『城下見学』
「すごいですね。全部見たこと無いものばっかりです」
俺は見たことのない未知の食べ物や商品を前にして目をきらきらと輝かせていた
城下に降り、自分が住むという第4地区へと足を運ぶ
第4地区は半分が居住区、もう半分が商業区となっており、活気があふれている
王都の第1地区が王城、精霊殿など国の中心部
第2地区は上級貴族
第3地区は下級貴族
第4地区は商業区と居住区を兼ねている
第5地区は居住区となっている
民間人が住むことができるのは第4、第5地区のみであり、第4地区に住む者のほとんどが商人である
それぞれ輪を描くように等間隔で区切られている
地位のない民間人として俺が住める限界は第4地区
できるだけ城に近いところにするという意図もあったらしいが、その申し出を俺は断った
そのために地位を貰うというのはなんだか気が引けたからだ
貰えるものは貰っておいた方が良いのかも知れないかとも思ったのだが・・・
「いやー来るときもすごかったけど、やっぱり初めて見るものには興味がそそられるなぁ!」
ここに来るのに俺は乗り物を使った
重要人専用水路があり、そこをダトルと呼ばれる生物に船のようなものを引っ張ってもらったのだ
見かけは亀そっくりなのだが大きさが1~2メートルくらいある大型での生物でその甲羅の上にはダトルを操る人が乗っている
そしてなんといってもそのスピードが凄まじい
モーターボートに乗っているかのような感覚を味わった(モーターボートには乗ったことはないが)
なぜこんなに早いのか聞いてみると
「ダトルは見たとおり水の魔物でな。魔法で水を押して体を進めてるんだ」
というのがアルレストの回答であった
正直ピンと来なかったが、それよりも興味をそそられるものがたくさん目の前にあったため、そちらに意識が行ってしまう
にぎわうその地はたくさんの人であふれかえっている
貴族街と市民地区の境目にある第4地区は多くの人が利用するためにこのような形になっている
外からの物資が届きやすく、またお客が買いやすい場所になっているこの第4地区はいつもこのような感じなのだという
そして第4地区は他の地区に比べて歩道が多いのが特徴である
これは買い物をするのに船だと不便であることと物資の補給のほとんどが陸路からによる事から第4地区は数十年前から歩道が中心の地区になり、水路のほとんどは地下を通り、橋を架けたりしている
もちろん水路専用の場所もあり、船着き場のような場所も用意されている
「ほら、あいつ探すぞ」
「あ、はい」
おいていかれそうになり、俺はあわててアルレストさんを追った
人が多くて走りにくかったが何とか追いついた
「でも居場所がわかるんですか?」
「まぁな。一応あいつの魔力の痕跡を追っている」
「魔力の痕跡ですか?」
「あぁ。まぁ説明は難しいがとりあえずあいつに近づいているってことは確かだ」
そこまで言うとアルレストはあたりをきょろきょろしていた俺の腕を引っ張った
果物が並ぶ店の前に行き、銅貨を数枚出して果物を一つ受け取った
そしてその果物を俺に渡す
「ほら、興味があるなら一度食べてみるといい」
「あ、そんな、いいのに」
「気にするな。ほれ」
果物を受け取りまじまじと眺める
「この世界では割と親しまれている果物でシビルの実だ。そっちの世界には無かったのか?」
渡されたシビルの実は黄色い皮に包まれた果実でつるつるとした皮が太陽の光を反射してきらきらと輝いて見えた
「えぇ、たぶん無いと思います。少なくとも俺は見たこと無いですから」
「別名黄金の実ともいう。今はみれないが次の月になる頃には木になるシビルの実は黄金色のように輝くんだ」
「へぇ・・・」
皮ははがしやすいように上に切れ目が入れてあった
俺は人混みを抜けて脇にでる
それを摘んで皮をむくと中から真っ白い果肉が現れた
「おぉ、バナナっぽい触感!それで居てリンゴのような味・・・」
甘い甘いと食べていると種のようなものが歯にあたる
「普通はそれは切ってから食べるものだ。そうやって食う奴は初めて見るな」
「え、そうなんですか?」
「果物なんて一口大に切ってから食べるのが普通だ。帰ってから食べるものだと思って買ったんだが・・・」
