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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
一章 ~龍の神子~
15/154

『龍襲来』






「ばかな・・・ありえん・・・」



アルレストは腰に差した二本の刀の柄を握りながら固まっていた


周囲の者達は遠くに逃げるか、あるいは身近にある建物の中へと逃げていく


周囲の異変を察知する人がまるで波のように広がっていき、同じように人々の叫びが段々と大きくなっていく


その様子を見て彩輝も危機感を抱いた


あれは、だめだ


そう感じた


周りの逃げまどう人々の声で我に返った彩輝は隣で固まるアルレストの肩を揺さぶった



「アルレストさんっ!!」



アルレストは彩輝の耳元での叫びを聞いてゆっくりと現状を把握したらしく、ゆっくりと二本の剣を抜く


二つの銀光が交わり、ジャリンと音をたてる



「くそ、なんだってこんなところに・・・」



遙か上空に居たそれは長い首を持っていた


巨大な翼を持ち、鞭のようにしなる尻尾が空に踊る


二本の角と紅に染まる鱗


刺々しい棘はおそらく鱗が変化したものだと感じさせる


そしてそれは、以前彩輝が見た本の中に描かれていたものにそっくりだった



ドラゴン・・・・



「くそったれ、外壁の奴らは何やってやがった!?おいアヤキ!お前、離れて逃げろっ!」


「は、はいっ!」



俺はくるりと向きを変えてダッシュする


全力疾走。この彩輝、死ぬ気で走ります!死にたくないもん!!


少なくとも自分が何を出来て、何が出来ないかぐらいはわかっているつもりだ


今俺が出来る事は逃げること。逃げて生きる事だ


この場に自分が残ったところで出来る事なんて殆ど無いに等しい


俺はただの高校生なのだから


人々はどんどんと広場から逃げていき、逃げるのが遅くなれば標的が少なく絞られるとういう事だ


この身が確実に狙われやすくなっていることは確かだ


俺ができることはただ一つ、アルレストさんのじゃまにならないところへと逃げること


アルレストさん一人であの山のように大きな龍をしとめられるとは考えにくい


となると俺がしなければ行けないことは・・・・助けを呼ぶこと!


だが誰に・・・!?


俺は舌打ちをして遙か遠くに見える城を見上げる


あの辺りまで行けば十分な戦力は整っているはずだと俺は予測する


恐らくこんな状態だ。もう情報は伝わっているかも知れない。いや、伝わっているだろう


近衛は出てこないだろうが聖水騎士団は確実に出てくるはずだ


いや、少なくとも一名は俺の後ろにおり、もう一名は行方不明になっているがこの周辺にいるはずなのですぐに駆けつけるであろう



「糞ッ!死にたくねぇ!」



異変を察知した奴が城へ報告してくれればいいが・・・


水路が多いこの国で走っていればおそらくすぐに行き止まりになる


とはいえ、俺がダトルを乗りこなせるとは思えない


とりあえず物陰に隠れ、それから落ち着いて考えよう


俺はそう思い近くの建物の陰に飛び込んだ


離れることよりも、あまりの恐怖に動転した俺は隠れることを選んだのだ






 こんなことが・・・あっていいのか・・・?


アルレストは空中でこちらを見下ろす龍を睨みつけている


巨大な翼が羽ばたくたびに太陽からの光が遮断され、石畳の地面を暗くする


翼の大きさとあの長い尾の形状を見る限り、オラージュ山脈より飛来したレッドテイルのシェレンフェル種である事がわかる


一年中あの山脈には豪雨と雷が入り交じるあの険しい山頂付近で生活できるのは、龍の中でも巨大な翼とその暴風雨の中でも飛ぶことができる飛行能力を持つこのシェレンフェル種のみであろう


レッドテイルの系統の種は本来、翼はここまで大きくは無いのだがこのオラージュ山脈に住むシェレンフェル種は生活環境に適応した翼が特徴であり、本来の種よりも1・5倍くらいの大きさを持っている


