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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『純なる輝き闇に集いて』



「っぐ……」


「お、目が覚めたか嬢ちゃん」



シェルヴァウツが抱きかかえていたアリスが閉じていた瞼を開いた。


ナナ・ラトリによって後頭部を強打されたアリスが目を覚まして周囲を見渡した。



「どのくらい寝てましたか?」


「ほんの数分だ」



どうやら気を失ってからさして時間は経過していないらしい。


油断していたとはいえ、後ろから敵に襲われたのだ。本来なら死んでいてもおかしくはない。


とりあえずは生きている事に感謝しよう。



「お、おい。まだ安静にしてねぇと」



魔力を纏い、翼を広げるアリスにシェルヴァウツが慌てて声を掛ける。


少しふらつきながらも、宙に浮かび上がったアリスはシェルヴァウツに笑みを向ける。



「大丈夫です。それよりも速くあの魔獣を止めないと」


「それもそうね。折角シェリアとホーカーが足止めしててくれてるんだし」



そう言って魔女ハートウィッチは大きなつばの帽子をそっと外し、それをシェルヴァウツに放り投げる。


いつも脱ぐことのないその帽子を捨てたことの意味を知るシェルヴァウツは、ただ静かにそれを見守った。



「ハート……」



あの帽子は自らの魔力の副作用を閉じこめるための物。


魔女はそれぞれ強大で特別な力を持つ。


ダイヤレス・セブンリッチなら知識。クローバート・ダウトローズなら結界。そしてハートウィッチ・ソラリティアは魔術。


それぞれはとても強力が故に副作用とも言うべき欠点を持っている。


全知の力は知らないことを知れる代わり、知りたいことを知れない迷子の力。


結界の力は何からでも拒絶出来る代わり、拒絶の力は彼女の命を蝕む諸刃の剣。


そして六天とは六つの魔力を自在に操る代わり、それぞれの魔力が個々の自我を持ってしまうこと。


通常、一人につき扱える魔力は一つ、多くても二つが限界だ。


その人としての限界を軽く通り越え、六もの魔力を操る力を持てばどうなるか。


魔力は精神や心と関係しあっていると言われるが、副作用もまさに心にまつわるものだ。


すなわち、一人一種の魔力を通常とするならば六つの魔力を扱えるならばどうなるか。


それを想像するのは容易い。


六つの人格が生まれるのだ。



「うーし、じゃあやってやんぜ」



閉じこめていた人格が、表に出てくる。


普段、閉じこめているのは本来の彼女の人格がいつ表に戻ってこられるかが分からないからだ。


もしかすれば二度と自我が戻ってこない可能性もある。


その危険を冒してもなお、帽子を捨てたということは彼女にもそれなりの覚悟があるということだ。


自分よりも小さな少女二人があの化け物に立ち向かうというのだ。


シェルヴァウツ自身も覚悟を決めねばならない。


ただひたすらに、隠し通せと言われて師から受け継いだこの刀の本来の姿を見せる時が来たのかもしれない。


アリスを抱いていて塞がっていた手が空いたおかげで、その両手は再び剣を握った。


抜きはなったその二本の剣を、互いに思いっきりぶつけた。


銀色の刃は砕け散り、その中から更に新たな刃がギラリと現れる。


美しくも鋭い刃二振りが砕け散った鋼を燃やし、炎を振りまきながらシェルヴァウツの両手に握られている。



「炎天舞。天を焦がし、炎は舞いあがる。此奴が、本当の刀身……」


「お、いい物持ってんじゃねぇかあんちゃん!」


「お褒めに預かり幸栄です魔女さま。ってことでそこの小さいの!三人で突っ込むぞ」


「小さい……?その呼び方はないよ!アリスって呼んで!!」


「悪い悪い。じゃぁ行くぞおちびちゃん!!」


「だからアーリースゥー!!」


