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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『躊躇いを振り切って』



「どけよ!」



ガツンと強烈な打撃音が空気を振るわせる。


にも関わらず、その鋼の装甲は傷一つついていない。手応えもそれほど無く、それを感じたクローバートはすぐさま後ろに引いた。


目の前を巨大な黒い虎の爪が空気を切り裂く。


横を駆け抜けようにも、この魔獣は絶対に通さないという意思が感じられる。ただの絡繰りだというのに。


まるで意思を持っているかのように感じてしまう。錯覚だと分かっていながらも。



「不気味な奴だ」



対して横目でダイヤレスを見ると、彼女もまた劣勢に立たされてた。


全てを知る力を持つダイヤレスでさえその対処が出来ずにいた。


彼女の強みはなんと言っても何でも興味のない事を見通す事が出来る点だ。


少しでも無意識になれば、必要な情報は何でも見通してしまう。


一見万能のように見えるこの力にも制約はある。


一度でも興味を持ってしまえばその事に対し、一度関心を無くさなければならない事だ。


知りたい、という欲求は興味の上に成り立っているからだ。


故に、彼女は何事に対しても無関心を貫く性格を作り上げた。それが強みだと悟ったからだ。


しかし、そんな彼女でも無関心にはいられなかったらしい。


最初に飛び出してきた白い蛇は投げて倒す事が出来たようだが、二体目はそう簡単にはいかなかったらしい。


それもそうか。


あの子が関わってるんだから、力が出せないのか。無関心ではいられないのも仕方ない。


何せ私もそうなのだから。



「さぁて……妹の成長を見てやりますか!変な奴に操られて、今楽にしてやるからな」



拳同士を目の前でガツンとぶつけ、気合いを入れるクローバートは玄虎と視線を交わらせる。



「楽しそうだな嬢ちゃん。いっちょ手伝ってやろうかい?」



そう思った矢先、突如背後から野太い声が投げかけられる。


どっすどっすと雪を踏みしめながら無精ヒゲの男が現れた。


着ているものはボロボロだが、それでいて逞しい筋肉やその幾多もの困難に打ち勝ってきたかのような鋭い瞳が威厳を纏っているかのようだ。


クローバートの横までやって来た男を横目でチラリと見る。



「ジャンジャック海賊団の頭領として、困ってる女の子は助けてやれってー海賊の掟は破れねーからなぁ」


「女の子といっても見た目だけだ。歳はお前より遙かに上だぞ」


「んだよ。女の子ってのを否定しないなら別にいいじゃねぇか魔女さんよぉ。それとも鬼って呼んだ方がいいか?」



ケケケと笑うジャンジャックと呼ばれた男はそう言いながら剣を抜く。


透き通るような氷の刀だ。



「盗み聞きとは関心しないな」


「盗むのが仕事でね」



ジャンジャックはそう言って、肩に彫り込まれた刀と袋のマークを見せつける。


欲しいものは奪って袋に詰めろ。そういう意図があるこの世界での賊を表すマークだ。


山賊はこのマークに山を表すマークが、海賊にはこのマークに波を表すマークがついている。


このマークはある意味山賊や海賊の中では団結を表し誇りを意味する。


それを捕らえる側としては見分けやすくてありがたいマークではあるのだが。


このジャンジャック・デラボルタという男もまた海賊であり、恐らくこの大陸の海域全てにおいて一番名の通っている海賊である。


最大最強の海賊にして、これまで一度も捕まったことのない海賊として有名だ。


各地には名だたる猛者との戦いがまるで伝承のように残っている。



「俺もあいつら吸鬼どもにはたっぷり仕返しをしてやりたいもんでね。我が家の家宝を船ぶっ壊して持ち去ったんだ。冷静じゃぁいられねぇな」



