『ヴェント街道での出会い』
俺は今、山の林を駆け下りている
肩には先ほど孵化したばかりの龍の子供がのっている
雨と風が体を打ち付けながら、茂みを掻き分け全力疾走している
不死龍の居場所はこの肩に乗る龍が知っているというが、まだ会話という会話をしたことがない
そしてその理由というのが今俺が全力疾走しているからだ・・・だと思う
それか生まれたばかりで言葉を知らないのかのどちらかだろう
本当ならば龍に頼んでこのオラージュ山脈の麓の街道まで送ってもらう予定だった
が、実は龍の神子は使い魔を孵化させた瞬間から龍族の助けを借りることができないというのだ
掟だなんだと、とりあえず従わなければいけないなと思った・・・というか恐かっただけだ
おかげで雨の降り続くこの山を歩いて下りることになったのである
どうせびしょ濡れになるのだし、風も強いので歩いて麓まで行きたかったのだが、予想外の事態が起こったのだ
それは山の中腹あたりまで来たところで起こった
突如現れた魔獣に囲まれたのだ
雨と風の音で近くまで接近していたことに俺は気がつけず、気がついたのは龍の子供が警告の鳴き声を発した時だった
周囲を見渡した俺はそこに数体の魔獣の姿を見つけた
その時点でかなり接近されていた為に、俺は驚いた
茂みに隠れていたものの、何とか肉眼でそれを見つけた俺はダッシュで山を駆け下り始めた
木々を避けつつ、ぬかるんだ足場に注意する暇もなく走った
ブルーの毛が茂みから飛び出して走って追いかけてきた
何度か転びそうになったが何とか持ちこたえながら走る
そして今に至る
高いところには確か龍が居た
頂上は今よりも雨風が酷かったために、元々生物が生活するような環境では無いのだろう
そこに住めるのは、荒れ狂う嵐に適応できる龍のみ
そしてその下に行けば魔獣のテリトリーが広がっているのは明らかだ
上に住めないのだ。下に住むしかない
それはまるで食物連鎖のピラミッドのようだった
「どこだここぉーーー!?」
と俺は叫びながら駆け下りていく
迷子なのかも知れないが下に向かって走り続けているのだからそのうち平地に出るだろうと思っている
すくなくとも、足場の不安定な相手の庭で相手しようなんて考えていない
そして気がつけば雨も風も止んでいた
俺は突然平坦な足場が変化したことに驚いて、逆にバランスを崩して転倒した
ごろごろと転がった俺の服は濡れた上に地面の砂をくっつけてどろどろになっていた
靴の中の靴下までびちゃびちゃになり、俺は一度呼吸を整える
しかし、四つんばいになって息を整える俺を魔獣達は待ってはくれるはずもない
いつの間にか追いついていた魔獣の姿はまるで日本の図鑑で見たオオカミのようだった
犬に似ているが、野良犬とも違うオーラが漂って見える
それにこれは前に見た異世界の魔獣図鑑のようなものに乗っていた気がする
ただ名前までは見ていなかった
濃い群青の毛並みは水を弾き、並んだ牙に水が滴る
俺を取り囲んでうなり声を上げる魔獣は4匹
四方を囲まれており、俺はどうも逃げられそうに無い
やばいやばいやばいやばい・・・なんかこう、ありがちなパターンだ・・・
物語が始まったばかりでレベルの低い主人公を襲うピンチ
展開的にはそのあとに誰かが助けてくれるといった展開が待ち受けているはずだがそんな訳無い
現実は甘くないのだ
「現実を見ようね俺♪って語尾に♪つけてる場合じゃねーよ!!」
一瞬、自分でも本気で頭が逝かれてきた瞬間だと思った
そんな俺に、魔獣達は容赦なく一斉に襲ってきた
俺は叫びながら左手で短刀の柄を握り、刃を抜いた
が、それが獣を斬る事は無かった
ドドドッ
何かが刺さる音がする
左右、それと正面に居た3匹の魔獣が飛びかかった体勢のまま、刺さった矢の勢いでバランスを崩した
左の奴は体勢を崩して俺の後ろの方に落ちる