「ふーん、それが普通なんだ・・・」
やっぱり異世界になると妙なところで生活の違いを感じる
そりゃまぁこの世界でも切ったりした果物を食べるけどさ、でもスイカとかバナナとかは普通にかぶりつくよな
リンゴとかも普通は切るけどかぶりつく事も無くはない
「そうやって食べるのは獣がほとんどだからな。人前でやると下品に見られたりするからやらない方がいい」
「あ、そうなんっすか。わかりました。以後気をつけます」
なるほど、果物をそのまま食べるのは下品っと・・・
勉強になるなぁ
俺は口に含んだ数個の種をプププッと地面にはき出す
「これがスイカならなぁ・・・」
「起用だなお前」
そしてその光景を建物の陰からこっそり見ていた子供達がその真似をして、種をはき出し何処までとばせるか、というゲームが子供達の間ではやったりするのだがそれはまた別のお話
「これって皮まで食べても大丈夫ですか?」
「ん?別に害は無いと思うが・・・」
「んじゃ」
むいた皮もすべて平らげた彩輝を見てアルレストが奇妙な目で見つめる
それに気がついた彩輝はどうしたのかと尋ねるとどうやら皮は普通は捨てるものだという認識があったらしく、そのためその皮まで食べてしまった俺に驚いているらしい
「残さず食べるのがお前らの世界の常識なのか?」
「いや、常識ってわけでは無いですけど・・・。皮なんて林檎ぐらいに薄いですし気にならないですよ?それに皮と実の間が栄養詰まってるってよくいいますし」
「そうなのか?」
「でもこんな薄い皮なのにバナナのようにむきやすいとは・・・恐るべし。そのままかぶりついた方が・・・、いやでも無礼に見えるんだし・・・」
「ほら、どうせ食べるなら早く食べてしまえ」
「あ、はい」
俺はあわててそのシビルの実を飲み込むとアルレストさんを追いかける
一方アルレストは少し急いでいた
早く隊長を見つけて職務復帰させないとあとでとばっちりを受けるのは自分なのだ
あーぁ、またきつく叱ってもらわないとな・・・
血塗られた扉にしてくれたお礼もしないとな
左右をたくさんの店が並ぶ中、二人は大きな広場に出た
中央には噴水があり、その周囲をあけて多くの人たちが集まっていた
あたりにはベンチや木々が立ち並び、花壇のようなものも見受けられて市民の憩いの場というのを言葉で表したような広場だった
「何ですかこの人だかり?」
「これか?これはグエラーといって、まぁこの国に伝わるルールに則った方法の決闘方式のことだな。この場所は王都の中でも開けていてよく決闘に使われる場所だからな。そこまで珍しいものでもない。むしろ名物みたいなものだ」
「へー、決闘って・・・さすがに殺したりはしませんよね?」
「そういう対戦方式はあることにはある。このグエラーという決闘だがいくつかルールがあってな。守らなかった場合、周囲の観客からボコられる」
「怖っ!」
「まずは決闘をすることを両者がこの広場で叫ぶことが決闘の合図になる。聞いた決闘審判者の資格を持つ者、今の場合はこの観客全員が資格持ちだな。民衆の半分以上は資格を持っている。そして資格を持つ者は絶対に審判をしないといけない。ルールその1、決闘をするときは決闘の審判者全員に決闘理由を述べること。その2、対戦形式に沿わない戦い方をした場合、その違反者の命の保証はできない。周囲の観客の感情しだいだなこりゃ。その3、途中棄権は審判者の過半数以上了承が必要。これを守れば大人から子供までだれでも決闘ができる。故に殆どこのルールを破る者はいない」
彩輝はこのものすごい人数の人間が一斉に殴りかかる姿を想像して身震いする
「グエラーには『ガート』『レディス』『カウズルモルト』という三つの形式がある。『ガート』は相手が負けを認めるまで死なない程度にいたぶる試合に近いと言えばわかりやすいかな。ちなみに魔法禁止な。『レディス』団体戦の時に行われる方式だ。複数人数での決闘の時にはさすがに場所が場所だからな、大抵王都の外で行われる野外戦だ。まれに市街戦になることもあるが・・・これは魔法の使用が可能だ。この二つは人殺しまでには発展しない。何しろ殺したら逆に周りの観客兼審判にやられるからな。まぁルール違反は無いといっても過言じゃない。この国の住民はそれほどグエラーにだけは逆らえない性分なんだよ。『カウズモルト』どちらか片方が死ぬまで続けられるというルールということになるかな。それと手段を問わずっていうのが鍵になる。これは国に申請する必要があるな。原因や理由を聞いて承認されればはれて公認の殺し合いという事になる。ここ数年は行われていないけどな」
