『隊長二人』
剣を預かったその若者はその剣に名前を付けることにした
これからこの地の守り神として祀られ、自分の相棒として使われるであろうこの剣にそれぞれせめて名前を授けようと
若者は一昼夜悩み抜いた末、その剣にシリトクルバという名前と自らの愛剣としてアルテリオと名前を付けた
かつて若者にはシリバと言う兄、そしてクルトという弟、アルオという姉とリテという妹がいた
だがその四人の兄妹はすでに死んでいた
その二人の名前を剣に付け、いつまでも我と四人が愛したこの村を守って欲しいという願いを込めたのだった
そしていつの間にか、かつてこの森に落ちてきた男が魔獣を封じた場所には巨大な岩が出来ていた
その岩の前に一つの祠が建てられた
男はこの剣はこの地に封印した魔獣を縛り付けるための剣と言った
ならばこの地にこの剣を祀り、村の守り刀として崇めよう
そしてこの剣はこの村の守り刀となった
それから数年後、この村に猛暑と冷害が襲った
猛暑は大地を枯らし、冷気は全てを凍てつかせ、村の活気は徐々に減っていったという
そこで若者は祀られた剣を片手に、熱波と冷気が強く吹いてくる森の奥へと入っていった
森の木はカラカラにひからび、草木の葉は冷気によって霜が降りていた
その奥に居たのは2匹の魔獣であった
そして2匹の魔獣はかつて封じられた魔獣を封じた岩に向かって熱波と冷気を放っていた
岩ノ下から漏れ出す魔力に引きつけられたその2匹の魔獣に向かって若者は剣をかざす
かざしたシリトクルバは神々しい鈍色を宿し、2匹の魔獣はその若者とシリトクルバへ向かって熱波を、冷気を浴びせた
だが不思議なことに、その熱波と冷気は瞬く間に若者の持つシリトクルバへと吸い込まれていった
そして2匹の魔獣の首を若者は切り飛ばし、かつて空から振ってきた男と同じようにこの地に2匹の魔獣を封じ込めたのである
だが代償も大きかった
若者は2匹の魔獣と相打った
完全に殺しきることが出来なかった若者は仕方なくこの地に封じ込めたのである
それと同時に若者の命は尽き、小さな祠の前で息を引き取った
そう。男が旅立ったのはこの世界とは別の場所
その若者が英雄と呼ばれるようになったのはその頃からである
そういう言い伝えがこの地には残っている
こうして彼女の姿を見るのは龍にさらわれたあの日以来である
全く変わっていない姿を見て、俺はなんだか居るべきところへ帰ってきたという感じにさせられた
だがそれはきっと幻想で、本当にそう思えるのは元の世界に帰ったときだろうと俺は思う
だけど目の前にいる人を見た瞬間に安堵感がわきあがってきたのもまた事実
「時間稼ぎだ」
「はい?」
「こいつは腕力で止められるような奴じゃないからな。傷つけるわけにも行かないし今魔術師を呼んだからそれまで逃げないように持ちこたえるぞ」
白髪の女性はそう言ってふわりと水面の上に着地した
恐らく其処には自分しか乗れない透明な足場があるのだろう
「さて、何故こうなったのか聞かせてもらおうか?」
チルはそう言って後ろにいる門番に聞いた
「わ、分かりません!」
「二人で其処の少年と会話をしていたら突然あのダトルが暴れ出して・・・」
「突然?妙だな」
俺はその近くまで出来るだけ駆け寄った
「あ、あの、さっき潜ったときにヒレに枝が刺さってるのが見えたんですけどそれじゃないでしょうか?」
俺は思い当たるふしを言ってみた
「あの堅い皮膚に枝?いや・・・・爪の裏は確か肉質が柔らかかったはず・・・。どうやらそれが原因らしいな」
だから濡れていたのか、とつぶやいてチルは目の前で暴れるダトルから目をそらさずに俺、そして門番二人に指示を出した
「いいか。今から私はあれの気を引く。アヤキ君は少し離れていてくれ。君に出来ることは今は何もないからな。お前達二人は至急この曲がった門を開けられるか試してくれ」
俺は仕方なくその指示に従った
あれに近づけば命の保証は出来ないし他に出来ることが無いと自分でも分かっていたからだ