クローバートはそれが宝玉のことだと察する。


そしてその手に持つ刀に、異様な気が渦巻いているのが分かる。



「聖天下十剣か」


「おう。よく分かったな。氷を司る氷龍泳だ」



その刀身はまるで向こう側が透けているかのように透き通っており、まるで氷そのもので刀をうったようだ。


聖天下十剣などそうそうお目にかかれる代物ではないが、恐らく本物で間違いないのだろう。



「ま、期待しない程度には期待しているよ」


「それ、期待してねぇだろ」



呆れたような顔でデラボルタはため息をついた。



「さっさとぶっ壊して、吸鬼のやつをとっちめなぁあかんしな」


「あぁ、それには同感だね。じゃぁさっさと終わらせちゃおうか」



妹を殺した怨みもあるしね――――


二人と黒の虎が同時に雪を蹴った。


そのとき、強烈な衝撃波が二人と一体を襲った。





ダイヤレス・セブンリッチは息を荒げていた。


いくら身体能力が高い魔女といっても、こうも全力で動き回ることはそうそう無いのだから。


いくら殴っても、投げても、全く効果が無いように感じてしまう。いや、実際効いていないのだろう。


打撃技や投げ技は相手を攻撃の衝撃でダメージを与える技だ。


殴れば拳の、蹴れば足の、投げれば地面にぶつかる衝撃を受け、その衝撃がそのままダメージへと繋がる。


それが効いていないとなると、物理的な攻撃を何らかの理由で受け流している事になる。


想像以上に素早いその攻撃はギリギリダイヤレスでも追いつけるかどうかの速度であり、なかなかその突破口を探れずにいた。


最初に破壊した固体とはやはり何かが違うのだと見るべきだ。


シュッと予備動作もなく、牙を剥き出しにして蛇の頭が襲ってくる。


それを屈んでかわし、頭上に向けて蹴りを放つ。


その細い足が白い蛇の首を狙う。


足は確かに物体に触れ、足を振り上げる勢いは微塵も殺されていない。


しかし手応えを感じない。すぐさま向きを変え、襲い来る双牙を転がってかわす。


その繰り返しばかりで、何も見えない。



「まだ、躊躇っているのかしら」



この妹が作った絡繰を壊す事に。


未練断ち切れず、力を出せない。


相手は殺す気で来ているというのに。



「加勢するわよ」



キラリと灰色の空に白い陰が浮かび上がり、白い軌跡が白蛇を狙う。


その新たな敵を察知した白蛇はその攻撃地点を予知し、長い胴体をうねらせる。


だが、空中で突如制止し落ちる方向が突如変わったその人影から逃げ切れず、切っ先が尾の先を捕らえた。


呆気なく切り落とされた尾がゴトリと地面に転がる。



「あのでっかい化け物は私には無理。化け物は化け物に任せるに限るわ」



彼女の言う化け物とは恐らく、九つの頭を持つ魔獣と四天王の事なのだろう。


ダイヤレスは白い髪の女を見た。


蒼天駆を持ち、現れたのはアルデリア聖王国の騎士団長チル・リーヴェルトであった。



「んで、魔女さんが苦戦するあいつはなんなの?」


「あれは絡繰。ただし、かなり速くて身体が自由に動くから、上手く攻撃が通らない」


「……あの長い身体で殴っても叩きつけても衝撃を受け流している、あるいは触れた箇所を同じスピードで動かして威力を落としているか、って所ね」



そのチルの推理に、ダイヤレスはなるほどと感じた。


力を使えば何でも知れる。


だからこそ、自分で考える事を忘れていたのだ。


それに気がつくのに、恥ずかしいほどに時間を使ってしまった。


知らないものを知れてしまう。故に無関心を貫き、考えるという事そのものを忘れていたのだ。


能力で分からないなら、自分で考える。そんな簡単な事を何故忘れていたのか。



「…………全く、恥ずかしい限りだな。何が全知だ。これでは何をすればいいか分からないただの迷子そのものじゃないか」


「ん?」



