『侵入失敗』
月と星が夜空に浮かび、浮かんでは雲に隠れ、その隙間からは月光が差している
風も、音もない静かな夜
そんな城下の闇から聞こえるのは酒場で寄った男達が騒ぐ声ぐらいである
鳥の鳴き声も羽ばたきも、虫たちの奏でる音色も今宵に限って無かった
別に何かあるわけでは無かったが、何故かそんな夜だった
石垣に手を、足を引っかけて城を登る男がいた
闇に紛れて登る男の姿は今や誰の目にも映ることはない
「にしても、高いな」
一気に魔力を使ってスピードを上げたいが、感づかれるのは避けないといけないために、俺は最小限の魔力を手足に集中させる
足も腕もまだまだいけると脳と体は告げているが焦ってはいけない
無理は出来ないが、まだ無理するほど辛い状況には陥っていないのが幸いだ
かなり高いところまで来ているため、ここで手を離して真っ逆さまに落ちていけば一発で即死である
少し手足を止めて呼吸を落ち着けると、再度俺は城を登り始める
今のところ、目標としては真上に見えるあのバルコニーみたいな場所から侵入しようと思っている
この高さまで来れば恐らくは居るだろうと踏んでいるのだが、なにせ情報が皆無のためにどこまでいけば良いのか全く分からない
在るのは只単に、目的という一言だけだ
「後少し・・・」
そう思って目的の場所に目を向ける
夜風にあたろうと思った
今日一日の職務を終え、突如舞い込んだ大量の書類をかたづけた私ことチルは気分転換に外の空気を吸いたいと思った
立てかけた蒼天駆を腰に携え、一杯のお茶を入れた湯飲みを片手に自らの部屋を出る
廊下は真っ暗で、蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れている
揺れる炎が絨毯や窓ガラスをほんのり赤色に染めている
人の気配はなく、不気味な空間を作り出している
チルは女であるが、そんな廊下に怖がる様子も無く、いつも通りといった顔で廊下を我が物顔で歩く
途中巡回していた兵とすれ違ったが異常はなかったらしい
平和一番
なんて思ってバルコニーに到着した
そのとき、微かに下の方から魔力の動きが感じられた
本当にわずかな量であるが何もないところに魔力が在るはずがない
前方斜め下から感じられる小さな4つの魔力の波動をチルは捕らえた
ごくりと湯飲みに入ったお茶を飲み干した
現在、城内では5人の王女とアヤキ達が食事会を開いている真っ最中である
気のせいかとも思ったが、やはり気になりはする
チルは音を立てないようにしてそっとバルコニーへと移動する
左手で蒼天駆を握り、そして右手をバルコニーの手すりにかけ、下をのぞき込んだ
途端、目があった
ば・れ・た?
「くっ・・・」
穏便に行きたかったが仕方がない
俺は瞬間的に大量の魔力を両手足に込め、そして一気に壁を蹴った
一気に上昇し、手すりに手が届く
そのまま手をつきながら体をバルコニーの中へといれる
暗くてよく分からないが、恐らく女性だ
白くて長い髪が夜風にたなびいている
そして腰には剣が見える
なんてこった。まさか見回りの兵に気がつかれるとは思っても居なかった
「何者だ」
女が訪ねてきた
声がもう、普段の彼女の声じゃないと思った
声色を変えて、しっかり仕事中の騎士なんだという風に思わせられた
何者か、と問われてもどう答えりゃいいのだか
「カイだ。見逃しては・・・くれないよねぇ」
「怪しい不法侵入者を易々と帰す阿呆が何処にいる」
素直に名前を証したのに見逃してはくれないのか。ケチめ
「ここにいないかなぁ〜って」
俺はそう言って目の前の女性を見つめる
「馬鹿にしてんのかてめぇは?」
ギィンと音を立てて目の前の女性は剣を抜いた
「俺とやろうって?やめとけって・・・」
「誰に物を言っているんだ?これでも隊長職だぞ」
「嘘だぁ。そんな若いし、それに・・・女でしょ?」
「女だからという理由でなんでも通ると思うなよ?」
「面倒くさいなぁ・・・」
俺も剣を抜いた
軽く剣を弾くくらいで十分でしょ
腕力的にも、それ以外でもこんな相手に時間を稼がれてたまるか
「本当、見逃してよ。別に暗殺とかそう言うのじゃないんだから。それにほら、女性相手に戦いたく無いし」
「い・や・よ。第一、まだ私に勝てると思ってるのが気にくわないわ」
あー・・・失言だったかなぁ
なんだか油に火を注いだような、そんな雰囲気になってきている
相当自分の腕が俺より上だと思っているのだろう
面倒くさい。さっさと終わらせよう
俺が踏み込もうとすると同時に、彼女も大きく一歩を踏み出してきた
あまり思いっきり斬りつけるのも気が引けるしこの剣ならそこまでする必要もないとふんだ俺は軽く剣を振るった
