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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
134/154

『光の息吹』


強大な魔力の塊が、一瞬にして分離する。


ニールはアリスに魔獣とを戦わせ、魔獣を殺せと命じた。


とはいえ古の魔獣が相手ではいくらアリスが神獣の力を手に入れていたとて、勝てるものではない。


もちろん、アリスが魔獣に殺されることも視野に入れた命令であった。


ニールは魔獣の力を手に入れるため、アリスと魔獣を戦わせ疲労したところでその力を奪う計画であった。


とはいえ、あっさり殺されてしまっては使い捨てるには惜しすぎる。そのために魔力強化のために魔力の結晶、宝玉のレプリカを渡した。


それでも勝てる見込みは無いだろうと踏んでいた。



「な、何が起こった!?」



膝をつき、力無く、まるで花が萎れるかのように地面に広がる九つの尾に、大きく胸に空いた穴。


爆発の衝撃で半分になった仮面の欠片が辺りに九尾の血と共に飛び散り、そして倒れる巨大な獣。


地面に叩きつけられ、大きく跳ね返った小さな身体が地面に転がった。


焼けこげた片腕からは焦げた煙が燻り、倒れた少女はピクリとも動かない。


目を大きく見開き、その光景を唖然と見つめるニール。


アリスの姿が消え、そして獣の身体が大きく浮き上がる爆発が起こった。


爆発という現象自体この世界ではあまり起こるものではないが、だとしても今、この場でそういった現象が起こる事に理解が出来なかった。


そんな力を、アリスが持っているはずが無いからだ。


集った魔力が、あっという間に散っていく。


力の塊が、バラバラになっていく。


呆気なく散り散りに、吹雪一つ一つの雪のように。



「馬鹿な……魔獣が、この世界に魔力をもたらすほどの力を持った魔獣が、やられる……?」



その程度の力だった、といえば話は簡単だ。


しかし、ニールはその力の重圧を歓喜の笑みで感じていた。


間違いない、この力は膨大で、強力で、絶対なのだと。


この場にいる誰よりも強力な力を持っている事を実感した。


それなのに、我が子とはいえあのような小娘にやられるなど、あり得ない。



「あり得ない……あの力は私の……私の力が……」





「やったのか?」



崩れ落ちた九尾を見て神原はそう呟いた。


突如、突風が吹いたかのような衝撃で魔力が霧散し、その中心に居た九尾の狐は大地に横たわっている。


胸に大穴が空き、心臓ごと吹き飛んだのであろうか、あれで絶命していない方がおかしい損傷をうけている。



「そうみたいね」



降り立った早苗が炎の翼をたたみ、視線を倒れた九尾の狐に向けた。


ピクリとも動かぬその肉体から十メートル近く離れた場所に少女の身体が横たわっていた。


真っ先に駆けだした唯が彼女の前でしゃがみ込んでいる。



「よそ見してると、君たちもああなるよ!!」



ごうっと唸りを上げて巨大な板のような亀の腕が横から襲いかかる。


ヨンとロクが操作する、蒼亀と呼ばれた亀の腕が仙と早苗に迫る。が、慌てる様子もなく神原が早苗を下がらせた。



「ここならいろいろと力業でごり押しできそうだな」



オーバーアビリティ中の仙の腕の魔力が、周囲の冷気を纏って巨大な氷の塊を形成する。


鋭く、そして強靱な氷の両手足が瞬く間に神原の肘と膝の先を覆った。


そして、真っ正面から亀の腕を受け止める。


自分の何十倍倍もの大きさの板のような腕を、両手でがっしりと受け止める。


僅か数センチ後退ったものの、大きな衝突の衝撃をそれだけで受けきった仙はその亀の手に方腕の氷を伸ばしてくっつける。



「捕まえた。一カ所ずつぶっ壊してやる」



メガネの奥の瞳が、その亀の手の中心へと向けられる。


そして振りかぶった腕の氷が、更に一段と鋭利になる。


鋭くなった握り拳は軽々と亀の腕を突き破った。



「思ったより、脆いな、これ」