右の奴も同じように体を反らせて地面に落ちた
前方に居た奴の右前足に矢が刺さっているのが見え、とりあえず前屈みになった魔獣避けるために前方回転する
すると後ろから飛びかかってきていた魔獣とぶつかり、二匹は地面に落ちた
そしてへたり込んだ俺の前方から男女が走ってきた
俺が振り返るとそこには倒れた魔獣にとどめを刺す二人がいた
よく見ると前方にはダトルに惹かれた荷馬車のようなものが3台あった
どうやら突然のことでパニックを起こしていた俺はその荷馬車が見えていなかったようだ
確かに妙なことを口走っていたりしたしな・・・俺
「大丈夫かい君?」
俺に先ほど駆け抜けていった男女のうちの男の方が声をかけてきた
手をさしのべられて俺はその手をつかんで立たせてもらった
「いやー、驚いたね。突然林から飛び出てきたと思ったら後ろからグレイが四匹も出てきたんだから!さすがに一人で囲まれたらあれは無理だよなぁ」
「はぁ・・・。あの、危ないところを助けて頂けてありがとうございます」
「いやぁ、なんのなんの。ほら、頭あげて」
俺は頭を上げてその人の顔を見る
急所以外の部分に防具はつけておらず、背中には矢筒が見える
手には弓。ということは彼が先ほどの矢を放った人物なのだろう
「それにしても酷い格好だねぇ。何があったのさ?」
「え?っと・・・」
たぶん龍の神子の話はしない方がいいと直感的に思った
ん、龍?
そこで俺は肩に居たはずの龍の子が見つからないことに気がついた
「あれ?・・・あれ!?」
当たりをきょろきょろと見渡すが何処にもその姿は無い
・・・・・ソーレが居ない・・・
ソーレ
それが俺があの龍の子に名付けた名である
イタリア語で太陽を意味するソーレからとったのだ
大きく、暖かく、そして大きな力の意を込めた
鱗が紅く、俺にはそれが太陽の色のように感じられた
ちなみに雌だ
と、俺が当たりを見渡してソーレを探していると茂みの中から首だけを出してこちらをのぞき込むソーレを見つけた
ホッと落ち着いて俺はソーレに歩み寄る
ソーレは茂みから飛び出してきた
ソーレは小さいながらも広げると直径5、60センチになる翼で空へと飛び上がり俺の方へと飛んできた
俺はソーレを肩に乗せる
ずっしりとした重みが体に伝わり、軽くかぎ爪が痛いと思ったので後で何か餌掛け(えがけ)のようなものが居るかも知れないと思った
あれ?餌掛けって手につけるものだったよな
それだと少し小さいから肘当たりまでのものを作る必要があるかも知れないな
「それ、レッドテイルか!?しかもシェレンフェル種の子供じゃないか!?」
「え?」
驚いた男がソーレを指さした
「シェレンフェル?レッドテイルにも何種類かいるのかな?そうですけど?」
「な、なんでそんなに君になついているんだ・・・?」
「なんでって・・・」
どうやって説明したものか・・・
龍の神子なんて話をしても信じてくれるとは思えないし・・・うーん
とりあえず俺は無難に、山の中で餌付けすると懐かれたと説明しておいた
「そ、それにしても・・・・・・」
男はまだ何か言いたそうな顔をしていた
が、次の言葉は出てこなかった
代わりに俺の後ろから声がかかる
「それ、龍の子供?」
「え、あぁ」
俺はうなずきながら後ろを見る
そこには同年代くらいの女性が立っていた
左手には薙刀のような武器を持っており、右手には先ほど殺した魔獣から剥ぎ取った毛皮が握られている
服や手がまだ死んで間もないグレイの血で染まっている
「珍しいね。君が飼ってるの?」
「え、あー・・・まぁそうなる・・・のかな?」
「いい値段したんでしょうね。金貨2、30枚くらいが妥当かしら。どこかの貴族なの?」
「え、あ、いや・・・」
「いやさ、こいつ山の中で出会ったんだとよ・・・ありえねーよな・・・こんな希少種に好かれるなんてよ・・・」
