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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
135/154

『闇の底に落ちる者達』

大陸の守護者とも呼ばれる人としての限界の最高到達点に君臨する四天王


人に有らざる呪いと祝福を持つ三皇の魔女


この大地に平和と争いをもたらす十の剣の所持者


異世界人が現れるまで、神獣と呼ばれた絶対的な力を持つ者の付き人としての力を授けられていた元神子


かつて、今は解散していた大陸中で力を求めていた 猛者(問題児)の集団、熾烈美酒という集団


それはもう、彩輝が知っている人物もいれば、まったく見たことのない人物までいた。


そして、彼は見つける。


真っ黒な、彼女の髪を。







「さぁて。化け物はこの闇の中、か」



真っ黒な淀みを前に、東の六天と呼ばれる四天王の一角、また三皇の魔女の一人であるハートウィッチはそう漏らした。


目の前の真っ黒な靄の下には恐らく、この状況を作り出した魔獣がいるのであろうことは容易に予想がつく。


復活したばかりであっても、うかつに行動を取ることができない。


この闇の底から感じる威圧感は、神獣のそれと対等、それ以上のものがある。


これでは流石に飛び込むのにも勇気がいる。


いくら三皇の魔女とはいえ死にはするし、恐怖を感じないわけではない。


とはいえ言うほど恐怖は感じていないハートウィッチではあるが、それでも慎重にならざるを得ない場面である事は間違いない。



「まず、この黒い靄が何かを――――」


「一番乗りは私よ!!」


「ってちょっと待ちなさい酔っぱらい!」



真っ先に真っ黒な闇のユディスが酒の入った革袋を持って飛び込んだ。


その行動の大胆さに思わず口をあんぐりと開け、一秒後に我に返ったハートウィッチは手で顔を隠し、やれやれといった表情を浮かべた。


一瞬前に起こった、ユディスが酒の入った革袋片手に闇の中へと飛び込む姿が瞼の裏に焼き付いて離れない。



「誰だあの酔っ払った鉄砲玉を連れてきた奴は」



呆れた顔で北の双刀、赤の剣士シェルヴァウツ・アルファナレンツが髪をボサボサとかき回した。


同様にその横で肩を上下させて、さぁ?とでも言うかのような態度を取ったのは南の砦、不動の大槍ことホーカー・セインだ。


彼はリーナ聖王国の騎士団長でありながら、これまで存在を公にされなかった南の砦と呼ばれる四天王の一人である。


ホーカー自身は四天王であることに拒否感を示すことは無かった。


しかしリーナ聖王国は首都が二分されており、それによって引き起こされる様々な都合により正体を隠していたのである。


とはいえ本業は騎士団長であるため、四天王としての仕事は殆どしていないに等しい名前ばかりの役職だ。


そのホーカーですら今回の招集に応じたのも、この件に何か不吉なものを感じたからだ。


神獣や吸鬼が関わってくるこの事態に、なにも重い腰を上げて応じたのは彼だけではない。


四天王はもちろん、三皇の魔女にまで招集がかかったのだ。


三皇の魔女はハートウィッチ・ソラリティア。ダイヤレス・セブンリッチ。クローバート・ダウトローズの三人の女性の事を指している。


呪いを持つ三人の女性は四天王以上に力を持つ故にそのうちの二人、ダイヤレスは自ら深い森の奥に閉じこもり、クローバートは仮死状態で氷の中で眠っていた程である。


ハートウィッチは自分の力にそこまで強力な物ではないと考えており、割と政治などには積極的に口を挟みその力で治安維持に務めている。


その引きこもりの二人はクローバートを無理矢理引きずってきたためか、一番後ろで二人してハートウィッチへの愚痴を言い合っている。良くも悪くもマイペースだ。




「放っておいても大丈夫だろ。ユディスの師匠は」


「そうだな。あの人は竜の巣に放り込んでも生きていそうな人だからな」



三人の後ろにリリッド・アシェード、セルディア・カルノンが現れる。


その会話にシェルヴァウツが笑って答える。



「ハハ、まさか。流石に誇張しすぎでは?」


「いやいや、それぐらいで丁度ですよあの人は。俺とセルディアが束になっても叶わないんですよ?あんなの人と比べたらだめですよ。何せ王族の血まで引いてるんですから。」


「あー、そういやそうだったなぁ。って、そりゃ関係ないだろ。まぁ噂は聞いてるけどな。お前等三人とあの女で昔暴れ回ったんだってなぁ。丁度山ごもりしてて知らなかったけど」