門番二人はすぐさま指示されたとおり柵の開門に取りかかった
俺は離れてその様子を見守る
チルさんは足場を作りながら川の中で暴れるダトルの頭上にたどり着く
其処で懐から一枚の札を取り出すと、それを暴れるダトルめがけて投げた
「爆」
札がダトルに張り付くか否かという絶妙なところでチルさんは札を爆発させた
ボンッと音を立てて小さな爆発がダトルの頭上でおきた
そして少し後ろに下がって足場を消した
チルは水面に向かって脚から落ちていくが落ちる気はさらさら無いらしく水面の上に足場を作った
ダトルの目と鼻の先に着地すると再び札をダトルの眼前で爆発させる
それと同時にチルさんの後ろで門が鈍い音を立てながらゆっくりと左右に開いてゆく
「お、開いたか。上出来上出来!おら、こっち来いよデカブツ!」
そう言ってチルアさんは開いたばかりの門を抜けて城の敷地内へと走っていく
そしてダトルは先ほどまでチルさんが立っていた場所に向かって大きく頭からダイブしていたところだった
再び大きな水しぶきが上がり、上手くチルさんの挑発に乗ったダトルは猛スピードで、消えない苛立ちを目の前でちょこまかする小さな人間にぶつけようと城の敷地内に入った
「しめろーっ!!」
チルが二人の門番に向かって開いたその門を閉じるように命じた
ゆっくりと曲がった門は街と城とを分かち、ダトルが外へ出ないように誘き寄せたのだった
俺は門の近くによってその隙間から奥を覗いてみた
未だ我を忘れて暴れるダトルは口から水球を放つ
水とはいえ、圧縮して球形を保ったまま放たれるその速度をみて彩輝は驚いた
そのスピードはまるで昔みたプロ野球の選手が投げる物と大してかわりがなかったからだ
とはいえよく軌道をみれば避けられないわけではないらしく、チルさんはその水弾を避けつつ、しかも城の方へとそれた水球を握る蒼天駆で全て切り落としている
足場を作っては消して、リズム良く水球を切り飛ばすその姿はまだまだ余裕だとでも言いたそうな雰囲気を醸し出している
事実正面に向けて放たれた水球は全てチルさんに防がれている
体内に溜めた水が底をついたのかダトルは水球をはき出すのを止めた
代わりに暴れる力を体全身に込めて辺り構わず水中を走り始めた
その姿はまるで軍艦や魚雷のようで、もしぶつかればどうなるか分かったものではない
ダトルは途中から水中に体を全て沈め、水面にはダトルが通った後に水しぶきが帯を引く
そしてその進行方向の先にはチルさんが居た
水面ギリギリの場所に足場を作り立っている
だがチルさんは全く動く気配がなく、しかも剣を鞘に収めた
どんどんと近づいてくるダトルに怯えることも引くことも無く、ただ真っ正面からダトルを見つめていた
そして水しぶきとダトルの影が同時に、チルさんへと突っ込んだ
それまで後ろからついてきていた水が全てチルさんの立っていた場所にぶつかってその背後にはじけ飛んだ
さざ波が立ち、その空気の振動がびりびりと離れた俺たちの肌にも伝わってくる
「隊長!!」
門番の一人が叫んだ
だ、大丈夫なのか?
まさか自殺をするとは思えないし、自分から避けなかったと言うことはそれ以外の策があっての行動のはずだ
と、次の瞬間、俺の目の前では信じられないようなことが起こっていた
「と、止めたぁ!?」
水面から顔を出し、進路の邪魔をするチルさんに向かって噛みつこうとしたのかダトルはその口を大きく開いていた
見た目巨大亀のようなダトルの口に鋭い歯は無いものの、その口で噛みつかれようものならばそこらの木ならばへし折れそうな威力はありそうだ
しかもそれに加えてあのスピードで突っ込んだのである
前にアルレストさんはダトルは魔力で水を押していると言っていた
一度乗ったときに早いとは思っていたものの、降りて見てみればそれは恐ろしい早さだった
それを、スピードが乗った一撃を鞘に収めた剣で受け止めているのである
目を疑いたくなる光景とはこういうことか?
っていうかこの人達本当に人間なのか?
