『昼食時の来臨』
「おっすアーヤん!久しぶり〜」
「ついさっき客席で合いましたよね」
「気のせいさ。寂しかったぞ」
「はいはい」
「ところで、だ」
「うん?」
「あそこに座っているのが彼女で間違い無いんだな?」
「・・・・あぁ」
彼女が指さした先を見て俺は頷く
此処はアルデリア城内のとあるお客様専用の食堂のような場所である
とはいっても俺が此処に滞在していたときには使ったことがない場所であった
ここは別格、それこそこの国に招かれたとってもお偉い様でないかぎり使えないような、超高級食堂なのである
そりゃまぁ前にグレアントで見た兵士用の食堂よりもとても豪華なものであった
超巨大な長テーブルにずらりと並んだ椅子
高級そうな壁と床、そして天井から煌びやかな装飾を施された明かりがいくつも吊されている
部屋に入った時はあまりの綺麗さにびっくりしたよ
まぁそれに見合うお客様を入れる場所だから当たり前なんだけど
まず案内人に連れられて最初に二人の小さな王女とお供らしきバドールが入っていった
そして奥に並べられた二つの椅子にそれぞれ座る
俺とツキは互いに顔を見合わせ、二人の近くに座った
実は俺たちよりも先客が居た
小さな女の子が、長いテーブルの真ん中あたりの位置に座っている
その女の子は俺たちが入ってきたのを見て顔を上げた
俯いていた少女の目が、きらきらと輝いていた
そんな彼女の目を見たのと同時に、一条さんも入ってきた
此処で冒頭に戻る
一条さんは俺の隣に座る
位置的には俺はツキと一条さんに挟まれて座っている状況
気まずいな・・・・なんか・・・こう・・・・
俺は両隣に女性が座るという緊張の中で、先ほどの少女を見た
俺たちとは反対側に座っていたのだが、一条さんが手招きをすると顔を輝かせてこちらへテーブルをくぐってやって来た
そしてすぐさま一条さんに抱きついた
落ち着くのかどうかは知らないが、隣から見ている俺でもこの少女が力一杯一条さんの服をつかんでいるのがわかった
一条さんは一条さんで自分に抱きついてきた少女の頭をなでている
「寂しかった、千尋ちゃん?」
「うんっ」
顔を一条さんの服に埋めて少女はそう言った
「ちゃんと合うのは初めてだね。私は一条唯。それでこっちが桜彩輝君。よろしくね」
「うん。おにーちゃんもよろしく」
「お、おぅ」
満面の笑みを浮かべて、彼女は俺を見上げて
俺はちょっと本気で元の世界に帰る方法を探そうと思った
「実はもう一人、ここに呼んでいるんだけど・・・・まだ来てないみたいね。先にはじめよっか」
そう言って強気の方のリーナの王女がグラスを手に取った
目の前には一応グラスが置かれており、中には赤い液体が注がれていた
なんだろうな、と思いつつもそのグラスを手に取った
隣で臭いを嗅いでいた一条さんは「お酒、って訳じゃぁなさそうね」とつぶやいていた
まぁ未成年ばっかりだしね、この部屋に居るの
まぁ大人も居ないこともないけど
「おぉ、何とも言えないこの味!」
隣の成人した女性を見て自らのグラスを見た
乾杯、とかはしなくて大丈夫だったのだろうか?