オラージュ山脈は隣のグレアント王国の北方に位置する場所にあり、周囲は暴風と雷雨により町は一つもない


麓の横を通る街道ともっとも近づく場所は別名『風の関所』と呼ばれ、山から吹き降りてきた風が街道を横切るために通過するには飛ばされないように注意しないといけない場所なのである


それほどまでに強い風が吹き荒れるオラージュ山脈の山頂に住む故に、手に入れたその飛行能力の高さから考えればこの周囲まで飛来することは容易であることが伺える


とはいえ謎は残る


何故、このような時期に山を一つ越えてまでにこの王都まで来る必要があるのだろうか


ちょうど繁殖期に重なるとはいえ、もうすでに卵を産み終えた後であることは時期的に間違いない


それに餌を求めるにせよ、山一つ超える理由がわからない


龍にもある程度の知識を持つという説が出ているがその行動のほとんどは謎に包まれており、アルレストはその理由を考えてみても全く思いつかないのである


何を思ってこのような場所に迷い込んだのかは知らないが、できる限りの対応はさせてもらう!


一人では心もとないが、それも仕方がない


王都外壁の守護につく騎士からの警鐘が無かったことを考えると、何かあったと考えてもいい


連絡が遅れているということは援軍が来るのも遅れるという事


とはいえ、何もしない訳にはいかない


これでもアルレストはこの国の騎士団の副長なのだ



「力不足ですまないが、しばらく貴様の相手は俺一人で我慢してくれよな・・・」



龍はそんなアルレストの言葉を理解しているのかは定かではないが、喉をうならせながらゆっくりと降下を始める


ここでまた疑問が生まれた


龍は基本、上空からの攻撃を得意としているのである


龍はブレス、火球などによる上空からの攻撃手段を持っている


魔術、弓兵がいても届かぬ高さからの攻撃が可能な龍にとって、この行動は理解しかねる


わざわざこちらの攻撃が届く場所に来ることなく俺を仕留める事が可能なはずである


何故・・・?


