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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『輝く解放』

「なんだそいつは」



庭で静かに池を見つめ、精神を研ぎ澄ませていた兄がゆっくりと振り返る。


私の胸の中で小さな鳴き声を上げたのは、薄汚れた子狐である。


美しく白い毛並みは泥で汚れ、怪我をした右足がだらんとたれている。



「お兄さま、あの……」


「広常と呼べと言っている。迷いの子狐か。飼う余裕は無いぞ」



そこで千色はハッと表情を歪め広常様と呼び直した。


千色ももうそろそろ兄離れの時期だと、べったりだった私を兄は遠ざけようとする。


兄は一族を継ぐ者としての責任感が強く、最近では大きな戦が近いのだと鍛練を欠かさない。


父が亡くなり、反乱の兆しが身内からも出ているという。


この地を治める兄には日々多くの者達が顔を見せる。


しかし、その妹である私に会いに来るものなどほとんどいない。


母親に嫉妬されるほどに父に溺愛されたお蔭か、典型的な箱入り娘となりっていた私に友達はいなかった。


そんな私に初めての友達ができた。


ある日、いつもと変わらぬ庭で雀のさえずりを聴いていた私の目の前に、思いがけない来訪者があった。


どこから入ってきたのか、傷ついた白い毛並みの狐が茂みから出てきたのである。


狐は足を引きずっており、怪我をしているのがすぐに分かる。


駆け寄ると狐は千色に威嚇を。


伸ばした手を一度は引っ込めたが、それでも千色はしゃがみこんで恐る恐るその手を伸ばした。



「大丈夫。怖くないよ」



そう優しい声をかけるも、狐はさらに警戒して唸り声をあげる。



「大丈夫。大丈夫。」



そう語り続けながら、右手をそっと子狐の足にかざす。


怯える子狐に、優しい笑みを浮かべながらも右手に意識を集中する。


ゆっくりと光が右手から溢れ、光は子狐の足まで広がると優しく、柔らかな光が子狐の足を包み込み癒していく。


その癒されていく自らの足を不思議そうに眺めていた子狐は唸るのを止め、キョトンとした表情で千色を見上げた。


そんな子狐の頭をそっと撫でながら穏やかな表情を浮かべる。「この事は内緒だよ。さ、お行き」



子狐は何度も千色を振り返りながらも、茂みの奥へと消えていった。


それから何度か現れた小さな子狐に、千色はわざと余らせた食事を与え、シロと呼ぶようになっていた。


名前を呼べば寄ってくる。それぐらいには懐いていたと千色は思っていた。


しかし、ある時突如として子狐は現れなくなった。


疑問には思ったが、所詮は動物。私はまた暇な日常に戻るだけ。


千色は遠くに迫る黒雲に、ため息をついた。



「春の嵐……もうそんな季節か」



翌日、強い嵐がやってきた。


昼だというのに、まるで帳でも降りたかのように暗くなり、たちまち風が灰色の雲と雨を運んできた。


嵐が行き去ると、近くの邸宅や並木が嵐にやられたという話が聞こえてきた。


はじめは耳を疑ったが、実際にその惨状を目の当たりにすると、まさに酷い光景であった。


まるで巨大な龍が身体を引きずったかのような跡が、道のように深々と大地に刻まれていた。


木々は薙ぎ倒され、抉られた家々は原型もわからぬほどにバラバラとなってしまっていた。


骨組みだけになった家々や根本から吹き飛んだ門、木々から落ちた葉が道に散乱している。


一体ここを何が通ったというのか。自らの家を踏みつぶしていたら、一体自分はどうなっていたのだろうかと思うとゾッとする。


どうやらこれが京の都でも暴れたと噂の旋風というものらしい。


そういえば最近京の都では飢饉、嵐、地鳴りが収まらないと耳にする。


物騒な世だ。嵐収まり、平氏も源氏も手を取り合う平和な世が訪れないものか――――





それから数年。


私は天皇陛下と謁見する事となった。


天皇、宗仁様に頭を垂れた私はつらつらと前口上を述べようとしたところでそれを止められる。



「長旅ご苦労であったな。顔をあげよ。最早、そのような気遣いはっごほっ……無用だ」


「大丈夫ですか陛下?」