ボソリと呟いた魔女の呟きはチルには聞こえていなかったようで、何か言った?とでも言うような顔をしている。


顔を上げたダイヤレスは一つ深呼吸をする。



「よし、倒そう」



思いは断ち切れた。


あの機械を壊したところで、彼女は悲しまない。私も、後悔しない。


その決断を下した瞬間だった。



「何?」



闇の靄が全て吹き飛んだのだ。


あの魔獣を中心として放たれた波動によって。








徐々に力を取り戻しつつある九頭竜は高らかに笑い声を響かせた。


豊富な魔力の塊である神獣の力を僅かながらに取り戻し、碧、茶、水、黒の宝玉も取り込みその巨大な身体にも変化が現れ始めた。


四つの首には角が生え、額には鮮やかで禍々しい光を放つ宝玉が埋め込まれている。



「いやはや、どうしたものかね……」



サッと後ろに引いた四天王の面々はそれぞれ顔をしかめる。


徐々に強くなる九頭竜に対し、突破口が見えない事に徐々に四人は焦りを感じていた。


それに加え――――


落ちてきたアリスを抱えたシェルヴァウツが叫んだ。



「ハート!まだ何も思いつかねぇのか!?」


「出来たらやってるわよ!」



斬っても、殴っても復活する首が九つもあるため全く決定打を与えられている気がせず、その事で何をしているのか分からなくなってきている事にハートも気がついていた。


だがしかし――――


だがしかし――――これは…………


二体の吸鬼が大盾を持つホーカーと素手で攻防するシェリアに襲いかかっている。




「四天王がこれじゃぁ残りの3人も底が知れるね。ま、敵は魔女以外だけどね」


「お、俺は四天王でも最弱!あいつらと一緒にするな!」


「してないよ。だって所詮は人間だからね」



この瞳…………怒りか。


魔女以外、そしてシェリアも入っているということは男女でもない。


何に怒っている?


ナナ・ラトリの強烈な魔術を織り交ぜた空中からの打撃を盾で捌くホーカーは吸鬼の考えを読めずにいた。


鋭い視線が盾を動かす隙間から覗き、その秘められた意思の強さに怖じ気づきそうになりつつもホーカーは防御に徹する。




「湖でテンと張り合ったらしいね」


「あの吸鬼か。大分しぶとくてね、仕留めきれなかったよ」


「いやぁ、僕もあいつの傷を見たときは流石に肝が冷えたよ。あいつ、吸鬼の中じゃだいぶ強いんだよ?そんなあいつをボコボコにしたんだから、君は十分強いよ」


「お前も今からボコボコになるんだぞ」


「あー……やっぱりそうなっちゃよねぇ……」



やれやれといった表情をするハチ・ウィーカーとそれを下から睨み付けるシェリアが相対する。



「僕はね、見たい物が見れればそれでいいんだ。そのためには、もう少し君たちを足止めする必要があるみたいだからこうして仕方なく君の前に立ち塞がらなきゃいけないんだけど、君が戦う気が無いっていうなら僕は別に戦わなくてもいいんだよ」


「上から目線が気に入らないわ」


「あーぁ、いや、本当に戦いたくないんだよ?ショーが始まる前に、折角準備したショーを潰しちゃ意味ないじゃない?静かに開演を待たせてくれてもいいじゃないか」


「もう幕は上がってるじゃない」


「いやいや、確かに魔獣復活を開演とするなら確かに幕は上がっているね。でも始まりの魔獣の復活を第一幕とするなら、これから盛り上がっていくのは第二幕。物語は盛り上がってなんぼでしょ?」


「もう十分盛り上がっていると思うがね。そろそろ幕引きじゃないか?」


「ご冗談を。まだ、見たい物が見れてないんだ。帰れるわけないね」



しょうがない、とハチはスッと腕を横に広げる。


それを見て警戒するシェリア。



「いややな、そんな警戒せんでもいいでしょ」



パンッと、手を合わせるハチがニコッと笑った。


その音がシェリアの耳に届き、そして膠着が解けた。


後ろ!?いや、違う!!



