『俺が守りきれなかったもの』
目の前で佇む紅い鱗を身に纏う龍
城の頂上に佇むその龍は城下からでも十分に確認できた
ずっと翼を羽ばたかせているのに疲れないのだろうか、さして荒くもない吐息がすぐ近くで聞こえてくる
この姿を最後に見たのはどれくらいだろうか
一ヶ月・・・?やばい。もう来てからどれくらいの日数が立ったのか忘れた
それくらい密度が濃い毎日を送っているとも取れるが、正直そうじゃなくていいので平和に暮らしたい。うん
でもなんか・・・また何か厄介事をこの龍が持ってきているのではないかと彩輝センサーがビンビンに反応しているのだが
「何か・・・話でもあるんですか?」
(そうだな。話はいくつかあるのだが、そうだな。騒ぎになる前に場所を移したいのだが良い場所に心当たりはあるか?)
「それもそうですね」
良い場所、とはつまり彼の巨大な体が十分に収まり、尚かつ人目につかない場所の事だろう
たしかにまぁ、こんな国の中心にある城の真上で龍が飛んでいたら、そりゃ下から見てる人には大騒ぎだろう
まぁ若干手遅れな気がするが
ソーレが先ほど揺れていたのも、親の接近に興奮でもしていたのだろうか
「良い場所、ですか。この辺に在りますかねそんな場所?」
俺は後ろを向いて他の人たちに聞いてみる
とっさに聞かれても、俺にはすぐに思い浮かばなかった
「え、良い場所って、何が?」
あぁ、そう言えば龍の声は皆には聞こえていないんだっけ
なら俺が全部通訳することになるのか
「えっと、此処で話をしたらいろいろと騒がしくなるので場所を移動したいらしいんですよ。こちらの方が」
「お、おぬしは龍の声がわかるのか!?」
「そだよ。まぁ龍だけだけどね。なんか龍の神子とか言うのになっちゃったらしくて」
「あ、そういえばさ。私さ、馬の声聞こえるんだけど」
「なぬ!?」
一条さんがぽつりとつぶやくと、リリアが目を見開いて驚いていた
ていうか馬いるのこの世界?
この世界に来てそれなりにこの世界のことをちょっとは学んだつもりだったけど馬がいるなんて初耳だ
でもまぁリリアっていう小さな王女が驚くのも無理は無いだろうね
流石に俺も龍と会話したときにこればかりはかなり驚いたからね
今この場で俺が龍と話せる事について驚いていないのは、以前一緒に龍と出会っている一条さんとツキぐらいか
二人は一応俺が龍と会話できることを知っているから驚かない事に別に不自然さを感じては居ない
「で、良い場所在りますかね?」
「あ、そうだあそこは?ほら、今日やってた大会の会場」
一条さんは突然の龍の訪問にも動じることなく案を上げてくれた
「確か予定では今日の夕刻までは人が立ち入らないと聞いておるぞ」
付け加えるようにリリアもそう言って
あぁ、良いかも知れないととっさに思った
上空は開けているし龍がそこに降り立つための広さも十分
周囲の客席のおかげで周囲からは見えない用になっているので周りが騒ぐことも無いだろう
その後、龍が俺の心に語りかけてきた言葉を聞いて、ゆっくりと振り返った
「―――乗れって・・・」
「乗る?これが、これに?」
一条さんは俺たちを指さし、次に龍に向かって指を差す
まぁそうなるな
「俺たちが、あの龍の背中にって事でしょうね」
「うおー!」
一番最初に発狂したのはリリアだった
龍が俺たちに乗りやすいようにと背中を向けて、巨大な尾をバルコニーへと引っかけると、その上をリリアが両手を上げて走り抜けていく
怖さなど感じさせないようなはしゃぎようだ
次に妹の方も「よいしょ」と声を上げてバルコニーの手すりによじ登ると、同じように大きな尾の上をゆっくりと歩いていった
恐くないんかい!と突っ込みを入れながら一条さんがそれに続いた
「ぜ、全員乗れますか?これ?重量的な意味合いで」
(たやすい)
あ、そう・・・
どうやら此処にいる全員を乗せることは可能らしい。
百キロは余裕で超えているが、それでも龍にとっては軽いのだろう
まざまざとその巨大な生物の、人間との違いを見せつけられたようだ
(しっかり捕まっていろ)
「しっかり捕まってだって」
そして全員が龍の背中に乗り終わると龍の尾がバルコニーから離れるのを感じた
俺が通訳して全員がしっかりと深紅の鱗にしがみつく
その場に滞空するために羽ばたいていた翼が突如体を大きく揺らして上昇する風を捕らえた
ぐ・ぐ・ぐっと一瞬、世界がぶれ、周囲に映っていた景色が一瞬にして視界の外へとはじき飛ばされる
龍と共に空を飛ぶのは二度目だが、一度目は気がつけば遙か上空に居たためにさらわれた瞬間のことを覚えていない
優雅に空の旅をしていたあの時とは違って今度は龍は大きく羽ばたき大空へと飛翔する瞬間に立ち会った
まぁ元々空飛んでたじゃんという突っ込みは無しだ
強烈な、まるで引力に引っ張られるかのように体が引きはがされそうになるも全員がそれに耐える
バドールとかいう二人の側近も二人にはきついだろうと飛翔前に二人を片手で抱え、自らの体重もあわせて片手で龍の鱗にしがみついている
(場所は何処にするのだ?)