二つの剣を構え、俺は握る力を強くする


愛剣も強固な龍の鱗相手に何処まで保ってくれるだろうか・・・


と、両者のにらみ合いが続く中、先に動いたのは龍の方だった


龍は降下中に息を大きく吸い込んだ


そして、口から漏れる火を見てアルレストはとっさにその場から離れる


次の瞬間、アルレストの真後ろで大きな爆発が起こり、石畳が砕け散る


砕けた岩が爆発と同時に周囲に吹き飛び、その爆風でアルレストも飛ばされそうになりなるが姿勢を低くして爆風を耐えきる


土煙がはれると龍は地面すれすれの位置にいた


龍はゆっくりと地面に降り立ち、大地を揺らす


ズズンと揺れる足場に顔をしかめるアルレストだったが揺れはすぐに収まる


藍色の瞳がこちらをギロリと見つめている


自分の何倍あるのだろうかこの山は



「うおおおおお!紅蓮月!!」



怯えと恐怖を忘れたアルレストは志気を叫ぶことによって高め、瞬速の足で間合いを一気に詰めて龍の足に斬りかかる


しかし、魔力による攻撃はその特殊な鱗に阻まれてしまい、鱗の方も軽く傷がついた程度で龍には効果は無さそうだ


龍の鱗は魔力をはじき返す力をもち、非常に貴重な防具や武器の材料となる


だが、それを全身に纏ったそれはもはや手も足も出ない動く砦と化す



「紅蓮撃!!」



剣の色が銀色から紅の色に変わる


この剣には言葉をスイッチとして発動する魔術が刻み込まれており、人はそれを魔武器と言う


言うなれば、技名を言葉として言えば剣に込められた魔術が自動的に発動するという仕組みになっている


真っ赤な刀身が炎に包まれ、他人が見れば炎の剣と勘違いしそうな姿をしている


取り巻く炎は周囲のマナを取り込んで発動するため、マナの無い場所では発動しない


先ほど龍が吐いた火球のおかげで火のマナが周囲に溢れかえっている


ちなみにアルレスト自身が修学したのは火属性と水属性の術を主に学んでいる


といってもアルレスト自身は魔術を使えない人間だ


しかし彼の家には彼が持つこの二本の剣が代々伝えられており、その剣に刻み込まれている魔法の属性が火属性と水属性の剣だったからである


水のマナはこの周囲に流れる水路のおかげで大量にあるため、これで存分に戦うことができる環境がそろった訳である


後はできるだけ周囲の店に被害が及ばぬように戦うしかない


未だあの店の奥には隠れた人々が居る可能性もあるのである


突き出した炎の剣はガキンという音と共に、龍の膝の位置に突き立てられる


とはいえ中まで刃は通らず、炎も魔力を無効化する鱗のせいで決定打にならない


アルレストは龍の膝を蹴り、距離をとって着地する


着地するときにはさすがに衝撃が強かったことに加え、高さがあったことが原因で多少痛さもあったが目の前の魔獣に比べれば気にはならなかった



「さぁて、どうするかなぁ・・・」



剣は弾かれ、魔法は意味を成さない


そもそも人によって成獣の龍を倒したという話自体無いに等しい


まれに偶然が重なり合って倒されることもあるらしいが、どれも人がとどめを刺した訳ではなく、巨大氷柱が落ちてきて首を貫いたとか地盤が崩れ土砂と岩に押しつぶされたとかいうのがほとんどである


未だワイバーンなどの下級龍種以外の巨龍に対する有効な攻撃手段が見つかっていない中、勝つなんてのはほぼ無理な話である


最大限譲歩して時間稼ぎができるか、追い返すことが出来るか、といったところか


そして最悪は死


確率的には死の方が半分以上を占める



水弾すいだん!」



もう一つの剣を振りかぶる


術式が刻み込まれた剣が蒼く変色し、周囲のマナを集めて剣の切っ先に人の顔ほどの水の球を作り出す


その状態を維持したまま、今度は先ほどの炎の剣を振りかぶる



炎月刃えんげつは!」



右の紅剣を振り下ろす


剣が纏っていた炎が振り下ろされると同時に三日月の形をした炎が龍の顔めがけて一直線に飛んでいく


龍はそれを翼の一ふりで起こした風で消し飛ばしてしまう


その風が起こる直前にアルレストは大地を蹴っており、風が吹き荒れる頃には先ほどまで炎を纏っていた剣を石畳の隙間にさして飛ばされないように耐えきる


風が止むとすぐに剣を引き抜き、水球を作り出した剣を水平に構えた



「加勢するぞっ!!」



背後から、聞き慣れたあいつの声がした








 龍が飛来するその少し前、騎士隊長であるチルは裏路地にいた


というのも数分前、アヤキの短刀を奪って逃走したはいいものの、冷静に考えれば後からファルアナリアの鉄拳が飛ぶことが容易に想像できた


というわけで一気に第4地区まで逃げてきたのだがぶらりとしながら城へ帰ろうかと思ったところで偶然、目の前で万引きが発生


第4区画の中でもこの周囲のみに広がる裏地区と呼ばれる場所があり、そこは家族を失った者たちや捨てられた子供たちなどが身を寄せ合って住まう場所になっているのだ


そしてこの周辺で起こる事件は大抵この裏地区に住む子供達が起こすものである


追い剥ぎ、窃盗、恐喝


一歩路地裏に足を入れればそんな現状が待っているのである


近いうちに、ここもなんとかしなければいけないな


治安が悪い場所とはいえ、ここはあまりにも酷い


ここまで酷いのは周辺の治安部隊が関わっているのでは無いかと推測する


チルは窃盗にあった人から話を聞いて特徴にあうような少年を捜すことにした


だが一瞬でそんな気は失せてしまった


後ろの方で起こる喧騒


それもただの争いごとではない程の大勢の悲鳴


何事かと思い路地裏を飛び出ると目の前には沢山の人だかりがあった


皆一斉に広場から離れて逃げていくのがわかった


な、なんだこれは!?


