『終結の時』
声が届いたのか届かなかったのか
一本の短刀を持った彼は制止の声に聞く耳を持たず、脇目もふらずに雲の切れ間から飛び降りていった
そんな・・・こんな高さから落ちたら・・・
私の頭の中を最悪の結末がよぎった
雲の上には今、幾つもの切れ間が空いている
彼はその中でも大きめの切れ間から飛び降りていった
慌てて駆け寄って彼が落ちていった場所から下をのぞき込む
その目の先には落下していく彼を捕らえ、そして彼の下に2匹の龍を捕らえる
虹色の龍が黒色の龍を地面に落とした後、すぐに虹色の龍は黒色の龍を魔法のようなものを使って身動き取れなくしていた
突如空中に現れた何十本もの巨大な杭が翼や腕、触手を貫いて地面と黒の巨体をつなぎ止めている
その杭はまるで根でも張っているかのようにびくともしない
そして、夜の空に、太陽の翼が広がった
体の中に広がった力
なるほど。魔力ってのがよく分かる
俺は今、空を落ちている
当ても何も無いけれど、不思議と怖くはない
落ちて死ぬことも、黒龍にやられて死ぬことも、全く頭の中で考えることが出来ない
そんな結末を、想像できない
だけど違う結末も想像できない
自分がいったいこれからどうやって死なずに着地すればいいのだろうか
うーむ、分からん
ここは戦隊者みたいにスタっと剣を構えて着地するのが格好いいのだろうか?
そして、着地方法を考えながら落下する俺の体の中から暖かい力が流れ出る
意識はしていなかった
その力は腕を通り、刀身に集まっていく
そしてついに剣は炎を纏った
すごく近いところで炎があるというのに全く熱くないのはどういうことだろうか
炎は次第にゆっくりと形を作り出していく
左右にゆっくりと広がり、そして爆発するかのようにして巨大な炎の柱が左右に広がった
俺がそれを見たとき、炎が何を象ったのか分かった
翼だ
巨大な炎の翼が剣から現れたのだ
熱は感じないが、ほんのりとした暖かさを体全体で感じる
不思議な感覚だった
そして徐々に近づく黒龍めがけて俺は剣を突き出した
落下の加速ですぐに黒龍の真上まで来た俺は目をつぶってなるものかとしっかりと黒龍に狙いを定めた
そのとき、黒龍を大地につなぎ止めていた杭がすべて空中へと抜けて吹き飛んだ
杭には紅い血がべっとりと付いていてその血が空中に糸を引いた
黒龍はすぐさま立ち上がり近づく俺を見た
そして大きな口を開いた
警告か、威嚇か
その咆吼が俺の体を押し戻そうとするが落下の勢いはその空気の震えを切り裂いた
翼が大きく広がり切っ先からも炎が立ち上る
それは龍の頭を形作り、そして黒龍が開いた口の中に突っ込んだ
口の中に入りきらずあふれ出した炎の翼が口から吹き出し、炎の龍の頭が黒龍の頭を貫いた
炎はすべて口の中でせき止められ、あふれ出した炎は黒龍の体を外と内から焼いていく
触手がまるで苦しむかのようにのたうち回り、黒龍は叫ぼうとするがもはや声を出す場所はすべて焼け落ちている
ぼろぼろと鱗がはがれ落ち、黒色の鱗を焦がして炎はついに全身を埋め尽くす
尻尾が地面を叩くがすぐに動きを止めてしまう
もがく両手は空を切り裂き、もがく頭を何度振ろうと包み込んだ炎が消えることは無かった
片目を見開き敵を探すもすでに目は焼けて何も見えない
鱗が落ち、皮膚を焼く
口から体の中へ燃え移った炎は臓器を焼いていく
そして、まるで助けを求めるかのようにして空へ空へと向かって動く4本の触手が昇ってきた炎に包まれ、四つの炎の柱が草原に高々と浮かび上がる
自ら切り落とした触手はいつの間にかに消滅していた
黒煙と悪臭が草原を立ち昇る
炎が煙を照らし出す
俺はその横を再び生えた炎の翼を使ってゆっくりと地面に降りたった
「やった・・・のか?」
俺が着地して振り向くとすぐに大きな地響きがした
ズズゥンと大きな音を立てて黒い巨体が草の上に倒れ伏す
触手も動きを止め、4つの巨大な炎の柱は燃えかすになって風にさらわれて跡形もなく飛んでいってしまった
巨大な命が燃え尽きて、月は空の天辺へと昇り俺たちを見下ろしていた