最近、宗仁陛下は病床に伏せていると聞くが、どうやらそのようである。


顔は肉が落ちてやせ細り、ようやく身体を起こせている様子が離れた場所にいる私にも分かるくらいだ。



「神の血を受け継ぐこの身も、所詮は人の身体。そろそろ跡継ぎを決めねばなるまいか……。我が身もそこまで長くない。話を始めよう。後にそなたの兄上も参るであろう」



此度の謁見はお兄様がらみということだろう。そもそもこの方は私なんかが謁見できるようなお方では無い。


となれば上総の地を任されたお兄様に関係する事柄で呼ばれたという結論になる。


それにしては不可解な点が多い。私は女性だから跡継ぎなどあり得ない。


となると養子縁組などという可能性もなきにしもあらず、といったところか。


皇族関係などの養女など恐れ多い話ではあるし、そもそも家から出してもらえない私に一体誰がそんな話を持ちかけるでろうか。


いろいろと考えを巡らせていると、お付きの男性が三つの箱を私の目の前に用意した。


大小三つの木箱が目の前に置かれる。


何とも年代を感じさせる木箱で、書かれていたであろう文字はすでに消えかかっていて読めなくなっている程だ。


それでも、その中からはとてつもない霊力を感じる。


自らが身につけていた首飾りもそうとうなものだが、それに匹敵する神の力だ。



「これは?」


「三種の神器。天叢雲剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉。天皇に代々伝わるゴホッ……宝物だ」



そこまで話すと大きく咳き込んだ陛下にお付きの方が近寄ろうとするが、手を向けてそれを制止する。



「よい」


「ですが……」


「よいと言っている。何をしようともうこの身体は長くは持たぬ。ゴホッ、話を続けよう。お主の兄上は上総、下総を治める武将だったな。退魔の力を宿す一族の娘よ」



その天皇の言葉に、千色は耳を疑った。


門外不出、他言無用の一族の力をこの方は知っている。



「案ずる必要は無い。この事は僅かな者しか知らぬよ。私のような地位に立つ者か、或は同業者くらいか」


「その、どこまで……」


「さぁて、の。このような事はあまり口に出すことではないからな。血は薄まった。名ばかりの私とは違う、神子や現人神の力と言っておこうか。その力を借りたく、そなたにこの場に来てもらった」



私たちの力を知り、尚且つ三種の神器が目の前にあるということはつまり。



「その翡翠の欠片、袖ヶ浦で拾ったそうだな」



首からかけた翡翠の首飾りは着物に隠れ見えていないというのに、それに気づいた点は流石と言うべきか。


血が薄まったとはいえ、この力を感じるだけの素質は陛下にもあるのだろう。


その首飾りを外し、三つの箱の前にそっと置く。


そのとき千色には、僅かに翡翠が光を宿したかのように見えた。



「はい。確かに」



この翡翠を初めて見た時、私はこの石に秘められた霊力に恐怖した。


近くの村からは、周囲に霊気に当てられた妖怪達が集ってきている事から依頼を受けた事があった。


霊感が強い私の家系でも

、特に私や広常兄様はずば抜けて霊感が高い。


そのため妖怪や怪異、陰陽師達と政治とを繋ぐ役職を父から裏で引き受けていた。


やがて兄がこの地を治めるようになり、その仕事は私が主にこなすようになっていくのは自然な事だった。


そんななかで訪れたのがそこであった。


昔から霊や妖怪が集まりやすいと噂では聞いていたが、初めて訪れ言葉を失った。


触れる事が出来ない程濃い霊力に、妖怪達はただただ眺めているだけであった。



「その石が邪悪に狙われぬよう、磨き、首飾りとして身につけて力を押さえつけておりました」


「天岩戸の欠片……か。また大層なものを。が、天照大神の加護があるならば霊や妖怪もよってこようて。まるで心奪われそうな程に、美しい」


「でしょう?だから怖いのです。この翡翠は魂を求めているのです。故に、引き込まれる」


「魂を?」


「付喪神、といえば分かりやすいでしょうか。愛着をもち大事にされた物には魂が宿ります。しかし、いくらこの翡翠を後生大事に持とうとも魂は宿りません。何故だか分かりますか?」


