『謝罪と差し伸べる手』
一条唯の手には今、小さな札が握られている
札には唯が直接刻み込んだ術式が書かれており、今日一日でつかんだ魔力の使い方と習っていた術式学を生かして試作品を試しに作ってみたのだという
「発火」
キースイッチとなっていた言葉を述べると札はボウッとその札は音を立てて燃えてしまう
「お、やった!成功!」
「燃えた……」
「私の手にかかれば晩飯前よ!」
「朝飯前じゃないんですね。まぁもう夜ですし……。でもよくこんなに早くできるようになりましたね」
「そこは、ほら、あれだ。私って天才だから」
「自分で言って恥ずかしくないですか?」
「うん。恥ずかしい」
やっぱりか、と思いつつも彩輝は他にも彼女が握る札に興味がいってしまう
彼女は自分で天才などと言っていたが、そこまでではなくとも要領が良い人間という部類であろう
「そっちのは何ですか?」
「ん、これかい?。そうだなぁ。じゃぁこれ!何が出るかな〜何が出るかな〜、爆!!」
ポンッと小さな音をたてて札が爆発した
爆発と言うよりはじけ飛ぶ感じに近い
「これはちょっと応用したオリジナルのやつね。火属性と風属性を混ぜてみたんだけど・・・、ちょっと火力が足りないわね。もう少し改良する必要がありそうね」
「火力を上げて何処で使う気ですか」
「ゆくゆくはこれと色式を合わせて花火のようなものをと画策中。色も一応術式を組み込めば変えられるみたいだし」
「でも、なんかそういったことはなんっていうか……すでにこっちの世界にあるような気がするんですけど」
「そうでもないさ。基本これを作るのは魔術師って事になるけど、魔術師もそれぞれ使える魔術の属性は限られてるからね。それに他人の魔力が込められるとその札の効力がなくなるらしくてさ」
「あ、そっか。でも後者は初耳です。組み合わせりゃいろいろとできるだろうに、あんまり発展してないのはそのせいかもしれませんね」
「というわけでこれで一儲けを考えてる訳よ。フフフフフ」
うわ、悪い笑みだ。
不敵な笑みを浮かべながら唯がぱちんと指を鳴らす
札の一枚が大きく光を放つ
照明がついたかのように部屋が明るく照らされる
そんな中で俺は何か妙なものを感じ取っていた
なにか、前に一度、バスで会ったときとは何か違うような気がする
でもなんだろうなぁ
「でもさ、冗談じゃないよな、突然こんな世界に飛ばされていい迷惑だよ」
「あー、ほんとよね。私が何をしたっていうのかしら。ったく、悪いこと何もしてないわよ私」
「どうやったら帰れるんでしょーねー」
「わかんないわよそんなの」
「でさ、ずーーーっと気になってるんだけどさぁ。そのちっちゃい爬虫類っぽいのに属しそうな生物は何?」
唯は自分のために宛われた部屋で横になっているソーレを指さした
「ドラゴン?」
「何で疑問形なのよ。確実にドラゴンじゃないのよ!断定しなさいよ」
まず何故俺が疑問形で言葉を発したことに突っ込んだ?
そしてなぜ後から驚いた?
というか何故俺は疑問形で答えた?
