『黒翼隻眼』
対象は神の領域に飛び込んだ
その瞬間、画面に大きなヒビが入る
続いてノイズ音が響き渡り、画面には砂嵐が巻き起こる
それを見て一人の少年がソファーの上で脚をばたつかせた
「ありゃ?カメラ壊れちゃった。ちょっとー、なおれー!なおれよぉー!!」
少年はバンバンと画面を叩くが砂嵐は全く止まない
問題が在るのはこの画面ではなく、カメラのほうかな?
「むぅぅ・・・。楽しみにしてる二人のために録画しておいたのにこれじゃ見せられないなぁ」
「だねー」
もう一人の少女がピョンと少年の後ろから現れた
少女はソファーの上に着地する
クッションの弾みで少年はバランスを崩して少女の方に倒れ込む
それを避けて少女は地面に着地する
そして砂嵐で埋まったテレビの画面を見つめる
「まぁ仕方ないよ。それよりもどうやって言い訳しようか」
「片方はやけに起こるからね」
「だねー」
「今のうちに言い訳考えておこうか。二人が外出しているうちに」
「だね。どうしよっか?」
「うーん。カメラに原因があったら僕らのせいにされそうだよね。ここは原因不明ってことでいいんじゃないかな?だって耐久度は仕方ないよね。うん。あれ以上頑丈に作れなかったんだからさ」
「うん。私たちじゃあれ以上のカメラは作れなかったよね」
「そうともさ!」
そう。自信を持って言うがあのカメラは自分たちが作れる最高強度のカメラである
あれが壊されたらもうどうしようもないよと少年はテレビの電源と録画を切った
まぁ何か分かることも在るかも知れないし後で画面がきれる直前の映像を解析してもらうとしよう
そこまでに録画されているのは何の変哲もない空の旅
後の解析は専門外だ
「あれって貴方の知り合い・・・じゃ無いですよね?」
(知らぬな。神域に立ち入るとはなんと愚かか。我が領域に入る者は神子と我が従者以外は罰せられる対象にある。お主達の仲間は例外だ。決定権は我に在るからな。では・・・よそ者を排除しようか)
虹色の龍はそう俺に語りかけて大きく翼を羽ばたかせた
そして俺たちと敵との間に割ってはいると大きく翼を広げる
対象はゆっくりと空中でスピードを落としてこちらに向かってきた
それは漆黒の龍であった
漆黒の龍は全身を真っ黒な鱗で覆っており、右目に走る大きな傷跡が見える
よく見れば体中ぼろぼろのようで右目も開いていない
なのにどうして、どうも穏やかには済みそうもない雰囲気がするんだろう
彩輝はとっさに腰の短刀に手を伸ばし欠けたが、止めた
どうせ、意味がないからだ
目の前に居る存在にはこんなちっぽけな金属片、効くわけが無い
ま、どうせ自分なんかがしゃしゃり出る場面じゃない
この巨大な虹色の龍より一回り小ぶりとはいえ、それでも人間からしたらそりゃもう恐ろしすぎる大きさだ
隣の一条さんもびびっているようで、一歩後ろに後ずさりした
そりゃ初めて見るからなぁ
俺もたぶん龍と会話できていなかったらテンパってたと思う
でもま、龍と会話してなけりゃこんなところまで来ていなかったけどなぁとどうでも良いことに思考を働かせた
そして事態は動いた
といっても、動いたのは虹色の龍でも漆黒の龍でも無く、もう一つの存在
新たに現れた6つの影が視界に入る
6つの影は統制されたかのように一斉に上空から六角形に分かれ、そして漆黒の龍を包囲した
現れた影の主は6匹の龍であった
これまで見てきた龍とは姿形が異なっていた
これまでの龍は四肢を持ち、翼があった。だがこの龍は違う
どちらかというと今までに見た龍は西洋龍といった感じがしていたが、これは日本や中国あたりで屏風などに描かれるような龍であった
