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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『受け継ぐ者』

「帰れる……のか?」


「恐らく。絶対の確証はありません。しかし何百年とこの世界を見てきた私でも他に帰還の方法を知りません。試してみる価値は十分あるはずです」



玄元が小さな少女に向かって元の世界に帰れるのかと問う。


その問いに対する少女の答えは確証こそないものの、唯一見つけたその帰還への道しるべは日本人達に大きな希望を与えた。


それに千尋自身も、兄が残したこの方法が間違っているとは思わない。



「ですが、その鍵となる天之瓊矛をつくる前に行わなければならない事があります。もちろんその元となる十本の神剣と九つの宝玉を集めるという事もありますが、それよりもあなた達二人にとってはそれ以上に大事な事があるのではないですか?」



そう言って、千尋は稲田健次郎と湊実を見つめた。


その視線を向けられた二人は互いに顔を見合わせる。


千尋が何を指しているのかを察したのだ。


二人が思い浮かべた、目の前にたつ少女の顔。



「この身に、彼女の心を取り戻す。それが私の最後の仕事です。響霊、いらっしゃいますか?」



そう虚空に向かって語りかける。


その何もない空間に一つの光が雪のように舞い降り、輝きを強めた。


これが恐らく、話しに聞いていた神獣の一体なのだろう。


この世界では響霊と呼ばれる精霊の女王が神獣の一体だと聞いている稲田はこの光の玉が意思や感情を持っている獣だというのかと我が目を疑う。


実体の無い存在が生物だなんて、それでは精霊とは一種の思念体のようなものなのでは無いかと思ってしまう。



『千尋様よ。もうよいのですか?』


「はい。私はもう、十分に長く存在しました。精霊となった身でこの大地を見守り、そして使命を見つけました。もう、この身に彼女を戻してあげる時です」



光はスッと千尋をの横を通り、その後ろにいた稲田達の前で揺らぐ。



『異界の人間らよ。私たちは元々ただの獣でしかなかった存在。今の力はあの禍々しき魔獣の配下にあった魔力を宿しています。いえ、正しくは我々神獣は魔力と龍、馬、魚、鳥、狼、蛇、鹿、土竜、そして精霊という九体の獣と宝玉に宿った自我と混ざり合った存在なのです』


「宝玉が自我を持っていた、と?生物なら兎も角、物に意識があるという事か?いや、日本でも付喪神という言葉があったんだ。あり得ないとは言えないか」


『天之瓊矛に飾られた宝玉であった私たちは天地創造の後、昔大和の各地で地脈を治める役割を果たしていました。その過程で民衆からあがめ奉られた私は信仰の対象として思念を宿しました。ですが私たちはやがて九尾の狐に取り込まれ憎悪に染まりました。その汚れを取り除いたのがこの千尋様の兄でした』


「ここで上総広常か」


『宝玉を九尾の魔力に染められ、我々は自我を封じ込められました。そこで主は九尾の狐を討ち取り、我々思念体は九尾そのものの魔力と自我を持った魔力に分離されこの大地に散り散りになったのです。思念体を持っていた我々は意思を核に魔力の塊として各地の力を持った獣に乗り移り、九尾の魔力は一部悪意の塊となって散ったもの以外は霧散してマナとして大地に降り注ぎました。とはいえどちらも宝玉だった魔力。我々を開放してくださった主に忠誠を誓い、我々神獣は霧散したマナを一定期間で順に浄化するようになりました。封印されたとはいえ、未だにマナは一定期間を迎えると悪しき瘴気ミアスマナとなってしまうのです』


「それがマナの実りか。大陸全土で同じ祭りが行われているのはそういう事だったのか」


『しかし主は一つ危惧をしていました。我々神獣が大地を治める力を持つが故に、意図して平穏を崩してしまう可能性を捨てきれなかった。大地を治める者として、人間側にも神獣を抑制する力が必要だと主は考えたのです。それが神子という存在でした』


「神獣のストッパー役……」


『神子は鍵。神獣と神子は力を半分ずつ分かち合い、両者の暴走を押さえ込む抑制力としました。神獣が暴れればそれを押さえ込む力を、人が力に溺れれば大地の実りを質にする。そういった関係だったのです」