「俺がさらわれたの知ってるんですから事前に分かってたでしょう?」
「え、えぇ・・・ちょ、本当に・・・いるとはね・・・」
「うん。まぁでもまだこれでも可愛い方だよ。大きくなったらやばいぞ。実際に出会ったから分かるんだけどさ、あれは半端無いよ。うん」
「いや、そりゃまぁ・・・そうでしょうね。じゃぁなんで生きてるのよ」
「説明した通り、俺が龍の神子とかいうのだからかな」
とりあえず龍の神子であるという事と成すべき事はすでに一条さんやアルフレアさんにも伝えてある
アルフレアはそれを聞いてすぐさま活発化したと思いこんでいた龍への特別警戒体制を解いてくれた
どうやら町中で結構兵士を見かけたのは龍に警戒していたせいだったらしい
「紹介しよう。俺の使い魔、ソーレだ」
「かぅ?」
「うわ、それってドラゴン!?」
うんうん。何となく自分の名前を覚えてきたっぽいな
日数は全く立っていないのにソーレと言ったときに振り向いてくれるようになったあたり、かなり賢いと見える
まぁ、ちゃんと知能はあるわけだし、会話もできたし
ちかいうちにこいつとも会話できるような日が来るんだろうか
「はーっ。でもさ、なんか何でもありだよねこの世界。魔法は使えるしドラゴンは出てくるし……次は何よ。お化けとかは勘弁よ?」
「世界を救う勇者様とか?」
「ふふ、王道ね。格好いい王子様でも期待しましょうかしら。白馬は流石に気取りすぎだから勘弁だけど」
ま、もし可愛い王女様とかに言い寄られたとしてもこっちの世界での恋愛は無いだろうな。たぶん
まぁそんな事は絶対にないだろうけどさ
でももしそうなったら、きっとそれは帰ろうと思う気持ちの枷になる
それだけはだめなんだよな
俺の居場所は、ここじゃないのだから
残ろうと思える要素を作ったらだめだ
「でもさ、こっちの世界で生きるって言うのも一つの選択肢よね」
「俺は選びませんけどね。そっちの道は。向こうで俺を待ってる家族も居ることですし」
「そーよねー。それで、そっちの物騒な刃物は何?」
一条さんは俺の腰に提げた短刀を指さす
俺はその短刀を抜いて見せた
「包丁?」
「ちがうよ!刀刀!!よく見て!」
包丁とか言うな
刀に失礼だ
「ほぇー……すごいね。本物だわ」
「本物ですよ。あ、刃の方はさわったら切れますよ」
「なんか、包丁とは別の輝きが……」
「だから包丁と比べないでくださいって」
「ふふ、そう……ね」
空気ががらりと変わる
彼女が発した声のトーンが落ちたからかもしれないし、それと同時に視線を落としたからかもしれないし、つい先ほどまでの明るい雰囲気がすっかり部屋から消えてしまっている
数秒、両者無言になる
「なんですか?」
重い静けさの空間に耐えかねて先に口を開いたのは彩輝の方であった
「あのさ・・・これからどうしよっか」
「これからですか」
なんだか、これまで必死で溜め込んできた明るさをすべて出し切ったかのように彼女はうつむきながら声を発した
その時に彩輝はふと感じた
あぁ、無理してたんだな。と
「さぁ、どうしましょうかね。帰れるかどうかもわかんないですし……」
違う
「とりあえず俺は龍の神子にさせられたんでソーレが教えてくれるまでは……」
違う
「アルデリアで待機しようかなーっと。なんか俺のために家とか用意してくれるらしいですし……」
違う
違う違う違うっ!!!
「違うんだ!!」
ダンッと壁に拳をたたきつける
そうじゃないだろ俺!!
分かっていたんだ
分かっていたはずなんだ
気がつけたはずなんだ
俺はガキだけど、これぐらいのことに察してやれないバカじゃないはずだ!!
