『虹翼碧眼』
やっとたどり着いたか
私が思う以上に、長かったようで短かったようで
だがこれで今年も約束を果たせそうだ
澄み切った碧眼が、一人の人間の子供を映し出した
(たどり着いたか龍の神子よ)
俺は言葉を失った
何に、と問われれば目の前で俺を見下ろす巨大な龍だと答えよう
以前出会った龍達よりも大きい
虹色の鱗が太陽の光りを受けて輝く
青い目が俺を写している
ずらりと並ぶ鋭い刃の奥に見える舌
揺れる尾、呼吸、その虹色の存在すべてが、俺を見とれさせてしまう美しさ
神だ
そう思うほどに美しく、圧倒的すぎる存在
まるで体全体が地に触れさせてしまうと思わせるほどの圧迫感が、俺の心臓を握っているようにすら感じる
皆も同じように思っているだろうと思う
自分は今、神の前に立っているのだと思わされるほどに
「あ、貴方が、聖獣虹の不死龍・・・」
振り絞って出した声は霞むように小さかった
それでも巨大な虹の龍は首を縦に振った
(いかにもそうだ。我は虹龍。この世界最古の龍だ)
突如として現れた虹色の龍は穏やかな声だった
でもたぶん俺にしか聞こえていないのだろう
「マナの、力の解放をしに来ました」
このために、ここまで来たのだから
(分かっている。これは神子にしか出来ぬ事。突然のことですまなかった。こちらもあまりにも突然の事で驚いてしまってな)
「突然って・・・俺の事ですか」
(神子が突如変わったこと。お主がこの世界に来て、神子が変わった。それがつい先日。まさかここまで早く来るとは思わなかったがな)
「いろいろ、ありましたから」
(さて、早速だが前の順番である虹魚はすでに解放を済ませている。次は我らの番だ)
「具体的にどうすれば・・・」
(我に触れる。それだけだ)
俺は虹色の龍に歩み寄る
左手をゆっくりと出す
そしてそっと、脚の鱗の一枚に俺は手を触れた
それと同時に龍は大きく吠えた
後ろにいた皆は耳を塞いだ
俺も空いた手で耳を片方塞いだ
空気が振るえる
びりびりと空気が震え、それが体にぶつかっていく
空気の震え、それはゆっくりと渦を巻き始める
虹龍を中心に空気が渦を巻き、それはやがて俺と皆とを遮断してしまう
虹色の龍は尚も天に向かって吠え続ける
いつになったら終わるのか
俺は手を離しても良いのだろうか
鼓膜破れてないよな?
いろんな事が頭を駆けめぐり、気がつけば龍は口を閉じていた
吠えるのを止めてまだなお空気がびりびりと揺れているように感じる
圧倒的すぎた
その一吠えは天を貫き
その一吠えは空を震わせ
その一吠えは虹色に輝く
強力な力の奔流が、下へ下へと流れ込んでゆくのが分かる
分かるからこそ、その力の強さがとんでもないものだと分かる
敏感じゃない人でも感じるだろう
敏感な人ならどれほどの恐怖に当てられるだろうか
いや、むしろ歓喜に酔うだろうか
これが・・・異世界・・・
もといた世界との違いを、まざまざと見せつけられたかのようだった
(ここは外界とは隔絶された場所。我が力で張った結界で囲まれた全くの別の空間だと思っていい)
「別の空間・・・」
どうりで下から見たときにはこんなに巨大な雲は無かった訳だ
ここは、地上とは別の空間だということだ
(そして言うなれば神子は鍵でもある。一年で溜め込んだ力を下界に流し込むための鍵なのだ)
「神子が居ないと力は解放できない。マナは地上から消えていく、と」
(そう。そして我はお主がこの世界に来たとき、神子が変わったことを悟った。すぐに迎えを出したがきちんと使命は果たしたらしいな)
「なんで・・・なんで俺が別の世界から来たって知ってるんですか」
俺はまだ一度もその事を虹色の龍には語っていない
不自然である
(お主が現れた場所が龍族の守護する地域だからだ。そのくらいの事、すべて見通しておる)
「別の世界の事を知ってるってことを前提に言ってるんですよね。それ」
(もちろんだとも。別の世界、その存在は知っている。無に囲まれた二つの世界。その一つがお前達の世界であり、もう一つが我らの世界。お前達がもう一つの世界から来たという事も知っている。そして、お主の事もだ)
龍は一条さんの方を見た
俺も振り返って一条さんを呼んだ
「ま、まじで?食われたりしない?」
「大丈夫ですよ」
一条さんは恐る恐る近づいてくるが危険が無いと分かると少しは心を落ち着けたようである
(お主達二人はこの世界では異形。空間を越える際、一度お主達の体は分離しておる)
「分離?」
(お主達が通ってきた精霊台の穴。あそこに溜まる魔力の壁を越えるには形なき者しか無理である)
「分離って・・・もしかして体が・・・って事ですか?」
(そう。そして体が再構築された時、お前の体に紛れてしまった。我が血が)
「血が紛れる?なんで貴方の血が俺の中に入るんですか?」