筋力的にあの細い腕じゃどうあがいても異常としか言いようがない
まぁ異世界自体異常なんだけどさ。魔法とかあるし
力は拮抗していた
大きく開けた口に、縦に押し込まれた剣は支え棒となって口の開閉を出来なくしていた
見えない足場をしっかりと踏みしめ、踏ん張るチルさんは先ほどの水しぶきでびちゃびちゃになっていた
「てんめ・・・着替えなきゃなんねーだろうが・・・・こんにゃろぅ・・・!!」
とはいえ流石にこれは余裕という訳にはいかなかったらしい
確かにあんな巨体を受け止めただけでなく、藻掻くダトルの動きすらその両手で押さえつけている
頭を固定されて後ろにも前にも行けなくなったダトルは大きく体を動かして何とか逃れようと必死になる
が、先が曲がった口、それもめいいっぱい大口を開け、そこに剣が引っかかって取ることも出来ないダトルは水を飲んで水球を作り出すことも出来なくなっていた
暴走を止め、水球を止め、被害の拡大を防いだチルさんは体全部を使ってダトルを動けなくしていた
いつまであれが持つのかは分からないが、早く何とかしないといけない
そう思った時、どこからか太い木の棒が飛んできた
チルさんはそれを片手でつかんだ
「離れて!吹き荒ぶ風よ、渦に絡ませ、舞い上がれ。イルレージトラビリオン」
そんな声がどこからか聞こえてきた
チルさんはとっさに気の棒をダトルの口に突っ込んだ
そして剣をゆるめて口から取り出すと一目散にその場から待避した
次の瞬間には巨大な風の渦がダトルを水ごと巻き込んで巨大な竜巻のようになる
その竜巻の力は離れた俺たちですら巻き込もうとするかの如く風で俺たちを吸い寄せるほどだった
ダトルの巨体はグルグルと竜巻の中で回り、やがて竜巻はゆっくりと空中で四散して消えていく
回っていたダトルは頭から水中に落ちていき、巨大な水しぶきをあげた
俺は城の入り口、高台の上にたつ女性を見つけた
前に少しだけ魔術の事を教えてもらったこの国の魔法師団隊長、シオン・ウェンヴァーであった
彼女は無表情で俺たちを見下ろしていた
杖をおろして前に見たときと同じ緑地のローブを被った彼女はそのまま二階に相当する場所から地面の上にふわりと飛び降りて着地した
よくあんな風に飛び降りできるよな
って雲より高いところから飛び降りた俺が言える台詞じゃぁ無いけどね
あれはよく分からないけどソーレのおかげで着地できたんじゃないかなぁと推測している
ほら、剣に翼とか生えてたし
「あんたねぇ・・・文字通り私まであれに巻き込む気?城の敷地内で上位魔法ぶっ放す奴が何処にいますか」
あきれた顔でチルさんがつぶやいた
ため息をつきながら剣を腰のベルトに差した
「被害はなかったから大丈夫。問題無い」
「そう言う問題じゃないでしょ・・・」
「五月蠅い執務を邪魔されたと思ったら敷地内で何で戦ってるのよ」
「うーん、まぁ成り行きなんだけどね。偶然出くわしちゃったというか何というか」
んー、とぽりぽり頬を掻きながら目をそらす
実際あの人は巻き込まれただけなんだなぁと思い出した
「あそこで伸びてる奴に?何したのよ」
シオンはそう言ってひっくり返って目を回すダトルを指さした
「だから巻き込まれただけだって今回は!あ、そうだ」
チルさんは何かを思い出したようにひっくり返ったダトルへと向かって歩き出す
そしてダトルのヒレを調べだした
ヒレには爪があり、その裏に刺さった木の破片を引き抜く
「これこれ。これが原因らしいよ」
「木の枝?」
「これが刺さって暴れてたんだろうね。それを今回私は見事被害無く押さえたのよ!凄くない?」
「別に。仕留めたのは私」
「いやいやいや、何いいとこ取りした上に手柄やらなきゃなんないのよ?いやまぁ呼んだのは私だけだけどさ」
確かにチルさんの正確な判断と実力のおかげで被害はほとんど出ずにすんだ
被害としては壊れた水門の柵とおぼれかけた船漕ぎのおじさんくらいだろうか
下手したら大惨事になっていたがそれを最小限に食い止めたのは紛れもなくチルさんの判断である
とりあえず言い争いがまだ続きそうなので俺は二人の門番に水門を開けてくれと頼んだ
つなぎ止めてあった小さなボートの一つに乗り込んで俺はまっすぐ城へ向かってオールを漕いだ