俺はスッと立ち上がり、座っている唯さんを見下ろした
「わかるさ。俺だって、同類なんだ」
「……え?」
話している内容が突然変わり、意味が分からないとでも言いたげな顔で俺を見上げる
静かで、だけど部屋の隅々までしっかりと聞こえるような声で
「だけどさ、あきらめたら、終わりだからさ」
「うん」
「だからさ、なんていうか・・・道の先を見つめていたいんだよ。俺。この先に待ってる事が、きっと自分を、ここから引き上げてくれるって」
あーくそっ……何が言いたいんだろうな俺
意味なんか分からないし、自分でも何言ってるのか分からない
だけど………………
「そりゃ、さ、俺だって……親とか友達とか全く居ない世界に飛ばされて、頼るものなんか何もなくて、最初から無条件で力を貸してくれる友達とか家族とか居ない世界に放り出されて、帰れない……とは思いたくない。けど、心のどこかで思っていて……でも思っちゃだめで。それはつまり負けっていうか納得できないっていうか」
思ってしまうんだ
もし帰れなかったらって
これまで異世界で過ごした夜、寝る前にいつも思っていた
帰れなかったときのことは考えないようにして
きっと変える方法があるはずだって希望を持ち続けて
でも、心の中のどこかで思ってしまう
俺は知っている。それはたった二文字で言い表せることを
不安
そう。俺は不安なんだ
帰れなかったらどうしよう
決して消えてはくれないその思いを、俺も、彼女も持っている心の共通点
俺が思うのはそんなこと
そんな不安を彼女も抱えているはずで
「だからさ、こう、立って前をさ、向いてないと、だめなんだよ。きっと」
年上だけど、俺よりも遙かに折れてしまいそうなもろい存在を前にして俺はただ黙ってる事はできなくて
前を向いてないと……心が折れそうなんだよ……俺も。表面上こうやってるけどさぁ
そう言ってしまいたい。だけど、この人の前で弱みを見せたらいけない気がする
その弱みを見せるのは、今じゃない
手をさしのべる人が、弱かったらなんてこと、あっていいはず無いんだから
俺は手を差し出す
「引き上げる。何があっても、今は頼りないけど、一人の男として頼られるような存在に、あなたを元の世界に返す」
ぽかーんと口を開いて俺のことを見ていた唯さんが視線を落として開いた口を閉じる
彼女が何を思っているのかは知らない
弱々しい本心を隠して俺は言う
俺が言えるのはただ一つ
普通だったらクサイとか言われても仕方ないような言葉でも、それが彼女の救いになればと信じて
「年下だけど、今は俺が上から手を差し伸べるの、許してくれますか」
「…………………………許す。っていうか寧ろお願いします」
触れるとすぐにでも壊れそうな小さな声で、許すと言ってくれた
俺の手を取り、でも視線だけは地面に落としていて
流れた涙は、暖かそうに見えて
俺座り、背中合わせに手をつないだ
背中越しに感じられる体温に少しドキリとさせられたが、でもそんなことをすぐ忘れるくらいに、俺も一度思いっきり泣きたい気分になった
もらい泣きするような柄じゃないだろ、俺。
涙をこらえつつ、俺は真っ白な天井を見ながらそんな事を思い、早く帰れる日が来ることを願った
目を覚ますと真っ白な天井が見えた
窓から差し込む光で俺は朝になっていることに気がついた
そして……
「あれ!?」
昨日合った事と途中から消えている記憶を思い出してバッと体を起こした
体にかけられた小さな毛布、そして俺が寝ているのは高級そうな部屋のベッド
そして極めつけは昨日一条さんと一緒にいた部屋と同じ部屋
「なんで俺はベッドで寝て居るんだ……?」
確かあの後俺は背中合わせに手をつないで、そしてその後……寝たのか?
記憶が無い
寝たのか……?
「おぉ、起きたかアーヤん」
「え、あ、おはようござ……います?」
でも何故ベッドで?
背中合わせに座っていたのは地面であって、ベッドの上では無かったはずだ
ってことは俺を持ち上げて?いやでも俺の体……
俺は彼女の細い腕を見つつ、自分の体重を思い出して
「何故に疑問形なんだね?まぁいいや。早く顔を洗って来るといい。スッキリするぞ」
「え、あ、はい……」
……あれ?
なんだろう。何か流されてないか?
確かめないと
ドアノブに手をかけたところで俺は振り向いた
「あの………………立ち上がって、前を向けましたか?」
その問いに、唯はクルリと振り返って彩輝を見つめた
「うん。いつまでも座ってばかりは居られない。それに後ろに何があるっていうんだアーヤん」
「そっすか。じゃ、顔洗ってきます」
うん。大丈夫そうじゃん
俺はドアを閉めて、ぴたりと立ち止まる
「何か弁明は?」
「はい。すいませんでした」
とりあえず謝っておくことにしよう
俺は顔を洗ってすぐにツキの泊まった部屋に通された
というより連れ込まれたに近い
肩に乗ったソーレは何を感じ取ったかは知らないが部屋の隅っこで俺を見ている
止めろ、そんな哀れみの目で見るな
もうだめだーみたいな目でみるなぁぁぁぁ!