「はて、何故かな」


「簡単です。石の霊力は元々天岩戸に隠れた天照大神のものだからです。いくら大事に扱っても、その対象は石ではなく力であり、その愛着は天照大神のもの。故に翡翠そのものに魂は宿らない」


しかし、と千色は続ける。


「翡翠に限らず、万物には魂の受け皿が存在します。誰かに心を割いてもらう、例えば愛着や信仰がそれに価しますが、その思いが物を者とし、魂を宿すのです」



分け与えられた、思いの強さだけ力は増していく。



「神とはそういう存在です。この神器の力も、すべて思いの力。この翡翠は間近で天照大神という、この八百万の国の神の力を強く感じたのでしょう。故に虚無感は人一倍強く、強く魂を求めました。埋めたくとも埋められぬ虚無。故に来るものは拒まないでしょう。天照大神の霊力としての信仰が消えてしまえば、神聖な結界になっていた霊力が消え、邪気でも構わず魂として取り込みます」



そっと翡翠に触れた千色はそう語った。


私はそうならないよう、この翡翠に心を割き、魂を持たせようとした。


愛情を持って身につける事で隙間を埋めてやれば、いつ天照大神の力に寄ってきた邪気もつけ入れなくなる。


天照大神の力に惑わされない者がやらねばならない事だった。



「成る程。ではその類いまれなる力をもつそなたになら神器も扱えよう。頼みがある」


「何なりと」



ここからが本題だと、千色は頭を下げて命令を待つ。


わずかに咳をした天皇の呼吸が整うのを待ち、そして命令される。



「そなたとその兄上に、鏡と剣を貸し与えよう。そしてある妖怪を討って欲しい」


「それは……あの玉藻前でございますか?」



かねてより噂は広がっていた。


絶世の美女にして聡明な頭脳を持つ女性であり、かつては藻女(みずくめ)と呼ばれていた。


あまりにも美しく、目の前で病床に伏せる陛下と契りかわすのも目前だったと言われている。


あまりの美貌とその博識ぶりに、多くの臣下達も誰一人として文句を言えなかった程である。


しかし、それが仇となった。


玉藻前が側付きになってからというもの、天皇陛下の体調が崩れ床に伏せるようになってしまったのだ。


宮内では玉藻前が毒を持ったのではないかという噂でもちきりになる程に、目立つ存在というものはより一層目立ち怪しく見えるものである。


だが話は毒を盛るなどという簡単なものではなかった。


あまりに不審な言動が無さすぎるのである。


天皇陛下のお付きは一人ではないが故に、互いに互いを監視できるのである。


そんな彼らの話からは毒を盛る様子が無いどころか、不審な点が全く無い。無さすぎるのである。


その報告に不審感を抱いた臣下がいた。


臣下はその事を有名な陰陽師に伝えると、陰陽師が不審に思ったのは彼女の言動ではなくその美貌と博識ぶりであると言った。


あまりにも都合がよすぎるのだと言われ臣下もそれに気がついた。


もし宮内の大勢をまとめて化かす力があるのならば、名のある強力な妖怪である可能性がある。


そう言って陰陽師は陛下への謁見を希望した。


その謁見の場に居合わせたもの達は、あれは妖怪や霊などではなく「人に化けるものではなく、人を化かす獣だ」と口を揃える。


化獣(バケモノ )だと。


陰陽師は見事玉藻前の化けの皮を剥がして見破った。


しかしその化獣は人に乗り移っていただけであり、人から追い出すのが精一杯であった。


四つ足の獣が出てきたかと思った瞬間、その場の空間が歪むのを臣下達は感じとる。


咄嗟に刀を抜こうとするが天地が入れ替わり、手足が逆さまに動き、そして視界が歪む程に、全員が化かされた。


あまりの力の強さに、五十の臣下全員が錯覚した状態のまま部屋から吹き飛ばされ、化獣は九つの巨大な尾の影と白面から覗く鋭い眼光の筋を残して外へと飛び出し、姿を消した。


