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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
131/154

『実験台』

「う、おおおっ!」



彩輝は分かっていた。


自分でも、太刀筋に迷いがある事を。


このモヤモヤとした心情で剣を振るのはそう、あの時目の前で少女が居なくなったときによく似ていた。


巨大な魔力の翼と尾を持ちながらも、流れるようにして目の前の少女は彩輝の一太刀を避けると今度はその槍を迷い無く突き出してくる。


三つ又の槍の端の矛先が彩輝の右の肩を掠め、槍が纏う水に血が混じる。


咄嗟にソーレを右手から左手へと持ち替える。


迷いの乗った再び振るった剣は紅い炎を纏い槍の中程に直撃し、弾かれた槍が一瞬宙を舞ったかと彩輝が思った瞬間、目の前に殺到する巨大な魔力の帯が彩輝の顔面を捉えた。



「ぐあっ!」



強烈な打撃が彩輝の頭部を揺さぶり、頭から後方へと一回転して地面に叩きつけられた。


その俯せの彩輝の首を枝分かれした矛先が挟むかのようにして地面に突き刺さる。


身動きを封じられた彩輝は彼女の姿を見ることも出来ず、ただソーレを強く握り締めた。



「なんでだ……」



その小さな呟きに答えるようにして、彼女は呟く。



「私には、もう何もいらない。それに………………」


「……?」



槍を押さえつける右手とは反対の左手に、魔力が集まりだし、やがてそれは刀を象る。



「何も、残って無い」










 「嘘!」


「これが本当なのよね」



薄暗い地下の小さな牢獄。小さな自分の手足には鎖が絡みつき、檻に触れることすら出来ない。


地下ではあったが、換気はきちんとされているようでゴウンゴウンという何かが動く音だけが地下に響いていた。


アリスは目の前に立つ男の顔を直視することすら出来ないほどに憔悴していた。


先ほどの叫びは、体中から気力を集めて発したかのような勢いを持っていた。


しかし、発した後でその残響が消える頃には再び力を抜いて繋がれる鎖に身を任せた。



「君は吸鬼と人間のハーフ。そしてその片方が僕、ニール・メルストン。正真正銘、君は僕の娘で僕は君の父親さ」


「嘘……」



力無く、ガチャリと繋がれた鎖が音を立てる。



「母親の名前はアキサ。美しい、そう、美しく艶やかな髪の女性だった。その瞳は何者をも虜にしたし、発する言葉は全てを許すかのような精霊の歌声のように聞こえた。そしてなんと言っても、火薬の扱いに非情に長けていた。君の母親はそんな美しい変人女性だったよ」


「なんで……」


「まぁ、疑問はいくらでもあるだろうね。嘘を言って集落から旅立たせた本当の理由というのも、あの二人の従者の事も、いろいろ聞きたいだろうから順を追って説明しようと思うんだよね」



カッと踵で地面を踏みならして後ろを振り向くと、ニールは彼女に見えないようにして小さな笑みを浮かべた。


その状態のまま、まるで独り言華のように彼は語り出す。



「あのね、僕の目的の為にはいくつか必要なものがあったんだ。一つは肉体。ただし心を持たぬ肉体だ。心は魂の器に形成される。僕が欲したのは、器が空っぽの、心無き肉体。二つ目は魔力。ただしそこらへんの魔力じゃなく、それこそ宝玉レベルの膨大な量の純粋な魔力が必要だった。常人は魔力を溜めることは出来ない。故に魔力の結晶体といっても過言じゃあないあの宝玉が必要だった。そして三つ目は実験台。僕が試す前に、実験をして仮説が正しいかどうかを試さなければならない。僕の目的はそう、人工神子を誕生させる事だった」


「人工……神子……?」


「そう。僕は神子の力に興味を持った。唯一神獣と繋がり、溜まった魔力を解き放つ事が出来る存在は言うなれば鍵のようなものだ。そしてそれ以上に、オーバーアビリティと呼ばれる現象がまた興味深い。魔力を纏い、人間でありながら彼らは私たち吸鬼のように“能力”を得る事ができるようになるのだ。それはつまり、吸鬼という種族の誕生のルーツにも近いものを感じないかい?そう、吸鬼は神子に最も近い、いや、神子が吸鬼に最も近い存在とも言えるよね。何故か?同じ、では無いのだけれど限りなくそこには近いものが存在するんだ」



