『事後報告』
エピローグ
「ゴメン、俺今彼女がいるから」
お辞儀をして屋上から出て行った一年の女子を見送りため息をついた。
丁度メールが届いたようで携帯電話が振動した。
結論から言うと約一ヶ月程俺達は行方不明になっていたらしい。
突如バス、そして乗客が丸ごと行方不明になってしまえばもちろんニュースにもなる。
結構全国規模で報道なんかもされていたらしい。
といっても、これでもまだマシだったと俺は思っている。
二つの世界は時間流れるスピードが違う、というのが稲田さんのたてた推論であった。
推論というだけでそれを確認する術はない。
寧ろ何十年も先の世界に戻ってきたり、何十年も昔の世界に戻ってきたりせずによかったと思う。
それを考えれば一ヶ月の誤差は大したものではない。
とはいえ、皆それぞれ一ヶ月も行方不明になっていた理由をでっち上げるのは大変であった。
バスジャックや事故で海に沈んだとまで噂されたのだ。
心配を掛けたぶん、嬉しかったと同時に申し訳なくなり、言い訳がなんだか心苦しく感じた。
とりあえず、趣にはバスジャックされたあと、目隠しをされて何処かに連れ去られ、一ヶ月後何故か能登半島の先っちょで解放されたという口裏合わせが行われた。
全員が異世界に放り出されたと証言したところで、それを信じる人はいないし、そういう事を想定した社会システムなど皆無であるからだ。
一応警察の方にも色々と事情聴取をしたが、何処まで本気にしているのかは定かではない。
警察の方でも何処まで察したのかは不明だが、拉致監禁された割には誰一人として容疑者を責めたり早く捕まえろとすら言わない。
あげく人数も不明、不自由な生活を送っていた訳でもなく、犯人からの要求も何一つ無いうえ証拠や手がかり一つ出てこない。
異例すぎる事態に警察も困惑しだったが、一種の集団催眠ではという結論に達したようだ。
マスコミには事件の経過に対する報道の規制がかかり、次々に起こる事件や芸能ニュースに上塗りされた結果いつのまにか警察内でも事件は解決したという事になったらしい。
おかげでよくテレビで被害者に付きまとったりするようなマスコミは誰一人として現れなかった。
後々事件を掘り下げる人が現れるかもしれないが、忘れたの一点張りでいいだろう。
それと同時に学友や友人への言い訳が大変だった。
もちろん、本当に信頼できる人達には真実を告げようという結論には達し、それぞれが信頼できる相手に温もりを求めたのは言うまでもない。
『今日もお主は暇そうじゃのー』
「……暇じゃねーよ」
メールの内容を読み終わり、パタンと折り畳みの携帯電話を閉じてポケットに入れると、缶コーヒーの最後をズビビと啜りゴミ箱に放り込む。
最近はすっかりと冷えてきた。
屋上にカランカランと空き缶の音と風の音が響いた。
すると肩に座る小さな少女がケタケタと笑う。
『天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ乙女の姿しばしとどめむ。勿体ないのう。かわいいおなごを振って楽しいか彩輝よ?』
「あーもー五月蠅いなぁ。いくら神様でも鬱陶しいぞススミ」
ススミと呼ばれた少女は笑いながら肩から頭の上へと上ってくる。
小さな貝殻の髪留めで髪を括るポニーテールの少女はぺちぺちと頭を叩いてくる。
『よいではないか。若者をいびるのが年上の楽しみぞ!』
「嬉しそうに言うな。これでも心苦しいんだぞ」
『すまんすまん。ここは誠実と褒めるべきであったな!』
ここ最近、こちらの世界に戻ってきてから何故か告白されることが増えた。
というかこれまでがゼロだったのだから正直自分でもどうすればいいのか分からないくらいだ。
「なんかお前変わったよな」と言ったのは後ろの席の友人である。
「なんだよ和倉」
「雰囲気的なものかな。ほら、可愛くても付き合いたいとか可愛くなくても付き合いたいとか、そういうのってあるだろ?ちょっと街を見渡してみろ。美男美女のカップルなんてごく一部じゃん」
それを美人と付き合っているお前が言うか。
雰囲気が変わったと言われても、いつも通り過ごしているだけだぞ。
「っていわれてもなぁ……よくわからん」
「お前なぁ、美人で年上の彼女が居るからそんな贅沢言えるんだよ。年上と付き合うとそういうの変わるのかねぇ。なんか以前より大人っぽいというかなんというか」
「そういうお前も、気が強くて可愛い彼女いるだろ。そんな事言うと殺されるぞ?」
「話をずらすなよ。お前が何でもててるかって話だろ。ま、ツンデレで可愛い彼女はいるけどねー」
俺からすれば、お前の方がデンジャラスな橋を渡っているよ。ほら、後ろに――
「へぇ、そうなんだ海翔くん」
「げっ!」
「げって何よ!」