体は蛇のように長く、翼はなくて四肢は細い
全身は真っ白な鱗と鬣で覆われており、体をくねらせながら浮遊している
その真っ白な龍が6体
黒龍を取り囲み、睨みをきかせている
数秒の膠着状態
そして動いた
まず先手を取ったのは白い龍
大きく息を吸い込み、そしてブレスをはき出した
ブレスと言っても炎では無く、雷である
轟音をたてて空を横に走る6つの稲妻は漆黒の龍に直撃、そして大きな爆発をたてる
爆煙に飲み込まれる黒の龍
「やったのか!?」
レイルさんが体を前に乗り出してきた
だがそう簡単には終わらなかった
しぶとく漆黒の龍は煙を突き破ってものすごい早さで上昇をしてゆく
そして一匹の白鱗の龍がそれを追った
追撃しながら今度も稲妻のブレスを放った
稲妻が漆黒の龍の体を掠めるが効いているそぶりは全く無い
白鱗の龍は何発も稲妻を放つ
何本もの稲妻が地から点へと遡り、消えてゆく
そこで漆黒の龍は空中でぐるりと反転した
こんどは漆黒の龍が白鱗の龍へと向かって飛んでゆく
両者ぶつかろうかというところで白鱗の龍がそれを器用に避けた
するりと抜けた白鱗の龍はそのまま漆黒の龍に絡みつく
白と黒が絡み合い、そしてそれめがけて残りの5体の龍が急接近する
白鱗の龍の口からは冷気がこぼれて空に帯を引く
5体の龍が同時に口から冷気を噴射する
絡みついていた白鱗の龍はその瞬間に黒龍を離し、自らも冷気を吐きながら後退する
すると冷気の息は空気中の水分を凝結させながら漆黒の龍を飲み込んでゆき、やがて黒龍は氷と周囲を漂う冷気に完全に飲み込まれる
周囲を漂う白い冷気が氷を纏い、閉じこめられた漆黒の龍の姿を隠すかのようにしている
氷の塊はどういう原理か空中に浮かんだままであり、その周囲を6体の白鱗の龍が取り囲む
完全に詰んだ
彩輝はそう確信した
「あれって貴方の呼んだ龍ですか?」
(如何にも。あれは我が結界内を守護する神龍。神の名を与えられた我が僕)
「神ってついてるのにあなたの方が偉いんですよね?」
(まぁそうだな)
そう言えば神龍って神子の使い魔の龍がなると言っていた気がする
俺は以前紅の龍に聞いたことを思い出した
神龍は使い魔の龍が成長した姿だと言っていた。それならばいずれソーレもあんな龍になるのだろうか
氷の周囲に集まった六体の龍はそれぞれ大きく口を開いた
並んだ牙の奥に、エネルギーが集まり出す
6体の龍は漂うマナを口内に収束していく
収束したエネルギーは球体となる
そしてそれを氷に閉じこめられた漆黒の龍に向けて放つ
冷気に隠れるその氷めがけて六体が同時にその球体をはき出した
高速で飛んでいくその球体が漂う冷気の中に吸い込まれていく
そして爆発
砕けた氷が周囲にはじけ飛び、あかね色に輝きながら消えていく
そして飛び出してくる、触手
突如飛び出してきた6本の触手が神龍たちへと向かって伸びてゆく
伸びた触手はそれぞれバラバラに逃げた神龍達を追尾する
が、触手は動きを止める
冷気の靄の中から飛び出してきた黒龍の背中から黒い触手が伸びている
触手は龍の体ように鱗で覆われておらず、柔らかい皮膚のようになっているように見える
「な、なんだよあれっ!!」
俺は一歩後ずさりした
体が、拒絶をした
「あんなもの、見たことすらないな。見たところブラックテイル種だが・・・なんだあの触手は」
「な、なんなのよここ・・・」
「レイルさん・・・セルディアさん・・・」
俺はそこから視線をずらして歩み寄ってきた二人に声をかけた
レイルさんは顔をしかめ、セルディアさんは恐れを顔に浮かべている