「おいやめろ。あんなこと思い出したくもない」



大きな盾と槍を持った両手を軽く持ち上げ、ホーカーがため息をついた。


革命だなんだと、ユディス、セルディア、リリッドが大暴れしたのは確か南の方だったはずだとシェルヴァウツは思い出す。


しかし、リリッドが悪気も無さそうに、


「あぁ、そういや主に南ではしゃいでたからね。あの辺りの騎士団の皆様にはご迷惑をかけたなぁ」



とホーカーを横目で見ながら答えた。



「とりあえずあんた等にも期待してるわよ。全力なんて、そう滅多に出す機会無いんでしょ?」


「あっはっは!ご冗談を!俺達に仕事が回ってくるわけ無いじゃないですか!それに三人ともバラバラに各地に飛ばされてからは俺とセルディアは温い騎士団の稽古しかしてないんですよ?もう鈍ってるんで、こんな大御所の前で見せびらかすほど活躍はできませんよ」



この四天王、魔女、くわえて最強の剣の所有者に元神子、そして聖獣という誰がどう考えても太刀打ちできる戦力ではない。


なんとも凄まじい光景で今後二度とこのメンバーで集うことは無いだろうという豪華な顔ぶれだ。


下っ端ごときリリッドがこの場に居ること自体不思議な話である。


逆に言えば、これ程の戦力を揃えるほどに相手はとてつもない存在なのかも知れない。


もしそういった相手と戦えるなら、それはそれで楽しみで仕方がない。


リリッドは真っ先に突っ込んでいったユディスを師匠にしているだけあってか、その思考回路も影響をうけたようでそっくりである。



「さぁて、その最古の魔獣、九尾の狐さんとやらにご挨拶といきますかね!」


「ええい!お前等ちょっと考え無しに行動するの止めろ!」



腰に携えた深紅の二刀に手を掛けたシェルヴァウツであったが、その頭部にハートウィッチが跳び蹴りをかました。


頭を抱えてうずくまるシェルヴァウツを見てハートウィッチもため息をついた。



「あのねぇ!ちゃんとこっちに来る前に作戦話したでしょ!何で考え無しに突っ込もうとするのよどいつもこいつも!?」



首根っこを掴んで大柄な男を立ちあがらせたハートウィッチは何もない空中に杖を出現させた。



「ほら、聖天下十剣もってるあんたらは吸鬼を足止めするか倒してきて!元神子と聖獣の方々は封印の祭壇の構築!四天王とあたし等魔女は九尾の討伐か祭壇の準備が完成するまで足止め!ほら、簡単でしょ!分かったらその豪勢な二つ名の分だけでも働け!」


