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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
138/154

『大陸を守る者』



靄が晴れたとはいえ、今度は視界は吹雪によって真っ白に埋め尽くされてしまう。


目を開けることすら拒みたくなるほど吹雪の勢いは増している。


そんな中、早苗は彩輝と唯を抱えて飛んでいた。


二人も一応は早苗と同じようにオーバーアビリティを行え、魔術や剣で貴重な戦力であることは確かだ。


だがそれは無傷で意識があればの話だ。


意識のない負傷者を守りながら戦えるほど、早苗は強くないと自覚している。


意識を彼らに割いたまま戦えない以上、この場から離れた場所に連れて行くほかない。



「ん?」



森の外へと向かう早苗の目に小さな人影が見えた。


木の上まで積もる雪の壁の前で佇む小さな少女の人影。


それがフッと雪の中へと消えた。


剣のようなものを持っていたような……って、



「よそ見してるヒマは無いかって、な!?」



強風にあおられた早苗はしっかりと風を捉え森の外を見据えた。


その瞬間、早苗は雪の上へと落ちた。いや、落とされたのだ。


咄嗟に体勢を立て直し頭からの落下は阻止したが、突如自分の身体。そして抱えた二人の身体が重くなった。


あまりに唐突だった事もあり、二人の身体が腕から離れてしまった。



「っ!!」



必至に手を伸ばすが、届かない。


真っ白な雪の大地が目の前に広がり思わず早苗は目を閉じた。







「紅蓮双月!」



首に十字の切れ目が入り、炎を吹き出した。



「ふんっ!」



首の真ん中に巨大な穴が開いた。


どちらも九頭竜の首から人影が飛び出してくる。


唾液でべとべとになっているが、それは四天王のシェルヴァウツとシェリアであった。


赤と青の炎を纏った剣を握ったシェルヴァウツは懐から汚れていない手ぬぐいを取り出しヨダレまみれの顔を拭き取った。



「ちょっと、普通そういうのは女子に譲りなさいよ」


「お前女子だったのか。っていうか女子ならそれぐらい携帯しとけ」



シェリアが腕をシェルヴァウツに指しだし先に手ぬぐいを使わせろと催促したが、シェルヴァウツは知るかと鼻息を荒くした。


舌打ちしたシェリアは仕方なく雪を掴んでそれで顔のヨダレを拭き取った。



「あー!びっくりした!」



その頭上に突如人影が現れる。ハートウィッチだ。


同じくヨダレまみれのハートウィッチは顔をしかめながらも杖を一振りするとヨダレが一瞬にして消えてしまう。


同じように杖を二人に向けて振ると、二人のヨダレも消えてしまう。どんな魔術だと二人は頭を捻ってみたが、ヨダレだけを消す魔術など術式自体想像できない。


それを難なくやってのけるからこそ、やはりこの小さな少女は侮れない。まぁ自分らより年増だしな。などと思っていたら何処からか石が飛んできた。



「魔力が使えないとか、本当に死を覚悟したね。うん」


「ってかホーカーどこだ?」



周囲を見回したシェルヴァウツがそう呟くと二人も周囲を見渡しその姿が無い事に気がついた。


ハートウィッチは杖を一振り。するとパッと空中にヨダレまみれのホーカーが空中に現れ、ガシャンと音を立てて地面に落ちた。


大きな盾やら槍やら防具を身につけていると身動きが取りづらいのだろう。ガシャガシャと藻掻きながらようやく立ちあがる。



「お前よくそれで四天王がつとまるな」


「し、仕方なかろう!狭くて槍は動かせないし魔術も使えなかったのだから!」


「身を固めすぎて動けなくなって自滅とか止めろよな南の砦さんよ。動ける砦だから強いんだろうお前」


「う……」



視線を反らしたホーカーであったが、もちろん彼が南の砦、鉄壁と呼ばれるのには別の理由がある。


そこには鎧や大きな盾、槍を使った防御も含まれる。が、それは物理的な要因に関してである。


彼は魔術の防御面で普通の人間にはない特殊な力を持っている。


それは例えばシェリアの空中歩行。


それは例えばシェルヴァウツの自然発火。


そして自分の術式上書。


相手の魔術の術式を上書きし、その効力を掻き消してしまう能力だ。


まだ幼き頃、この自身のもつ力には怨みしか持っていなかった。


宮廷の魔術師志願だった頃、まだ未熟故に自由に操れない能力のおかげで見方の魔術の術式を消してしまうという自軍キラーとあだ名を付けられ入隊を拒まれてしまった頃もあった。