「あ、うらやましいとか思ってるんでしょう」
「ばっ、ち、ち・・・・・違うと言い切れないぜ・・・」
「とりあえず質のいいグレイの毛皮四枚も手に入ったんだし、幸運だったわ。最近高騰中だったからいい値段になる」
少女はそういって後ろに止まる荷馬車の方へと歩いていった
荷馬車にグレイの皮を置きに行ったんだろ
「ま、理由はなんにせよ、命が助かって良かったな!」
背中を容赦なくバンバンと叩いてくる
俺はもう一度お礼を言ったところで交渉に入る
「あの、この荷馬車って何処に向かってるんですか?」
「ん?これか?今はグレアント王国に向かってる最中だな。行商人の一団ってところかな。で、俺は警備を頼まれたギルドのリーダーってところだ」
「ギルド・・・・とことんしつこいけどゲームかよ・・・」
小声でボソリとつぶやく俺
いやまぁ昔は外国でもギルドとか合ったよなぁ
俺は前に見た異世界の地図を思い出す
たしかグレアント王国はアルデリア王国の東側にあったよな・・・
間には大きな山脈が・・・・
彩輝は遠目でアルデリア王国の方向を見つめる
うっすらと霞がかかっているが連なる山々が見える
たしか街道は大きく山脈を迂回していたはずだ
で、現在地がオラージュ山脈の麓でこの街道がグレアント王国につながっているのだとしたらここはヴェント街道という事になる
彩輝は頭の中からうっすらと記憶している街道の名を引っ張り出してくる
で、彼らが歩いてきた方向から考えるとどうやらリーナから来たようである
とにもかくにも、大きな山に囲まれているアルデリア王国まで、かなり遠いという事がわかった
「遠いなぁ・・・」
遠くを見つめる俺を見て男が聞いてきた
「ん?どこか行くところがあるのかい?」
「え、まぁ・・・。アルデリアまで行きたいんですけどそこまで行きますかね?」
「うーん・・・グレアントでの滞在は一月ほどだしなぁ・・・それからの出発でアルデリアに行くかファンダーヌに行くか決めるのは俺じゃないしなぁ・・・」
この先、街道は二つに分かれる
一つは山を迂回、洞窟を越えてアルデリア王国へと続く街道
もう一つはそのまま平坦な道を歩き続けてファンダーヌへと続く街道
そしてグレアント王国から出発するのが一月
うーむ・・・時間がかかるなぁ・・・
とりあえずグレアントまで行って、そこからはまぁ何とか考えるか。グレアントには確か一条さんも居たはずだしどうせなら会っておきたいんだよなぁ・・・
「アルデリア王国に行くの?」
「え?」
聞き耳でも立てていたのか突然先ほどの少女が話しかけてきた
頭にはゴーグル
髪は肩にとどくかとどかないかの当たりで風になびいている
先ほどの持っていた薙刀のような武器は持っていないので先ほど持っていたグレイの毛皮と一緒に荷馬車に置いてきたのだろう
「おー、そういやお前はアルデリア王国まで行くんだったな!」
「えっと・・・」
「紹介しよう、っとその前に遅れた自己紹介もしないとな。ガッド・グンデルト。ギルド、『赤銅≪しゃくどう≫の器』のリーダーだ。そしてこっちは商人のツキ・ルベル」
「ツキです。よろしく。早速だけど私と一緒に来ない?」
「利害が一致するんですか?見ず知らずの人を信用するような理由くらいあるでしょう?」
「んー・・・実はですね、十分な資金がそろわずにギルドを一つしか雇えなかったんです。それであなたを引き込もうかと・・・一応は武器を持っているようですけどあなた戦えるんですか?」
「ん?あぁ、これ?」
すらりと銀の刃を抜く
「名は無いです。それに護身用。警備をさせるにしろ俺には正直なところ魔獣なんかと戦えるとは思えないよ?」
それに魔獣と戦ったことがない。つまり経験値ゼロな俺がそんな警備に向いているとは思えない
そんな初心者な俺を本気で雇う気でいるのだろうか?
