『平和を願う者で在りたいと』
アヤキが目を覚ますとそこは簡素なベッドの上だった
何度目だよこの寝起き・・・
絶対にこちらに来てからの日数より寝起きの回数が多いような気がする
2度目の気絶からの寝起きはあまりいいものでは無かった
ちなみに外が明るくなっており、気絶が睡眠になってしまっているようであった
「朝・・・?」
寝起きはいい方なのですぐに自分のおかれた状況を察する
「あぁ・・・俺あの時気を失って・・・」
あのとてつもない量の、それこそ肩に何かがのしかかるような、そんな重い殺気を感じて俺は気を失ったのだと思い出す
隣を見ると真横には一条さんが横になって寝ていた
ん・・・・・?ハァ!?
「ちょ、ちょ、え!?」
かけられたシーツをとっさにめくる
するとそこには一条唯がすやすやと眠っているではないか
「何この状況?」
とりあえずここを出ないと・・・
誰かに見られたらいろいろと言われそうな気がしたので俺はベッドから降りようとする
が
「ちょっ、洒落になんねーって!」
がっしりと俺の腕をつかむ一条さん
それはもうがっしりとつかんでいる
とりあえずそーっとはがせば起こさずにすむかと思い、膝立ちになる
そして捕まれた腕をはずそうとしたところで・・・
「うぅん・・・待って」
俺の腕を引っ張る
だがどうやらまだ寝起きしたという訳ではなさそうでどうやら寝言のようである
一条さんはシーツをめくられて寒いのかくるりと丸まり、そして・・・
「嫌っ!!」
「いっ―――!!?」
思いっきり俺の両膝をまとめて蹴り飛ばした
というわけで腕を捕まれた俺はそのまま前のめりに倒れる
訳にはいかなかった
無理矢理ふりほどいて俺は何とか踏みとどまる
「ぎ、ギリギリセーフ」
ふぅ。あぶねぇあぶねぇ
このままだったら胸の谷間に顔を突っ込んでいるところだった・・・
冷や汗だらだらの俺
さ、流石にここで誰かが来て気まずい雰囲気になるのは恐ろしいと俺は体を起こす
「お、起きたか」
それと同時にレイルがドアを開けて入ってきた
本当に危機一髪だった
「どうした?汗だくじゃないか」
「え、あぁ、本当だ・・・なんか悪夢を見た気がするわ」
流石に暑かったとか言ったら病気かと疑われる可能性があったからな
よけいな心配はかけたくないし
「大丈夫か?」
「えぇ、ほんと。大丈夫です」
そう言うしかなかった
その後、一条さんも起きてきて二人は外へ出た
「事情は大体分かった。命令ならば断るわけにも行かぬしな。それにしても王女から命ぜられるとは意外だな。国王当あたりからの直筆かと思ったのだが」
「話は通してあるが直接は関与していないそうです。アルフレア様に今回の件を一任させたらしくて」
「一任?丸め込んだのほうが正しくないか?」
「まぁ・・・・そうですね」
「起こしてきたぞ」
セルディアさんとシェルディさんは夜営に張ったテントの前で話をしていた
セルディアさんは書状を丸めてひもで結び直してシェルディさんに渡した
「お前がアヤキ・サクラか」
「は、はい。初めまして」
セルディアさんは腕を組んで俺の瞳を見つめた
昨日は暗くてよく分からなかったが俺より少し背が高い
青髪で髪は肩にかかるくらいの長さである
目はややキリッとしており、その口調と合わさって強気な性格が現れている
魔術師と聞いてはいたがむしろ切り込み隊長のような風貌である
周りにいたローブをきた魔術師達とは違ってローブの下には騎士服を着ている
腰には剣を提げているため剣術のたしなみもあるようである
「なるほど。年は?」
「えっと、17です」
「なるほどな。二つ下か・・・。とてもそうは見えない雰囲気をしている。これが異世界の人間か。姿形は同じとはいえ、私にはまるで別の生き物のように思える」
別の生き物・・・か
今まで気にしていなかったけど、別の世界に、同じように人間が存在するのってすごいことだよな