そんな俺を騎士団に入隊するように進めてくれたハートウィッチとの出会い。


相手の術式を上書きする。それを欠点ではなく武器として扱う術を必至に学び、気がつけば当時最年少の騎士団長となっていた。


今でこそ最年少はアルデリア王国のチル・リーヴェルトである。それも女性とは流石に当時は驚いたが。


これまで特にその地位は固執するようなステータスでも無かったので何とも感じてはいなかった。


そしてある雨の日、再度ハートウィッチが現れた。



「やっぱり私の目利きに間違いは無かったわ!」



空席だった南の席に、これまで三天と呼ばれていた所へ自分が入り四天王となった。


四天王になったとはいえ、これまでと行うことは何も変わらない。


ただ国のために、部下のために、主であるくだけ。


二人の小さな王女の為にも、自分はまだこの地位を退くわけにはいかないと。


その意思故、大陸守護という役割を持つ役職を新たに与えられながらも、それを騎士団長という役職のままに全うした。


最も四天王に認められたとはいえ、あのこの三人の化け物に比べれば自分などまだまだである。



「さぁて、じゃぁ化け物退治と行きますか皆さん」


「それが目的だからな」


「その名に恥じる事するなよてめーら」


「その言葉、そっくりそのまま返すわよ単細胞」


「んだとシェリア!?俺に負けてピーピー泣いてやがったくせによぉ」


「もうっ。敵はそっちじゃないですよっ!」



ハートウィッチが言い争いを始めようとする二人を強制的に魔獣の上に転移させる。



「あ!?」


「っちょ!?」



もちろん二人は重力に従って魔獣めがけて落ちてゆく。


双剣と双拳がそれぞれ龍の首を捉えた。


シェルヴァウツは固い鱗を双剣の炎で焼き焦がして二つの剣は首を十字に切り裂き、シェリアは腕を合わせて思いっきり頭部を強打し、さらに縦に回転しながら踵蹴りを食らわせる。


