『夜の風』
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
ツキが男に頭を下げた
あの後、グレイ達に囲まれた俺たちを助けたのはギルド『夜の風』だった
人数的には同行している『赤銅の器』よりも少し多い
所詮小遣い稼ぎで集まったメンバーに比べ、こちらは俺たちよりも幾分も実践を積んでいる経験者であった
『夜の風』が戦闘に割っては行ってきたことにより、一気に俺たちも反撃に出て、ツキは見事ボスグレイとの一騎打ちに勝利
ボスグレイは種類的にはグレイと同じなのだが群れの中で力を持ったグレイの一匹はリーダーとして群れをまとめる力を表現するためにその体格を変化させるという
グレイのランクはC+
ボスグレイのランクはそれよりも一つ上のB−という事になる
普通の人間なら確実にやられるレベルである
つまりそのボスグレイを倒す実力をツキは持っていたということだ
統率を失ったグレイ達は半分ほどの数を残して茂みの奥へと逃げていった
「気にすんな。人助けだよ」
男はニヤリと笑いながら剃るのを怠っているかのような髭をゾリゾリといじる
戦闘が終わって一同ホッとしたのかその場に座り込む中、こうしてツキは『夜の風』と名乗るギルドのリーダーにお礼を言っている
ガッドも荷馬車から飛び降りて二人の元へと向かっているし俺はすべてが終わったことを悟って荷馬車の影へと腰を下ろした
夜風が涼しく、冷や汗を俺は服の裾でぬぐった
ぬぐいきれなかった微量の汗が風で蒸発するその感覚が気持ちよかった
荷馬車から安全を確認した渡商人が数人出てきて、彼らもまた『夜の風』のリーダーにお礼を言った
俺はそれを座りながら見ている
ソーレは何事もなかったかのように俺の横で翼をたたんで丸くなっている
だが、そんなソーレの姿を見ても未だ俺の中には違和感が残っていた
最も、俺はその違和感を体験したことのない事態に巻き込まれたことでの不安感、解決した後の安息感とどっくんどっくんと動く心臓の音にかき消されていたことが重なって気がつくことは無かった
あー、眠くなってきた
そういやまだろくに寝てないもんな俺
まだ寝るような時間じゃなかったことと自分に振り当てられる警備の時間帯が夕食後から近かったこともあり、まだ今日は一睡もしていなかった
「はぁ・・・眠い」
このまま寝てしまったらどんなに楽か
というか寝る前に服替えたいな
自分が来ている服にはべっとりとグレイの返り血が付いている
殺したのか・・・俺が
虫や魚を殺すのとは訳が違う
同じ命を奪っているのに、何かが違うのだ
「ま、殺さないと殺されてたしな」
今の俺にはそう割り切ることしかできない
短刀についた血を俺は大きめの草をちぎってそれで拭き取る
短刀を鞘に収める
「護身用・・・か」
アルレストさんにもらった護身用の短刀を俺はジッと見つめる
身を守った
自分だけでなく、他の人も、守ることができた
それは、いいことだ
自分には何もできないと思って後方に居た
でも、そんな俺でもやらなければいけないことがあった
俺はグレイを一匹殺した
そのおかげで荷馬車に隠れる渡商人達は助かった
それでいいじゃん
俺は深く考えるのをやめにした
そこで俺は妙なものを見つける
ギルドのリーダーに向かってツキが何かを話している
だが様子からして先ほどのようにお礼を言っている訳ではなさそうだ
いつの間にか横にいるガッドも、そして話をしているツキも真剣な眼差しになっている
渡商人達も何か言っているようだが少し遠くて聞き取れない
気になった俺は立ち上がって彼らの元へと歩いていった
途中でソーレが起きあがり、翼を広げて俺の肩に留まる
「そんな・・・」
「どうしたんですか?」
「ん、アヤキか」
ガッドは顔をこちらに向けると目を細める
「お前にも関係あるからな。呼ぼうと思っていたところだ」
「え、俺・・・ですか?」
予想外にも俺に関係があるらしい
俺何かしたか?