この場に居る全員が、そんな気分にさせられるほどに異様な何かを感じ取っていた
そのとき、彩輝は虹色の龍に語りかけられた
(よく聞くのだ神子よ。今ここは結界が破られて外界であるお前達の世界とつながっている状態にある)
「つながった?ってことは・・・」
(左様。外界とつながっているということは、奴もまた、外界へと出て行けるという事だ)
それって・・・・やばい事だ
通常の龍ならば問題ないだろう。龍はもともと下の世界に住んでいるのだから
だが今は不味い
あれを下の世界に行かせることは人々にとって驚異になる
あれは、普通じゃ無い
俺は見上げた先に居る一匹の龍を見た
そしていつのまにか肩に止まっていたソーレが居なくなっていたことに気がついた
触手が一匹の神龍を狙いに定め、神龍めがけて殺到する
神龍は長い体を上手にくねらせその触手を避けるが限りがないかのように触手の長さはどんどんと伸びる
自分の何十倍にも伸びるその触手で神龍を捕らえようとするがうまくいかない
そこで漆黒の龍は自ら動いた
スピードを上げて神龍へと迫っていく
神龍はそれでも黒龍の倍ほどのスピードで飛び去って逃げる
そこで黒龍に背後から一匹の神龍が噛みついた
そのまま神龍は長い体を黒龍の周りに絡みつかせ、それに続くようにもう一体が腕に噛みつきからだを絡みつかせると、残った4体はその周囲を取り囲む
だがそこで絡みついていた2匹の龍は触手にはじき飛ばされ、そのうちの一体は取り囲んでいた神龍の一匹と接触してもつれるように雲の下へと消えていった
空中には鮮血が舞っていた
振り払われたもう一匹の神龍の体は先端が鋭くとがった触手に貫かれていた
黒い触手を紅い血が伝い、落ちていく
そして目にも留まらぬ早さで打ち出された残りの触手の先端が鋭く変形して神龍を狙う
2体はその直撃を受け、一体は体を掠めた
(我が出ねばなるまいか)
その光景を見て虹色の龍は大きく翼を広げた
虹色に輝くその翼を夕日が紅く染めた
残った一匹の神龍、そして雲の中から飛び出してきたもう一匹の神龍が漆黒の龍を睨んだ
漆黒の龍はその神龍達を見向きもせず、俺たちの方を向いた
そして、その龍は翼を大きく羽ばたかせてこちらへと飛んできた
虹色の龍も翼を羽ばたかせ、浮き上がる
そしてその巨体からは信じられないスピードで迎え撃った
一瞬皆の目には虹色の龍が消えたように感じられただろう
気づけば両者は絡み合い、黒龍を押し返しながら虹色の龍が首元に噛みついた
黒龍も負けじと虹色の龍に噛みつこうとするが見えない障壁に阻まれ、噛みつくことが出来ずにいる
そこで黒龍は触手を動かした
そして虹龍の背後から6本の触手を打ち込んだ
が、それも見えない障壁に阻まれた
虹色の龍の牙は尚も深く食い込んでいく
そしてその口の奥に炎が漏れた
虹色の龍は零距離から虹色の炎を吹き出した
引きはがされた黒龍は炎から何とか脱出する
両者がにらみ合う中、彩輝は居なくなったソーレを探して周囲を見渡していた
何処だ・・・ソーレ!!
あれはだめだ
あれは、敵だ
あれは、存在してはいけないと思わずには居られない
同族だからこそ、僕の中に通う血が騒いだ
あれは、違うと思った
あれは、いったい何なのだろうと思わずには居られない
だから、あれとは戦わないといけない
体が、血が、騒ぐんだ
僕は体の思うままに翼を動かした
もう思考なんて必要なかった
あれは、敵だ と。それだけで良かった
太陽が、落ちた
周囲を闇の中に引きずり込む、夜が来た
空には綺麗な月が浮かび上がっていた