海斗の後ろに立っていたのは別の学科の女生徒で海翔の彼女である。
まぁ言ってみれば客観的に言って美人の部類に入る人間だ。
黒く、長い髪は唯に何処か似ている雰囲気の女生徒が海翔の耳を引っ張って教室を出ていった。
随分と無口だった女子が喋るようになったものだと彩輝は大きくあくびをし外を眺めた。
『あの二人は相変わらずじゃのー』
俺の頭の上であれこれ騒いでいるこいつは、これでも立派な神なのだそうだ。
名を美穂須須美命と言うらしい。
長いからススミと呼ぶことを特別に許されている。
彼女曰く、当初は敬意をもって接していたので許してくれていたが、慣れた現在では酷い扱いである。
つまんでは壁に放り投げるレベルの扱いだ。
後ろの掃除用具で野球をやっている男子どもになげつけてやろうか。
とりあえず特大アーチは約束されている。
本当に、なんでこんなのを拾ってしまったのか。というか本当に神なのかすら怪しい。
最近はよく学校までついてきて、今のように俺の学生生活を観察をするのが日課になっている。
こんな日常が幸せと感じるのは、やっぱり異世界に行ったからだろう。
頭の上の非日常は置いておいて、だ。
高校二年もあと僅か。来年になると受験勉強に追われる日々になろうのだろうか。
あまり実感は湧かないが、俺は高校生なのだ。
あまりにも、非日常に接していた時間が長すぎて日常に退屈してしまうのは異常なのだろうか?
普通に卒業して、進学して、やがて大人になって、死んでいく。
あちらと同じ理の世界だというのに、何故か比較してしまう。
結局こちらの世界に戻ってきてから魔法は使っていない。
一応こちらの世界でも魔法は使えるらしかったが、使わぬが吉であるし使う必要もない。
誰かのモルモットになるつもりも、有名人になるつもりも無い。
やがて日が傾き、辺りが暗くなってくる頃に俺は校門へと向かう。
外を見れば走っている陸上部やノックをしている野球部が見える。
反対に教室を覗けば謎の実験やお絵かきをする文化部があった。
帰宅部というのは自分でも正直どうかと思うが、こちらの世界に戻ってきてからというものそういった活力が湧かなくなったのである。
無気力人間とはこのことかと自分で思うことも少なくはない。少なくとも自覚はしていた。
と、校門に見知った顔を見つけた。
校門の外でベージュのパーカーを着た一条さんがいた。
「よっ、アーヤん。ススミンもおひさ~」
「唯さん」
『おー、ゆいゆいおひさー!』
……こいつは本当に神なのか?
校門を抜けたあたりで隣を一緒に歩き始めた唯がため息をついた。
「さん付けはいいって言ってるでしょ!」
「だって、なんか年上だからつけないとしっくりこなくって……」
「一応彼女だよね私?」
「う……」
それを言われると辛いものがあるが、年上にさんをつけるのが当たり前だったからついさん付けしてしまうのだ。
笑うなススミ。
「まぁいいわ。今日はそんな事言いにきたんじゃないし」
「そうですよ。何だったんですかあのメール。放課後時間とれるかって」
せめて用件ぐらいは書いておいてくれてもいいと思う。メールってそういうものだと思う。
まぁどうせ帰宅部は暇でいる事が部活動なのだから用事など何も無かったのだが。
「あー、うんとねススミンにも関係あるんだけど稲田さんに鏡と勾玉の欠片を渡したじゃない?」
「稲田さんから連絡が?」
こちらに持ち帰った三種の神器の欠片は、稲田さんが詳しく研究したいという知り合いの学者に譲ったらしい。
俺がこの神様が見えているのも、三種の神器の力を扱った事があるかららしい。
もはや力を失い、ただの鏡と翡翠の勾玉に戻ってしまったが考古学者にとっては貴重すぎるものだ。
もちろんこちらの世界には今も三種の神器がおさめられているとされているため、公にはしないという条件で調査を進めたらしい。
「こっちに来る前に千尋ちゃんに色々稲田さんが歴史のことを聞いたらしくてさ、それも含めて調査したんだって」
「あの人国語の先生じゃなくて歴史の先生なんじゃないの?」
「色々あったらしいよー。学生時代の彼女が歴史のテストがトラウマだったとかで資格を諦めたとかなんとか。それでさ、出たんだって」
「出た?何か出土したわけ?」
「うーん、来てからのお楽しみって言われたんだけどねーなんでもびっくりするから彩輝くんも是非呼んでくれってさ」
「……連絡先知ってるんだから直接連絡してくれればいいのに」
「まぁまぁ、おかげでアーヤんと会う口実が出来たんだから、私は満足よ?」
「むぅ……」
ギュッと腕を掴まれ、上目遣いなんかをされれば流石に照れてしまう。
その様子を見てクスクスと頭の上で神様が笑う。
悪かったな、こういうの慣れてないんだよ!