彼女の剣と、俺の剣がぶつかり、俺の脳内ビジョンでは彼女の剣がはじき飛ばされる、あるいは刀身が斬り飛ばされる様を想像していた
がキィンという金属音と共に、両者の剣がぶつかり、そしてはじき返される
彼女の剣もはじき返され、両者が剣を振るった腕が大きくのけぞった
「な・・・!?」
「なんだと!?」
驚いているのは俺だけでなく、彼女の方も驚きの表情と声を出していた
彼女は目を丸くして、目の前の状況を信じられないという表情をしている
恐らく俺も同じような表情をしていることだろう
大きく彼女が距離をとり、俺もまた後ろへと飛び退いて体勢を立て直す
にしても・・・何故弾かれたんだ?そして彼女の驚き様
俺は気がついた
「お前・・・」
「まさか貴様」
彼女も自分がはじき出した答えにたどり着いたのか、同時に声をあげ、また一歩確証に近づいた気がした
なにせ俺だってこの風王奏が弾かれるなんて出来事は初めての事だ
彼女もまた初めてだったのだろう
己の剣が弾かれた事に対して俺も驚きを隠せない
それほどの剣を相手が持っていたことに
軽く剣を斬り飛ばして体術で気絶させられればこっちのものだったのに・・・また面倒な事になってきた
それもとても厄介な相手だ
「どいてくれ。じゃないと本気にならざるを得ない」
「いやぁ、それは出来ないよ。で、その剣だけど」
「ご想像通りかな。聖天下十剣だよ」
「やはりか」
女はこめかみを押さえる
さりげなくこの月光に光る白くて美しい髪を俺はどこかで見ている気がするが・・・気のせいだろう
「名は?」
「風王奏。こっちが答えたんだ。そっちのは?」
「蒼天駆」
「なるほど。天駆けの剣か。実物は初見だよ」
「私も風王奏など初めて見たぞ。いずれの国も所持していない・・・はずだったと記憶しているが。何の巡り合わせか・・・それ、盗品か?」
「んー・・・別に裏ルートとか、そっち関連の盗品じゃないけど・・・」
「おいおい、否定しないって本当に盗品かよ」
「あ、いや、なんというか無断拝借みたいな?」
「どこがどう違うんだ?」
どこがどうって・・・ねぇ?
「言葉の違い?」
「疑問系にして返すな。とりあえずお前は捕まえて縛り上げて、それから事情を聞く」
「いや、だから誰にも迷惑かけないからさ、どいてくれないか?」
「こーしょー決裂っ!」
白い髪がぶわっと舞い上がり、そして大きく俺に向かって剣を振るう
容赦ないその一撃が俺の目の前を掠める
だが距離が足りないためにそのまま剣は空振りして行く
と、下からの空気の流れが変わった
蹴りか
「縛り上げられてたまるかよっ」
俺は左足を前に突き出してガードすると両手で剣を持ち、斜めに振り下ろす
だがすぐに彼女は足を弾いてそのままクルリと回転する
迫る剣を、己が持つ蒼天駆を掲げて受け流す
足を弾かれて体勢を崩されていた俺がどれだけ両手で剣を振り下ろしていようと、さすがにこれは受け流されても仕方がない
流れるような動きで、再度激突
至近距離でお互いの顔を確認するほどに近づいた
そこで俺は相手の正体が誰なのかを知った
「お前・・・親父の店で一緒に酒を飲んだ・・・」
「ん・・・あぁっ!?」
二人で同時に後ろへと距離をとった
そう。目の前の人物は以前城下の屋台で偶然居合わせ、酒を飲み交わした女性であったのだ
お互いがそのことに気がつき一端距離をとったのだが、どうするべきだ?
「まさかあんたの剣が聖天下十剣だったとはね・・・」
「貴様の剣こそ」
「でも通せないのよね。事情だけなら聞いてあげなくもないわよ。無理なお願いじゃなかったら考えても良かったけどこうしてコソコソ忍び込むあたりそうでもないのかしら?」
う・・・痛いところを突かれる
でもこうでもしない限り、
「いや、俺としてはペンダントを探しているのだが」
「は?」
「いやだから、ペンダント」
「なんのペンダントよ?」
「詳しくは言えないが、こう、緑色の、透明な翠鋼石を磨いた奴で出来ている奴だ。見たこと無いか?」
「無いわね。ていうか、そのペンダントと城へ忍び込むことがどう繋がるのかしら?」
まぁそう思われるだろうな
俺は仕方なく持っていると思われる女性を見つけていると言った
そしてそれがこの城に今滞在しているということも
「俺も偶然ここにたどり着いた身だが、まさかこんなところでとは思ったさ」
だが、確実にあの女性から感じるのは・・・以前の俺だ
「・・・誰よ。言ってみなさい」
「名前は知らないが、黒い長髪の女だ」
「あのイチジョウとかいう人ね。でもま、もう少し詳しく理由を聞かないとこっちも不法侵入で捕まえないといけないんだけど」
男は迷った
これまで外部の人間には誰にも漏れないように続けてきた俺の家系の役割を、この女性に言っても大丈夫だろうか?