「じゃあなんで今私たちの中にその神子の力が宿ってるんだ」


『狭間の世界。覚えていますか?』


「あの真っ暗な世界の事か?」



稲田や玄元達は一斉にこの世界に来る時に放り出された真っ暗な空間を思い出した。


重力があるのか。地は、天は、何処が北で何処が南か、何も分からない真っ暗な空間にバスごと放り出されたあの衝撃は未だに忘れられない。



『あの空間は私たちが住むレ・ミリレウという空間で無の世界という意味がある。人が飛び込んできた事など初めてだった。そなたらを救おうとしたが、無に飲み込まれ存在を消されないためには膨大な魔力の衣が必要だった。我々精霊は獣とはいえ、所詮は思念体に近い存在。緊急措置ではありましたがそれぞれの神獣に許可を取り、神子の力を彼らに譲渡しました』


「なるほど、ね。僕たちから神子の力が消えたのはそういう訳があったのか」



そう言って聞こえてきたのは少年の声だった。


その声に全員が振り返ると、そこには数人の男女が立っていた。


皆二十歳を超えていないであろう歳の男女であった。


今この場で話を聞いている稲田や佐竹らよりは幼く、小学生ぐらいの少年も居れば大学生くらいの女性もいる。




「初めまして。僕の名前はウィン・リンド。一応最年長みたいなんで元神子のまとめ役をさせてもらっています。あちらの会議ではご挨拶できず申し訳ない。風の風刺龍の神子をやっていましたが、今はしがない木こりです。数人足りませんがご了承を」


「稲田健次郎。三十九歳だ。一応私も最年長ということでまとめ役をやっている。気にしなくてもいい。こちらも全員揃っていない」


「そうですか。では手っ取り早く。一応僕らは雑用係として連れてこられましたが、此処までの惨状だとは想像していませんでしてね」



少年はそう言いながら苦笑いを浮かべて暴れる九頭竜を指さした。



「魔獣だけなら手伝えるかと思ったのですが、吸鬼も一緒ときたものですし魔力を押さえる靄のようなものも漂っていましてあまりお力になれないかもしれないと思ったんですが……少しお話に聞き耳をたたせてもらいました。その剣と宝玉あつめ。混ぜてもらえませんか?」


「こっちも会ったことは無いけど同胞を傷つけられたんですから、黙ってみているという訳にもいきませんで」



そう言って一人の女性が少女を抱いて前に出てきた。



「その少女は?」


「ライ・メルティン。雷を司る金角の神子だった少女です」



ウィンはそう言って少女の髪をそっと撫でた。


傷ついた白い肌に触れ、そして苦虫を噛みつぶしたかのような表情を浮かべた。



「これでも僕たち元神子の中では最も強いと言われていました。僕でも彼女の放つ雷撃の前では手も足も出ません。その彼女が吸鬼相手に足止めをした結果がこの有様です。遠い地から僕らを集める中、一番近かった彼女には辛い役目を押しつけてしまいました。何度謝っても言い足りないくらいです」


「一度負けたってのに、また此処に戻ってくる心意気は謝るより褒めてあげるべきだとおもーぜ」



そう言って腕を組んだ状態で現れたのは一人の獣人であった。


膝下からは獣の足が、人間の耳にあたる部分にはまるで犬のような獣の耳がピクピクと動いている。


彼女の背から見え隠れするフサフサの尻尾がゆらゆらと揺れている。



「ウーリィン・ティリッシュ。獣人族だ。とりあえず成すべき事は聞いた。手伝うよ」


「ちょっと待て。君は見方なのか?」



佐竹の質問は周囲の疑問の的を射ていた。


突如現れた獣人の少女が見方だと、誰か言ったのだろうか?