疑問に思いつつも俺は首をかしげて男を見つめる
人相悪っ・・・
俺の一人感想としてはそう言わざるを得ない
好きになれないタイプだな
人は見かけによらないと言うので一応疑いを抱きつつであるが
「なんですか?」
「対価だ」
「対価・・・?助けた事への対価ですか?」
「あぁ。こちらとただ働きは割に合わないんでな。突然だったとはいえ依頼外の仕事だ。何か見合うものを欲しいなと思ってたんだよ」
「はぁ・・・」
「とはいえ俺たちも別に鬼って訳じゃねぇ。そこでだ、何か高価なものを一つもらいたいなと思ってる訳よ。こんな夜中に月明かりだけで突っ込むなんて自殺行為をしたわけだし、ついでに言っちゃ悪いが俺達は命の恩人ってわけだろ?見たところ渡商人の商団のようだしよ、何か持ってるだろ?」
「・・・・それで?何で俺に関係があるんですか?」
「その龍子を譲れ」
「ソーレを?」
俺は目を細める
一瞬、相手の男の欲望が顔に表れたような気がしたからだ
「あぁ。おそらくこの中で一番高価なものっていったらそいつだろう?」
確かに龍子は希少である
一般には出回らない代物のうえ、龍の子はその希少性から大金で売られるという
龍の子は9年に一度しか生まれない
龍の神子制度が人間にも知れ渡っているのかは知らないが9年で5匹という非常に少ない龍は希少すぎる存在だ
「そいつが一匹いれば何でもできる。売れば大金になるし自分たちが道具として使うことも可能だしよ」
俺はその一言を聞いてため息をついた
道具・・・か
俺自身、こいつの事をどう思ってるんだろうな。なぁソーレよ
少なくともこいつは生きている
道具じゃないことは確かだ
ツキは金貨2、30枚くらいが妥当と言っていた
この世界ではリア金貨、ベル銀貨、ルド青貨、ガル銅貨が流通している
ガル銅貨100枚でルド青貨1枚分
ルド青貨10枚でベル銀貨1枚分
ベル銀貨100枚でリア金貨1枚分となっている
大抵、民間に行き渡っているのはガル銅貨、ルド青貨、ベル銀貨である
裕福な家なら数枚金貨を持っているであろう
その中でも一般的に使われるのがガル銅貨とルド青貨である
青貨はその名の通り青い金属でできた通貨である
彩輝は出回る通貨とその値段を計算してみる
大体ガル銅貨はおよそ10円ほどに相当し、ルド青貨は一枚1000円ほどでベル銀貨は10000円ほどである
そして金貨の値段だが10000円相当のルド青貨が100あるのと同じということで一万×100=一枚百万円相当の値段が付いている
ただし元いた世界よりも物価が低いため、お金の価値が多少違うが大体こんなものだろう
金貨一枚が向こうの世界での100万円に相当するというのには流石に驚いた
そして100万×2、30枚ということでソーレの値段は大凡2000万〜3000万という事になる
確かに大金だ
めっちゃ大金や
おぉ・・・家が建つ
「お前ってなんかものすごい奴だったんだな」
俺の肩に乗る3000万
そこで苦笑いする俺を現実に引き戻したのは俺の前に立つ男が声を発したからだ
「冗談じゃない。こいつは渡せません。ていうか商品じゃないです。俺の所有物なんで」
「さっきからそうこのねーちゃんからも言われてるんだがよ、命の代償としちゃぁ安いもんだろ?渡してくんねーかなぁ?」
「勝手に助けに入ってやる事じゃないよね。でも、他に代わりになる物は無いんですか?」
俺は視線をツキへと移す
ツキはため息を一つついて後ろを向く
なんだか、自分が足手纏いになっている気がした
「とりあえず、私が持ってる一番高価な物を持ってきます。それで考えてもらえませんか?」
「そうだな、まぁとりあえず持ってこい。俺が決める」
ツキはそう言って荷馬車へと向かった
顔をしかめているのは俺だけでなくガッドも同じであった
グレイに襲われるのは予想の範囲内であった
もちろん出会わないという可能性もあったが今回はいろいろと不運が重なってしまったかのように思える
まず渡商人達が十分なギルドを雇えるだけのお金を持っていなかったこと
そのせいでギルドが一つしか雇うことができなかったことにつながった
そしてグレイの群れとの遭遇
群れにボスグレイという群れを統率するワンランク上の魔獣が混ざっていたこと
群れを率いるボスグレイが居るか居ないかでその群れの脅威度はかなり変わってくる
ボスグレイが居れば知能の低い獣であるグレイが統率を取って襲ってくるからだ
そして危機的になった俺たちを助けたのがこの『夜の風』というギルドだったこと
お金があり、十分な人数のギルドを雇えればグレイも簡単には襲ってこなかっただろうし『夜の風』に助けられることも無かった
言ったら悪いが助けられたことへの恩を要求してくる時点でろくな奴じゃないと俺は思った
「いやぁ、もっとこの辺の街道を通りたければギルドをつけるべきでしたね」
嫌味かこの野郎
ガッドも自分のギルドの事をバカにされているようで悔しかったのだろう
右手の拳をギュッと握りしめて耐えている
「もっと護衛をする実力をつけていたらこうはならなかったでしょうに」
ごもっともな意見だな
しかもそれをお前が言うか
ガッドさん、耐えれるかな・・・?