「乾杯とかしなくていいんですか?」
「あ、それね、私もフレアちゃんに聞いたんだけどそういう習慣無いんだって。むしろ何故と聞かれて困ったよ」
「あー・・・まぁ俺も聞かれたら答えられないなぁ・・・」
そんな乾杯のルーツとかどうでもいいし
じゃぁ俺も、とグラスに入った液体を飲んでみた
・・・・確かに表現しにくい味かも
「なんだろう、こう、摩訶不思議な味と表現するのが一番適しているような」
「なんだお主等、この味が分からんと言うのか?」
「え、あ、んー・・・・なんていうか、味覚の違いでも在るのだろうか。ねぇ?」
「ちょ、振らないでよアーヤん。でもまぁそうかもね。住む世界が違えば食べ物にも差は出てくるだろうし、同時に味覚も変わってくるんじゃないかなぁ」
あー、かもしれないなぁ
でも基本は変わらないはずだ
甘い酸っぱい苦い辛いしょっぱい等々、根本的なことは変わらないはずだ
と思う
俺たちこっちの世界の住人じゃないから絶対理解は出来ないけどね
「んー、そういえばもう一人来るって言ってたよね?」
「ん、まぁな。呼んでは居るが、来るかどうかは分からぬな。あちらの都合もあるから無理には誘うなと言ってはあるのだが」
そこで俺はふと疑問に思った
そこで隣にいる一条さんに聞いてみた
「あの、一条さん、もう一人って・・・誰なんでしょうか?」
「ん?そーねー・・・だれかしら。ねぇ、えっと・・・・そう言えば名前を聞いてなかったんだけど二人の名前聞いても良いかな?なんか今更だけど」
そう言うと二人のうち、元気な方の小さな王女はあきれたように言った
「お主等・・・今更それを聞くとは無礼じゃのー。それに一度は耳にしておるだろう。二人とも会場にいたのなら」
「あ」
俺はそれで思い出したのだが、そういえば会場でトルロインさんが王女の名前を読み上げていたような気がする
まぁどちらにせよ、あんな長い名前を一発で覚える自信はないというのが本音ではあるが
でも名前を覚えていなかったのは事実だし、それが無礼に当たるのも何となく分からないでもない
「もう一度、聞かせてくれない?」
一条さんがそう言うと、元気な方の王女が仕方ないなとつぶやきながら己の名前を告げた
「私はリリア・ルミーレ・ルッズウェル・リーナ。双子の姉だ。そしてこっちの大人しいのが双子の妹、ルア・サムブェル・ルッズウェル・リーナだ」
「やっぱりこっちの世界でも双子とかはいるんだね」
「らしいですね。でもなんか性格が真逆みたいな感じですよね。活発なのと大人しいのと」
「二卵性双生児なんじゃない?」
「あぁ、なるほど」
二人の王女は頭にハテナを浮かべていたがまぁ気にしない
「あ、それともう一人呼ぶ予定の私たちの世界の人ってどんな人なんですか?」
「俺の事か?」
「ぎゃぁ!?」
「んおっ!?」
俺と一条さんは二人して飛び上がってしまった
突如後ろから図太い声が聞こえてきたのだから、それも気配も足音も無く後ろから聞こえてきたらそりゃーねぇ、びびるわ
二人してびくっとなった後、同時に振り向くとそこには大柄な一人の男が立っていた
黒髪黒眼、そしてあのバスの中で一度だけ目にした姿
俺は大柄な男を見上げて自己紹介した
「どうも、桜彩輝っていいます」
「あ、私は一条唯。適当に呼んでくださって結構ですよ」
「湊千尋です」
「俺は佐竹幸男。よろしく」
スッと差し出された手は大きく、ゴツゴツとしていた
だけど握ってみればまるでこの人の人柄が出ているかのような優しさに包み込まれる感じがした
一条さんも握手をしているところで俺は何故か無意識に口走っていた
「優しい人なんですね」
そんな無意識な独り言に気がついた俺は、むぐっと口を閉じて自分は一体何を言っているのだと思った
一条さんも不思議そうな顔で男を見ていたが、やがて握手を終えると佐竹さんが口を開いた
「どうしてそう思う?」
「え、あっ、うーん」
図太い声でそう聞かれた
俺はうーんと、何故か口走ってしまった事について考えてみる
上手い答えは浮かんでこなかったので「何となくそんな気がして」と答えた
佐竹さんは「そうか」とつぶやいて目を閉じる
「自分では優しいかどうかは分からないが、だがこの体格のせいで勘違いをされることはなんどかあるな」
「へぇ・・・」
まぁ無理も無いか
ぱっと見て熊かと思うくらいの体格だからな
「突然不良共の喧嘩に巻き込まれたり」
「ひっ・・・」
「結婚することを伝えに行った彼女の家で、ご両親に泥棒に間違えられて後ろから扇風機とフライパンで殴られたりとかあったな」
「ちょ、後者は別として前者は笑い事にすらならないわよ!」