「あっはっは、面白いなお前ら!!おっしゃ、ならいっちょ私がでっかいのをぶち込んでやるか!」



するとアリスとシェルヴァウツは魔女へと視線を向けた。


どうやら初撃は彼女がいただくらしい。


手を頭上に持ち上げ、足下には巨大な赤い魔法陣が明滅を繰り返す。



「深紅の血、鮮血の朱、染められた瞳は汝を射止める、牙を突き立て逃がさぬように、焦がし、焦がし、朱色の灰を吸え」



魔法陣から吹き上がった炎は渦を巻き彼女の頭上に二つの球体を作り出す。


炎の球体はその内部に秘められたエネルギーを放出しようと、内部から外へと脈打つようにうねっている。



「落ち付けって、今出してやるから。おら、いけ!カーディナローズ」



詠唱を終えるとハートウィッチが腕を九頭竜に向けて振り下ろす。


それと同時に二つの炎は一瞬にして最高速まで加速して九頭竜目がけて飛んでいく。


片方の炎の玉は九頭竜の首を二つ吹き飛ばし、もう片方は胴体に突き刺さった。


突き刺さった炎はまるで棘のように串刺しに九頭竜の身体を突き刺し、首と身を焦がそうと燃え上がる。


しかし、燃え上がる炎は一瞬にして消えてしまう。



『まだ力が完全には戻っておらぬが、身に触れていればぞうさもない……か』


「まだまだあっ!!」



水の槍を構えたアリスが九頭竜の頭上から突っ込んでくる。


先ほどから見せつけてくる圧倒的な回復力と九つの首を使った手数の多い攻撃に隠れがちだが、動きはそこまで速くないとアリスは踏んだ。


いくら首が再生しようと、心臓を貫けば生物は死ぬはずだ。


巨大な胴体めがけてアリスは槍を勢いよく振り下ろした。


だがその水の槍も一瞬でバラバラの水飛沫になってしまいアリスは目を見開く。



『我が力の本質は“支配”!!そのような唯の水の塊なんぞ――――』


「うおおおっ!!」



すぐさまアリスは両手を後ろに振りかぶり、その両腕に虹色の槍を作り出す。


それを振り下ろし、再度攻撃をする。


今度はその矛先の魔力を爆発させる。


その反動で煙が立ち込める。


煙から爆発の勢いで吹き飛ばされたアリスが上空へと飛び出してくる。



『煙たーい』


『こんなものっ!!』



首の一つがそのアリスの影を追って煙から飛び出してくる。


その首がアリスの浮かべた微笑みを目にした瞬間、胴体に激痛が走り速度を落とした。



「俺も一応忘れないで欲しいね」



煙に突っ込んだシェルヴァウツが双炎舞を両手に構え、九頭竜の足下に滑り込んでいた。


そしてバネのように地面から九頭竜の巨体に二本の刀で傷を刻む。


聖天下十剣の刃は九頭竜の固い鱗を容易く切り裂き、刃に触れた身から炎が吹き出す。



『なんだこの炎は!?』


「悪いけど、知らずに死んでくれ」



語らない、とシェルヴァウツは語り、心臓を目がけて再度剣を振り回す。


炎天舞は二本ある代わりに刀身が短い。


手数の多さをメリットとする炎天舞だが、この短い刃では心の臓を貫くには短すぎる。


とはいえ、悶える九頭竜もまた無抵抗ではいない。


九尾の狐の頃の手足とは比べ物にならないほど逞しくなった筋肉質の手足が、股下に潜り込んだシェルヴァウツを仕留め踏みつぶそうと暴れている。



「しつけぇ化け物!!」



そう叫びながらシェルヴァウツは傷だらけの九頭竜の身体に、新たに大きな十字の傷を増やした。


そしてその中心目がけて右手の剣を突き立てようと振りかぶる。



『ぐ、お、おおっ!?』



あまりの激痛に、両前足の膝を大地につける九頭竜。


自らの重みで更に深く食い込む炎天舞が九頭竜の肉を焼き斬る。




「遅くなったわね魔獣!」



そこに新たな声。


その手に煌めく二つの光がピンクのきらめきを見つけたアリスが飛び出す。




「だめっ!!」



キュウ・リッツァがエフレル・トルロインの家から奪った宝玉とテンから回収した宝玉を九頭竜目がけて放り投げる。


