『求める者』
二つの刀がぶつかり合う。
研ぎ澄まされた美しい刀身がすれ違う瞬間、角度を変えて擦れ合う。
「この程度か、あぁん!?」
「ぐっ、この……っ!」
カイの蹴りがテンに迫る。
それを避けたテンはのし掛かるように重くなった刀身に体勢を崩される。
カイが両手で生流水ごと斬ろうと風王奏にかける力を強めた。
右膝を強く大地につき、耐えるテンは右手を離して魔力を込めようして魔力が腕に溜まらない事に驚愕の表情を浮かべる。
カイはその表情を浮かべた理由が分からず、だがそれでもそれが好機であると確信して今度は左足で蹴りを入れる。
だがテンもすぐにその右手を地面に向け、雪を掴んでカイに向かって投げつける。
雪による目隠しと衝撃にカイは思わず頭を仰け反らせてしまう。
そのせいで蹴りの威力が落ちたものの、足はテンの脇腹を捉えた。
両者バランスを崩し一度後退する。
「こんなところで、負けられるかああっ!!」
こんな奴相手に手間取っているヒマは無いのだ。
俺には、あの魔獣を止めるという使命がある。
この刀を持つものとして、この村に住んでいた皆の為に。
かつて、村を救おうとあの祠に祀られていた英雄の剣を持ち出した自分が成さねばならないのだ。
目の前の危機に対して必至だった。目の前のことしか見えなかった。だから今こうなっている。こうなってしまった。
「うおおおおっ!!」
風王奏を構え迫ってくるカイから一度離れようと、更に距離を取るためテンは翼を広げる。
上空に逃れたテンは仮面の男を見下ろした。
テンは何度か刀を合わせ、違和感に気がついた。
あの刀……なんだ?
テンは前回あの刀と斬り合った後、聖天下十剣についていろいろと調べてみた。
あまり詳しいことは分からなかったが、どうやらこの大陸に十本存在すること。
そしてそれぞれ魔力を宿した刀であるという事。凄まじい切れ味である事ぐらいしか分からなかった。
水、火、雷、土、風、氷、加えて闇、光、音の魔力を宿しそれぞれに何かしらの効果が現れるという事。
そしてこの生流水の最たる特徴は魔力を消費して刀身を水に変化させる事が可能だという事。
飛び上がり、刀に魔力を流し込むと今度は上手く魔力を操ることが出来た。
刀をカイ目がけて振るう。すると先ほどまで金属であった刀身は水の礫となりカイに殺到する。
そこで刀は水から刃へと戻る。
それらを全て刀でたたき落とすカイと視線があう。
「お前の力、そんなもんじゃぁねぇよな?」
一瞬にして距離を詰めたテンはカイの腹に蹴りをいれる。
刀で防ごうとするが間に合わず、カイの身体はゴロゴロと靄の溜まった雪の上を転がった。
靄に触れないように再度上昇するテンは立ちあがるカイを見下ろしてため息をついた。
手を抜いているのか?とも考えたが、致命傷はしっかりと割けているし先ほどの蹴りも深くは入っていない。
先ほどの気迫ある叫びも嘘という訳では無さそうだ。だがしかし、なんだこの違和感は。
相手の上を取っている。靄の中で魔力が使えない。だがそれだけか?