チルはあわてて目の前を走り抜けようとした男を呼び止めた



「おい!なんだこの騒ぎは?」


「あ!?きっ、騎士隊長様っ!?たたっ大変です!龍が・・・」


「龍だと!?」



最初は嘘ではないかと思ったのだがこれほどの人数が一度に逃げるということは・・・


ここからでは建物が邪魔で見えないが、突然の爆音が鳴り響きここで考えている訳にはいかないとチルは走り出す


捕まえた男の肩から手を退け、人の波をさけるためにもう一度裏路地へと戻り、空いた場所から向かおうと考えたのだが気がつけば後ろの裏路地にも沢山のひとで埋まっていた



「どうやら本当らしいな・・・」



それはそれで大問題である


警備体制を問われるのは必然か


とりあえず現場に向かわないと・・・



チルは蒼天駆を抜き、天へと構える


この蒼天駆は蒼き天を駆ける剣


宿す力は『天駆け』


持つ者の意志により、天に足場を作り出す剣


上方向に飛び、落下が始まる前に足場を作り出し、その見えない足場をチルは蹴る


そうして落下前に生み出した足場で屋根の上まで上ると目の前には信じられないような光景が広がっていた



「・・・・おいおい・・・冗談じゃないぞ」



チルは屋根に飛び移り、その上を走る


家から家へと飛び移り、上空からゆっくりと降りてくる龍に視線を向けながら汗ばむ蒼天駆を握る手をぎゅっと握りしめる


そしてもう片方の手で腰に差したアヤキの短刀を抜いた


そして




「加勢するぞっ!!うおおおおっ!!」



大きく振りかぶって大小二本の刀を龍めがけて振り下ろす


龍は異様な力を感じ、腕では止めようとせず羽ばたく風で追い返そうとする


が、



天駆あまがけの力を見くびるなよ!」



目の前に飛び出してきたその女性は自分の目線よりも上の位置でいったん足場をつくりそこに着地する


羽ばたく風がいくら強くても、その風の当たらない場所に居れば意味が無いのだ


チルは蒼天駆を逆手に持ち替えアヤキの短刀を鞘に戻す


あいた左手も使って両手で蒼天駆を逆手に持つ


そして一気に龍の頭上めがけて飛び降りる



「せいっ!!」



蒼天駆の切っ先は剣や魔法を跳ね返す鱗をいとも簡単にまっぷたつにして一気に頭の肉へと進入しようとする


が、龍は頭を大きく前に向かって振り下ろした


長い首が一気にしなり、蒼天駆は切れ味が鋭いばかりにずるっと抜けてしまった


振り落とされたチルはなれたように空中で足場を出してその上に着地する



「あっぶないわねぇ〜・・・」


「とても驚いているようなふうには見えない動きだな」


「バカ言わないでよ!龍なんかどうやって相手しろってのよ!?というか何があったのよ!?」


「知らん!!俺が知りたいくらいだ!それと俺の攻撃はきかん。お前の蒼天駆だけが今のところ有効打になりそうだな」



つまりアルレストは囮にまわると言っているのだ


あの聖天下十剣の切れ味ならばあの強固な龍の鱗をも切り裂けることが実証された



「とりあえず火球とブレスを周囲に当てないように俺は足下に行く!」


「踏みつぶされないでよね!」




アルレストはチルの返事も聞かずにダッシュする



「こっち向きやがれ!」



構えた状態のまま龍の懐まで潜り込み、左の剣を振り上げる


剣の先でフロートしていた水の球は剣を振るう速度と同じ速さで遙か上空まで飛んでいく


龍がアルレストの声に反応して下を向いたとき、目の前で水の球が破裂した


といっても猫だましのようなものなので効果は一瞬でしかない


その一瞬で龍はチルから気をそらしてしまった



「神速一点・・・」



チルは気をそらした龍をみてすぐさま行動を起こす


蒼天駆を構え、目を閉じる


斬る相手は・・・


暗闇の中、一筋の光が足下からまっすぐに伸びる


そこに居っ!!