頑張って鱗にしがみつく俺の心に龍の声が響いてきた
あ、あの大きな円形の建物!と言おうにも口が開けない
まるでジェットコースターにジェットエンジンを取り付けてもこうはならないと絶対に思う
何でわざわざグルグル横回転しながら飛ぶんじゃー!と叫びたくなる状況で口が開けるはずもない
だが、龍の方も俺の心を読み取る事が出来るため、すぐに目的の場所を見つけると円形の形をした建物に向かって大きく体を傾けて急降下していく
全員の悲鳴が聞こえてきそうで、その声すら急降下の速度について行けないかのように感じられた
最も、全員が恐怖のあまりに口を開けなかったというのが本当なのだが
龍は一、二回翼を羽ばたかせて着陸する
隣を見ると一条さんの顔と髪が凄いことになっていたので目をそらした
ツキやバドールなどは初めて龍に乗ったにしてはなかなか健闘したようで、若干ふらつきながらもいつも通りの表情で自ら大地へと降り立った
そんなバドールの片手にしっかりとしがみついたまま気絶した主である二人の王女の無事を確認すると、どっさりと地面に腰を下ろした
そしてえっと、佐竹さん・・・だっけ?
あの人はゆっくりと龍から降りて、ふらついてこけた
俺もとりあえずここから降りることにする
鱗を伝って地面に足をつける
死ぬかと思った
ある意味安全が約束された絶叫マシーンよりも何倍も恐かった
命綱も安全ベルトも何も無い状況であんな体験をしたとは到底思えない
もっとゆっくりと飛んでくれれば良かったのに・・・
察してくれ龍よ・・・心を読めるんだから・・・
大地に足をつけた後も妙な浮遊感を感じて俺はとっさに大地に両手をついてふらつく体が倒れないように支えるが膝ががくりと折れて膝をつく
何度もグルグルと回転させられてまるでグルグルバットをやった後のような感じである
妙な感覚もすぐに治り、あたりを見回すとそこは今日俺が戦った場所に違いなかった
周りの客席や外周の壁が彼の巨大な体すら隠しているので何とかここを選んで正解だったという訳か
「そ、それでいったい何の用だったんですか?」
俺は竜を見上げて俺たちに何を伝えたいのだろうかと少し考えてみたが特に思いつかなかったので用件をすぱっと聞くことにしてみた
あぁ、あると言えば・・・・あるなぁ・・・
目線を腰にやって再度深紅の龍を見上げた、俺は腰に携えたソーレを鞘の上に手を置いた
(まずは北の大地の話からだ)
「北?」
なんだか全く自分たちに関係の無いような話題の始まり方で少々戸惑ったというのが本音だ
地図で見る限り、ここはかなり大陸の南方に位置している国であって北の大地という事は恐らく大陸の本当に北の、北方の地域のことを指すのだろう
最低この国より北の方を指しているのは確実だが
だがそれと俺たちと何の関係が?