もっと、お前には強くなって戦って貰わなければならない。
ただ強いだけじゃない。
テンが求めているのは強者。
しかし強者にも二種類あり、一つは努力する強者。
努力することによって強くなる者。
そしてもう一つは才能に恵まれ努力する者。
努力と才能を兼ね備え、強くなる者。
テンは前者を捜している。
テンは才能というものを否定する。しかし才能が存在する事は否定しない。
物覚えの良い才能。努力の才能。それらは人によってばらつく、生まれもっての素質である。
そんなもので上下関係が生まれる世の中なのだ。この世界という存在は。
努力で埋められるものは才能によって速く埋まるか遅く埋まるかが変わってくる。
才能ある者と才能の無い者。世界は何故そんな事をしたのだろうと一度考えた事があった。
テンは全て人々の持つ才能が同じなら、努力した分だけ報われる世界になると思っている。
絵の才能。音楽の才能。魔術の才能。武術の才能。何故人は、吸鬼は、全ての生き物はそれぞれ優劣がつくのか。
そんなものは神にでも聞かねば分かるまい。
ただ、もし才能が無くても、努力だけで才能を持つ者を越える事ができるならば……と考えてしまう。
そしてそれを出来る者を探している。
自分には才能も無い。努力も無い。
何故なら全てを奪う力を持つからだ。
奪い、奪い、奪い、満たされぬ努力と才能の穴を埋めたい。しかし、それをすればする程に目的からは遠ざかる。
だから、純粋なる努力の塊を奪いたいのだ。
努力をし、積み重ねたそれを自分のものにしたい。
努力できない自分が出来るのは、それくらい。
親から奪った能力。成長速度。魔力。全て全てもらい物。
自分のものだという実感が湧かない。
さぁ、お前の努力を見せてみろ!俺を倒すと叫んだその石の強さを見せてみろ!
その全てを俺は奪う!奪い、そして俺は知りたい。
努力を手に入れ、それでこの奪う力によって空いてしまった穴を埋める!
努力によって手に入れたという、その努力の過程を埋めたいのだ!
あの仮面を叩き割り、しっかりとその瞳を見せてみろ!!
「奪うぜ、お前の努力の積み重ねを」
漆黒の翼を広げ、水のように刀身が透き通った刀を構えるテンはそう宣言した。
「さて、私たちは祭壇をつくろうと思う」
そう言って小さな無い胸を張ったのは湊夕日の身体を借りた千尋であった。
「祭壇、ですか?」
戦える者は皆出払ってしまい、周囲を見れば剣がぶつかる音。大地を捲るほどの大きな打撃音。巨大な魔獣の身動き一つで大地が震え、空気が震える。
戦場のど真ん中で、戦えない者は固まって周囲の護衛に囲まれていた。
護衛には騎士の鎧を着た者や元神子だという者も混じっている。
そんな中、異世界から来た稲田健次郎、湊実、玄元周平、佐竹幸男が小さな少女を中心に集まっていた。
「それは?」
「 三種の神器、八咫鏡と八坂瓊曲玉です」
「なんっ!?」
千尋は空中に4、50センチの直径の鏡と翡翠の勾玉が出現させる。
その正体を明かすと稲田は驚きの表情で空中に浮かぶ二つの神器を見つめた。
「本来は玉藻前、九尾の狐を封じる命を受けた兄の補助をするべく私が持たされていました。どうやら別の相手に使用することになりそうですが」
「ふむ。本来ならその時代のことをいろいろと聞きたい所だが、その暇は無さそうだな。しかし、それは本当に本物なのか?」
剣は兎も角、現代の日本において鏡と勾玉は現存するということにはなっていたはずだ。
源平の合戦に置いて壇ノ浦に沈んだとされる三種の神器だが八咫鏡と八尺瓊勾玉は回収され、しかしながら剣は回収できなかったという説も残っている。
現存するものは天皇ですら見ることを許されないというため、一般人には確認のしようがない神秘の代物だ。
それぞれ剣は熱田神宮、鏡は伊勢神宮、そして玉は皇居に安置されていたはずである。
いろいろと憶測はあるが、それが今目の前にあるこれだというのか?