だが、言っても俺の実家まではばれないだろうし、他の同士を見つけるのもまた不可能だろう
そう踏んで、俺はこれまで門外不出の秘密を打ち明けた
「誰にも言わないと約束するならな。俺には神子という力が・・・」
「あぁ、なるほど」
「・・・え?」
「もしかしてお前が前の神子?」
「な・・・・・ど、どうして貴様、絶対秘密の神子の存在を知っているんだ!?」
ど、どういうことだ!?この辺ではもしかして知れ渡っていたりするのか!?
まてまてまて、な、ならば・・・・聞いてもいい・・・のか?
「な、ならさ・・・えっと、そいつがまさか今の神子の力を?」
「あぁ。持ってるらしいな」
「ならばそいつが俺のペンダントを持っていると見て間違いないな」
「・・・・どうしてそう繋がるのか私には分からないが、そうだな、お前が手出しせずに大人しくしているなら呼んできてやる」
「本当か!?」
「ただし、何かあったら、その首、落とすわよ」
目が本気であった
この女性は、俺が思っていたより強いようだ
容赦なく突き刺さるその目からは、この女性が強い戦士だと感じさせられる
いや事実強いのだがな
隊長職というのもあながち嘘ではないらしい
「っと、その前に」
彼女はそう言って城内へと戻ろうとする足を止めた
そして懐から符を3枚取り出す
それをシュッと音を立ててそれぞれを俺の周囲に配置した
これは・・・
符には見たことのない紋様、いや文字なのだろうか?
見たことのない模様か文字が描かれた符が俺を中心にして三カ所に貼り付けられる
「気をつけてね。結界よ」
そう言って城内へと戻っていった
ふむ・・・結界・・・
俺は試しに持っている風王奏で空間をつついてみた
剣は見えない何かにぶつかって、キンと音を響かせた
符術の結界はさして珍しい物ではない
だがしかし、符を見たときに描かれている紋様が普通と違うのが気になる
彼女が描いたのか、そうで無いかは分からないが、下手に攻撃するのは不味いかもしれないと直感が告げていた
普通の結界なら風王奏の力があれば力ずくで破れないことも無いが・・・
俺はあえて結界から出ようとすることはしなかった
剣を収めて石の床に座る
夜のバルコニーの石の床は、服の下からでもひしひしとお尻に冷気が感じられた
見上げると綺麗な月が出ていた
どうしたものだろうか、とチルは思った
とりあえず、呼んでいたのはイチジョウというアヤキと同じ異世界人のようだったがペンダントとはどういうことだろうか
一通り神子の話は私も聞いているし信じることにしている
そうでなければアヤキが目の前で龍にさらわれていった理由が全く分からないからである
この話を知っているのは国王、王妃、そしてセレシア様と私とアルレスト、そして魔術師団長のシオンくらいのものである
そのうち近しい侍女達にも情報は行くと思うが、それはまた先の話だろう
夜の廊下を歩き続け、どうしたものかと自問する
相手の前に彼女を連れて行った時、本当に危害を加えないかどうかが不安なのである
まぁ攻撃くらいなら防げると思うが、もしもの事もある
先ほど以前つれてこいと言われている張本人から「お近づきの印にどうぞ〜」なんて言われてもらった符で結界を張ったのだが、正直何処まで耐えきれる効力を持っているのか分からない
結界だという事ぐらいの説明は受けたのだが、とりあえず見たこともない紋様を書き記してあったので私が知る符の結界の強度とは違うと思う
脆いか堅いか、賭のような物だが張って牽制しておくにこしたことはないと思う
ちょっとしたはったり発言も含めているが、これで逃げられたら失態だな
それにあまり自分の力を過信しすぎないことだと自分を叱咤する
自惚れるなチル・リーヴェルト
相手も、予想外の聖天下十剣を持っていることでその能力は未だ未知数
自分が過信しないように言い聞かせ、とりあえずは神子の事について一番知っていそうな人物に当たるべきか
となる、名前を挙げるのは一人しかいない
「アヤキ・・・か」
うん。そうしよう。とりあえず彼に聞くとしよう
チルはそう考えつくと彩輝と王女達が食事をとっている部屋へと向かった