「へぇ・・・って、ガウズモルトはどちらかが相手を殺すまで続くんですよね?でもいいんですかそんなルール」
「まぁ昔からあったからなグエラー。実は法はあれど、このグエラーにはいっさいの法律は関与できないんだ」
「え、でもそれだったら大量に殺戮しても罪にはとられないって事ですよね?」
「その代わりにすべての審判となる観客が居るんだ。この観客になるには実は試験が必要でな・・・。んまぁよっぽのどの事が無いとそこまでは発展しないし、それを観客が了承しないとグエラーは成立しないというルールがある」
「審判であり、制裁者ってことですか・・・」
俺ならたぶん一瞬で死ぬなこりゃ
今この試合を見守る制裁者は約100ほどである
買い物帰りの主婦のような人から頭にはちまき巻いた大工のような格好の職人、下は小学生くらいの年齢から上は腰を曲げて杖をつくしわくちゃのおじいちゃんまでと幅広い年齢層だ
「これ、賭け事とかにならないんですか?」
「賭け事?なんだそりゃ?」
「あー、そういうのは無いんだ。えっと簡単に言えばどっちが勝つかを予想してお金をかけるんです。で、勝った方にお金をかけた人は掛け金よりも多くの、つまり相手のお金をもらえるというものなんですけど・・・でも無いならないでいいと思いますよ俺は。お金は人を盲目にさせますからね」
「なるほどな。確かに一見遊び感覚の用だが恐ろしい一面があるな。人によっては中毒症状が出そうだ」
「こっちの世界でもそれで借金をしている人とかたくさん居ますしね。悪い文化は持ち込まないようにしないとなぁ・・・」
二つの世界は別々の文明の中で生きている
いいところを持ち込むことは許されるだろうが、悪いものを持ち込むべきではない
そういったところにも注意を払わなければいけないと俺は再確認させられた
これで賭博が流行り、借金まみれになる人が増えたら俺は責任を負わされるんだろうなぁ。怖い怖い
「今言った事は忘れてください」
「人ってのは何処までも醜い存在だな・・・わかった。賭け事の話は忘れよう」
「ところで今はえっと・・・『ガート』をやってるんですかこれ?」
「ん、だろうな。大人数の『レディス』ならばここでやらないだろうからな」
そこで俺はふと思ったのだがこれは決闘であり、殺人では無い
人の死を伴うことは昔から伝わる決闘とはいえ重いことではあるはずだ
だが決闘とただの殺し合いとを分けるためには、両者の承諾が最低限必要だ
その証言を人前でやらないことにはここまで人は集まらないのでは無いのだろうか?
これは確かルールの一つにあったはずだ
「あぁ、それか。まず決闘をする者はこの広場に来て、それから決闘の宣言をする。グエラーとは戦うことに意味があるのだからな。まぁ詳しい歴史は後で調べておくといい。こっちの世界の文字にもなれないといけないからな」
「実はですね、今文字の早見表を持ってきてるんですよ。役に立つかと思って」
実は城を出る前に俺は一度部屋に戻り、前に作ったこの世界の文字の早見表をジーパンのポケットにつっこんできていたのである
「あれ?アルレストさん、あの『じゅうや』って何ですか?」
適当に並んでいる店の看板の一つを俺は持ってきた文字の早見表で読み取る
すると現実世界では聞き慣れない『じゅうや』という文字が読み取れた
「あぁ、あれはまぁ魔物を買う店だな」
「魔物を買う・・・ペット?」
詳しく聞いてみるとじゅうやとは魔物を売っているお店のことで観賞用から家畜用まで多様な魔物が売られているそうだ
ちなみにこの世界で言う魔物とは魔力を持つ人間以外の生物すべてをさす言葉らしい
向こうでいう動物みたいなかんじかな?
「ま、国ごとによって魔物の定義は少し変わってくるがな。アルデリアでは人間、獣人を人間種として扱っているが、獣人などを魔物として扱ってる国もある」
人種差別、という事でいいのだろうか?