「ところでお前、何処の人間なんだ?珍しい髪と目の色をしているが・・・」
やはり黒髪黒眼は珍しいのだろうか
さて、どう返答したものか・・・
これもまた真実を言っても信じてもらえるとは思えない
「えーっと・・・結構遠くから来たばっかりなものでこの辺の地理に詳しくなくて・・・えっと、で、道に迷ってこの山で迷子になっちゃってたところなんです」
「ふーん・・・そう」
「で、どうするよ?入る?入らない?一人旅なら家の事を心配する必要は無いしさ」
そう・・・だな
家かぁ・・・
帰るべき場所
今でもそこが俺の帰る場所なのだ
心配じゃないといえば嘘になるけど、そんなことを考える必要は無い
俺は俺で今を精一杯生きるのみ!
「行きます。とりあえずはグレアント王国まで」
「よーし、旅仲間が一人増えたぜ皆の衆!!」
「とりあえず、服を着替えてください」
俺の服は、どろどろだった
忘れてた。どうやって洗おうこの服
「うむ、黒髪黒眼は初めて見るがなかなかに似合うじゃないか」
俺は荷馬車の中から売り物にならない商品の一つである古い服を借りて着ることになった
服はそのうち川か何かで洗うことにしてとりあえずベルトだけを抜き取った
それと携帯音楽器を城に置いてきておいて良かった
そうでなければ雨で濡れて水没していたことだろう
ベルトを腰に巻き、下げ緒を結び直す
ソーレは今も俺の肩の上にのっており、下げ緒を結び直す光景をおもしろそうに見つめていた
「さて、では改めて自己紹介しようか。『赤銅の器』リーダーのガッド・グンデルトだ。よろしく」
差し出された手を取り、握手をしながら今度は俺が自己紹介をした
「彩輝桜です」
なんだか異世界に来て名前を逆さまに言うことにも少しずつなれてきた
最初の方はやはり違和感が残っていたがようは慣れということか
「アヤキ・サクラか。年は?」
「17です」
「若いっていいなー。俺は23で独身である」
ばーんと胸を張って独身を強調した
「とりあえずは俺たちは歩いて移動する。警備だからな」
「疲れませんか?」
「これぐらいで疲れるようならギルドはやっていけんぞ」
「はぁ・・・」
「とはいえさすがにずっとそれだといざというときに力を出せないからな。ギルドメンバーが半分に別れて片方は荷馬車で休んで交互に警備をしてるんだ」
「あー、なるほど」
「一日三食は確保してやろう。それと夜の警備は睡眠を取りながらギルドのメンバーと交互に行う」
「あれ?そういえばさっきのえっとツキさん?あの人って商人なんですよね?なんで武器持って前衛だったんですか?」
「彼女?あぁ、彼女は魔術師でもあり、少し前はファンダーヌの騎士見習いだった時期があるんだよ」
「ファンダーヌの?」
「たぶんこの中なら俺の次あたりに強いんじゃないかなぁ?魔術師自体も希少だしね」
「なんでやめたんですか?騎士」
「さぁね?本人に聞きな」
ガッドはピョンと荷台から飛び降りる
大きく声を張り上げギルドのメンバーに休憩の終了を伝える
ギルド『赤銅の器』のメンバーはおよそ10人前後くらいの少人数ギルドのようだ
「お前も飯と寝床と安全をもらってるんだ。警備とかはしっかりしろよ。とりあえず今は休め。さっきまで結構運動してたみたいだからな」
お礼を言って数分後、俺はドッと押し寄せた眠気に負けて荷馬車の揺れを無視して昼寝を始めた
人と出会えるとは思っていなかったししばらくは一人で食べるものもなく歩かねばならないのかと思っていたがこうして仮住まいも手に入れた
ラッキーと言うべきか
現実はちょっとだけ甘かった