稲田には未だに信じ切れなかった。
銅鏡は錆一つ無く美しい光沢を宿しており、勾玉にも傷一つ無い。
「あれってどういうものなんだ?名前ぐらいしか聞いたこと無いんだが」
と聞いてきたのは佐竹幸男であった。
確かに、一般の人なら教科書などで名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。
「それぞれ仁、知、勇を意味している神器だ。八尺瓊勾玉は仁、八咫鏡は知、そして天叢雲剣は勇を意味する。天照大神の孫にあたる 瓊瓊杵尊が天照大神からその三つの神器を与えれたとされている。今では代々天皇が受け継いでいるんだが」
「へぇ。ならそれって今日本にあるはずなんじゃ……」
横にいる湊がそう疑問を浮かべた。
確かに、これがもし本物なら日本には存在しないという事になるが。
千尋はその問いに答えるでもなく、話を続ける。
「鳥羽上皇によって三浦殿と千葉殿、そして兄の三人は討伐隊の将軍となり八万の軍勢にて那須野で発見したあの女に攻撃を仕掛けました。しかし九尾の術は想像以上に凄まじく我々人にはどうすることも出来ないほどに強力でした。八万もあった軍勢は半分、いやそれ以上の数の犠牲者を出し撤退を余儀なくされました。その知らせを受け取った鳥羽上皇は私にこの神器を持たせてくださいました。曰く鏡にて真なる姿を暴き、玉にて身を守り、剣にてその幻を斬れ、と」
「ふぅむ。神器の件以外はあらかた歴史の通り、か。撤退後に犬追物で騎射を訓練し、三種の神器を加えて再度九尾を追う、と」
「何その犬追物って?」
「ん?あぁ、流鏑馬って聞いたことあるだろ?」
「走る馬に乗って的を射るってあれか?えっと馬を馳せながら矢を射る、だっけ?」
佐竹さんがうろ覚えながらも正解を口にする。
確かに流鏑馬なら今でも残っており、度々テレビなどでも放送しているため知名度はそこまで低くはないだろう。
「テレビなんかでよく放送してたりしますよね」
「ええ。昔は矢馳せ馬って読んでいてそれが鈍ったらしいですけどね」
「私の時代にはそう読んでいたね。今ではやぶさめって言うんだね」
千尋の精神は確かにかつての日本を知っているのだ。平安の頃の生き証人なんて、もう二度と出会え無いだろう。
だからこそ、歴史に興味のある稲田はもっといろいろな事を聞きたかった。こんな状況で無ければだが。
「騎射三物っていってな、流鏑馬、それと笠懸、そして犬追物の三つがあったんだ」
「あった?」
「流鏑馬と笠懸に関しては今でも残っているが、犬追物は時代の波に逆らえなかった。鎌倉時代に始まり、おおざっぱに言えば大きなスペースに犬を150匹放して馬に乗った騎手が弓で射抜く競技だ。ただ射抜くだけじゃなく技やら作法やらあったらしいが、現存していないし私もそこまで詳しくは無いけどね。ただ相当に難しかったらしいけど」
「生きてる犬を弓で射る、ってなんか今だと酷く感じますね」
「まぁそうだな。まぁ昔から犬は人と生きてきたって部分もあるからな。今じゃペットって言ってるが、大昔ならもっと密接した関係だっただろうね。共に狩りをしたりってのも今でも残ってるんだっけか?まぁいいか。とはいえ実際には犬を殺さないような特殊な弓矢を使っていたらしい。だけど場所を取るし費用もかかるってことで徐々に消えていったらしい。丁度自国の文化を軽んじる部分があった時代だかってのもあるだろうけど。最後に残ってる記録は何時だったかな、1800年代の後半だったと思うがちょっとあってる自信は無いな。動物愛護的な意味合いでも復活は望めないけどね」
「ふぅん。犬追物は無くなったのか。まぁそれも時代の流れか。私も当時はあまり好きではなかったからね。っと、話がずれちゃったね」
「あ、っと棲まない千尋さん」
稲田は話を中断してしまったことを詫びる。
唯でさえ時間は貴重なのだ。そんなどうでもいい説明は後だ。
「そんな訳で私たちは九尾の狐を追いつめた。だけどトドメをさしきれなかった。九尾の狐は空間に穴を開けて逃げようとした。兄は狐の尾を切り裂いてそれを阻止しようとしたけれど、痛みで九尾の狐は空いた穴を制御できず九尾の狐、そして近くにいた兄と私を飲み込み私はこの世界に落とされました」
「そんな事があったのか」
