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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『哀れな者が見た光』

皆哀れである。


そして自分自身もまた、救いようのない程に哀れである。


故に、私は救いを求めたのだ。





元ファンダーヌの騎士団長を務め、引退後はファンダーヌ聖王国第二王女、エリエル・シェルトール・ロフス・ファンダーヌの側近となった。


十五の頃、出稼ぎのため村を出て騎士団に入隊した。


三十三の頃、病死した副団長の後釜として抜擢される。第三部隊長として


三十五の頃、騎士団の後輩と婚約する。子供には恵まれなかったが、騎士団を抜けた彼女は孤児院の手伝いをするようになり、二人でまるで自分達の子供のようだと笑いあった。


三十九の頃、父が他界。酒の飲み過ぎだと医者に言われたが、父はこれまで普通だったのだが、何のストレスか、突如酒とギャンブルの借金だけを残してあの世へ旅立つ。あぁ、一応俺と母も残していったのか。


四十の頃、大規模な人身売買の裏取引摘発を任される。結果、リストから亡くなった父も加担している事が分かり、それを知った母は火に飛び込んだ。リストを見るとどうやら私には妹が居たらしい。何故今私に妹がいないのか、真相は闇と火の中だ。でもきっと妹がいたら今の王女のように扱っていたのだろうか?いや、それは無いな。


四十三の頃、我が師騎士団長のバグダルトが引退する。既に歳は五十を回っていた。そして私はその跡を継ぎ騎士団長として騎士団を纏めた。丁度その頃、王妃様が身ごもったというニュースが入る。物静かな少女が生まれてくるのはそれから数ヶ月後だった。


五十の頃、騎士団長を止め、六歳となった王女の世話役兼教師となり、いずれ良き跡継ぎとなるべく戦争や経済などの知識を多く教える事となる。だがその少女はあまりに聡明で一を知れば十の事悟り、二十の疑問を尋ねてくる少女であった。五十もの年を生きてきた私ではその少女の疑問に半分も答えてやれなかった。対して自分はまるで少女に知識を奪われていくかのように、急速な衰えを感じていた。私は戦場に立つよりも恐怖した。妻が亡くなったのはそんな灰色の空が広がる朝の事だった。


そして声をかけられた。まるでその思いの隙間に入り込んでくるように。



「その身体、知識、経験、全て衰えぬ不老不死の新人類に興味は無いかな人間。その研鑽された頭脳、鍛えられた肉体、失いたく無いでしょう?それは失うにはとても惜しいものだ」



男に言われ、私は密かに準備を進めた。


男は私の身体に無数の血、細胞を混ぜた。途端肉体の衰え、知識の消失が止まった。


この技術があれば私は朽ちぬ肉体を、消えぬ知恵を、無限の魂を手に入れられるのだ。


だがこれはあくまで仮の処置であり、完全なる不老不死の肉体を手に入れた訳ではないと言われた。


強制的に老化を止めただけであり、この命は時と共に削られていく。


波に攫われる砂の用に、少し、また少しと寿命は消えていく。


魔力が足りない。


永久的な不老不死には、エネルギーが足りないのだ。


魔力を自己生成する宝玉、動力の心臓部が足りないのだ。


それを身体に埋め込めば――――。


そして私は裏切った。


誰にも分かってもらえない。この身が朽ちる恐ろしさを。この命が削られる苦しみを。私という存在が消えてしまうという恐怖を。


私は何を成した?


騎士団長になり、人の命を幾人か守り助けたか?


王女の世話役となりその疑問に全て答えてあげられたのか?


否。否否否っ!!



「私はこんなところで終わる人間ではないっ!私は凡人では無いっ!!吸鬼なんぞにっ、分かってたまるかっ、お前達と違いっ、短い人としての寿命を全うしなければならないこの苦痛がっ!!」