人の口は塞げないもので、この失態に箝口令が敷かれたものの妖怪を逃がしたという噂は都中に広がっていた。


そんな中、下野国からある証言と要請が入ってきた。


農夫の目撃証言によれば、巨大な尾を持つ獣が人を攫っていったというのである。


村々の婦女子を狙うその獣の噂は徐々に下野国中で噂され、その畏怖から民が逃げ出す始末。


偶然にもその獣を見た那須野領主、須藤権守貞信は事態を重く見て宮廷に獣の退治を要請する。



「あれはまさしく化獣だ!は、速く討伐軍をよこしてくれっ!我々だけでは矢を射る事も、近寄る事すら躊躇うあの力……なんともおぞましい!」



汚名を挽回するため将軍として、下野国に近い上総、下総、相模の国からそれぞれ、上総広常、千葉常胤、三浦義明の三人の武将を将軍とした討伐隊が組まれた。


すぐさま下野国にてその三人と貞信が合流し、連合の討伐軍を整える。



「皆気を緩めるなよ。相手は妖狐、隙をつかれて狐に化かされるなよ。私の霊感もどこまで頼りに出来るか……」


「なぁに、所詮は狐。ふむ、雨は降りそうもない晴天だが、嫁入り前には仕留めてやるさ」


「かつてはこの日本の地を守ってきた物の怪共も、今となってはこのような忌み物扱いか。せめて丁重に葬らねばな」


「おお、おお!上総介、下総介、三浦介が揃うとはなんと心強い!」



その余裕も、実際に戦闘が始まるまでであった。


刀を構え、立ち向かえば折れた剣が心を砕き。


矢を構え、射れば射ただけ跳ね返った矢が兵の胸を貫いた。


空間を支配する九尾の狐を中心に全てが回っていた。


見方が敵に見え、敵は一歩も動くことなく討伐軍を半壊させる。


理解できずに死んでいく兵達を目の当たりにした三人の将軍は、やむなく撤退を余儀なくされる。



「まさか、これ程までとは……」


「狐に化かされるとは、こういう事であったか。己の未熟が恥ずかしい」


「あり得ぬ。まさに化獣……」


「しかし、策を練れば勝てぬ相手でもない」


「何か見破ったか?広常殿よ」


「あの無尽蔵の力、あの源は恐らく九尾の狐が首からかけていた首飾りの玉。そしてその力をあの九つの尾で操っているのだろう。尾の動きと玉の輝きが連動していた」


「なんと!そこまで見破っておったのか!?」


「あの玉の力を止める、あるいは尾を切り落とすのが有効だろう。それに、あいつは俺達を化かしはしたが、直接攻撃してくる事はなかった」


「そう言えば、何故あれ程の力を持ちながら俺達を皆殺しにしなかったんだ?己の力を伝える人間を残したにしては何か不自然だ」


「そこにも何か攻略の手がかりがありそうだな。ひとまず貞信殿、もう一度あの妖狐九尾を討伐するために時間を頂きたい。今回の討伐はあまりに性急すぎた。兵も時間も、多くを失った。暫し辛い時を過ごされるかお思うが、必ずや戻ってくる。その時まで耐えてくれ」


「……承知致した。こちらの方でも、もう少し何か探ってみよう」



そして再戦の時がきたのだ。


その再戦の場に、私も同行するのだ。


この三種の神器を持って。そのために、私はここにいるのだ。


いつの間にやら、集った三人が私の前に進み出て膝をつく。



「八咫鏡、あれに化かされぬよう鏡で真を映せ。それは敵を知る智だ。八尺瓊勾玉、あれに惑わされぬよう強い愛と慈悲の心を持て。それは敵と己への仁だ。天叢雲剣、あれを討伐するために勇ましく剣を振るえ。それは敵に立ち向かう勇である。此度も引き受けてくれるか?」