ニールは後ろを向いたまま、腕に黒い魔力を纏わせた。



「僕たち吸鬼は水火雷土風氷、それに次ぐマイナー、いや、レア魔力とでも言おうか。光、音、そして闇という九つの魔力のうち闇の魔力を扱うことが出来る。生まれながらにして、この身に魔力を宿して生まれているんだ。吸鬼という種族ははこの世に魔力が存在した瞬間に、魔力を持たぬ人間が変異して生まれた種族だと僕は確信している。闇の魔力はその人間の突然変異した時に適合、変異、共鳴、まぁどんな言葉でもいいんだけど、その肉体に闇の魔力を宿した。この世にはマナが溢れ、人々はやがてマナを魔力にして行使する術を覚えた。しかし、僕ら吸鬼の始祖はその身に魔力を溜める術を覚えたんだ。故にこうして魔力を身に纏う事が出来る。マナを取り込み魔力として“放出”する技術に長けたのが人間なら、取り込む必要の無い吸鬼や神子は溜めた魔力を“操作”する事に長けた。まぁその辺の事はどうでもいいですね。さて、私の娘ですから、この状況でこれまでの発言の中でどの言葉が大事なのか分かりますよね?」



掠れた少女の声が、力無く地下に響いた。



「……実験台に、するの」


「えぇ。しますよ。そのためにわざわざあなたを育て、旅に出したのですから」



そしてこれが最後の言葉――


最後の一言を、ニールは躊躇いもなくアリスに言い放った。



「貴方の母親を殺したのも、実の兄妹を別人だと偽らせて従者にさせたのも全て、全て全て私の台本。あなたにはもう何も残っていないんだよ」



見慣れた二人の顔が脳裏に浮かび、その後ろに浮かび上がる、長い、そう、とても長い女性のシルエットが、笑ったまま、消えて、消えてゆき……


倒れる彼女、叫ぶ彼、遠ざかる姿をただ眺めることしか出来なかった。


私には、もう、何も残っていない?


その彼の言葉だけが、私の心を未だに揺さぶり続けるのだ。


そう、私にはもう何も――



………アリス………




「アリスっ!!」



ガッキィンと音を立てて高らかに飛んだのはアリスの槍である。


一気に翼を広げ、彼女にタックルして小さな体を彩輝は未成年とはいえ高校生の体で力ずくに突き飛ばす。


しかしそこに驚愕の表情は無い。


我が身に起こった事象を理解したアリスは焦ることなく空中で体勢を立て直し、落ちてきた槍を右手を天に伸ばして掴んだ。



「私は……私にはもう、感情が無いの。分かるの。泣けない。怒れない。笑えない。辛くない。楽しくない。有るのは、唯の意思」


「何言ってるんだ!君にはまだ――んなっ!?」



彩輝がそう叫んだ瞬間、何かが目の前を横切った。



「カイさんっ!?」



瞬間的に体が彼を追った。


勢いよく飛ぶ彼の胴には、真横に走る大きな切れ目と同じ傷が肉体にも刻みつけられていた。


しかし、服は切れているのに胴からは血が出ていない。


真横に真っ青な痣ができている。


その彼の体を受け止め、翼を広げて勢いを殺す。



「カイさん!」



仮面は無惨にも四分の一が砕け散り、閉じた瞳と苦しそうに呻いたカイへの視線を九尾へと向けた。


そこには優雅に尾を揺らす九尾の姿があった。



『なんじゃ、そのを持っておるから多少はできるのかと思えば、か、前菜にもならんな』



九尾の声が彩輝の中に響いてきた。


吹雪が強まる。



『どれ、次はそこの風のお前じゃ』









 早苗は脳内をフル回転させて考える。


撤退という選択に間違いは無いのか。他に取るべき選択肢があるのではないだろうかと。


先ほどは即決した。それがある意味で自分の強みであり、また欠点であるという事を早苗は自覚していた。


ゲーム内とはいえ、何百何千というプレイヤーを指揮するには瞬時な状況把握と決断力が必要とされる。


遠くない過去には実際の戦場に立つ場があった。そこでも早苗は己のこの欠点に心から向き合う事になった。


人を駒として見ながらも、それらを人として扱わねば統率すらとれない。


人には心がある。物にはない、心が存在する。お金で買えない、命が存在する。


ゲームの頃は迷い無く下せていた決断を下せなくなっていた己が思った事はただ一つ。


間違えてはならない。


結論は、ただの一言に集約出来る。


それが自分を縛る枷となっていた事に気がつくのはそう難しいことでは無かった。


それが簡単に治せる事かどうかは別問題として、だ。


早苗は彩輝の撤退という言葉に対し、それが正しいと己で判断した。


しかし、もしかしたらそれは間違っているのかもしれない。


蘇りながらも力を完全には取り戻していない九尾の狐、吸鬼の内部で何か異変が起こっていることは早苗の観察眼でも容易にたどり着けた答えである。


その現状を考えると、もしかするとこの場は一斉に攻撃を加えて両者を倒すという選択肢も無くはない。


己が下した決断が、ただの恐怖からの逃げだという解釈も出来なくはない。


それでも、まだ撤退をするというのか自分は?