確かに全く別々の世界で生きてきたんだ。別の生き物っていうのもあながち間違ってはいないなと俺は思った
「別の生き物ってお前なぁ。人間にはかわりねぇんだからさ」
レイルがあきれた顔で言う
それもまた正しい
別々の世界で育ったとしても、人間であることは間違いないのだ
「人間にはかわりない、か。かつて破壊の限りを尽くしたアグレシオンもまた人間だ。突如現れた彼ら。彼らもまた、別世界の住人なのだろう。現にここに別世界の人間がいるのだ」
アグレシオンか
よくきく言葉だな
やっぱり、この世界の人には、俺たちは彼らと姿が重なって見えるのだろうか
実感は無い
だけど
「俺は・・・」
「ん?」
「俺は、別に好きでこの世界に来た訳じゃないです」
好きで来たからこそ分からなかった自分
たとえ彼らの目に姿が重なって見えたとしても
「何いってんのアーヤん?」
「アグレシオンって人たちには会ったことも見たこともありません。でも――」
自分は違うのだと
「でも彼らがこの世界を侵略しようとした人たちならば――」
俺はここで宣言しておく
分からない自分に区切りをつけ、どう在りたいかを
「俺はこの世界のために、守る立場、平和を願う立場の人になります」
やっと分かった
俺はどうしたいのか
元居た世界に帰りたいっていうのもあるけど
この世界に居る間、俺は何をしたいのか。何をすればいいのか
どう在りたいかのか
ずっと疑問に思ってきた
自分がこの世界に飛ばされて、この世界での自分の存在が分からなくなってきていた俺は思った
桜彩輝がこの世界にいる間、自分はいったい何なのか
学生でも無い
父さんと母さんの子供として在ることも出来ない。親である二人はこの世界にはいないのだから
この世界にいる俺は、名前しか持たない桜彩輝でしかない
自分がこの世界に居る間だけでいい
自分はいったい、この世界の何なのかを
そしてたどり着いた答え
この世界の人間達とも違う
アグレシオン達とも違う
住人でも、侵攻者でもない第三の立場として
住む者でも、攻め滅ぼす者でもなく、守る者、平和を願う者としてありたい
「平和な日本に生まれた性分かな・・・。平和ボケしてんだろうな俺」
「そ、そんなこと無い!!私も、そう思う!!」
一条さんは俺に賛同してくれたようだが、そんなの、別世界から来た俺たちにしか沸かない感情があるからこそ
俺も、一条さんも、この世界の住人ではない故にわき上がる謎の感情
「なんていったらいいんだろうなこの感情。まさか自分が何かなんて、考えるような事でもないだろうに・・・」
こういった状況だからこそ、自覚させられた
向こうの世界なら、自分は見えないレールの上を歩いていた
幼稚園や保育所、小学校や中学校、高校や大学、そして就職
何かのために自然としていたことがあった
その中で、テストでいい点を取りたい、友達を作りたい、仕事につきたい、進学したいと思うようになり、そこが同時に自分の居場所でもあった
だけど根本となるレールが無くなり、いったい自分は何のために、いったい自分は何をしたいのか
自分が何処に立っているのかすら分からない
すべてが抜け落ちた気がしていた
だけど、今決めた
前は彼女を守ると決めて
次はこの世界を守り、平和を願う人間として在ることを決めて
「俺は、強くなる。力をつけて、守ることが出来る人間に。願うだけじゃなくて、それを自分でつかめる力を持つために、俺は強くなる!!!」
「これで宣言二つ目だねアーヤん」
二つ目の誓い
彼女を元の世界に返すこと
この世界の身方であること
一つ目は彼女のために
二つ目は自分の基礎となるレールを作るために
「そう・・・ですね」
「よく分からんが、まぁお前が別世界の住人でも、この世界のために居てくれるっていうなら、俺は歓迎するぜ」
「そうですよ。あなた達はアグレシオン達とは違う、優しい心を持って居るんですから」