「くそっ!!」



腕を引っ張っても全く動かない事にゴがあせったのか、腕ごと吹き飛ばすつもりでレーザーのボタンを押した。


亀の瞳に備え付けられたモノクルに一瞬淡い光が灯る。


その一瞬後には腕を突き破った体勢の仙目がけて突き進む。


はずであった。



「学習しな。一度見た攻撃の対策、しないと思ったの?」



大きく大地から吹き出した炎の柱が、腕を引っ張っていた亀の身体を大きくのけぞらせた。


炎の竜が飛び出したのかと錯覚したほどに、それは的確に亀の腕を根元から食らいついて溶け落とした。


そのせいで仰け反った蒼亀のレーザーは、重くのし掛かるような灰色の空を突き破っていっただけであった。



「プロミネンスとか名付けようとおもうんだけど、どうかな?」


「中二病みたいだな」


「ちょっと格好いいとか思わなかった?」


「……五月蠅い」



そう言い合う二人の前で、巨大な亀がひっくり返った。



「さて、私はあの少年でも助けに……って、おいおい、何だありゃぁ」



早苗が倒れ伏した巨大な亀から視線を彩輝の方へと向ける。


そこに、見える異形の存在。


異変を感じた。



「何って……おいおい、なんか、まずいんじゃないか?」



九尾の尾に巻かれていたしめ縄が一瞬にして全て音を立てて切れる。


ぽとりと落ちたしめ縄は突風に飛ばされ、そして渦巻く黒雲。いや、雲ではない。


真っ黒な意思が、倒れた九尾の身体を中心に渦巻いている。



「魔力……とは違うな」


「みたいだね。でも、じゃぁなんなのさ。風で飛ばされないんだよ?」



この吹雪が吹き荒れる中、全く持ってその風の影響を受けていないそれは徐々に大きくなっていく。


至る所から溢れ出てくる闇は、瞬く間に直系二メートル、いや三メートルは超えただろうか。


その闇が、九尾の狐の身体へと吸い込まれた。



「何っ!?」


「馬鹿な!!」



胸の傷は一瞬にして塞がり、溢れ出た闇がまるで海のように広がりすり鉢状の地形を飲み込んだ。


二人を飲み込み、カイを飲み込み、吸鬼や壊れたカラクリの残骸をも飲み込んだ。


雪の森に、あっという間に闇の池ができあがった。


雪の上に飛ばされた彩輝と駆け寄った唯を残して、全てが闇の池の底に沈んだ。



「そこにいるのか?大丈夫か早苗?」


「うん、大丈夫……なのかな?何この黒いの。気持ち悪い」



身体能力が上がり、視力にも大幅な上方補正が掛かっているにもかかわらず、全く何も見えない。


まさに一寸先は闇の状況である。


雲でも、水でも無いその真っ黒なそれが周囲一帯を覆い尽くしており、状況確認すら困難な状態だ。


そのうえ、なにやら気分まで悪くなってきたと早苗は表情をゆがめた。



「とりあえず、出よう。気味が悪いし、嫌な予感がする」



早苗は炎の翼を広げる。


しかし、その炎の光ですら闇に溶け込み自らの身体を照らすことはない。


なんで!?


闇の中で早苗は僅かにパニックになった。


そして飛び立とうと翼を羽ばたかせようとした矢先、隣に立っていたはずの仙がうめき声を上げた。



「せん、っが!?」



そう叫んだ瞬間、早苗もまた腹部に強烈な打撃を受けて後ろに飛ばされた。


ゴロゴロと無様に転がり、体勢を立て直した瞬間だった。


闇に九色の鮮やかな光が横に並んでいるのが見えた。



「なん……」



それは瞳だった。








――――身体から、何かが抜けていく。


それまで、己に巣くっていた何かが抜けていくのを彩輝は感じた。


真っ黒に澱んだそれは、倒れた彩輝から抜けていき、九尾の狐の上空で渦を巻く。


何か、聞こえる。


喜びと、憎しみがどろどろに混ざり合った、そんな感情を彩輝は一瞬だけ感じた。


言葉にするのもおぞましく感じるほどの感情が、まるで自分のものなのかと錯覚するほどに自分の中で渦巻いていたことに、今更ながらゾッとする。


しかし、それでいて初めて感じるという気配では無かった。


そう、あの時、湖で感じた、己に巣くっていた。


だ!