下した決断に僅かに迷いながらも、炎の翼を広げて仙や唯がいる場所に降り立った早苗。


すり鉢状に雪が窪んだ地形とはいえ、まるで雪壁はスキー場の急斜面以上にそびえ立って見えた。



「どうしたよお二人さ……」



見上げる二人にならって雪壁を見上げる。


吹雪く風の音に混じり、何か重い音が聞こえる。


メキメキと何かが折れる音のような、ズゴゴゴゴという何かが雪を掻き分けているかのような音が近づいてくる。



「何この音?」


「分かんない」


「さぁな。で、あいつ等はなんて?」



あいつ等、というのは彩輝やカイの事を指してるのだろう。


早苗は先ほどの彩輝の提案を二人に告げる。



「撤退しよう、ってさ」


「えっ、でもそれじゃぁ――――」



吸鬼、そして蘇った九尾の狐をどうするのだと唯が問う言葉を神原が遮った。



「ふむ、出来る事ならそうしたいな。通してもらえるとありがたいのだが」



そう仙が言い終わった瞬間、雪の壁が大きな爆音を立てて吹き飛んだ。


大きな雪の塊が周囲に落ちる中、崩れ落ちる雪の壁にあいた巨大な穴からは、巨大で二足歩行で着物のような服を羽織った亀が出現した。



「な、なんじゃー!!?」



ガメラかー!?という早苗の叫びは風切り音と雪の落下音で掻き消された。






 「よくもカイさんをっ!!」


『どれ、儂の力を持つからには退屈しのぎになるくらいには遊ぼうぞ』



真っ赤な刀身に炎が迸る。


頼むぞ。


そう小さな刀身に語りかけ、彩輝は赤と緑の魔力を翼と足に込めた。


彩輝が編み出した技の一つに、三歩切りと二歩切りがある。


三歩切りは相手の位置まで三歩で接近し攻撃する技。


二歩切りは相手の位置まで二歩で接近し攻撃する技。


三歩の利点は相手の動きに合わせて僅かながらに移動が可能という点にある。


一歩、二歩の時点で相手が移動した場合に己の進路を変更できる点に置いて優れる。


二歩切りは相手の位置まで二歩で到達し斬るという技の為、急激な相手の移動についていくことは出来ない。


しかしそれ以上に、相手へ二歩で接近する分相手の反応は遅れる。それほどまでに、速い一撃である。


どちらも、風と炎の魔力を使用して行うオリジナル技だ。


居合いの用に剣を鞘に戻し、体勢を落として九尾の狐を睨み付ける。


一撃で決める。



「二歩切り一閃!!」



一歩目を踏み出す。


炎の魔力が強靱な竜の足の用に大地を踏みしめる。


両翼が体を押してくれる。


二歩目の竜脚が大地を削り飛ばす。


弾丸のように飛び出した彩輝がソーレを抜きながら、その狐の仮面目がけて――――


強烈な衝突による打撃音と甲高い金属が擦れるかのような音が混じったような音が彩輝と九尾の耳に届く。


視界を埋め尽くすかのような巨大な尾が目の前に立ち塞がり、尾は彩輝を受け止めるどころか振り払ってしまう。



「ぐっ!」



まだだ!!


勢いそのままに高速で回転した彩輝の体が雪壁にめり込んで、雪崩を起こすかのように積もった雪が崩れ落ちる。


振り返る九尾が仮面の下で嘲笑うのを感じた。



「――――襖閉じ」



彩輝が雪に突っ込む前に剣を鞘へと戻し、そして目の前が真っ白に、いや真っ暗になった。


それも一瞬、翼を広げ雪を押しやると頭上に向けて彩輝は飛翔する。


そして振り返りながら彩輝はソーレを勢いよく鞘から振り抜いた。



「襖開き!」



振り返った九尾の狐の尾の一本に、鮮血のラインが走った。



『!!……ほぅ』



さして九尾の狐は慌てなかったが、意外そうに傷ついた尾を揺らしながら振り返り見る。


これが彩輝が道中で完成させた技の一つ、『フスマ』である。


剣を振るときに魔力で斬るという行為を留める行為である。


一度閉じれば、留めた太刀筋は魔力が消えるまでその場に留まり続ける。


利点としては攻撃の瞬間に攻撃の動作をしない点で相手には攻撃を察知されにくい事があげられる。


――刀身が短くて切断までは出来ない……か――



『面白い、儂の体に刃を立てることが出来るか。を僅かでも宿すだけはあるかの。ほれ、まだ他に何か隠しておるのだろう?もっと楽しませよ』



傷つけた尾の切り傷が、溢れ出る魔力に包まれて修復するのを見て彩輝はうっすらと極寒の中で手汗を滲ませた。


その一瞬、九尾の狐の圧力に気を取られた彩輝の背後に人影が音もなく現れた。


水に包まれた三つ又の槍を構えた少女が。



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