虹色の龍は傷ついているにもかかわらず翼を広げ、ゆっくりと空へととんだ
その行き先が先ほどまでいた雲の上だというのが分かった
俺は緊張の糸が抜けて地面に尻餅をついてしまった
まだ左手に握る短刀にはほんのりとした、暖かさが残っている
炎は消えてしまっているが、刀身に宿した熱はまだ冷め切っていないらしい
いろんな事があって、分からないこともたくさんあるが、それもどうでも良くなった
たぶん今だけの、この一瞬だけの感情だろうと思う
全部終わった、今だけの感情
達成感と安堵感が入り交じった妙な感情が今の俺を埋め尽くしている
ヤッターヤッターと叫ぶのも違う気がするし、安心感から全身の力が抜けていくのとも違う
俺は草原に寝そべった
空には未だ立ち上る煙が見えた
そのずっと奥には雲があり、切れ間から星と月が見えた
そこに俺は紅翼太陽を重ねた
「お前は――――そこに居るのか?」
しばらくして虹色の龍が降りてきた
背中には一条さん、ツキ、レイルさん、セルディアさん、シェルディさんを乗せている
おっこらしょっと、なんて事を言いながら俺は状態を起こした
虹色の龍がゆっくりと大地に降り立った
最初にセルディアさんとシェルディさんが飛び降りて、そのあとにツキと一条さんをお姫様だっこしたレイルさんが降りてきた
まぁ背中から地面まで高さがあったからな
みんな駆け寄ってきて俺を取り囲んだ
「何か言うことはあるか?」
「え・・・?」
レイルさんにジト目で見られた
えー・・・・何か言うことですか?
んーと
「ごめんなさい?」
「なんで疑問系なんだよ!ったく・・・お前なぁ、なんで俺らが護衛してやってるっていうのにあんなところ飛び込んでいくんだよ。無茶も程々にしろよな!!寿命縮むぞこら!」
そういえばレイルさん達って俺と一条さんの護衛なんだったっけ
すっかり忘れてたよ
ってか俺護衛されてたんだっけか
「すいません。なんか体が勝手に・・・」
「ったく、お前死んだらなんて言われると思ってるんだよアホ!国際問題に発展するかもしれんだろうが!」
ゴツンと頭を軽く叩かれた
でも全く痛くはなかった
代わりに責任を感じた
勝手な行動を取ったし、無事無傷で相手を倒したとはいえ、今思えばあれは自殺行為とも取れる
それにこれは自分一人の問題じゃ無かったわけだ
「馬鹿っ・・・」
俺は振り向いた
後ろにいた一条さんはうっすらと目元に涙を浮かべていた
あれ?俺泣かせるようなことしたっけ?
「えっと・・・・・・」
言葉に詰まってい何を言えばいいのか分からない
言葉が、出てこない
あなたはなんで涙なんか目元に浮かべてるんですか?
「馬鹿」
うぇ・・・ツキにも言われた・・・
なんなんだよぉ・・・
「死なないでよ」
振り絞って出した声が俺の耳に届く
そう・・・か。そうだよな
この世界で唯一実際に会えた相手
そして俺は彼女の拠り所となってしまった
たとえるなら添え木のようなもので俺はあのとき彼女に手を差し伸べた
その手を、俺自身が死んで離れてしまうと思わせてしまった
不安にさせてしまったのか・・・俺は
「ごめん・・・俺・・・気がつかなくて・・・」
俺も、一条さんを支えとしているようなところはある
何をするにも一人でやるのは心細い
知らない人だらけのせいで頼れる人が居なかった。それは俺にも一条さんにも言えたことだ
だけど、俺は彼女よりも先に彼女へ手を差し伸べた
だからこそ俺は手を離してはいけなかった
届かない存在になってはいけなかった
誓っただろう。あの夜に
「不安にさせちゃいましたか?」
「もう会えなくなるなんて、思いたくなかった。だから・・・居なくならないで。勝手に」
「この世界で退場禁止か。こんな物騒な世界で難しいことを言いますね。まぁ努力してみますけど」
◆
彼が居なくなると思うとつらかった
心が、泣いた
最初はまさか自分が泣いているなどとは思いたくも無かったけれど、でも私は泣いていた
何でだろう
あの子が死んでしまうと思ったから?