ウィンもそれに気づいて「そう言えば傷ついた彼女を連れてきたって事で有耶無耶になっていたが、君は一体誰だ?」と獣人の少女に問いかけた。


どうやらこの獣人の少女が傷ついていたライ・メルティンをここまで連れてきたらしい。


あー、と獣のようにボサボサになった長い髪を掻きながら面倒くさそうに指さした。



「あぁ、そうか。えっと、カンバラ・センの知り合いなんだけど……いや知り合いというかなんというか……とりあえず知り合い。うん。そういう間柄」


「君はこの辺りの獣人族なのかい?」



ウィンはウーリィンにこの辺りに住んでいる獣人族なのかと問いかける。


獣人族は今でこそ人と交流を持つことも少なくないが、それは大陸の南部や東部に多い傾向にある。


かつて大陸を二分した大戦で、人族と獣人族が共闘したことによりその交流が始まったとされる。


しかし当時侵攻してきたアグレシオンもまた人族であった為、支配地となった北方では獣人族は今でも人族を避ける傾向が強い。


逆に南部や東部はアグレシオンの侵攻を止めるべく、獣人族や吸鬼も含めて大陸を守るために戦ったためその絆は今でも残っているといえよう。


もっとも、人族に裏切られたと感じた戦争に参加した吸鬼達はほぼ全滅に近かったためそういった交流の糸は切れてしまっているが、獣人族では今でも仲間意識を持って接してくる者が多い。