蒼天駆の力で一気に後ろから力をかけ、体を前に倒す


1・・・


踏み出すその一歩は大きく


2・・・


踏み込む一歩を強く踏みしめ


3・・・


飛び出すその体は矢の如く!!



矢衝やしょう白路びゃくろ!!」



バネのように飛び出したチルは目に見えないその足場をしっかりと踏みしめた


一瞬のうちに踏み出した右足一本だけですでに、数メートルあった距離を縮めていチルは柄を両手でしっかりと握り突き出した


その軌道は寸分の狂い無く、一直線に飛んでいくチルはまるで矢のように突き進む


まるで空を飛んでいるのは矢なのではないかと勘違いしそうなその光景を見ていたのは、下にいたアルレスト


それと建物の物陰から見守る彩輝であった



隠れたまではよかった彩輝だが、やはり不安になって見に来てしまったのだ


初めてみるその巨大な生物は巨大な翼を広げ、二本の足で堂々と大地に立っていた


龍が一歩踏み出すごとに石畳は、砕け、陥没する


大きな足跡を残した大地は尻尾の一振りで地面に大きな溝をつくった


先ほどみた火球


いったいどうやって体の中で炎を生成するのか不思議である


あの炎も元は魔力だから効かないのだろうか?


とにかく、図鑑にすら詳細が不明と書いてあったのだ


こんな化け物みたいな奴を調査できる奴がいたら拝んでみたい


見つかったら恐怖で硬直してしまいそうになる



「俺に・・・何ができる?」



神に頼むか?


否。神がいて、人を救おうとするならば、そもそもこんな場所に龍は来ない


ちくしょう、無力ってこういう事を言うんだな・・・


何かできるならばしている


それができない


できないことがわかることが、悔しい



『相手を知る事。それが人であろうとなかろうと、少しでも何かを知っていれば何とかなるものだ』



それだ!


こんな時に思い出すなんてなんと都合のいい!じいちゃんありがとう!


相手を知る


知らなければ友達にだってなれないし、戦いに勝つことも出来ない


彩輝は昔、他人となじめなかった頃に祖父から聴いた言葉を思い出す


相手を知ることは知らない事よりも、何事も優位に立ちやすくする


相手の趣味を知っているならばその話題を振ってやればいい


相手が嫌いなことはしないようにすればいい


相手の手の内を知っていると言うことは、自らが勝利するための布石となる


龍そのものの生態がよくわかっていない今、俺にできることは知ることだ


今一番危険な事は何か


それは市街戦になっている今、他の市民が巻き込まれる事だ


暴れ回った龍が周りの店や家を壊したりすること


そしてその中には逃げ隠れた人々が残っているかもしれないということ


今は広場で戦ってくれているからいいが火球やブレスが飛んできた場合、安全は保証できない


その射程距離はわからないものの、先ほど見た火球の大きさや速さや威力から予想するに、100や200じゃ到底収まらない


500メートルは確実に飛ぶ


そしてその威力


地面を大きくえぐったそれはまるで爆弾のようである


あの火球を封じるにはどうする?


予備動作として大きく息を吸い込み首をくの字に曲げた


そして口から火があふれ出て、はき出した


つまり、息を吸い込まないと火球を吐けないのではないかと彩輝は推測する


よけいな詮索よりも考えが頭の中で整理されていく


息を吸えなければ火球を打ち出せない


そうするにはどうするか。この近くで使えそうなものは・・・


きょろきょろと当たりを見渡し、流れる大きな水路を見つけた


四方大水路は必ずすべての地区を通ることと交通の多くを占めるために水路が少ないこの地区でも橋がかかっているとはいえ、埋め立てられたりはしていない


水の中に押し込むか?