それが怖かったから?
私は、なんて身勝手なんだろう
勝手に彼にすがりついてしまった
弱っていた私は差し出された彼の手を、取ってしまった
きっと彼もこの世界に来て辛いだろう
帰ることが出来ないのも、家族に会えないのも彼も同じであるはずだ
なのに彼は一緒にいた世界から来た人間でありながら、私のような弱みを見せたことがない
少なくとも私の前ではだ
だというのにすがりついた私は何も出来ず、ただ彼がこのまま居なくなることを怖がる自分が居る
そりゃ私は人で、人が死ぬのは怖いことだと思う
それが知っている人ともなればその恐怖は倍以上になるだろう
「ごめん、勝手だね・・・私」
落ちる涙を拭きながら言った
でもその恐怖を感じているのは私だけなのだろうか?
不安なのは私だけじゃない
彼もそうだし、もっと幼い小学生も居る
背中をシェルディさんがさすってくれていたおかげで少し落ち着けた
自分の勝手さに嫌気がさす
私は年上だ
それでも彼はちゃんと私を引っ張り上げてくれた
彼が支えとなってくれている。希望となっていてくれるから今の私は立っていられる
彼が現れなかったら、支えになってくれていなければ私は何処まで耐えることが出来ただろうか
心は、いつまで折れずにすんだだろうか
なんて、もはや終わったことを考えていても仕方ないし、今の私には支えとなる人が居るだけで大丈夫
一条唯はそう自分に言い聞かせるとちょっと充血した目で支えとなってくれている高校生に目をやった
彼の目はホッとしているような、でも今私が言ったことで戸惑って迷っているような目をしていた
と、そこで虹色の龍がうなり声を上げた
静かな夜に黒龍が燃える音だけが聞こえていたなかで、そのうなり声だけで皆が振り返るには十分だった
◆
「いやぁー、なーかなかにおもしろい見せ物だったよぉ。うんうん!」
空中にいたのは一人の男だった
暗闇で黒いフードを被っているのが見える。だがその黒色のせいで上手く男の顔が見えない
破れた布のような翼でその場に滞空しており、独特なしゃべり方をするその男はパチパチと拍手をしてみせた
俺はその男を見つめる
暗くて見えないが、成人男性くらいは在りそうな体格と声色をしていた
月光が男の背後から差し込んでちょうどこちらからは影になって見える
だけど少しだけ、燃える黒龍から放たれる炎の光りがうっすらと男の顔をのぞかせた
口元が、人を見下す不適な笑みを浮かべていた
「何者だ!!」
レイルさんが剣を構えて男に問う
男は首を横に振った
「答える必要無し無し!!いーみが無い!逆に君たちは誰なんだい?」
男に何者かを問いつめるが男は逆にこちらに問いつめてきた
「せーーーっかく苦労して捕まえたのに、ぜぇんぶ台無しにしちゃって・・・。特にそこの男の子?まさか君みたいな子にあのデカブツを倒されるとは思って無かったんだよね・・・。まぁそこまで期待してなかったから代わりに見に来たんだけどおもしろいものがみれたよ。その点では彼にも感謝かな。さて君たちは誰?何で邪魔するだい?」
何だろう
俺は男に対して無性に腹が立った
自分に対してではなく、まるでなんだかあの黒龍が馬鹿にされていると思ったから
利用・・・・されて居たのか?