「分からなくもないわよ。でも、不老も不死もそんなに良い物じゃないわよ」



互いに鋼の剣がぶつかり合う。


夫から受け継いだ光と影の剣、聖天下十剣白影光。


相手が持つのは城から盗んだ音の鏡を作る剣、聖天下十剣創音響。


十の剣のうち九つは夫が打ったもの。


ぶつかり合う剣はその内の二本。


かつて湖で夫の持っていた剣をあろう事か一度見間違えている私は、その効力が未だに消えていない事に安堵した。


ならばまだ、彼らにも希望はあるという事だ。


一度は彼らと対立したが、彼らが夫と同郷の人間だというなら多少は親近感も湧こうものである。


風王奏という名を借りに与えられたあの剣は夫が元々持っていた剣だ。


そして九つの剣を纏める核ともなるべき剣であり、どのようにして彼の手に渡ったのかは分からないが今はこの剣を守らなければならない。


完全に力を取り戻した魔獣を止めるには、この十本の剣が不可欠である事を夫が生きていた頃に聞いていたからだ。


それほどの力を持つ魔獣であるからこそ、レミニアはこれから訪れる大陸の危機に対して魔獣を味方につけようとしたのだ。


彼らに砕かれるより前に目覚めさせねばならなかったため全ての十剣は揃わなかったが、それでも欲しがる宝玉と封印を解いたことを条件にすれば手込めに出来ると思っていたが、それもニールのおかげで全ての計画が崩壊した。


今ではこの魔獣こそが大陸を支配してしまう程に力をつけてしまっている。


私には償いきれない責任があるのだ。


夫が封じた魔獣。旅をし、夫が九つの剣を打ち、飛び散った魔獣の魂を宝石に変えた。


その魔獣を妻である私が起こしてしまった事。


ニールを止められなかった事。


多くの責任が私にある。


そして、こんな風に人を堕落させてしまったあいつと同じ種族として、私がけりをつけよう。


人として殺す事が何よりのこの男への罪滅ぼしだ。



「時は全てである。何を成すにも、時が無ければ何も成せぬ。知を学ぶ事もっ、心を磨く事もっ、それを形にするのもっ!!全てが寿命という短い時の中で行われる!!時は全てを与えてくれる!!師を越える事も、多くの知恵を得る事も、無限の寿命は無限の価値を与えてくれる!!」


「長くたって、所詮なせることは変わらない。それに長い時を生きた私だから言えるわ。時は苦痛よ。不老不死の利点がそこにあるのなら、デメリットは死ねない事。死ぬことを許されない事。永遠と生きることは幸せから苦痛へと変わるわ。終わらない自分に恐怖し、狂って、苦しんで、悩んで、そして終わらない。幸せをため込めず、苦痛だけが募っていく。生きるための支えの理由に、欲望を使ってはいけない。生きるためには、支えとなるのは愛だけ。何かを愛する、その心だけ。約束も、願いも、その愛の延長線上の形の一つ」



アークス・ガランドーラは怒声のように強い口調で言い放ちながら、それに対してレミニアは諭すように声調を落として互いに剣を振るう。


自分で言っておいて恥ずかしくなるが、私自身がそう感じているのだから仕方がない。


レミニアも自分で言っておいて、ふとあの人の事を思い出す。


もう死んだ人間の為だけに、その人との約束だけが、私の心を今も支えている。生きようという気持ちに直結している。



「そんなもの、信じたところで何になった!?与えられるのは裏切れる絶望と悲しみだけだ!!父と母は自ら死を望み、そうして何を残した!?死人は喋らぬ!!死人は世界の歯車から外され消されるだけだ!!」


「死が恐いのね。死は辛く悲しいことだけど、悪い事では無いのよ。それは世の摂理であり、世界の始まりから存在する仕組み。生まれ、そして死ぬ。死を認め、乗り越えることは心を育て育む礎となるのよ」


「乗り越える!?はっ、まさしく凡人か聖者が言いそうな事だ!」


「凡人や聖者を毛嫌いしてどうするのかしら。それこそ一番価値ある存在だと私は思うのだけれど……それが通じないならしょうがないわね」



レミニアの持つ剣がギラリと閃く。


後ろに距離をとったレミニアがその剣をアークスに向けて睨み付ける。


そして強い思いを抱く。


理解させない。


全てを否定して、殺す。



「大衆に一石を投じる。そんな価値ある存在にありながら、それが出来る存在になったというのに、道を踏み外した貴方には見せてあげるわ。本当は秘密にしてきたことなんだけど、私なりに貴方の存在は評価しているのよ。だからそのご褒美というやつね」