ちらりとガッドさんの顔を見上げてみたがガッドさんはニッコリと笑っていた
逆に怖いなこうなると
その妙にすがすがしい作り笑いを見たのは俺はたぶん初めてだと思う
人ってこんな笑い方できるんだなぁと俺は頬を引きつらせた
そうこうしているうちにツキさんが荷馬車から戻ってくる
その手には直径10センチほどの小さな球が乗っていた
これが一番高価な物?と疑いたくなるような物体である
月明かりを反射するその黒い球体をツキは男に差し出した
「これが今私が持っている一番高価な物です。だからこの龍の子は取らないであげてください」
はぁ・・・女の子にここまでさせるって最悪だな俺
不幸の原因の一つは俺にもあるかも知れないな
俺のソーレの身代わりに何かはわからないが高価な物を差し出させてしまった訳だし・・・
とはいってもソーレを渡すわけにもいかないしまさか実力行使で乗り切るわけにもいかない
「こいつは?」
男も差し出された物体がなんなのかわからない様子で首をかしげている
見た限りただのつやつや光る黒い球だが
「黒玉。宝玉コレクションの一つ」
「宝玉コレクションだと!?あ、あの、黒騎士の生み出した宝玉の一つだと!?んなもんなんでお前が・・・いや、そもそも本物なのかこれ!?」
なんか驚いてるな
黒騎士とか宝玉コレクションとかよくわからんのだが
「なぁ、なんかよくわかんない単語があるんですけどいったいなんなんです?」
俺は隣にいるガッドに聞いてみることにした
「ん、そういやお前は遠くから来たから知らないのか。何がわかんないんだ?」
「黒騎士、それと宝玉コレクション」
「黒騎士ってのは過去幻の話の一つなんだけどさ。大昔に何処からか全身黒ずくめの男が現れて純色宝玉って魔道具を作り出したんだ。そいつが黒騎士」
「それがあの黒い球だと?」
「さぁね。本物かどうかは俺にもわからんしな。宝玉コレクションってのは純色宝玉を指す言葉なんだ」
「全部でどれだけあるんですか?」
「いろいろと噂は飛び交ってるけど一番有力なのは7つあるって噂かな」
「へぇ・・・・具体的にどんな魔道具なんですか?」
この世界でいう魔道具とはマナを取り込み魔力を生成することで何かしらの効果が現れる道具の事を言う
マナの吸収はキースイッチと呼ばれる言葉により行われる
マナを溜め込んだ魔道具はそのマナを魔力へと変換し、その魔力を消費して効果を発動させるという代物のことを魔道具という
「キースイッチは『黒翼の堕天使の黒光』」
ツキがそうつぶやくと黒い球は光輝き、そしてその周囲を黒い靄のようなものが覆い隠してしまった
黒い球は差し出す手の中へと同化していく
黒い球が完全にツキの手の中に埋まってしまい、それと同時に妙な靄がツキの周囲を取り巻いた
「能力は闇に紛れる事ができる事と黒翼を使えること」
「黒翼だぁ?」
「今見せる」
ツキはそう言って目を瞑った
周囲を取り巻いていた黒い靄がツキの体をつたい、背中へと集まる
集まった靄はゆっくりと翼の形を作り出しながら大きくなっていく
最終的にツキの背中には黒い靄でできた翼が現れた
黒翼には羽も毛も艶も無く、ただ翼としての形を保っていた
「飛べるけど、私は上手くないから好きな風に練習して使うといいよ」
「どうやら本物みたいだな・・・まさかこんなところで純色宝玉の黒玉に出会えるとはな。世の中捨てたもんじゃねぇな」
「そうですか。黒翼の堕天使の黒光」
ツキはそう言って手から再び黒い球を捕りだした
手のひらからずぶずぶと現れたその球をツキは男に渡す