(大陸の北には我が主、虹龍様のご友人で在らせられる一角天馬殿が納める領地があるのだが、その一角天馬殿にいくつか伝言を頼まれている)
「一角天馬?」
(虹龍様と同じ神獣であり、旧友であると聞いている。さて、そちらの黒髪の女性の神子を側に)
「えっと・・・・どちらの事ですか?」
俺は後ろを向いて、一体その黒髪の神子と言うのが誰のことを指しているのかと龍に聞いた
黒髪の女性の神子と呼ばれてもこの場に該当しそうなのは二人いる
俺が精霊台を通り、龍の神子になったというならば他の精霊台を通って来た俺たちの世界の人間は全員神子である可能性が高く、また女性は・・・・うん二人いる
でも女性というから恐らく一条さんの事だと思う
(すぐ後ろにいる人間だ)
あぁやっぱりね。と俺は一条さんを手招いた
右手でこっちへ来るようにと指示すると怖がる様子もなく歩いてきた
恐らく初めて間近で元の世界には居ない巨大な生物を見た佐竹さんなら多少は恐がりでもしたのだろうが
まぁあの人が怖がる様子なんて想像できないのだが、と俺は後ろの方で龍を見つめている佐竹さんから目をそらした
一条さんが隣までやって来て「何?」と聞いてきた
(一角天馬の神子、そして龍の神子よ。お主達二人には北の地へと向かってもらう)
「え、何よ唐突に?なんで?」
(一角天馬の神子にはお主がしたように力の解放を、そしてすでに神子の中で一番覚醒しているお主にも頼みたいことが在るのだそうだ)
「お、俺が?ってか覚醒ってなによ?」
「ね、ねぇ。何話してるのよ?私は関係ないの?」
「あ、ご、ゴメン。ちょっとまってて」
(覚醒・・・言葉で説明するのは少々難しいが、そうだな。もっと神子らしい力を発揮できているのがお主だということだ)
「よーわからん。何それ?」
(神子でない私に分かるはずがない。兎に角、覚醒が早い龍の神子には封印を施して欲しいらしい。何でも神子にしか出来ぬ封印だというのでな)
「・・・・なんか話がややこしくなってきた。まって、封印?何を?ってかやり方とか知らないし」
(あまり詳しくは聞いておらぬが、なにやら大昔に封印された太古の魔獣だそうだ。封印が解けかかっているから早急に封印を頼むと伝言を言付かったらしい)
「へぇ・・・。大層な話じゃないですか・・・・」
なんだかまた面倒事に巻き込まれるフラグ、完全に立ってるな。うん
(そして・・・・虹魚の神子にも話がある)
「虹魚?一体だれが神子なんですか?」
俺は龍、一条さんは一角天馬、一応この場に居るのは千尋ちゃんと佐竹さんだが
恐らく二人のうち一人がその虹魚とかいう神獣の神子なのだろう
(虹魚の神子はそこに隠れている小さき神子だ)
小さき神子、ってことは千尋ちゃんの事か
でも隠れてるって・・・そういえばさっき後ろを見たときに姿が見えなかったような・・・
そう思って後ろを向いてよく探すと一番大きな佐竹さんの後ろにちょこんと隠れていた
しっかりとジーパンをつかんで隠れているのを見ると・・・恐いのだろうか?
まぁ無理ないか。大人でも恐いものが、子供に恐くないはずがないからな
そんな事を考えた俺の心を読んだのか龍がブスンと大きな鼻息をならした
びくりと振るえた千尋ちゃんが視界の端に映る
(そんなに恐いか・・・?)
「あたりまえですよ」
もちろん即答だ。即答だとも
自分よりも遙かに巨大で見たこともない恐そうな化け物にでも見えているのだろう
とはいえ、俺が結構(自称)フレンドリーに接しているせいか害はない、とまでは認識したようであるが未だに警戒は解いていないように見える
「で、まぁそれってどの辺の事なんですか?北ってっことはかなり遠いんですか?」
(そうだな。人間の足ならば一ヶ月以上はかかるだろうな)
「げ・・・」
予想以上に遠い距離で俺は顔をしかめた
一ヶ月・・・かぁ
正直長いとは思った
戻ってくるのに往復二ヶ月ということは、かなりの期間を旅に充てないといけない
その分、元居た世界に変える方法を探す気でいたんだけどなぁ・・・
この大会が終わったら後で城の書庫に入る許可をもらったのでとりあえずそこで調べようかと思っていたのだが、どうやら落ち着いて調べものも出来そうにないな
っていうか太古の魔獣って何そのものすごくやばそうな封印
俺で何とか出来るものなのか?
とりあえず言いたいことはいろいろと在るのだが、一応今龍に聞いた事を通訳してみんなに教えることにした
それと同時に歩いて一ヶ月北へ進むと大陸のどの辺までいけるのかと聞くと、余裕で大陸の端の端、それこそ海まで出てしまうほどの距離だそうだ
「え、ってことは私とアーヤんはその北へ行くことになると?」
「まぁ簡単にはそうなりますね。目的は違いますけど」
「ふーん。でもさ、どうやってそんな遠いところに行くの?自力で歩けと?」
「さぁ?歩くか、乗り物使うかでしょ」
まぁ絶対此処に留まらないといけない理由は無いので恐らく行くことには問題ないと思うのだが
ただまぁ無断で行くわけにはいかないのでその辺はいろいろと調整も必要かなとは思う
乗り物を使えば一応歩くよりはもっと早くつけると予想は出来るが・・・どうなのだろうか
「そのへんの事は後々考えればいいでしょ」
と一条さん
「千尋ちゃんの事は今すぐって事ではないんですかね?」
(あぁ。一角天馬の神子の話も、封印ついでに呼んでもらえると助かるという話だったからな)
ついでかよ。一条さんの方は
っていうか俺が本命?俺を呼ぶほうがメインだったのか!?
