・・」
「なんだと!?」
カイが立ち上がった
突然の事にチルさんも腰の刀に手を伸ばしかけていた
俺も咄嗟に一歩後ずさりして左腕が腰のソーレへと向かおうとしていた
カイさんに敵意が無いと見ると俺もチルさんもすぐに手を下ろしたが、どうも彼の様子が今までと違う
これまでは話をしていてもどこか落ち着いた様子で対応していたというのに、この慌て様だ。何かあると思うのが普通だろう
「心当たりでも?」
チルがそう聞くとカイはゆっくりと一度だけ首を縦に振った
どうやら心当たりがあるらしい
それもあの慌てる様子からして、よっぽど恐ろしい魔獣が封じ込められているか、あるいは本当にその魔獣が封じ込められている場所の確信がある故の怯えか
どちらにせよもう少し聞き出してみるべきだと俺は踏んだ
「それって何処だか分かりますかね?」
「そこは森だ。シーグリシアという小さな町の外れにある森に大きな石塊がある。そこに勇者が魔獣を封印したと聞く」
「ふーん。良い機会じゃん。アヤキも連れて行ってもらえよ」
「え、まぁ道案内とかしてもらえると助かりますけど・・・」
「・・・お前しか出来ないのか?」
「え?」
「封印だよ」
「あぁ、えっと、たぶんそうかと。じゃなければこんな大陸の反対側に在るような場所まで俺を呼ぶ必要が無いじゃないですか」
男は考える素振りをしてそれっきり黙り込んでしまった
何を考えているのかは知らないが、この人と一緒だろうが一緒じゃなかろうが俺は北へ、シーグリアへ行く事は確定済みなのだ
もう異世界だからという一言で全てがあきらめられる
何故こうもフラグは勝手にやってくるのだろう。と俺は思う
今回の件にしろ、前回の龍の神子の件にしろ、俺は特に問題を起こした自覚はまったくもって無い
なのにどうして俺はいつも面倒事に巻き込まれるのだろう
そうだ。きっと神様がいたずらしてるんだな。うん
これぞまさしく運命のいたずら?ちげーな・・・えっと・・・まぁいいや
なんて考えている内に、男は顔を上げた
仮面をしているので表情は読み取れないので口調だけで相手の感情を読み取るのは難しいと先ほどは思った
「いいだろう。大会が終わったらすぐに俺は出立する。お前はどうする?」
んー、どうしようかと俺は悩んだ
かなりの距離の遠征ということになるためどうしてもある程度の準備は必要になることは分かりきっている
だが大会の終了後すぐに出発ということは明日、この王都から出て行くという事になる
準備も何もする暇が無いし、ある程度話は通しておかないと行方不明で騒がれるかも知れない
まぁ元の世界じゃもう行方不明とか騒がれてるだろうけどね
まぁチルさんが今こうして話を聞いているからそれは無いと思うが、話だけはしておかないといけないだろう
一条さんも一緒に来ると言っていたので彼女と、それとグレアントの方にも話を通しておく必要があるな
俺としてはゆっくり安全な旅をご所望だが、いつその魔獣とやらが復活するかは分からない以上急いだ方がいいであろう
善は急げである
早いに越したことはない。手遅れになるよりかは全然オッケーだ
でもま、流石にすぐ出発っていうのは無理だろうと思う
一応すぐには行けないと返事を返し、もし出来るようならば彼にも同行してもらうと嬉しい
流石にチルさん達が俺たちと一緒に遠くの地へと旅に出るのは無理がある
かといってギルドなどに頼むのもなんだか不安である
この人の実力は知らないが、大会に出ているくらいだ。冷やかしでは無い実力は持っているだろう
少なくとも、この人は賞金のために、3つの国からそれぞれ騎士が参加している事を知ったうえでの参加だろう
それだけ腕に自信があるのだろうか?
「流石に準備とかあるのですぐには無理だと思いますけど、出来るだけ早く行けるようにしようと思います」
「・・・そうか。お前も大会に出ていたようだが、怪我なんてしてくれるなよ。封印できるのはお前だけらしいからな」
「ま、死んだら代わりは出てくるでしょうけどね。ま、分かりましたよ。じゃ、そーいうことで。チルさん何か他に言うこととか意見とかあります?」
とりあえず年長さんに意見を聞いてみることにした
「そうだな。本音で言えば私には関係ないから私に聞くな、と言いたいところだな」
あれ?軽くのけ者にされてちょっと怒ってたりする?
チルさんの発言はちょっといつもよりピリピリしていたのに気がついて心の中で謝っておいた
「ま、私はどうせ明日はそっちの警備の指揮をとる事になっているから大会ぐらいは見に行ってやれる。今日の指揮はアルレストだったからな」
「って、それ観戦してたら仕事になりませんよね?サボりですか?」
「おう。サボるサボる。全然サボるよ私。応援するよーアヤキ君。がんばりたまえ」
マジですか
手を焼きますねほんとこの人
アルレストさんが上手く手綱を引いているときはいいが、この人一人にさせたら何しでかすか分かったものじゃない
前だって、アルレストさんや修練場で出会った、たしかミーナと言ったか。その三人で居たときも一人俺のソーレを勝手に持ち出して城から飛び降りていったからな
よく規律とか守らずそんなことをやろうとする人間が隊長になれたものだと毎回思う
「そーですか。どっちでもいいですけどね」
「つれないねーっと、そろそろ帰る?」
チルさんがハァとため息をつきながら前方に居るカイさんを見つめた
当然だと言わんばかりの態度で頷いたのを見てチルさんは指をパチンとならして「解除」と呟いた
すると床に張り付いていた三枚の符だが一瞬にして燃え上がり、真っ黒になった紙はバラバラになって夜風に運ばれていった
男はクルリと反転する
ぴたりと足を止め、何か言うのかとも思ったが、すぐにバルコニーの柵を乗り越えて暗闇へと消えていった
いやいや、此処何階だよ?
きっと此処はそこらのビルと同等かそれ以上の高さはあると思うのだが
ま、前もチルさんがやっていたし大丈夫な方法が在るのだろう
「あれどうやって着地するんですか?」
俺はそう言ってチルさんに聞きながらバルコニーの下をのぞき込んだ
そう言えば最初にチルさんとの邂逅も、落下であったと思い出す
城にぶつかった風が上昇気流となって下から髪の毛を持ち上げる。それと同時にチルさんから返答
「気合い」
真っ暗闇な眼下へと消えていったカイさんは本当に生きているのだろうか?