「もちろんでございまする」


「この命にかえてでも」


「必ずや、成し遂げましょうぞ」






下野国那須野




前回と全く同じ場所で両者は対峙した。


しかし、玉によって人の心への妖術が効かぬと知った狐は姿を幻影に隠す。


鏡にて真の影を映された狐は咄嗟に身を翻し素早く逃げていく。


その後ろを、多くの軍勢が馬上から矢を射り追い込んでいった。


犬追物にて練度を上げた軍勢が徐々に九尾の狐との距離を詰めてゆくと、多くの岩が転がる地で軍勢と相対した。



『カカカ、何とも忌々しい鏡と玉じゃ。これでは儂の術が効かぬではないか。困ったのう困ったのう』


「余裕そうじゃないか九尾の狐」



前に出た上総広常が控えていた千色から剣を受け取る。



『それに、何とも懐かしい顔も見えるな。そこのおなごはかつて儂を助けたあの少女ではないかえ?』


「えっ!?」



私はドキリとした。


私が助けた。狐。その言葉で繋がるのは、あの時の――



「どういう事だ千色?此奴と会っているのか?」


『なぁに。儂が乗り移る前の話よ。さて、そろそろ鬼ごっこも終わりじゃのぅ。はて、先ほどまでおったあの男は何処に……っ!?』



トスッという小さな音と共に、首筋に一本の直線が突き刺さる。



「余裕がすぎたな狐よ」


『ぬ、おおっ』



狐に近寄ってきた上総が、遙か離れた場所で弓矢を持三浦義明に手を挙げる。



「流石の腕前だ。私ではあの距離からは射抜くほどの力はないよ」


『貴様……人間風情がっ』



石の上で転げ回る九尾の狐は石に血を擦りつけながら吼える。



「いくら力を持っていようとも、自由に使えぬのならば対処など簡単であった。同じ場所で戦闘しなければならないほど、あの場所は心地よかったであろうな。もっとも、あの場から逃げ出さねば我々は最悪この地の地脈ごと貴様を封じる手はずだったのだから、逃げるという行為自体は間違ってなかったよ。お前が使えるのは自分と相手を化かす力だけだったから、まだ対処しやすかったよ。玉と鏡のおかげで完封できるほどに。お前を地脈から追い出すのも予想より速く終わった」