「あれ?なんだかんだ言って俺とかセレシアは?」


「その辺の倒れてるの助けたりしてればいいんじゃない?役割割り当ててなかったっけ?」


「何で聞き返されてるんだ……。まぁ良いですけど」


「じゃぁ、先に飛び込んだ一番槍に続いて我らも――――!?」



地鳴り。



「話をしている場合じゃなさそうだなっ、(みのり)!」


「じ、地震っ!?稲田さんっ!」


「で、でかいぞっ!?」




その場に居た全員が足下の雪へと視線を落とす。


足場の雪が大きく揺れている。



「ちっ、下か!」


「っ!!魔術が……!!」


『ヌゥ、力がっ!?』



誰かの声が響き、誰かの声が掻き消される。


戸惑いと困惑の感情に、皆一様に驚きを顔に出した。


ぽっかりと闇の溜まった窪みを中心に、雪の足場は大きく割れた。それに反応出来た者はいたかもしれない。

しかし、対応する事は出来なかった。



「な……にっ!?」


「うわあああっ!!」



吸鬼も、神獣も、人も、一人残らず、為す術もないままにクレバスの底へと落ちていった。


雪の黒い靄の澱んだ世界へと。









真っ先にその黒い靄の溜まった池へと飛び込んでいたユディスは、十メートル程の高さから飛び降りたに等しくいのにもかかわらず何食わぬ顔で着地して周囲を見渡した。


視界は悪く、目の前にある自分の腕が見えるか見えないかというレベルの視界の狭さに小さく舌打ちした。


さらに、すぐ上に居るはずのあの大勢の声が一つも聞こえない。


どうやらこの黒い靄は光も音も遮断してしまうようだ。


そして魔力でさえも。



「魔術も使えないみたいだし……こりゃ本格的に参ったね」



この状況下での戦闘となれば自分の全感覚、全神経と筋力にのみ頼らなければならない。


相手が獣である、というのはユディスは聞いていた。


それに挑むためにユディスも同行しており、その全力の獣と戦うために一番槍となって突っ込んだのだ。


しかし、これではその獣が何処にいるのかも分からない。


そっと地面右手をつけるも震動すら伝わらない。


四つ足の獣で九つの尾を持つと聞いているが、それ以上の手がかりが何もないに等しい。


何かに化ける、とも言っていたが伝説上の生物で誰も見たことが無いとなればそれをアテにするのもこの真っ暗な世界では危険である。



「居るなら来いよ!アーレストゥルシア・ユディスが相手になるわよ!」



動き回るのは危険すぎる。


ならば、攻めてきたところを返り討ちにする。


動き、探す事よりもこちらの方が相手を察知しやすいとの判断である。


逆に、その気配を察知できたときは相手が攻勢に出ているという事。


攻撃方法が分からない以上、これも十分に危険であるがこうするのが最前だとユディスは判断した。


全身全霊で感じ取る!


視界はアテにならないと瞳を閉じ、周囲を警戒する。


四つ足の獣、キツネという種族らしいが、地に足をつけている以上は靴を履く人間以上に敏感に感覚は働いているはず。


着地の衝撃は間違いなく相手に伝わっているはずだ。


だが逆に、四つ足ならば相手の動きの方向性は大まかでもこちらが判断することは可能だ。


両手を地面につけたユディスは冷たい地面から感じる冷気を肌で感じながら、周囲に警戒をし始めたその時であった。


その手に大地の僅かな揺れを感じた。


動いた!と思ったのが最初。


次に、どうして!?と思った。



「何で、何で全方向から……!?」



瞳を開ける。


酔いすぎたか!?いや違う!まだ私は酔い足りないくらいだ。


酔拳、とあちらの世界では言うらしいが、私は酔えば酔うほど感覚は鋭敏になり強くなる人間だと自負していた。


今日も十分に酔っている。


その酔いが一瞬にして醒める。



「酒で起こした問題よりも解決した問題の方が多いこの私に……」



開いた瞼が、その双眸を捉える。


大きい!それに、多い!!


対なる瞳が闇に浮かび、いつの間にかユディスを囲んでいた。


黄色閃光を闇に浮かばせたそれは四方八方に散り、そして大きな音を立てて巨大な雪の壁、皆が立つ雪の足場を崩した。


今度は人々の叫び声がすぐ近くに聞き取れた。そして巨大な何かがユディスの横でうねった。


気がついたときにはその身体は空中に跳ね上げられていた。


視界を奪われた状態で一瞬気を奪われた瞬間に攻撃を受けたものだから、本人にも何が起こったのか分からなかったはずだ。


上下左右の感覚がまるで無い中で、彼女が最後に見たのは二つの鋭い光が迫り来る様子であった。


真っ赤な双刀が振り抜かれるよりも速くにシェルヴァウツが。


魔術を使うことすら出来ない空間で小さな身体のハートウィッチが。


大盾と大槍を掴んだままに落下するホーカーが。


突然の出来事に対応出来なかったシェリアが。


そして跳ね上げられたユディスが。


下から突き上げるようにして現れたそれぞれの首が、彼らを巨大な口で一口に飲み込んだ。


そして残った四つの首は更に上を目指す。


そしてその四つの頭は迷うことなく、四体の神獣の首元に食らいついた。


一瞬にして九尾討伐のために組まれた大陸の猛者、それもトップに君臨する者達が相次いで戦線離脱する事態に陥った。


しかし、真っ暗な世界でそれを知るものは居ない。









真っ暗な世界で、少女の鼓動が脈打った。











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