魔物の中でも野生のものを魔獣と呼ぶらしい
野生の魔物であれば魚だろうが虫だろうが獣じゃなくても魔獣となるらしい
「魔力を持ってるのに危なくないんですか?」
「まぁ見て和んだり楽しんだりするようなランクの魔物だ。そこまで危険な奴は売ってないはずだ。おとなしいはずだしそういった危険なのは店の方でも手に負えないからな」
魔物はどうやら種類別にランク分けがされているらしく、危険度の高いもの、希少性の高いものは売買の対象にしてはいけないという法律があるらしい
「家畜用は文字どおり家畜用の魔物だ。中型が多く草食なのが一般的で王都の外で主に放牧させて育てている」
「へぇ・・・。あ、なるほど。漢字なら『獣屋』ってことになるのか。うーむ、この変換の方法は奥が深いな。言葉とリンクして漢字まであるんだな・・・。ってことは英語とかでもいけるのか?」
試しに俺は聞いてみる
「そのランクの分け方ってどうなってるんですか?」
「ランクか?最上級がS。これはほぼ龍を指すといってもいいな。次に上からAランク、Bランク、Cランク、Dランクがある。獣屋で売ることができるのはDランクのみで、すべてのランクには+と−という分け方ができる。つまり全部で10段階に分けられるってことになるな」
「おぉぅ・・・英語が出てきた・・・」
AやBの文字が使われるってことに俺は驚いた
なんという翻訳能力
「え、ってことは龍が一番強いんですか?」
「そうだな。Sを表すドラゴンは成獣の時期を指していることになるがな。生まれてから1年の幼少期の間はBランクに指定されている。とはいえそこまで強くは無いから危険ではないとは思うんだがな」
「珍しいんですか?龍って」
「珍しいも何も王都まで現れることはまずほとんど無い。それに龍自体人に危害を加えることはほとんど無い。見た目に反して普段はとてもおとなしい」
なにか引っかかる言い方をするなぁ・・・
うん。普通はってところだね
「普段は?」
「普段は、だ。繁殖期に入ると凶暴化する。まず卵を産むために体力を蓄えないといけない。そのために普段よりも空腹による興奮でまれに人里まで餌を求めて降りてくる」
「人里って山に住んでるんですか?」
「巣は切り立った崖に足のかぎ爪で穴を開けてそこに卵を産む。それに子供が生まれた後は子育てであまり動けない雌と幼体の龍のために雄の龍は自分を含めて3匹分の餌を探さないといけない。そこで餌がなかなかとれないとこれまた興奮して人里に降りてくる可能性が高くなる」
「人を襲うんですか?」
恐る恐る聞いてみた
「当たり前だ。人間も肉の塊だからな」
「そ、そっすか」
おっかない
繁殖期にはあまり山には近づきたくはないなぁ・・・・
特に切り立った崖のある山には
「まぁ魔力補給もかねてほとんどが魔力を持つ魔獣を狙ってる奴がほとんどだ。魔力を感じ取って獲物を探すっていう説が有力で魔力の無い人間は襲われにくいという説がある」
ますます行きたく無くなった
なんといったって俺の体の中にはかなりの魔力があるらしいのだ
実際どれだけの量があるかはわからないが何となく俺は真っ先に狙われそうな気がするのは俺だけか?
「ま、ここまで来ることは無いし、気にとめておくぐらいでいいだろうな」
「はぁ・・・」
何というか、命の危険に関するお話なだけに手に汗握った俺はズボンで汗を拭く
あ、そういやずっと俺この服着てるな
洗濯機は・・・・無いよな。うん
となると手洗いか
で、その間別の服が必要になるな
そっか、服も買わないといけないんだなぁ・・・
と、俺がのんきに服の事を考えていたとき、目の前の人だかりが大きな声を上げる
決着でもついたのかなぁと思い、視線をあげる
が、一目でそうでは無いと確信した
なぜならばそれは賞賛の雄叫びでも、ルールを破った者に送る言葉でも無く、恐怖に怯える叫び声だったからだ
沢山の悲鳴はまるで人から人へと伝染するかのようにどんどんと広がっていき、すぐにそれはこの広場を埋め尽くした
アルレストもすでに異変に気がつき腰に差した刀の柄を握っている
上空を見上げる者
地面に倒れ込む者
崩れ去る人垣と中央で戦っていたと思われる二人の男は互いに武器を持ったまま天を見上げている
逃げまどう人々の何人もが彩輝やアルレストの肩にぶつかっていくが、その光景を見た二人もまた、そんなことが気にならないほどの事態になっていることに体が動かなかった
アルレストも彩輝もまた、動かぬ体と止まった思考回路が回復するのには数秒を要した
現状を何とか理解したアルレストが無言で腰に差した二本の刀を鞘から抜き放った