目覚めと共に押さえ込んだそいつが、今まさに目を覚まして俺の身体から出て行ったのだ。


起きなければ。


剣を取り、立たなければ。



「っぐ……」



痛む身体を起こし、吹雪に耐えながら目を開いた。


目の前の雪に埋まった宝玉に思わず手を伸ばす。


これは九尾の狐の尾に取り込まれた宝玉のはずだ。何故こんな所に……。



「っ!!」



目の前の人影が、真っ黒な髪を雪の上に広げた。


弾き飛ばされた人影は柔らかな雪の上を転がってゆき、やがて雪から飛び出た木の枝にぶつかって止まる。



「ゆ、いさん!!」



どう考えても、俺を守って飛ばされたのだ。


闇のそこから飛び出した何かはあっという間に闇の底へと消えていく。


なんだ、此奴……。


全身を覆う鱗。全て色が違う対なる瞳。鋭い牙。曲がりくねる身体。


九つの頭をもつ化け物・・・・・・・・・・・が、闇の中からもたげた首を持ち上げる。


狡猾な、シューと舌を出し入れして笑うそいつは、全ての頭を天に向け、吼えた。


俺は今、夢でも見ているのだろうか。


十数年しか生きていない俺の記憶の中で、この生物に該当する存在は伝説上の存在でしかない。



「九頭竜……」



九つの頭を持つ大蛇が、闇の中に鮮やかな瞳を浮かばせる。


しかしその姿は竜ではなく、八岐大蛇のような蛇の頭。


俺の身体に巣くっていたのは……あの怨念の塊は……此奴だったのか……


彩輝は周囲を見渡す。


倒れた唯に駆け寄りたいのは山々だが、流石にこの化け物を彼女に近づける訳にもいかない。


しかし、他のみんなは何処へ行った?


普通に考えれば、あの雪の穴に溜まった真っ黒な何かの下なのだろうがそれを確認する術もない。


そもそも此奴はいったい何処から現れたのだ。


分からないことだらけだが、それを答える者も居ない。


ただ一つ、言えるとすれば、此奴は敵だ。


抜きはなったソーレの刀身が真っ赤に燃え上がる。


やるしかない。


俺しかいない。



「俺しかいないんだ!!オーバーアビリティ!!」



身体に、風と炎が渦巻く。


そして身に纏った魔力が――――霧散した。



「なん……え……」



何も、変わっていない。



「どういう……オーバーアビリティ!」



何も、変わらない!