首がごとりと落ち、その隣の首が大きな雪と土煙を巻き上げて大地にめり込んだ。



「っと」


「固いわねっ」



着地した二人はすぐさま後方へと駆け出す。


着地した場所にはすでに別の首が鋭い牙を剥き出しにして突っ込んできていた。


これまた大きく白と茶色の煙を巻き上げ、それを身に纏いながら長い首が螺旋を描きながら二人に迫る。



「速いな」


「速いわね」


「ふんぬうおおおおっ!!」



その首がホーカーの持つ巨大な盾に直撃する。


数センチ後退ったものの、その首の突撃を押さえきったホーカーは「今だ!」と叫ぶ。


すれ違い様に後退していた二人が踵を返し、その首に今度は襲いかかる。


下から掬い上げるようにして右足が九頭竜のアゴを蹴り上げる。


仰け反った首のど真ん中を真横から両手の剣で交差させて首を落とす。



「援護頼む」


「えぇ」



そのまま二人は再度九頭竜の肉体に接近する。


再生しはじめる二つの首を無視し、シェリアが叩き落とした首が動き出したのを見て踏みつける。



『ぐぇっ!』



すると、神獣相手に立ち回っていた首のいくつかがこちらを向いた。


そのうちの一体が首を真下に向ける。



『黒妃黒霧、天の使いは闇へと堕ちた』



地面を這うようにして雪の穴に闇が溜まり始める。



「っく、さっきの奴か!」



九頭竜の首の一つが先ほどまでこの場に溜まっていた黒い靄を吐き出す。


一瞬にして靄が膝のあたりまで溜まり、双剣を持つシェルヴァウツが歩を止める。



「こいつぁ……」


「どうしたのよ、突然止まって」



シェリアが突如止まったシェルヴァウツに疑問を投げかける。



「どうしたもこうしたもねぇよ」



ボッと音を立てて赤と青の炎が消えてしまう。



「魔力の遮断か?いや、にしては何か引っかかるな」


「本当、魔力が使えない。それに心なしか足が重いわね」



シェリアも自分の身体に魔力が巡らないのを確認し、手足を動かし動作を確認する。


僅かにではあるが、確かに身体が重くなったような気がするとシェルヴァウツも身体を動かして確認する。



『ぬ、おお!』


『ぐぬっ!』


『うああっ!』


『があっ!』



そのシェルヴァウツとシェリアの目の前に、頭上から三つの光が堕ちてきた。


白い光を放つ四つのそれは黒い靄を巻き上げるほどの勢いで地面に叩きつけられる。



巨大な紅に輝く火の鳥の首もとに噛みついた九頭竜は、燃えさかるその巨大で暴れる鳥の熱を物ともせず噛みついて地面に押さえつけている。


飛び散る火の粉が溜まり続ける靄の中をうっすらと照らしては消えていく。


巨大な前足の爪と寸胴な肉体を持ち黄土色に輝く巨大な土竜の首に、九頭竜の牙が食い込み長い首で締めあげる。


腕ごと巨大な首に巻き付かれ身動きを封じられており、かなりの力で藻掻いているが締め上げる首はゆるまない。


巨大で黄金に輝く鹿のような角を持つ四つ足の獣の首にも巨大な九頭竜の頭が食らいついている。


体長は1.5メートルほどはあるだろう体躯で四肢を踏ん張り角から雷撃を放ち抵抗するも、九頭竜は力任せに地面に引きずり倒す。


獣の叫び声を上げる神獣は闇の靄の溜まった地面へと引きずり込まれてしまう。



「なんっつー化け物だ」



巨大な黒い光を放つ巨大な蛇が龍の首と絡み付き合い、互いの体に牙を突き立てている。


そこに黒い靄を放っていた首が靄に隠れて蛇の真下まで忍び寄っていた。


その強襲に気が付かず、一撃で仕留めるがごとく跳ね上がった龍は蛇の首に食らいつく。


シャッと蛇が叫び声を上げたかと思うとかみついていた牙が龍の首から外れる。


その一瞬の隙をつき、緩んだ蛇の胴体から龍の首がスルリと抜け出る。



「っち、引くぞ」



暴れる不死鳥をくわえていた龍の頭がその力に思わず負けてしまい、シェルヴァウツとシェリアの居る辺りまで押されてしまう。


この神獣と魔獣の戦闘に、黒い靄で魔力の封じられている人間ごときが足を踏み入れればどうなるか分かったものではない。



「触れなければ大丈夫だよ」



フッと気が付けば、二人の体は宙に浮いていた。


九頭竜の真上に出現した二人の間には杖を構えたハートウィッチが帽子を押さえて真下を見下ろしている。



「あの黒い霧、だいぶ不味いよ」


「あぁ。魔力を全く使えない」



シェルヴァウツが舌打ちをしてそう言うと、ハートウィッチは首を横に振った。



「あれはそんな程度のものじゃない。あれは力を引っ張るんだ」


「力を引っ張る?」


「うん。あれに触れて分かったけど、あれは触れた者の“力”を引っ張ったりゆるめたりして強弱を操れるんだと思う。触れる面積が大きければ大きいほどにその支配力は強くなる」


「よくまぁそんなことが分かりますことで。流石年長者。」



シェルヴァウツはそこまで見抜くことはできなかった。だからこそ、素直にハートウィッチの観察力にはいつも舌を巻く。


経験、という事もあるのだろうがやはり四天王、魔女を纏めるリーダーなだけはある。


さらには天平評議会のメンバーにも選ばれるだけあり知識も豊富で戦闘における状況判断や解析も自分たち人間のレベルとはまたひとつ上を行っている。


人を浮かせたり瞬間移動させたりと、普通の魔術ではできないことも難なくやってのける、それこそ規格外の存在だ。




「……恐らく、魔力も、重力も、僕たちの体を動かす力も、何もかもを操れるんだと思う」



だから何で分かるんだ、とは突っ込みたくてもどうせ理解できないのだから時間の無駄だ。


故に、どうするかを聞く方がよっぽど効率的だ。



「じゃぁどうするんだよ?」


「凄く不味いね。でも、それなら最初から全員の心臓を止めるなり、それができなくても脚力や腕力をなくす事もできたと思うんだよね。もっと強い重力で動けなくしたり。そうしないって事は……条件がある……とか?」


「条件?」


「神獣の話を聞いてただろう?」



そう言われ、あの会議で一角天馬が語った話を思い出す。



「この世界に魔力をばらまいた魔獣はその身に九つの宝玉の魔力を宿していた。それらがこの世界に散り、魔獣や聖獣を生み出した。ならば、今のこの魔獣がその力を取り戻したら……どうなる?」


「手が着けられないわね」



シェリアが言うように、今でさえ神獣を圧倒する力を見せつけられ、斬った箇所は再生してしまう。そんな化け物が、まだ本来の力を取り戻せていない状態なのだとしたら。



「今が奴を倒す最高の好機、って事になるな。逆に、このまま神獣が食われるのを見てりゃぁさらに勝ち目は薄くなると」


「宝玉はこの場に無いからまだしも、神獣を取り込んでさらに宝玉まで探して大陸を横断するような事になったら……」


「この場にこれだけの戦力が居て、それを許すってことはつまり、そういう事なんだろうな」


「絶対にこの場で倒してしまわないと、ね。私たちは大陸を守る者、四天王なんだから」



しかし、三人はすでにこの魔獣の体内に二つの宝玉があることをしらない。残る七つの宝玉がこの場にそろっている事も。


そして、この魔獣を倒す唯一の刀がこの場に集っている事も。






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