だが正直無理だと思う


確かに水中に顔を入れてしまえば息はできないし炎を吐くことはできない


だが、どうやってそれをすればいいのか彩輝ではまったく思いつかなかったのである


そこで次に火球を吐くメカニズムを考えてみた


どこか特殊な臓器があり、その中で炎を生成しているのかもしれないし、そうだった場合はお手上げなのだがそうでない場合、止める手だてはあるのではないかと予想する


たとえば、炎は元々作れないと仮定する。そういったとき、どうやったらあのような炎を作り出せるのか


しかもあんなに巨大で強力な


・・・・もしかして



「ガスか?」



体内でガスを作り出し、それを口の中で引火させ、息と一緒に吐き出す


だがどうやって引火させるのだ


口の中で自然発火するような温度でも無いだろうし・・・


先ほどドラゴンが歯を打ち鳴らしていた事を思い出す


あれはもしや歯を打ち鳴らして火花を出してガスに点火させていたのではないだろうか?


だが、ガスが体の中にあるなら引火したときに体の中で大爆発が起こるのでは?


息を吸うのはガスの生成、あるいは口へと押し出すために使う


口の中に溜まったガスと体内のガスが溜まる臓器か何かにはフィルターがあり体の中が燃えるのを防いでいると考えれば何とか筋は通るかな


歯を打ち鳴らしてつけた火花はガスに引火


引火したガスを魔力で球形に口の中で整える


そして吐き出す息と同時に炎の球を押し出す


そこまで考え、それがどうなると言うのだと彩輝は思った


考え、推論でしかないその考えを、どうするのだと


俺が戦いから目を離してその考えに至った瞬間、頭上で何かがぶつかる音がした






バサッ



「な・・・!?」



確実に龍はこちらを見ていなかった


それに加えアルレストが放った水球が龍を一瞬ひるませたはずだ


いったい何が起こったのか理解できなかった


チルの目の前に居たはずのその巨体は翼をたった一度動かしただけでチルのさらに頭上に舞い上がっていたのだ


チルは目の前から巨大な龍の体が消えたことに一瞬頭が真っ白になる


攻撃対象が一瞬のうちに消えてしまった事に戸惑う瞬間すら与えられず、すぐさま龍の反撃がきた


チルの体を覆い隠したその巨体はぐるんと後ろに反り返る


空中で後ろ向きに一回転したその時、鞭のようにしなるその巨大な尾の腹がチルの体を捉えた


接触の際、突き出すようにしていた蒼天駆が龍の左腕を切り裂き、チルは手の感触から一瞬だけ剣が龍を捉えたことで意識が戻る


が、次の瞬間にはチルの体はものすごい速度で飛ばされてしまい、彼女は近くの商店に撃墜させられてしまう


屋根を大きくへこませた後、勢いはそれで止まらず反動で後ろへと体が舞い上がり後ろの路地へと落ちていった


龍の切り落とされた巨大な左腕がどすんと地面に落ち、切断面から大量の血が吹き出す


龍は翼の一振りで体制を立て直し、巨体は再び地面を揺らして降り立ったかと思うと苦しむように龍は叫ぶ


アルレストにしてみればあのような巨大な体が一瞬目で追いきれないような動きをしたことと、長い尾が地面に触れて石畳を削り取った事に恐怖した


そしてその一撃を食らったチルが飛んでいった方向に反射的に目がついて行ってしまう


ぽかんと口をあけて見ているアルレストはギリギリと歯ぎしりをしながら二本の刀を構える





「うわぁっ!」



物音がしたかと思って頭上を見上げたその瞬間、頭上から何故か向こう側で戦っているチルが降ってきた