「何でだ畜生!!」



彩輝は叫んだ。しかし、誰も答える者は居ない。


俺が気絶している間に、何かが起こったのだ。


力が使えなくなる、何かが。


その事だけが頭の中で渦を巻いていて、彩輝は一歩も動くことができなかった。


生身で勝てるわけが無い。


先ほどの九尾の狐とは比べものにならないその巨体がゆっくりと近づいてくる。


無我夢中で振るったソーレの刃から炎や風の斬撃を飛ばそうとするが、それすらも発動しない。


魔力が、扱えないのだ。



「なんで、こんなっ――――っがあっ!!」



あっという間に彩輝の身体を巨大な蛇の首が薙ぎ払った。


骨折したのかと思うほどに強烈だった一撃はあっというまにその小さな人の身体を吹き飛ばした。




『我は自由なり――縛られぬ肉体を取り戻し、この世に生を取り戻したのだ!カカカカカッ!』




なんで、どうして、俺はこんなにも――無力なんだ……。


どうして、こんなにあっさり――おれは負ける……。


手を離れたソーレが何処かへと飛んでいき、彩輝の身体が雪の中へと落ちて沈み込んだ。


こんなところで諦めたくない。


後悔、したくない。


もう、目の前でみんなが傷つくのを見たくないのに。


美也……。


あのとき俺がお前を助けられなかったのに、強くなったと思っていたのに、なのに、実際はどうだ。


無様に転がって、みんなが傷ついて、守るために手にした力も使えなくて。


彼みたいに強くなりたかった。


君の双子の兄のように、あの時見た二刀流の彼の姿を俺は追ってたんだ。


だけど、近づくことすら出来なかった。


未だに俺は、後悔したくないだなんて言って……ずっとずっと逃げてきたんだ。


後悔するのは悔やむことばかりだ。だけど、それを乗り越える事にも意味があったんだ。


美也の死という現実を口実に、ただただ、自分のことだけを考えていただけなんだ。


それに気がつかなかったから今目の前で、俺を庇った唯さんが傷ついた。


己の不甲斐なさが心を切り刻んでいく。


ただ俺は、強くなりたかった。


自分の信じる道を行けば、後悔しない。ただそう思い込んでいたかったのだ。


彩輝は、これまでの自分の行動全てに後悔した。


目元にうっすら浮かんだ涙が、風にあおられながら落ちていこうとしたその時であった。


彩輝の身体を人影が覆い隠した。



「久しぶりだな、少年。少し髪がのびたんじゃないか?」


「あ……」



その姿に彩輝は様々な感情がこみ上げてきた。


何故とも思ったし、助かったとも思った。嬉しいとも思ったし、また懐かしいとも思った。


その手には日本刀を思い起こさせる形状の美しい刀が握られていて、長く美しい白髪が吹雪に舞いあがる。


きちっとしたその青と白を基調とした服装に、組織の頂点であることを示すアルデリア王国の国旗が刺繍されたマントもまたたなびいている。



「チル、さん……っ!!」


「私だけでは無いぞ」



聖水(アクアサンタ)騎士団団長が、柔らかな微笑みを浮かべた。


その後ろに、沢山の人達がいる。


あれはユディス師匠、あれはリク、あれはシェリアさん。


大会でみた強者や、見たこともない人達も沢山居た。



「よく持ちこたえたな。おかげでこの森から抜け出す前に仕留められそうだ」


「そうとも、後は私たちに任せたまえ。我々三皇の魔女や四天王、聖天下十剣所有者や前代の神子、それに馬鹿な悪ガキ共もつれてきたからな」



如何にも魔法使いといった風貌の少女はそう言って杖を掲げた。


無数の魔法陣が開き、そこから沢山の人影が現れる。


その中に、黒髪の少女の姿が見えた。



「初めましてサクラ・アヤキくん。ダイヤレスから話は聞いてるよ。私はハートウィッチ・ソラリティア。迷子の魔女ダイヤレスと同じ三皇の魔女にして、六天の魔女、ハートウィッチ・ソラリティアよ。よろしくね」


「御託はいいからさっさと号令かけろハート」


「あぁ、そうだね」



その後ろの魔法陣から飛び出したシェリア・ノートラックがハートウィッチに声をかける。


どうやら、状況は最悪ではないものの思ったよりも良くはないらしい。



「これより、我らは『要の会議』によって採択された『始まりの魔獣』、『吸鬼』の討伐を行う!剣を掲げよ!杖を掲げよ!盾を構えよ!魔術を練り上げよ!神なる存在との盟約を破りし者達を、邪悪の鎖で神を縛り付ける魔獣の王たる存在を、大陸の総意として今討たん!!」



現れた九柱の神獣が雄叫びを上げ、それに呼応するかのように人々は剣や杖を天に向ける。


いつの間にか吹雪は止み、天からは天使の梯子が伸びている。


差し込んだ陽光は神獣を、そして人間達を照らした。


彩輝にはそれがまるで女神が加護を与えるかのような、暖かな光の息吹に見えたのであった。





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