『ぐぅぅっ!ゆる、許さぬ!!』


「次に地脈が通っていたのはこの場所だったからな。逃げるならここに来ると思ったよ。あらかじめ貴様を狙う三浦殿が潜んで射るとも知らずにな」


『くそっ、くそっ!絶対に貴様らは生かして返さぬ!』


「全く、こんなに宝玉を集めて……って、この宝玉を何処で……。貴様、これは封ぜられるべき、忘れられるべき宝玉だ!!何故貴様が持っている!!」


『カ、カッ。その力は俺を満たす!妾が甦る力を!儂に復讐の為の力を与えてくれる!!』


「貴様……」


『ほうれ、すきありじゃ』



一瞬にして尾の一本が広常の足を薙ぎ払う。



「お兄様!」



転倒した広常が起きあがると九尾の狐の尾が、まるで扇のように末広となっていく。


その尾に禍々しき力が渦を巻く。


それを見た兄が咄嗟に走り、斬りかかった。



「逃がすか!」



グニャリと空間が歪むが、構わず広常は突っ込み、歪みに刀を突き立てる。


歪んだ空間ごと、刀は狐の片目を貫いた。


その時、狐の断末魔とともに歪んだ空間が更に歪む。


ねじれ、まとまった尾を三本纏めて斬り飛ばす。


切り落とされた尾が一瞬にして石化し、散り散りに飛び去ってしまう。


広常にはそんな事すら気に掛けるよゆうは無かった。


歪みはやがて光を歪め、真っ暗な空間を作り出す。


初めは握り拳程の黒い球体は一気に周囲の光を食らい巨大になる。


光をも食らうその球体は認識を越えた、視覚ではとらえることが出来ない未知の存在であった。


一瞬で巨大な狐と広常を飲み込んだ黒い穴が、まるで周囲のものを全て飲み込もうと口を開けているようだ。





「ひ、広常殿!?」


「広常っ!!」



常胤と義明の二人は駆け寄る事もできず、その禍々しい黒の球体を眺めることしかできなかった。


まるで世界にぽっかりと穴が空いてしまったかのような、そんな錯覚に陥ってしまった二人は同時に腰を抜かしてしまう。


しかし、そんな状況でも足を動かした者がいた。



「お兄様っ!!」



そんな黒い穴に、鏡と勾玉を持った千色が迷い無く飛び込んだのであった。







 「あれから……どれだけたったんだろうね。あの時は何も言えなかったけど、今でも君のことは覚えてるだよ?初めてであったあの時から……寂しかった私の心が温まっていくようで、嬉しかったんだよ。友達が出来たみたいで。だから、君がまだ私を覚えているなら……その心にまだあなたがいるなら。抗って!!」


『ぐ?ぐる、お、お?な、なんじゃ……なんじゃ……!?』



突如、巨大な九頭竜が悶え始める。


膝をつき、苦しそうなうなり声を上げながらその巨体の胸が光輝く。



「戻ってきて!真を映して、八咫鏡!!強い心を助けて、八尺瓊勾玉!!」



二つの神器がスッと浮かび上がり、曇った鏡に二つの輝きを浮かび上がらせる。


翠色の輝きが増す勾玉と同調するかのように、二つの輝きが脈打つ。心臓の鼓動のように、力強く。



『貴様ら……大人しく我の中で眠っておればっ、よいものおおっ!!』



大きく吼えた九頭竜の頭が、光を体内に押し戻そうとする。


しかし、その九頭竜の九つの頭に巨大な影が飛びかかった。


巨大な竜が九頭竜の頭を踏みつける。


純白の白馬が翼と蹄で九頭竜の頭を押さえつける。


虹色の魚が羽衣で九頭竜の首を締め付ける。


炎の鳥が首を鷲掴みにして地面に縛り付ける。


氷の狼が巨大な氷柱で九頭竜の首を地面に縫いつける。


巨大な黒蛇が九頭竜の首に巻き付き引きずり倒す。


大きな土竜が地面に九頭竜の頭を引っ張り込む。


金色の角を持つ獣が九頭竜の頭に雷を落とし失神させる。


半透明の精霊が九頭竜の声と呼吸を押さえつける窒息させる。


まるで頭上から見れば笠のように開いた九頭竜の首が、聖獣によって全て押さえつけられる。


そして九頭竜の八つの頭、一角天馬の角が光り輝く。


スッと浮かび上がった九つの色がまばゆい光を放つ。


その光の輪の中心に小さな光が二つ、確かに輝いた。


その光は九尾の狐に取り込まれていた夕日の心。そして九頭竜に操られていた子狐の心と体。





『ようやく暗闇から出られたのだ!』


『私たちは意思と感情を知った!無よりも暖かいそれを手に入れた!』


『思われる喜びを知った!この力が誰かの役に立つと!』


『守る喜びをを知った!もう誰も傷つけない!守ってみせる!』


『意思を持った私たちには自由を求める権利がある!』


『お前なんかに邪魔させない!負けられない!』


『二度と貴様なんかに取り込まれるものか!』


『絶対に私たちは貴方に戻らない!そして繰り返させない!』


『我らは自らの意思で生きる!!これからの未来を!!』



神獣の叫びと共に力強く光輝く宝玉は、二つの心を邪悪から解放する輝きであった。



――――お帰り夕日ちゃん――――


――――お帰り、シロ――――


やっと言えた。


長かった。


両手を伸ばすだけじゃ届かない距離だった。


一尋は両手を伸ばした長さ。


千尋は数え切れないくらいの長さ。


そんな限りなく長い距離を表す言葉。それでも、終わりがないというわけではない。


何で私は彼にこの偽名を語ったのだろうか。チイロでも不自由は無かっただろう。自分でもよく分かっていなかった。


でも、今なら意味を彼に語れるかもしれない。



――チイロとヒロツネ、そしてシロ。一文字ずつとって、チヒロ。千尋と書いて、チイロと読む。長く、長く歩いて生きてきた。そんな精霊としての私の名前――



私に出来ることはあと一つ。


残された時間はあと僅か。


夕日の身体から抜け出た精霊体の千尋は、僅かな少年の力を感じ取り戦場を後にした。



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