「っしっ!!」


「おおう!?っとっと、危ない危ない」



突如シェリアの左手から現れたハチが動きを止めて後ろに下がった。


後ろからその戦いを見ていたハートウィッチとシェルヴァウツが驚きの表情を見せる。


何せあの音が聞こえた瞬間、まさにその瞬間、突如としてハチの姿が消えシェリアの横に現れていたのだから。



「何をした……?」


「いやいやいや、分かってないのに止めたの!?」



冷や汗を流しながら後ろにスッと引くハチは引きつった笑みのまま凍り付いている。


うっそだろー……そんな、僕の能力が効かないなんてねぇ。一歩分速かったら顔がつぶれてたよ。


いや、違う。能力自体は理解できていない。言動から見ても嘘でもかまかけでも無いはず。


いくらテンみたいな戦闘専門じゃないとはいえ、人間程度が吸鬼の身体能力で、その上能力を加味しても――――



「四天王の名は飾りじゃないね。もう少し情報データよりも保険をかけて行動すべきでしたか」


「データじゃ何も分からないわよ。何処まで調べたのか知らないけど、知りたいなら拳で語るわよ?」


「いやいや、拳は勘弁。口で語って欲しいねぇ。でもまぁ――――」



うーん、これは予想以上に足止めは辛そうですね。


宝玉の力を借りれば何とかなったかもしれませんが、魔獣が宝玉を求めている以上はそれは避けるべき事。


それ以前に手持ちの宝玉はすでに魔獣の体内。


残りの宝玉はキュウの持つ紅と桃、サンの持つ黄、ゴの持つ翠、そして一角天馬の白。


相手側の戦力と対峙しているのはキュウとサン。ゴは隠しているし一角天馬は魔力と宝玉を狙う魔獣といずれはぶつかるはず。


魔獣の強化は順調……とは言い難い。


もちろん少しずつ完全形態に近づいてはいるものの、神獣も全て取り込んで完全な存在となるまでには実験に踏み切るには速すぎる。


とはいえ四天王を押さえておかなければ、何が起こるか分かったものではない。


現状、一番止めなくてはいけないのが大陸の頂点に位置する四天王と三皇の魔女。次に聖天下十剣持ち。


その全員をこの地に投入してきているのだから、これはもう人間と吸鬼の総力戦と言っても過言ではない。


各地を襲い宝玉を集めたはいいが、その事で相手にも余裕が無い事が見て取れる。


いくら吸鬼が人間よりも優れた身体能力をもつとはいえ、人間側も最強と言ってもいい面子を揃えてきている事もあり――――形勢は悪いか。


チラリと氷の柱が砕け散った方角を見る。


こちらの最強が倒された以上、リーダーにもどうするか聞きに行きたいところではあるが、助けにいけるその余裕もない。


先ほど聞こえたニールの叫び声も気にはなった。しかし、腕の一本ならまだ間に合うし最悪自分がなればいいだけだ。


まずは宝玉が集まらなければ、話しにならない。


だからあれ程皆が集まるまで待てばいいと言ったのに。急ぎすぎたなニール。


とはいえあの時点ではまだレミニアに従っていて裏切る前だ。あまり怪しまれる後のばしはできなかったのかもしれない。


いくら再生能力があるからといって、あの魔獣も死なない訳ではないはずだ。


それを考えれば、何度も何度も首を落とされ四肢を傷つけられるのは阻止したい。


不安要素は出来る限り排除。


最優先は四天王を、魔女を止める事。


イレギュラーが多すぎたが、何とかそれぞれ役割をもって動けてはいるようだ。


あちらも改造した絡繰りの魔獣で魔女を二人足止め出来ているようだし、あの人間もレミニアを止めてくれている。


皆頑張っている。


それぞれ見ている方向は違えども、それぞれの目的に向かって立ち向かっている。


しょうがない。僕も少しリスクを冒すか。


溜め込んだ情報を、こういう相手を倒すために使うなんて僕らしくないな。


あえて戦闘を避けているハチが、その躊躇いを振り切ってシェリアに敵意を向けた。



「でもまぁ――――偶にはいいかもね。拳で語るっていうのも」



自分らしくないと分かりながら、睨み付けたシェリアの瞳もまた自分を敵として見つめていた。


動かす人が多いです。そして主人公は今だ出番来ず。

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