いやでもまぁ、でもこうなるよな。予想はできてたわけで、いつ突っ込まれるかは気になってはいたんだ
いろいろと黙ってた事がばれちゃったわけだし
異世界から来たことや龍の神子の事
話していなかった、ゴメンですまされるような小さな事では無い
「ごめん。でもあんまり心配もさせたくなかったわけだし、何かと面倒なことになるかも知れないからさ。アルデリアに行くまでの間柄だし、そこではいさようならってなっちまうわけだし」
「人の間柄はそんなに柔な物ではありません。一度つながった糸は切っても切れない縁となると私は信じています。私は旅をしていますが、これも忘れることのない出会いの一つなんです」
「そうっすね」
「聞けばアルデリアの王室ともつながりがあるようですし。それに異世界から来た……それで迷子って言ったのね。確かに遠くからは来てるけども……」
「もう、なんっていうか、いろいろとごめんなさい」
DO・GE・TA
誠意を込めて土下座します
「顔を上げてください。私は今大変怒っています。私は嘘は、嫌いです」
「はい。改めて自己紹介します。異世界、地球の日本っていう島国の石川県から来ました、桜彩輝、いや、彩輝桜です。嘘ついたことは謝ります。ですので今後ともよろしくお願いします」
「改めまして、こちらこそよろしくお願いします。もう、嘘はつかないでください。信じたくても、信じられなくなります」
許してもらえて何より
っていうか怖かった
別に鬼のような形相だったわけでも、悪魔のような形相でもなく、真剣な真顔だったのに、雰囲気だけはそれ以上に感じられる
「かぅ〜」
「え?あ、あぁ、そうだな」
「くぁ?かぅかー?」
「ん?え?あ?え・・・・えぇっ・・・と・・・うぇ!?」
ちょ、ちょっとまて!
俺はどだどたと立ち上がってソーレに近寄る
ソーレを持ち上げて一言
「お前、しゃべれるのか!?」
「かぅっ?」
「ふぅむ……白煙上る地にて天高く架かる橋、虹を越えて空の大地へ……か」
「抽象的なのか具体的なのかよく分からないわね。白煙上る地って言うのはここの事かしら?」
「っぽいよな。じゃぁ天高く架かる橋ってのは?」
「実際そんな物は無いからたぶん何か別の物を表してるんじゃないかしら。雲とか」
「あ、じゃぁあれじゃないか?ほら、えーっとなんて言ったか、あのなんたら山とか言う火山?あれじゃね?」
「もしかして噴煙の事かしら?」
「あ、それだそれ。きっとそうだ」
俺とツキは先ほどまでとはうってかわって部屋で謎解きをやっていた
というのも何故かソーレと会話ができるようになり、そのソーレから聞いたヒントのようなものが龍の神子の使命に関係する事だからだ
ソーレに教えてもらえる事ができること、それは神獣、不死龍の居場所だ
「で、その噴煙が上った先にある空の大地ってところに不死龍は居るって事か?」
「断言はできないけど、そうっぽいわよね。比較的連想しやすい言葉で助かったのだけれど」
そう。内容からしてわかりやすかった
龍の住む地域は大陸南方のこの周囲のみであり、その中から場所を特定することはさして難しいことではなかった
故にソーレから教えてもらった不死龍の居場所のような場所は大方検討がついた
空だ
雲の上、あの大きな空の上に俺は行かないといけないらしい
っていうか飛行機もないのにどうやって空の上までいくんだよ
龍に乗せてもらうってのはまぁ無理だな。助けは貸してくれないっていっていたし
とはいえ方法は無いわけではないはずだ
とりあえず、まず最初に向かう場所が決まった
火山、そして空!!
彩輝の出身を石川にしたのはまぁ何となくなんですが、とりあえず作者の住んでるのが石川だったからです。特に深い理由はありません