俺はそう分かった瞬間短刀を鞘から抜き放った
後ろで燃え続ける数刻前まであったその生命に黙祷し、そして怒りをあらわにした
だがそれより早く行動に出ていた者がいた
レイルさんだった
腰から隠して持っていたであろう短剣を取り出して稲妻のごとき早さでそれを男に向けて投げつけた
その短剣の切っ先が男を貫く前に、短剣は男の腕に弾かれていた
普通突き刺さってもいいような気がするが金属と金属がぶつかる音がしたためフードの下に何かをつけていたのだろうか
「レイルさん・・・」
「お前、あいつを利用したって事か?」
いつもよりトーンを落として低い声を出したレイルさんであったが男にはしっかりと伝わっていたようだ
「それぐらいは読み取って当たりまぁえだろ?」
男はそう言って鼻で笑った
隣でレイルさんが歯ぎしりをたてた
「おーぉ怖い怖い。もっと落ち着こうよ。別に今君たちを相手にするのは分が悪すぎるし穏便に済ませたいの分かってくれない?そっちには強力な手駒がそろってるんだ。別に俺を警戒する必要はないんだぜ」
男はゆっくりと翼を羽ばたかせながら移動を始めた
ゆらゆらとバランスを取りながらやがて燃える黒龍の死骸の真上にまで来る
炎は未だ勢いを衰えることなく燃えており、煙は緩やかに流れる風で横にそれているため男には被っていない
「ということは俺はお前達に何もしない、というのを分からせておきたいから。武力行使は専門じゃないんだ。だからそっちのおっきいの?さっきから立ち去れ立ち去れ五月蠅いけど用事を済ませたらすぐに出て行くんであんまり起こらないでくださいよ。ねっ!」
男はそう言って翼を羽ばたかせるのを止めた
頭が下になり、男はそのまま落下していく落下スピードはグングンと増していき、やがて臆することなく炎の中に突っ込んだ
そしてすぐに上昇する
まとわりつく炎を回転しながら振り払い再び翼を広げる
「僕の用事はこれ。これだけでも持って帰らないと怒られるからね。いやぁー、黒龍から分離して宝玉化してくれて助かったよ」
その男の手に握られているものを、俺は一度目にした事があった
以前とあるギルド、『夜の風』に奪われた黒玉
「それはっ!!」
ツキが叫んだ
黒玉は以前ツキが所持していたものでソーレの代わりに取られた大事なもの
まさかこんなところで再会するなんて思っても居なかったのだろう。ツキの目はいつも異常に見開かれていた
「おや、これが何か分かるのかい嬢ちゃん?」
「それは・・・私のです」
「おや、おかしな事を言うね。これはとあるルート、って言い回しはよすか。これはとあるギルドの人間を殺したときに冥土の置きみやげに置いていったものだ」
夜の風・・・か
殺した・・・殺した・・・殺した・・・?
「殺した?何で・・・」
ツキが声を振り絞っていた
その声は振るえていた
「何で?おかしな事を言うね。欲しかった物を手にするために、犠牲があるのは仕方のないこと。手にするためにはその手で奪う。拒否するのであれば、その拒否する口も、脳も、意志もも生も、全て全て全て奪うまで」
「なんて・・・ことを・・・」
「それじゃぁ俺の仕事は終わり終わり。さてさてさて、後は帰るだけ・・・っておっきいのが返してくれそうもなさそうな雰囲気だよね・・・」
虹色の龍が翼を大きく広げた
男はこちらに攻撃する意志は無いように受け取れるが果たしてこの余裕はなんだ?
先ほどの龍の戦いを見ていたのだろう?ならば虹色の龍から逃げるのは至難の業だと
飛んでいる限り地上に居る俺たちを撒くことは出来ても同じく空を高速で飛べる虹色の龍から本気で逃げきる保証があるというのか?
にやっと笑って男は手にした黒玉を月にかざした
「でもこれでさようならだ。それじゃぁ、ね」
男が最後にもう一度にやっと笑ったのが見えた
「黒翼の堕天使の黒光」
黒い球は黒光を放ちながら男を暗闇の中へと覆い隠していく
やがて男は完全に夜の闇へと姿を消してしまった
闇が支配する夜。そしてその中へと逃げていった男
虹色の龍は翼をたたんだ
それはもう、虹色の龍でも彼を追う事が出来ないという印でもあった
夜の草原に残されたのは唖然とその光景を見つめることしかできなかった俺達だけであった