あわてて両手を伸ばして彩輝はダイブした


腕に重い感触が伝わり、地面に頬を擦らせながら止まった体を起こして腕の中にいるチルを確認する


目立った外傷は特に見あたらない


とはいえ、苦しそうにして目を開かないチルを見ると何かあったに違いないはずだ



「ち、チルさん!」


「いっててて・・・・」



彼女の名前を呼んでみると意外にもすぐに彼女は意識を取り戻した


頭を押さえながらむくりと起きあがる



「な、何があったんです!?」


「あ?なんでお前ここに・・・」



チルは何故龍の居るこんな場所に彩輝が気になって仕方がなかったのだがそうも言っていられなかった



「そ、それよりもはやくあれをなんとかしないと・・・!!何かできること無いですか!?」



これだけ辛い思いをしているのに見過ごせるはずがないといった顔でチルに言い寄るも



「だめだ!何故ここに居るかはしらないが早く走って遠くまで逃げろ!まだ見つかっていないんだ、まだ間に合う!」



チルはこの非常事態にこの場にいる彩輝を逃がそうとするが、彩輝は首を横に振った



「嫌です。普通なら逃げてますけど・・・俺は二人を見捨てられません」


「バカいってんじゃねぇ!逃げないと今この場で私がお前を殺すぞ!」



チルは諭すのは無理だと考え彩輝の短刀を抜いた


切っ先は俺の彩輝の喉に軽く突き刺さっており、一滴の鮮血が刀身をつたう



「俺は後悔だけはだいっ嫌いなんだ!後悔するくらいなら、俺は死ぬ!」


「な・・・」



脅せば帰ってくれると思っていたチルは絶句した


本来ならばこの世界の住民でもないアヤキがこの世界で死ぬことは望んでいないはずだ


絶対に、元いた世界に帰りたいと思っているはずだ


死なないこと、それが絶対条件で彼は城下に住むことを望んだはずだ


だがどうやら間違っていたのだ


彼は、自らが後悔しないようにすることを最優先としていたのだ



「本当に殺す。それでも後悔しないな?死んだら後悔できないぞ」


「後悔しない。それが俺の最優先事項だ。後悔する道を選ぶなら、死んだ方がましだ。俺はちょっと常人とは別の感覚らしいんです。別に死ぬことに抵抗を持っている訳じゃないんだ」



そんなことより、後悔したくないという気持ちの方が強いのだと彩輝は叫んだ


チルは目を細め、短刀を持つ手の力を強める



「本当に・・・いいんだな?」


「あぁ。殺せよ」



彩輝は後悔はしていなかった


だから別にここで死んでもかまわないと思った


これも・・・俺のわがままってことなんだなぁ


チルが目を細めて俺の顔をにらみつけている


死ぬ


別に怖くは無い


俺の中では生きることよりも後悔しないことの方が優先である


そのおかげで俺はこれまでトラブルを起こしまくってきた


だけど後悔はしていない


今回も同じだ


たとえそれで生き残ったとしても、後悔が俺を殺す


もう、二度と、あんなことは、起こって欲しく無い


だから俺は誓った


だけど、約束破ったことになるなぁ


通信が切れる前に交わした約束


『生きてまた会おう』


彼らと交わしたその約束


まだ、知り合って間もない彼女たちと、共に帰ること


元の世界へと帰る


帰りたかった


けど、俺はここで後悔をして帰りたくない


もし後悔したくないからといってこの世界に残ることになっても、俺はそれでもかまわない


後悔だけは、絶対にしたくない!!