マナの巡りは一年をかけて大陸を北上するらしいから実質まだ時間はあるんだろうなぁとは思ってたけどさ
でも逆に言えばそれだけ俺の方が重要ということだろうか
「じゃぁ今のところ伝えることはそれだけで?」
(そうだな)
「あ、それと。一つだけ言いたいことがあります」
(何だ?)
俺は膝をついた
大きかった深紅の龍が、さらに大きく感じられた
双眼が俺を見下ろしている
俺はゆっくりと両手を地面につけて頭を下げる
(なんのつもりだ?)
龍の声が心に響いてくる
ふぅ・・・・
これだけは言わないといけないと思っていた
「ごめんなさい」
そう言って俺はソーレを腰から外す
自分の前にそっと、周りから見れば差し出しているかのようにも見える
ちゃんと言い出せるか不安ではあったが、不思議と言葉はすんなりと出てきた
覚悟はしてきたつもりだった。この一言を言えるかどうかを
「俺は・・・守りきれませんでした」
(何を言っているのかね?)
龍の声は、本当に俺が何を言っているかわからないと思っているように聞こえる
いや実際そうなのだろう
俺がなぜ謝っているのか分からない。だけど、何となくの察しはついている
そんな風に、俺には見えた
細められる目が尚も俺に向けられている
そして再度俺は頭を下げた
「謝らないと、俺は貴方に謝らないといけません。ソーレの親である貴方に」
俺もどういえばいいか分からないが、謝ることしか思いつかなかった
告げないといけない。もうあの小さな龍の体がこの世に魂を宿して無いことを
ある意味では俺がソーレを殺したようなものだから
謝ってソーレの体が戻ってくるわけでもないし、それでも謝ることしか思いつかなかったのだ
謝らないと、俺の気が済まなかった
(顔をお上げください龍の神子よ)
俺は、顔をあげた
龍の瞳に映る俺が居た
(肉体を失っているのは分かる。だが、我が子がここにいるのも感じている)
分かっていたのか
そりゃそうか。先ほどこのソーレの親が近づいたことをソーレ自身が分かっていたのだ
子で分かるなら親でもここに我が子の魂が存在していることも分かるだろう
心に語りかけたり空を飛べたり、なんでもありな世界だからそういうのも分かったりするのだろうかとは思っていたが
「魂だけは・・・なんとかここに、この小さな刀に宿っています。でも本来の姿で合わせられなくて・・・・その・・・」
(魂さえ残っておれば、肉体無くとも心があれば、死んだとは思っておらん。神子の貴方が気にすることではない)
「・・・・ごめんなさい」
(謝るでない。そなたは今、それにこれからも我が子の魂と共に在るのだろう?あの子が神龍になれずとも、我が子が今お主と共に居ることを心から喜んでいるのだからそれでいいではないか)
喜んで・・・いるのだろうか。ソーレは
カタカタと、微かにソーレの鞘が音を立てて振るえた
それと同時にブフルッと鼻息をならした龍
ソーレ自身どう思っているかを読み取るすべは俺には無いが、彼がそういうのならいいのかもしれない
ごめんなソーレ
そう心の中でつぶやくと俺自身に抱えていた、もやもやとした、なんとなくそんな感じのものがスッと無くなった気がした
(さて、伝えることは伝えた。私はそうだな。暇なので明日までここで寝ていてはだめか?)
そう言って城の上を見上げる
まさか屋根の上で寝る気か!?無理だろ無理無理
「いやだめでしょ。後から人が一杯来ますもん。ってか若干シリアスだったのに急に話がおかしくなってません?」
(気にするな神子よ。そうか。だめなのか・・・。ならば街より少し離れた場所で寝ているとしよう)
「どっちにしろ寝るんですか」
(いや、ここに来る前にちょっと腹が減ってな。魔獣を一匹喰らったのだが、なかなかに腹がふくれてな)
「さいですか」
龍が飛び立ってしばらくした後、俺たちは城へと戻った
戻る最中に俺たちはそれぞれ何をしていたかを話し合った
そして日が傾き始めた頃、次に俺たちはファンダーヌから夕餉に誘われた
「やるなら・・・・今日の夜か」
一人の民族衣装のようなものを着た男が、城へと向かう彼らの後ろ姿を眺めていた