街の中心地……の裏路地にあるとあるビルの三階。
「ここ?」
「らしいね」
ドアをノックすると何故か神原さんが出てきた。
「あれ神原さん!?」
「やあ、久しぶりだね二人とも。入って」
中に入れて貰うと、心地よいコーヒーの香りが漂ってきた。
奥には手を挙げてニッコリと笑う早苗さんがいた。
その横には稲田実、その膝の上には稲田夕日が座っていた。
横にランドセルが置かれている事から学校帰りなのだろう。
「いらっしゃい」
「あ、どうも」
「こんにちは。稲田さ、あ、ご結婚なされたんですよね。おめでとうございます。健次郎さんは?」
実さんが頭を下げ、二人は挨拶を返す。
こちらに帰ってきて一通り身辺が落ち着いた頃、健次郎さんと実さんは籍をいれたのだとか。
連絡だけは受け取って知っていたので、途中街でちょっとした結婚祝いを買ってきた。
唯さんがポーチから小さな箱を取り出し、実さんに渡す。
「あら、ありがとう。主人はまだ学校でね、もう少ししたら来るらしいから座って待ってて」
「あ、ありがとうございます」
「む、また新たな顔が増えたな」
扉を開けて入ってきたのは白衣を着た中年の男性であった。
少しずんぐりとした体型だが、何処か渋さを感じるその人はメガネ慣れた手つきで外して白衣の胸ポケットに滑り込ませた。
「僕は倉崎というしがない大学の教師でね、主に日本史の事を生徒に教えているんだ。稲健が来るまで適当にくつろいでいてくれたまえ」
「いなけん……健次郎さんの事ですか?どういう間柄なんですか?」
倉崎と名乗った男性はオレンジジュースを取り出し、部屋の奥、窓際の自らの席に腰を下ろす。
「稲健とは高校時代の同級生でな、歴史好きとしてお互いどつきあったものさ。特に天皇のルーツや三種の神器についてはよく言い争っていたのを覚えているよ。敵というよりライバルみたいな感覚をお互い持っていたんだろうな。道は違えど、あいつとはよく連絡を取り合っていたよ。もちろん君たちの事もよく聞いてるよ」
稲田さんは、この人に三種の神器の欠片を渡す上で異世界の事を話したのだろう。
「ま最初は半信半疑だったよ。お前頭でも打ったかってね。でもまぁ奥さんも同じ事言ってるし、何より空白の一ヶ月、そして三種の神器の欠片とかいうものを手みやげに、異世界の話をあそこまで詳しく話されたら辻褄は合わないことは無いと思ってね。それが例え妄想でも夢のお告げでも裏取引でも、まぁなんでもいいかと思ってね。ま、集団催眠にしちゃ利益の無い催眠だし、今は信用してるよ」
「あはは、私も実は色々お土産に持ってかえっていてね、写真やらなんやらって見せたら一発で信用しちゃってね」
そう言って笑う実さんだったが、オレンジジュースを飲む倉崎さんは何故かむせていた。
「そりゃさ、今はCGとか現代技術が発達してるとはいえ、魔法を目の前で見せられたら信じざるを得まい……」
「え、実さん魔法見せたんですか!?っていうか使えたんですか?」
「まぁ、あんまり素質は無かった見たいなんだけどねぇ。ちょこっとだけ練習したのよ」
あー、そりゃ信じるか。
「百聞は一見にしかずとはよく言ったものだよ。昔の人は言いたとえを言う」
「やあ、遅れてすまない!」
「あ、お帰りなさい」
「お帰りおとーさん!」
「おー、夕日、ただいま」
ぴょんと実さんの上から飛び降り、夕日ちゃんが稲田さんに抱きついた。
夕日ちゃんは異世界での事を殆ど覚えていないらしい。
覚えているのは千尋ちゃんの魂が抜け出て夕日ちゃんの魂が戻ってきてからだという。
目覚めてから戻ってくるまでにあまり時間はたっていなかったので、記憶はあるが一緒に旅をした時の記憶なんかは残っていないらしい。
まぁその方がまだ幼い彼女にとってはいいだろうという判断だった。
「それじゃあ、ちょっと夕日と出てくるわね。ゆーちゃん、ケーキ屋さん行くけど、一緒にくる?」
「ケーキ!好きなの買っていいの!?」
「ええいいわよ。じゃあ貴方、先に戻ってるわね」
「ああ、すまないね」
「じゃあ皆さん、お先に失礼しますね。みんなの元気な顔を見られてよかったわ。あ、彩輝君と唯さん、お祝いありがとうね」