俺はまっすぐとチルの目へと視線を向ける


左手で俺は剣を持つチルさんの左手を上からつかむ



「後悔はしていない。だけど、死ぬつもりは今は無い。殺される理由も、自分で納得できない。刀、返してください」



チルはゆっくりと短刀を握る力を弱める


手から滑り落ちた短刀が地面に転がる



「はじめから、殺す気なんて無いよ。どうにかして帰って欲しかった」


「ごめんなさい。罰なら後で受けてもいいです。だから、協力できることは無いですか?」



チルはあきらめたようにスッと立ち上がり深呼吸をする


そして蒼天駆を握りしめる


俺はチルさんから鞘を返してもらい、下緒をベルトに結びつける


刀を拾い、鞘に収める



「逃げろおっ!!」



そのとき表のほうからアルレストの叫び声が聞こえた


それと同時に真横の家の壁が崩れ、龍が突っ込んできた


龍の体は完全に空中に浮いており、体当たりによって砕け散った岩のがれきが周囲の家に穴を開けていく


その瞬間、首根っこを捕まれて俺は空中に飛んでいった



「え?あれ?」


「ぼけっとするな!生きて帰りたかったらがんばって避けてろっ!」



一瞬のうちに龍の頭上まで来ており、翼を広げた龍がいかに大きいかをまざまざと見せつけられた


いつの間にか龍の左腕は無くなっているが、血はもう殆ど止まりかかっているように見える


そんな龍はすぐにこちらに向き直った


ギロリと蒼い目が俺たち二人を捉えると



「ちょ、こっち来た!?」


「え?うそっ!?」



チルは大あわてで空中を走って逃げる


追いかけてくる龍がすぐ後ろまで迫ってくるその迫力は本当に死ぬかと思うほどに恐ろしかった


紙一重でチルが方向転換し、真横を龍が飛び抜けていった


その際ずらりと並んだ牙がちらりと見え、彩輝は冷や汗を流す


そのまま上昇していった龍はくるりと方向を変え、今度は急降下して突っ込んできた


チルはそれを待っていた


この場所は地上から数メートルの場所であり、龍が急ブレーキをかけても止まれないほどのスピードで地面に突っ込む自滅を誘っていたのだ


正直火球やブレスを撃ってこなくて良かったとほっとするがあんなのどうやって避けるんだよ!?


ある意味ジェット機が突っ込んでくるかのような感覚だ


チルはいつでも逃げられるように体勢を低くして足に力を入れた


だが、龍は二人の頭上獣数メートル上で一気にスピードを落とし、体を起こした


チルはとっさに足が動きその場から逃げて地面に降りる


そして龍が降ってきた。というより落ちてきた


二つの大きな足が地面を捉え、衝撃と共に土埃が龍の胸の当たりまで覆い尽くした


地面から吹き上がる土煙に飲まれた三人は龍から離れようと走り出す


だが次の瞬間には横に薙ぎ払うかのようにして振るわれた巨大な尾がチルとアルレストを捉えた


二人を捉えた尾は頭上へと振り上げられ、土煙から二人が放り出される


チルは足場を作って直撃したアルレストの服をつかむ



「あー、もうっ!さっきもそうだけど吸収符使わなかったらやばかったかもね・・・」



先ほど龍の尾を食らったときと屋根にぶつかったときも寸前のところで吸収符を使って難を逃れていたのである


アルレストは左腕を犠牲にして体を守ったのだが、直撃した左腕はまっぷたつに折れ、激痛が走る左腕を押さえていた



「後で治癒班にでも行って治してもらえばいいわ」



そんなアルレストをその一言であしらってとりあえず龍から距離をとって着地する


一方彩輝はというと、先ほど龍が着地したときに逃げようとしたのだが衝撃波が襲いチルの腕から吹き飛ばされていた


吹き飛ばされた彩輝は地面に頭を打ち気絶してしまい、そのままごろごろと地面を転がっていった


そして龍は大きな翼でその土煙を払う


倒れる彩輝を見つけた龍はそっと右の足で彩輝をつかみ取るとそのまま大空へと羽ばたいた


飛び去ろうとする片腕の龍の足に捕まった彩輝をチルが見つけたのは、もう追いつけないほどまでに距離を離された後だった




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