アリスが魔力の翼を折り畳み、キュウめがけて急降下する。


突然の強襲に反応出来なかったキュウが驚きの表情で視線を後ろにそらす。


水の槍がキュウの身体を貫き、アリス共々大地に墜落する。



「ぐ……」



溢れ出る血が雪に染みこんでいく。


その血が自分のものだと悟ると、キュウは笑みを浮かべ血を吐きながら笑い始めた。


不気味になったアリスが立ちあがってキュウを見下ろした。



「これで……みんな……」



彼女が何を言おうとしていたのか、最早事切れた相手に聞く術はアリスには無い。


しかし、涙を流し、血を吐きながらも何かを成そうとした彼女にも、並々ならぬ強い意思があったのだろう。



『クハハハハハ!!』



新たに二つの首の頭部から角が生える。



『良いぞ、これだ!この力だ!』


「っちぃ……!!」



突如動きを変えた九頭竜に、シェルヴァウツは股下から飛び出した。


九頭竜の動きを注視するハートウィッチの横まで下がる。


剣についた九頭竜の血がパリパリと音を立てて乾き、そして風に乗って再び美しい鋼色を取り戻す。


身体についた傷は一瞬にして全て癒え、シェルヴァウツは口に入った九頭竜の血を唾と一緒に吐き出す。



「そういえば、あの吸鬼は何処いきやがった?」



ハートウィッチがそう言って周囲を見渡し始めた。


その様子を見てシェルヴァウツも周囲を見渡す。


あの吸鬼を従えていた幹部、いや頭領格の男は何処へと消えた?


足止めをしていた魔女の二人は?


魔女二人を見つけることは容易かった。


巨大な魔獣二体と交戦する魔女の二人とチル・リーヴェルトとジャンジャック・デラボルタ。


そして吸鬼と交戦する男。


あの男は確か報告にあった、ファンダーヌの裏切り者アークス・ガランドーラのはずだ。


そして対するは吸鬼の少女。


そこにあの男の吸鬼の姿が見えない。


ハートウィッチは途端に言葉に言い表せないような違和感と嫌な予感を感じた。



「これで、宝玉は残り一つ――――」



九頭竜の頭上に、またしても新たな影が浮かび上がる。


紛れもなくその影は翼を広げたニールであり、その両手には二つの人影がぶら下がっている。


その二つの人影を握る手を、ゆっくりと離していく。


それに伴い重力に従って二つの影が落下してゆく。


その影に、黄と翠の光がまるで二人の命の灯火のように輝いて見えた。



「味方ごとなーんて、まったく酷いじゃねーかよぉぅ」


「いくらなんでも、兄妹にまで手を挙げるんなら僕は抜けさせて貰うよ」



その影と宝玉の光を、二つの影が交差して持ち去る。


大小二つの影がその翼を広げ、互いに顔を見合わせる。


小さい影は意識を失ったロクを抱きかかえ、生きている弟の顔をマジマジと見つめる。


意識を失ってはいるが命は元気よく鼓動を抱きかかえる手に感じる。



「正直、ここまでやられちゃもう飛び出さずにはいられなかったねぇ」



そう言ってサンを抱く男がボソリと口に出す。


その男の顔を見てニールは目を見開いた。



「何故、何故生きている……イチ・アッカー!!お前、確かに死んで……」



何時だったかの会合の時、この男はレミニアに首や身体を曲げられ殺されていたはずだ。


その死体を確実に僕は見ている。


何故、生きているのか。ニールには理解できなかった。



「どーぅしたよぉ、死人が生き返ったのを見てるみたいな顔してよ。ご自慢の能力で見抜いてみたらどうだ?」



サンを抱きかかえ、ニールを見下すイチはフッと嘲笑を浮かべる。


良かった。まだ生きているみたいだ。


抱きかけるその身にはまだ温もりがあった。



「あの時見たのは誰かの能力か、ヨン達の作った人形か、さてはて。まぁそんなことはどうでもいいか。さて、今言ったように、サン、それとテルア兄妹はあんたの所から抜けさせて貰うぜ。あぁ、この言い方だと違うなぁ。実際に俺ら二人はとっくに裏切ってたんだけどな」