「マーマー!はやく行こう!」
「はいはい。では」
実さんは最後に一礼だけして夕日ちゃんと一緒に部屋を出て行った。
「いやあ、遅れてすまない。これで全員かな?玄元くんと佐竹くんは仕事の都合で来れないらしいからね。まあ、彼らには後で話そうか」
「あの、今日は一体どういうご用件で?」
「ああ、ちょっと事後報告をしておこうかと思ってね」
「事後報告……ですか?」
首を傾げる四人に、倉崎さんが立ちあがる。
机の上に二つの小瓶を置いた。
「神原君、小田原君、資料提供に感謝する……と私の友人が言っていたよ。もちろん研究はしたが公表はしていないよ」
二つの小瓶の中には透き通る氷の欠片と燃えさかる炎があった。
二人は顔を見合わせ、それぞれ小瓶を手に取った。
早苗さんがフッとビンの中に息を吹き込むと炎は消えてしまい、神原さんがパチンと指を鳴らすと氷は消えてしまう。
その様子を見て倉崎さんは目を丸くする。
「驚いたな。どちらも友人が消せない溶かせないと頭を抱えていたというのに……。モース硬度はダイヤモンドを超え温度は絶対零度よりも冷たい氷に、燃焼物が無くとも酸素を無くしても土に埋めても消化器をぶつけても消えず数値上では五千度を超えているはずなのに全く熱くない炎。あいつらも流石に壁に頭を打ち付け始めたらから流石に止めたが……何てものを持ってくるんだって言われたよ」
苦笑いを浮かべながら倉崎さんは言った。
どうやら神原さんと早苗さんが魔力で産みだした氷と炎を倉崎さんの知り合いの研究者が調べたらしい。
「まぁ、結論分かったことは通常の炎と氷じゃないということぐらいだ。有効活用できるなら技術革新が起こるだろうな。それはそれで恐ろしい事だがな」
「そうでしたか。何かお役に立てばと思ったのですが」
「ま、長いスパンで考えよう。急いては事を仕損じるってね、急ぐ事じゃないさ。さて」
小瓶を棚へと戻した倉崎さんは次に俺と唯さんの方を向いた。
「次は君たちの番だね。砕けた三種の神器、八咫鏡と八尺瓊勾玉の件だが面白いものが見つかったんだ」
「ああ。勾玉と鏡の欠片の材質の成分から大まかな場所を特定した。玉は恐らく新潟の糸魚川で作られたものだと思われる。砕けたのが勿体ないくらいに大きかったそうだな。知り合いも嘆いていたよ。そして鏡の方だが、まだ鏡ってのは決定的な説が出て無くてな、一応調べたんだが詳しくは分からなかったよ。一応三角縁神獣鏡に近い作りらしいが形も描かれた神獣に関してもこれまで出土したものとは全く違うものらしい。ただ製法や年代に関しては分からなかったが、皆がせっせと拾い集めてきてくれた価値はあった」
鏡も勾玉も割れたとはいえ、一応三種の神器なら持ち帰る必要があると稲田さんが力説したので空いたバッグに詰め込めるだけ詰め込んだのである。
そう言って割れた破片を元の形に並べた写真を引き伸ばしたものを取り出し、机の上に広げた。
「神獣を象ったと思われるもの、そして玉を象ったと思われるものがあるだろう。玉に関しては分からなかったがそれらを守るように描かれた神獣は恐らく、龍、馬、魚、鳥、狼、鹿、精霊、蛇、土竜。君たちが神獣と呼んでいたものに酷似するものがいくつかあった」
そして日本地図と重ねた図を表示する。
「この頃には日本地図じたいなかっただろうが、貿易や交易は行っていた時代だ。大体の場所や形というのはそれなりに理解はしていただろうね。九州の豊穣を願うモグラ打ち。奈良の雷を司る武甕槌大神が乗ってきた鹿とか、ね。八咫烏だったり水を操る鯱だったりとまぁ妖怪だったり神話だったりまちまちなんだけどいくつか聞いて回ったんだよ。したらさ、何でか三つの場所にいきついちゃってさ」
「これ……って」
地図につけられた真っ赤な丸で囲まれた場所。
「石川の珠洲、長野の分杭峠、そして富士山。そしてその中心にあるもの」
三つを繋げた線を引き、その三角形の真ん中に位置する場所。
「諏訪湖……」
「諏訪子ちゃんキタコレーー!!」
何故か早苗さんのテンションが上がっていた。
第四章 完