「んまぁこれでもいいか。こいつも十分な値段するわけだし、今回はこれで勘弁してやるよ」
「どうも」
「い、いいのか?」
「問題ありません。どうせあんな高価すぎるもの、売れませんよ」
「嘘つけ、純色宝玉なら国レベルで珍しいもの好きな王族や貴族が勝手に買い取ってくれる値段まで上げてくれただろうに・・・」
「すぎたことは気にするなってか?」
「まぁそんなところね」
「んまぁいいぜ。これで手を打とう。じゃぁな」
男はそう言うと球を持って仲間達とさっさと切り上げてしまう
「あいつら盗賊って名乗り直した方がいいんじゃないですか?」
「んー・・・かもね。グレアントの王都についたら手配書はったほうがいいかな?」
「知るか。好きにしろよ」
あくびをしながらガッドさんは寝床へと戻っていった
どこからどう見ても不機嫌丸出しだ
さて、じゃぁ自分もそろそろ寝るかな
あくびをして背伸びをした俺を突然ツキが呼び止めた
なんだと思い後ろを向く
「別に気にする事じゃないから」
「・・・・ありがと」
俺はそう言って寝床についた
とっくに俺の警備時間は過ぎているのだ
翌日、俺たちは準備を整えて移動を再開した
朝食には軽く乾燥食品をいただいた
何かの干物のようなもので何を干したのかはわからないが噛めば噛むほどいい味が出てくる
にしてもなんなんだろうなこれ。トカゲか?
俺は歩きながら最後にもらった一匹の尻尾をつかんで目線の高さまで持ち上げる
尻尾を摘み、足は固まった状態なので逆さまになっても微動だにしません
油断したらソーレが飛びかかって横取りしてくるのだが今ソーレは就寝中
今回特に彼の活躍は無かったが生まれたばっかりのこの子には少し辛かったかも知れないなと思い俺はソーレを優しく抱きかかえて荷馬車に腰掛けている
にしても、未だに脳内では昨日の出来事が頭を駆けめぐっている
城下に出たと思ったら突然龍の襲撃にあい、連れ去られた俺は龍の神子になっていて妙な使命を背負わされていた
山を下りようとしてグレイに追いかけられ、助けてもらったと思ったら今度はその倍以上のグレイに襲われて
通りがかったギルドに助けられたと思ったらなんだか盗賊みたいな真似をしてきて何か彼女にとって大切なものを奪われたような気がする
それが俺が居たせいでソーレの代わりに差し出すという形になった事も頭の中で渦巻いている
自分が居ても居なくてもあの黒い高価な球を渡すことになっていたとはいえ、自分のせいのように感じてしまう
守れたのか、守れなかったのか
最悪の結果だったのか、最良の結果だったのか
俺の左手は無力だったのか、それとも・・・・
彩輝はため息をつくとゆっくり揺れる荷馬車の横から顔を出す
籠もった空気が一新されて清々しい空気が彩輝の喉を潤す
荷馬車の中にも窓のようなものがついている
窓といっても四角く壁をくりぬいた場所に布をかぶせただけの小さなものである
前方に広がる大きな壁が見えてくる
国外からの侵略や魔獣などから都市を守るためにそびえるその石垣は高々とそびえ立っている
小さな川にかかる橋を越えて荷馬車はゆっくりとその大きな都市へと近づいていく
グレアント聖王国王都、リッドクルス
それがあの巨大な都市の名前である
あの壁に守られた奥にはいくつもの家や店が建ち並んでいることだろう
そしてここからでも見える、その大きくそびえ立つ城には一国の主が居るのであろう
そして彼女もあそこに・・・
鳥たちが空を飛び交っている
緑の草木が風に揺れている
到着まで、残り1時間もかかるまい