「何を――――」


「年長者からの助言よ小僧」



再び大地を蹴ってアークスに肉薄する。


それを創音鏡で受けるアークスは笑みを浮かべたレミニアの真っ赤な瞳に一瞬気を取られた。


まだダッシュの時に浮き上がった、レミニアの白く長く、玉によって二つに括られた髪が宙に浮いている。



「死を受け入れなさい臆病者」



瞬間、剣以外の全ての場所が切り裂かれた。


吹き出すのは己の鮮血。


滲むのは視界。


何も理解できず、これまで培ったものを全て否定されて死んでいくのか俺は。


一体、一体なんだったのだろうか。これまでの私の人生とは。


これ程まで呆気なく終わるものなのか。



「人として死ぬ。人だから死ねる。それを認めなさい。死は生きる者にのみ許された特権なのだから」


「っかはっ…………!!」



少なくない量の血を口から吐き出し、私は仰向けに倒れた。



「貴方の事を思って斬ったわ。人である貴方を思って」



自ら命を絶った両親とは違う事に、何故か私は歓喜した。


私は殺された。誰かに、思われながら。


死ぬと言うことは、生きていたという事。その証なのだ。


つまりはそういう事なのだ。


死を目前に、そんな事に今更気がつくとは。


一体、何を何処で間違えたのか。


なのに、何故私は不老不死や宝玉の魅力に溺れていたのだろうか。


あんなもの、私が積み上げてきたものに比べれば大した物ではないではないか。


目の前の少女以上に、私のことを思っていた少女がいるというのに。


もっと価値あるものを、私は手にしていたというのに。


うっすらと、血に混じった涙が頬を伝う。



「頼……みが……ある」



まだこの口が動くうちに、まだこの命が尽きぬうちに、言わねばならぬ事がある。言わねばならない人がいる。


最早聞こえぬほどに小さな声ではあったが、レミニアはしっかりと頷いた。


もう遅いかもしれない。


それでも……もう少し、もう少しだけ足掻く時間をくれ神よ。


この凡人の願いを、僅かでも――――



「当たり前よ。貴方は不老不死の化け物じゃなくて、人なのだから。その辞世を聞き届けましょう」


「王……女に……すまな……かった…………と」


「ええ」




裏切った事を謝りたかった。


父や母と同じ、慕う者に裏切られる気持ちに対して同じ事を王女にしていた事を。



「ありが……とう……と…………――――――――」


「ええ」



こんな愚かな自分を慕い、微笑んでくれた今は立派な女の子に。


自分の口から言えないのは少し後悔を感じるが、それは裏切った私に対する罰だと受けとめよう。


これで、何も残すことは亡くなった。


私は積み上げてきたものが消えていく事が怖かった。


しかし、私が死んでも残るものがある。それを悟るのに、えらく遠回りをし多くの人に迷惑をかけてしまった。


それが分かった今、心は不思議と落ち着いている。



「今、楽しにしてあげるわ」



少女は地面に落ちていた創音鏡を拾うと、それを高々と振り上げた。


アークスにはそれが、キラリと光った切っ先がまるで己の行く先を指し示す光のように感じた。


自分にとってそれはきっとあの女の子だったのだ。


その光を捨てた自分の頭上に、光が戻ってきてくれたようで、気がつけば涙を流していた。


無邪気に修練場に入ってきて足にくっついてきた、あの笑顔が。


父や母にその日の出来事を話す、あの微笑みが。


うっかりドレスを踏み転んで振り向いた、あの恥ずかしがる顔が。


好き嫌いをするなと言えば嫌そうな顔をしながらも頑張って食べていた、あのしかめっ面が。


部下である自分に怒る、あの怒った顔が。


そしてあの最後に見たあの涙の顔が、閉じた瞼の裏に鮮明にうつった。


そっと瞳を閉じたアークスの首をめがけ、その切っ先の軌跡は綺麗な半円を描いて一人の人間の命を終わらせた。


そしてサッと意識を切り替えレミニアは手に持った二つの聖天下十剣をまじまじと見つめる。



「これで、二本」



その時、背後で大きな打撃音が聞こえた。


近くまで一人の吸鬼が転がってくる。


至る所がボロボロになったその吸鬼がよろりとふらつきながらも立ちあがる。



「っぐぅ、やっぱり強いなぁ四天王ともなると」


「貴方もこちらについた方が無難よ?ハチ」


「レミニア……。いいや、僕は別に保身を気にしてあいつについた訳じゃ無いから」


「ふぅん」