「うん。もうこんなことされちゃ適わないからね。研究は出来なくなるけど、命あってのものだからね。サン、それとゴとロクには知らせてなかったけど僕とイチはとっくに寝返ってたから」


「誰に」


「言わなくても分かるでしょ。吸鬼まとめてるのって君とルシェナールだけでしょ。ゼロはルシェナールが殺しちゃったし。ま、途中で君にはついていけないって事でルシェナール側についたんだよ」



そう言ってヨンはため息をついた。


見抜く力を持っていながら、ルシェナール側についたことを悟られなかったのは本当に幸運だったと思い返す。


全員がレミニアを見限ったと思っていたニールだったが、実際にはイチとヨンがレミニア側についていた。


最終目的までは漏らさなかったが、遂に全ての宝玉を見つけたという事でニールも僅かながらに情報を漏らした。


ルシェナールの目的は宝玉を集め、魔獣を蘇らせ来るべき戦いの戦力とする。


その計画を知ったニールの動向を探るようにゴは命を受けていた。



「いつからだ!!」


「最初からさ。統合前から、俺達はゼロを抜けてルシェナール側についていたんだ。俺は死んだふり。ゴは間諜。まぁ強いて言うならゼロの所にいたときも俺はすでに間諜だったんだけどな」



そこでニールは気がつく。


あの会合での事も、全て茶番だったというのか!?


ルシェナールがイチを殺したあの行動は、茶番だったと――――油断させる、罠だったと。


レミニア側ににつけば裏切った代償がどうなるか、その行動の見せしめとなったイチが実は囮であったという事か。


事実、あのときニールはチャンスだと感じたのだ。


これで引き込みやすくなる、と。


それが、罠。こちらについてしまえばあちら側に寝返る気など起きないであろうという、思いこみをニールに植え付けた。


尚かつ、死んでいると思い込んだイチに自由に動く隙を与えた。



「そろそろご理解頂けたかな?手の上で転がしているつもりで、転がされていたニールくん。レミニア側の俺らに宝玉が二つも渡って、残る一つも人間と神獣側が所持している。魔獣はもう完全体には戻れまい」


「僕はまぁ、ニールが裏切らずレミニアに従っていれば別に干渉はするつもりなかったんだ。デメリットは無いからね。でも、でもゴに手を出した。あいつに、宝玉ごと食わせようとした。使い捨てにされるくらいなら、もう未練はないよ」



少し、両者の間に静寂が訪れた。


実際には周囲で戦闘が行われているため騒がしいほどなのだが、両者を包む空気はまるで張りつめた糸のようにピンとしていた。



「そうか。一本とられたな。しかし――――残念だったな」


「あ?」


「ん?」


「魔獣の引力は、もはや完全に近づいている。直接食わさずとも、魔獣自ら引き寄せる」



意識を失う二人の腕に握られた宝玉が、力無い指を押しのけ宙を舞った。



「何!?」



その様子を見て咄嗟に腕を伸ばすイチであったが、宝玉はまるで引きつけられる磁石のように一直線に魔獣を目がけて飛んでいく。


同じように、隣にいたヨンが抱きかかえるゴの握る宝玉もまた魔獣めがけて飛んでいく。


あっけにとられる二人の目の前で、九頭竜がその二つの宝玉を新たに体内に取り込んだ。


高らかな九つの叫びを聞きながら、誰にも聞こえぬ声でニールは呟く。



「あと少し……あと少しだ」



この力を手にするまで、あと少し。










「そろそろ終わらせよう。シロ」



小さな人影が、巨大な巨体の前に立つ。


大切な、人と獣の心を救うため少女は九頭竜の前に立ち塞がる。



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