一条さんがそう言うと、懐かしそうな顔をして「あれは大変だったなぁ」とつぶやいた
何が合ったんだろうね
「え、っていうか結婚してるんですか?」
と俺が聞いてみると男はこくりと頷いた
ふむ?だけどあのバスは主に帰省客ばかりが乗っていたはずだが、そうなるとあのバスには奥さんは居なかったということになるな
それを佐竹さんに聞いてみた
突っ込んで言い話題かどうかは分からなかったし、地雷踏んだらどうしようかとも思ったがなんとかそんな話題では無かったらしく佐竹さんは普通に話し始めた
「仕事の都合で一日早く彼女は帰省していた」
この人も不運だったろうに
「お主等、立ち話もなんだ。座って話をしたらどうだ?」
「それもそうだな」
「席とかは決まっているのか?」
「いや、適当で良いんじゃないですか?」
「そうか」
男はどさりと俺の隣に座った
それからちょっと遅めの昼食の時間となった
「ん?」
「どうしたアーヤん?」
「え、いや・・・気のせいです。何でもないです」
食事中、リリアが俺たちの居た世界のことをしつこく聞いてきたのでいろいろと教えていたら突然腰のあたりに違和感を感じた
ちょうどそこにはソーレがある場所だ
でもまぁ、気のせいだろうと思っていた
「それで、そのクルマとやらの餌はなんなのだ?」
今は車の話になっているのだが、リリアは何故か車を生き物と勘違いしているらしく、燃料のことを餌とか言っている
それを一条さんが生き物じゃないと訂正をしていた
その時、気のせいだろうと思っていた腰の違和感が俺の体にしっかりと伝わった
バッとソーレを見ると、カタカタと揺れているのが分かった
え・・・
何しろ初めての経験だからそれが何を意味しているかは俺が知っているはずもなく、ただ鞘から出してくれと言わんばかりに揺れているのが分かった
「どうした、アーヤん――――?」
「で、伝令です!!」
突如、食堂の巨大な扉が開いた
入ってきたのはアクアサンタ騎士団の衛兵だった
「アルデリア王国領土内にレッドテイルが進入との伝令が入りました。進行方向は西、こちらへ向かってくるとの情報がありました!」
食堂にいた者達は手と口を同時に止めてその伝令に耳を傾けていた
「紅龍・・・」
「レッドテイル・・・って、もしかしてアーヤんをさらったっていうあれ?」
俺はこくりと頷いた
西に進路を向けているということは、単純に考えればその紅龍は東の方角からやって来たということになる
その方向にあるのは、俺がさらわれた龍の巣窟のあったオラージュ山脈
まぁ、間違いないだろうね
となると目的は何だろう
あの黒龍みたいな特別な事例で無いかぎりはこちらに襲いかかってくることは無いだろうが・・・
一応龍にも意思や感情があり、自ら戦いを好まない龍が居るということはファルアナリアさんやセレシアさんにも伝えてある
これからは自己防衛以外で龍に勝手に攻撃を加えないように手配すると言ってくれたのでおそらく襲ってくることも無いと思う
一応こちらへ飛んでくるということで俺は到着予定時刻をその騎士に聞いてみた
「はっ。恐らく遅くとも数分後にはこの地点に到達すると聞いております」
だから慌てて入ってきたのか
まぁそうだろうなぁ
他国の王女も居るわけだし、安全確保が第一だもんな
「とりあえず俺ちょっと行ってきます。ちょっと気になることがあるので」
そういって、俺は部屋を飛び出していった
誰かが俺の名前を呼んだ気がしたが、俺は足を止めなかった
俺が向かうのは城の屋上近くの展望台
ただその場所に行くには王族に許可をもらう必要が在るのだが、以前俺は城の中を自由に歩き回れる許可をもらっていて、その情報は見張りの兵士にも届いている
俺は二人の兵士が守っている通路を無言で駆け抜けていくが、どちらも俺を止めない様子を見て少しホッとした
城内にも龍がこちらへ向かっているという情報は来ているはずなのだが周囲の兵士達はなんら変わらず業務をこなしている
とりあえず俺はその展望台に到着する
「東・・・東・・・・こっちか」
ぐるりと円をえがくバルコニーの東側へと俺は移動した
それと同時に大きく風を切り裂く音が聞こえる
目の前には、以前俺がオラージュ山脈で見たのと同じ種類の龍が羽ばたいていた
そして後ろから多くの足音が聞こえてきて、俺はすぐにみんなが俺を追いかけてきたことに気がついた
安全かどうかも分からないというのに二人の王女まで一緒とは思わなかったが
(龍の神子よ、久しいな)
「あなたは?」
(お主に我が子を授けた者だ)
あぁ、あの龍ね
ソーレの親父さんか