「僕は見たいだけさ、ニールの成す事を。こんな事二度とないんだ。それを阻止しようとする奴を足止めして何が悪いんだい?…………ナナももう限界か」



その呟きにレミニアはナナ・ラトリとホーカー・セインの戦闘に目を向けた。


あちらももう終わりが近いようである。


いくら彼が他の三人より劣るとはいえ、守備能力を持つ事もあってか四天王である事には変わりない。


四天王最弱とはいえ、人類の頂点に立つだけはある。まぁ他の三人が強すぎるだけなのだが。


ナナは序盤から攻撃の手を休めずに攻撃を繰り返していた。


その疲れがどっと押し寄せたのか動きはみるみる鈍っていく。


いくら吸鬼とはいえ、全力で攻撃を続けていては疲れるのは当たり前だ。


その全力の吸鬼の攻撃を全て耐えきるあの男も人外であろう。



「流石南の砦といったところかしら。頂はもっと強いけどね」



そんなことは西の頂と拳を交え、ボロボロになって転がっていたハチ自身が一番実感していた。


あれこそ人外だ。



「本当に、やばいねあの強さは。強すぎる」



だが、だからこそ足止めの意味がある。


あれより強いのが二人もいる。北の双刀、東の六天。冗談じゃない。


そして聞こえる鋭い、空気を貫く音。


ホーカー・セインが突き出した槍がナナ・ラトリの身体を貫いていた。


全く、ああやって怒りにまかせて行動するから負けるのだ。


何時だって彼女は人間に対して怒っていた。


何があったかは知らない。でも、きっと辛い事を経験してきたのだろう。


僕だって、ゼロに拾われなければきっと野垂れ死んでいたし、能力を開花させることも、研究者となる事もなかった。


折角拾った命、大事にしようと思った。


でも彼女は違う。自分を支えるのはただ一つ、人間への復讐それだけであった。


それをずっと押さえ込んできたのは、きっと辛かっただろう。


だから、今回この地に降り立ってからどれほど殺人衝動を抑え込んできたのか見当もつかない。


理性を残していた彼女も、ついさっき戦う理由を見つけ戦闘に参加した。


やっと人間が殺せる。そう思って、一人も殺せず死んでいった。


所詮、そんなものなのだ。



「これ以上は厳しいか」



ニールの実験が見られないのでは、意味がない。


まだ死ねないとはいえ、これ以上の足止めも厳しいのが現状。


なお向かってこようと拳を構える四天王に対し、両手を頭上にあげる。



「よし、僕はもう不干渉。降参。参った。だから見逃してくれない?」


「嘘をついている、とも限らないし。敵に変わりないのなら、潰しておくべきね」



それはきっと文字通りの意味での潰すだよね?と内心冷や汗をかくハチ。


彼女が空中を歩ける以上、空へ逃げるという点は難しい。


とはいえ背後は魔獣が居て危ないし……。



「いやいや、本当に。離れたところで観戦するからさぁ。あ、君が僕を見張ってればいいんじゃない?」


「私としては、あなたを潰してあちらに加勢したいところではあるのよ」



ううーん、困った。非常に困った。


僕に彼女を倒す術はないし、逃げ切るのも難しそうだ。



「死にたく、ないなぁ……」



そう呟いた時だった。


周囲一帯に、とてつもなく重い何かがのし掛かる。


重力が増したような、空気に押しつぶされているような、そんな力が一人、また一人と地面に倒していく。


対峙していたハチとシェリアが地面に倒れ込んだ。



「何が……」



驚くシェリアが立ちあがろうとするが、身体が重く動かない。


押しつけられているような、引っ張られているような、そんな力が二人を地面に縫いつけていた。



「ふぅむ……これは近いのかもしれないなぁ」


「何がよ」


「何が……って、そんなの魔獣が完全体になるのがさ。魔獣の持つ能力は()そのもの。それは魔獣が岩だった時から解析できたからね。力を操る能力。言ってしまえば、僕たち吸鬼の能力もあの魔獣の能力の一変。僕も、ニールも、もちろんレミニアも。あの魔獣が放った魔力が人を吸鬼にしたんだ。その力が代々個人によって形を変えながら受け継がれた、ただ有る力(・・・・・)。それが吸鬼の力の正体さ。その全ての力を持つ魔獣の王とも、原初とも呼べる存在。そんな存在を研究できるなんて、研究者冥利に尽きるじゃないか。全ての宝玉があの魔獣に戻ったら、一体どんな事になるのか、そしてニールが成そうとしている事が、僕は見たいんだ」



そう、ただ見たいのだ。




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