「私には今お前が何をもって宣言したのかは分からん。が、敵で無いならば迎え入れない理由が無い。お前達が別世界の住人であるということはシェルディに聞いた。いろいろあって大変だとは思うしあまり私たちもやることがあるからあまりかまってはやれないが、今回の護衛の件、全力で当たらせてもらう」
「よろしくお願いします」
セルディアさんは右手を差し出し、俺も右手で握手を交わした
その日はその村でもう一夜を明かすことになった
不足気味の食料を補充し、セルディアさんはやり残した魔獣の討伐の指揮をとるためだ
「いやぁ、昨日は悪かった。耐性が全く無いとはいえ、まさか先に言っておいたにもかかわらず二人とも気絶しちまうんだからよ」
「しょ、しょうがないでしょ!私たち別に騎士って訳でもない一般市民だし」
「ですね。あれって本当に殺気なんですか?」
俺と一条さんはその日、レイルさんに昨日のことを訪ねていた
殺気で倒れたのは俺だけではなく、一条さんも同じだったという
戦場にも出たことがある人、それなりの訓練を受けた人達とは違い、俺も一条さんもただの一般人
むしろ殺気だけで気絶してしまうほどのレベルである
「そうだな。魔獣たちもその殺気に当てられたのが原因でこの村に現れてたらしいしな」
「その殺気って誰が誰にむけたものなんですか?」
一条さんが素朴な疑問を口にする
殺気。ようは殺そうという気迫だ
誰かが誰かにむけるというのが一般的な考え方だ
「まだ詳しくは分からんが、おそらく在る程度の知識を持った魔獣だと思う。恨み、辛み、悲しみを知る魔獣が、その対象に向けて殺気を飛ばしていると思うんだが」
「あの、殺気って斬れるんですか?」
殺気って、不可視のものである
見ることは出来ず、でも感じることは出来るという不思議な存在である
もともと殺気自体を向けられることがほとんど無い生活環境の中で、耐性の無い二人が気絶してしまうとういう自体を招いた
それほどまでこの殺気は、恐ろしく、重いものだった
「あぁ。ある一定レベルを超えた殺気は、相手の精神に直接響くようになる。そのへんまで行けば殺気を断つ事が出来る。とはいえそこら辺の人間じゃ、俺もそうだがあんな殺気は感じたことがない」
「でも気絶しなかっただけマシですよ。戦場だったら確実に死んでます」
気絶して、敵にやられて、はい終わりだ
やっぱり騎士とかって多少耐性とかあるもんなんだなーと実感する
それ以前に、殺気に耐性とかあるなんて初耳だけど
「ま、別に龍とかそんなレベルじゃ無いはずだ。せいぜいAランクBランクの魔獣だし、森の奥に居る訳だしあまり関係ないさ」
あれ?ランク高くね?
「でも森に行く訳じゃ無いですしね。あー、でもこういう時ってやっぱり耐性のあるレイルさん達がいるってなんか安心ですよね?ね?」
別にその魔獣を倒さないと目的地に行けないって訳でもないし、そういうのは騎士とか魔術師とかに任せておけばいいわけだし
「俺たちがそのシトレの森を通ってゼルタール火山へ向かうことになっていなければな」
ボソリと付け足しやがったこの人
「前言撤回。マジっすか?」
「マジマジ。森を迂回してたら火山からの帰りの分の食料が持たなくなるんでな。まぁ現地調達でいいって言うなら考えてやらなくもないが」
ま、そーなるわな
なんかありがちな展開っていうかなんていうか
あれ?なんか笑ってねこの人?
「とりあえずはシトレの森を抜けてそのまま登山することになるな。目指すのはおそらく山の頂上。頂まで上れば何か分かるだろうしな」
「そうですね。まだどうすればいいかよく分かりませんし」
ソーレと会話できるようになったとはいえ、分かったのはその目的地へのヒントだけ
詳しいことはそこに言ってみなければ分からないと言っていたしあまり頼ることは出来ないと思われる
「正直怖いのは、殺気の主ですかね」
「ただ妙なのは昨日あの後ぱったりと殺気が止まったんだよな。結局何だったのやら」
レイルは髪の毛をいじりながら首をかしげた
村を発つまで、あとわずか