あまりにも普通に接してきたものだからウィンもそう思ったのであろう。


しかし彼女は首を横に振り「北方出身。でも人と仲良くした私は異端らしいから村との縁は切ってきた」と言う。


その証拠にと、獣人族は集落ごとに身体の何処かに集落の紋様を入れる習わしがある。その紋様に縁切り者としての×に似たマークが刻まれている。


太ももにそのマークがあるウーリィンは恥ずかしげも無くその紋様を見せる。


一度迷いの森を抜けた後、彩輝達とは別行動をとっていた。


道すがら出会ったラカーシャを近くの村まで送り届けた後、自らの生まれ故郷の村を訪れていたのだ。


そこで村を出ると村長に言い残し、友だった者。恩人だった者。全員を置いてウーリィンは村を捨てた。


迷いは無い。


ずっと疑問に思ってきた。


そして短いながらもカンバラ達と旅をして、人も獣人も何も変わらない事をこの身で感じた。


ガルトニールとロルワートの戦争によって一時は別の森に逃げていた村の獣人達も今では村に戻っていた。


その様子をこっそりと眺めた彼女は静かに森を後にした。


いつか村のみんなも人と暮らしていける事を信じて――――


彼のような人と出会える事を信じて――――


そうして集合場所であったこのシーグリシアの森へと向かった。


その道中、傷つき倒れた少女を発見する。


掠れた声で彼女は森へと向かっている事を伝えた。


その身体では無茶だとウーリィンは言ったがどうしても行かなければならない使命があるとその少女は言った。


村の紋様を見せ確認をとったウーリィンは何をすればいいと問いかけた。


部外者の自分に彼らも全てを語っている暇は無さそうである。


巨大な九頭竜が雪の窪地の中心で暴れている姿を見れば、誰が悪い奴かなんて言わずもがな分かるものである。



「剣と宝玉を集め、あいつを滅する祭壇を創る。兄が果たせなかった宝玉集めの旅。そしてその目的。それを今ここで果たす」



それを聞いた元神子、そしてウーリィンは剣と宝玉を求めて走り出した。



「そして彼女の魂を、心を、この身に取り戻す!」



吸鬼に奪われた湊夕日を助けるのだ。


それが湊千尋の最後の仕事だ。


そうして振り返り、上目遣いで稲田を見上げた。



「私が消えた後、鍵の件よろしくお願いしますね」



そう言って少女は稲田に巻物を渡す。


――も、長く生きすぎた。だがこれで我も――


この身に少女の魂が帰ってくるという事はつまり最後までこの少女が手伝うことは出来ないという事だと稲田は気がついた。


この巻物を一番速く読み解けるのは恐らく自分だ。


年長者としての責任もある。



「確かに受け取った」



そして彼らの頭上からは白い羽が舞い、足下には虹色の波紋が広がった。






 「これでも駄目なの?」


「ち、斬っても潰してもきりがないな」



鋭い獣の前足がシェリアを襲う。


それを避けるシェリアの上空から龍の口が牙を剥き出しにして襲いかかる。


その首をシェルヴァウツが斬り飛ばし鮮血を撒き散らす。


ごとりと落ちた首がスッと闇のように消え、新たに首から流れる血が泡立ち顔を形作る。



「心臓を貫いても、頭を潰しても、四肢を切り落としても駄目とは、こいつは本当に生き物か!?」



巨大な一本の尾が黒い闇を薙ぎ払うようにしてホーカーを襲う。


その尾を盾で受け止めるホーカーは鑓で反撃をする。



「あの黒い首を落とせ!」



黒い靄を吐き出し続ける首を狙うようハートウィッチが指示する。


そのハートウィッチはなんとかして神獣に噛みついた龍の首を外そうと、様々な魔術を放つがどれも効果は見られない。


暴れる神獣達にその首もまた振り回される。


大きな音を立てて地面が揺れるほどに、その巨大な首と大きな土竜が地面に倒れ込む。


この靄はどうやら神獣の魔力も押さえ込むようであり、いくら神獣といえども一筋縄ではいかない様子であった。


それどころか噛みつかれた神獣はその力を九頭竜に吸い取られていくようであり、次第に噛みつかれた神獣の動きは鈍り、九頭竜の再生力は増していく。


四天王とはいえ、力を増し続ける五つの首を同時に相手にする事は厳しく、神獣の開放を悉く邪魔してくる。


現在神獣の開放の為に動けるのは五つの首を引きつける四天王以外には、噛みつかれていない神獣の風刺龍と氷狼王、加えてユディス、セルディア、リリッド、そしてチルである。



風を操り首を切り裂こうとする風刺龍と氷の爪で胴体を切り裂く氷狼王。


しかし、最初は鱗を切り裂き肉体を凍らせていた魔力も次第に効果を薄めていく。


純粋な物理攻撃は有効であるが、接近することは厳しくあの残った五本の首に捕らえられればもはや反撃すら出来ないであろう。


それほどまでに、神獣は九頭竜を恐れていた。


一定の距離をとりながら風を操る風刺龍は攻め方を変えようと一度上空に向かって距離をとった。


氷狼王は攻撃を与えては離れるの繰り返しで致命的な一撃を与えられずにいる。


となればこの場で一番有効な攻撃は一つ。



「でりゃああああ!」



炎の鳥に絡みついた龍の首を上空から一直線に振り下ろされた蒼天駆が切断した。


投げ出されるかのようにして不死鳥がふらつきながらも翼を広げ飛び立ち、切断された頭は一瞬にして再生する。


だが頭が切断され、不死鳥を逃がした事に他の首が咄嗟に対応する。


四天王とせめぎ合っていた首のうちの一つが逃げようとする不死鳥に狙いを定める。


グンと突如加速した首に、着地したばかりのチルは反応できなかった。



「くっ!!」



反転、チルが首に向かって駆け出そうとした時だった。強烈な振動がチルのその動きを止めた。


思わず尻餅をついてしまったが、そのおかげで冷静に状況を確認することができた。


九頭竜が右前足を地面に埋めて膝をついている。


そして地面の中から何かが飛び出した。


小さな人影は一気に九頭竜を飛び越え、そのヒレのような翼を広げる。


するとクルリと空中で前転し、不死鳥に迫っていた首を鞭のように撓る魔力の尾が脳天に直撃する。


真っ直ぐに伸びてた首がグッと曲がり、ゆらりと地面に倒れていく姿を尻目にチルはそらを見上げた。



「危なかったね」


「君は……?」



突然現れた少女にチルは戸惑う。


まだ子供もいいところの歳の少女だ。しかし――――



「私はアリス。アリス・メルストン・アクアラグ――――ううん。アリス・カギヤ・アクアラグナ!」



水龍の神子となった少女は母と龍の性を受け継ぎ、蘇る。


身に纏う水の色は七色に輝いていた。



主人公放置気味ですねなんだか。あぁ、いえ、忘れてなんかいませんよ?


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