「私は兄を捜して各地を旅し、そこで兄が持っていた刀を見つけます。この雪の積もった地のあの祠に祀られた刀を。しかしそれは本来石となった九尾の狐に刺さっているべきものでした。その頃からずっと封印は未完成だったんです。そのことに、あのとき気がついていればこうならなかったのでしょうが……私が精神だけで彷徨うことになってしまってからそのことを知りました」
彼女もまた自責の念を抱いていた。
祠から持ち出すべきではなかったと自責の念にかられるカイと、刺さった状態で無いといけないと当時知らなかった千尋の自責の念。
両者に非は無い。
だがしかし、その答えを知っていた者はいない。
責める者も何処にもいない。
「過ぎた事を考えてもしかたないです。出来ることをやりましょう!」
と、俯いた千尋に玄元が言う。
「そうです!」と続けざまに実が声を上げた。
ありがとう、と小さく呟いた千尋は手順を説明し始めた。
「元々、私は九尾を討伐するために神器を持っていました。一つしか無かったが為に、封印という形になってしまいました。ですが、この場には兄が残したものが全て揃っています」
「神器の天叢雲剣か?」
「それもあります。ですがもう一つ、兄は生前にこれを残しました。一体誰に当てたものかは分かりませんが、おかげで今それが役に立つ」
千尋はそう言って一つの巻物を取り出した。
かなり年季が入った巻物でだいぶ色あせてしまっている。
「ちょっとした伝で手に入れました。魔術が発達する前の時代の物なので一部掠れてしまっていますがなんとか見えますかね」
ぺろりと舌を出して巻物を一気に広げると、その内容を四人に見せた。
のぞき込むようにして四人はその内容を見つめた。とはいえ文字が古すぎて読めたのは稲田と千尋のみであったが。
「なんて書いてあるの?絵以外解読できないんだけど……」
そう言って稲田を見上げる実。
稲田もゆっくりとそれを解読していく。
「これは兄が残した刀、それと宝玉の扱い方の書」
円を描く九つの宝玉にそれぞれ剣が突き刺さっている。
そしてその中央の闇にそそり立つ一本の刀。
「これって……」
「聖天下十剣と」
「宝玉か?」
「その通り!兄は最後にこの鍵と扉の作り方を残していってくれた!だから私たちは扉をつくるんだ!!」
「鍵を残して、私たちが扉をつくる?扉って、なんの扉?」
実が少女に聞く。
全員が疑問に思ったであろう千尋の言葉に少女はニッコリと笑って言った。
それは誰もが待ち望んでいた言葉だった。
「聞いて驚きな!君たちを、元の世界に戻すための扉さ!!」
稲田は一人巻物を読み進めていた。
九つの宝刀。
九つの宝珠。
そしてあの魔獣を封じた天叢雲剣。
それらを鍵として扉を開く。
聖天下十剣とは九つの宝刀と一振りの神器からなる存在だったのだ。
そしてその下に、その鍵の名が記されている。
束とは単位であり、拳一つ分である。
また様々な伝承がある事から一つの剣ではなく、その長さの剣の総称だとされてきた。
だが、もしこれが本当ならば――――
十の拳の長さの剣ではなく、十本でワンセットの意味で十の束の剣だとするならば。
天叢雲剣、別名草薙剣を中心とした十本で一つの刀。
神話によって語られる神剣。
天叢雲剣
布都斯魂剣
天羽々斬剣
神度剣
七枝刀
胆狭浅大刀
生太刀
出石小刀
クトネシリカ
そして天之尾羽張
――――もしここに書かれているこの名が、私たちの住んでいた世界とこの世界を繋ぐ扉の鍵の名だと言うのならば――――
小さな汗が稲田の額を伝った。
巻物に書かれたその聖天下十剣ひとつひとつの名を確認する。
会議の時に集った十剣持ちは皆本物のこの剣を携えていたのだとすれば、私はなんという奇跡を目の前にしていたのだろうか。
そして魔法というものをこの世界で見ただけでなく、まさか日本神話そのものに触れる事になろうとは。
一体どれほどの奇跡を体験すればいいというのだろうか、この場所に私たちはさらなる奇跡をつくり出す。
――――私たちはこれから伊邪那岐と伊邪那美の二柱が国を産むために天地創造のため現れた五柱、別天津神達によって与えられた“天之瓊矛”を完成させるための祭壇をつくるのだ――――
心の穴を埋めるためのものを求め、元の世界に帰るための手段を求め