(あの精霊台の魔力を提供したのは私だからだ)
「魔力を提供?誰かがあれを作るために貴方の魔力を使ったってこと?」
(如何にも。今はバラバラの地を治める我らもあのころは一匹の使い魔としていた。この周辺にある精霊台はいずれも一カ所に密集している。元は一つの国だったらしいが今は4つになっていると聞く)
なるほど。だから大陸にはあれだけ多くの国があるのに精霊台が4つも密集しているのかと疑問に思っていたのだが
(水の精霊台を作ったのは我、炎の精霊台を作ったのは一角天馬殿、光の精霊台を作ったのは咲魚殿、そして空の精霊殿を作ったのは金角殿。我ら四体は今では離れておるが、昔はあの地に住まう者であった。そして我はこの地に残り、彼らは約束を交わし、各地へと散っていった)
龍の瞳はしっかりと俺の目を見つめている
その瞳には俺が映っている
青い瞳は、俺の心の中までのぞくような、そんな深い青色をしていた
(彼女もまた、一角天馬殿の血を引いておる)
「一条さんが、ですか?」
龍は首を縦に振る
そうか
「ってことは、彼女も、神子であると?」
(そうだ)
そうなのか
一条さんは目を丸くしていた
「一条さん、貴方も神子なんだってさ。あとこっちの世界に来た人全員神子の可能性たかそう」
「マジ?」
俺は首を縦に振る
俺も、彼女も、こちらの世界に来たときに体を再構成したせいで神子になった
ならば他のみんなも神子である可能性が高い
「それは、俺たちが元の世界に帰る上で、問題ありますか?」
(無い。元々こちらの世界にも神子はいる。お主らが元の世界に返ること自体は問題はない。だが方法はあるのか?)
方法か
分かってたらとっくに帰ってると思うけどそれは言わない
「まだ分かっていません。貴方は何か知ってますか。帰る方法」
俺は帰る方法に当てがないかを聞いてみた
聞くところ、彼はかなり長生きをしているらしい
不死龍って呼ばれてたくらいだし
そして他の世界のことも知っている。もしかしたら・・・と俺は期待をしてみた
(残念だがそこまでは私にも分からぬ。むしろお主達はどうやってこちらの世界に来たのだと問いたい)
どうやってって・・・
「なんか元の世界にあったゆがみってところから無に入っちゃってそのまま飛ばされて・・・なんというか詳しくはわかんないです」
マナが毒とか俺たちがマナや魔力を溜め込むとかいろいろ言っていた気がする
が、結構大半の事は忘れてしまったような気がする
(そうか。帰り方は分からぬ。が、ヒントくらいならあげられるかもしれぬ)
「マジ!?」
これは思ってもいない事だ
マナの解放をしに来たのだがどうやら思ってもいないところで帰るヒントがつかめるかも知れないと期待した
「それって・・・」
(あまり期待はしない方が良い。役に立てば良いのだがな。我らは精霊台を作った。それは抜け落ちた世界をつなぎ止めるための処置。お主達も抜け落ちた世界と共にこちらに飛ばされたのだろう)
あー・・・なんかそんなことを水の精霊が言っていたような気がする
数日前なのになんで忘れるんだよ俺と自分を責める
(我らが抜け落ちた場所を戻すために魔力を主に貸し与え、そして膜を張った。もしこれを無、レ・ミリレウのほうから起こし、穴を開ければ、あちらの世界に出られるかもしれぬ。だが、それには難題が多すぎるがな)
「それは精霊も言ってました。だけどそれだけじゃたぶんだめなんですよね。一つ一つ、出来ないところを出来るようにしていかないとこれは意味がない。でもやっぱり精霊も龍も同じ事言うくらいだから他に方法無いのかなぁ・・・」
(お主、精霊に合ったと申したか?)
意外にも精霊の話に虹龍は食いついてきた
「え、合いましたけど?水の精霊って言ってましたけど」
(そうか。水の精霊台を通ってきたのだから干渉していてもおかしくは無いか)
「知り合いですか?」
なんだか親しそうな言い方をしたため俺は聞いてみた
(あやつはこちらの世界に穴が空いたとき、こちらの世界に放り出された一人だ。水の精霊台の魔力の膜を通り抜けられるのはあやつのみ。他にも穴が空いた場所から放り出された人間がいたようだが)
へー・・・あの精霊も俺たちと同じ境遇だったりしたのかね?
なんて事を思ったそのとき、遙か後方で巨大な音がした
俺と一条さんは振り返る
皆の背中が見える
その遙か奥に見える小さな黒点
なんだろう。少しずつ近づいている気がする
(結界が破られた。なんだあれは?)
龍は目を細める
そして突如大空へと羽ばたいた。いや、十分ここも大空だけどね
龍はゆっくりと上昇する
そして再び吠えた
その声は、先ほどとは違う響きをした
俺には聞こえていた
虹翼碧眼の龍は吠えた
何処までも響くその声で
(集え、我が騎士達よ)と